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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
2 スライム製アクスタ編

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尊みの灰に芽吹くもの

 翌朝。


 アーグは宿の一室で、自分の武器を机の上へ置いていた。


 昨夜の戦いで付いた傷を確かめ、布で汚れを拭き、金具の緩みを一つずつ見る。長く使ってきた道具を点検する手つきには迷いがなく、どこを見れば状態が分かるかも身体が覚えていた。


 問題は、一つだけ。


「……邪魔だな」


 武器の根元に、昨日取り付けたアクスタが残っている。


 透明な板。


 簡易的に固定された台座。


 戦闘用として考えれば、余計なものだった。


 重心が変わる。


 引っ掛かる可能性もある。


 何かにぶつければ壊れる。


 耐久性も武器本体とは比べものにならない。


 合理的に考えれば、外す。


 それで終わりだ。


 アーグは留め紐へ指をかけた。


「…………」


 止まる。


 昨日の戦いが蘇った。


 ジルバに動きを読まれた。


 昔の癖を指摘され、自分でも嫌になるほど身体が固くなった。


 その時。


 武器の根元に立っていた絵が目に入った。


 ただの絵だ。


 声も出さない。


 助言もしない。


 魔力を与えられた感覚もない。


 なのに。


 見た瞬間、もう一度だけ動ける気がした。


「……再現性がない」


 アーグは小さく呟いた。


 留め紐を見つめる。


「数値化もできない。身体能力が上がった証拠もない。魔力の流れにも、明確な変化は……」


 そこで言葉が止まる。


 なら。


 外せばいい。


 理由は揃っている。


 合理性もある。


 それでも指は動かなかった。


「……何なのだ、これは」


『恋じゃね?』


「違う!」


 即座に振り向く。


 部屋の入口に、オタクミが立っていた。


 腰の鞘からゴルドスの声がする。


「勝手に入るな!」


「ノックしたぞ。三回」


「聞こえなかった」


「ずっとアクスタ見てたから?」


「見ていない」


『見てたな』


「お前は見ていないだろう!」


『雰囲気で分かる』


「余計腹が立つ!」


 アーグは大きく息を吐き、再び机へ向き直った。


 オタクミが横から覗き込む。


「まだ付けてんじゃん」


「検証中だ」


「何を?」


「……」


「何を?」


「黙れ」


「分かってないんじゃん!」


 オタクミが笑う。


 アーグは睨んだ。


「昨日、あれを見た時に身体が動いた。それは事実だ」


「うん」


「だが原因が分からん」


「うん」


「武器性能が向上したわけでもない。何らかの術式が発動した形跡もない。偶然、気分が変化しただけとも考えられる」


「うん」


「……何だ」


「いや。アーグがそういう話してんの、ちょっと面白くて」


「何がだ」


「いつもなら『効果が証明できないから切り捨てる』って言いそうだから」


 アーグは口を閉じた。


 その通りだった。


 証明できない。


 利益も読めない。


 再現性も分からない。


 かつての自分なら、そんなものに時間を割かなかった。


「だから調べている」


「外さずに?」


「……検証のためだ」


「ふーん」


「その顔をやめろ」


「別に何も言ってないけど」


「言っている」


 オタクミはまた笑った。


     ◇


 しばらくして、リアとセラも部屋へやってきた。


 昨日の売場で無事だった品の確認と、壊れた台の修理について話すためだったが、リアは机の上を見るなり足を止めた。


「あ」


 アーグが嫌そうな顔をする。


「何だ」


「まだ付けてくれてたんですね」


「……結果的にな」


「よかったです」


「何がだ」


「昨日、外すって言ってたので」


 リアは武器へ近づいた。


 アクスタをじっと見る。


「別の絵に替えますか?」


「……別の?」


「はい。昨日は急いで差したものなので。もっと戦いやすそうな絵とか、アーグさんが気に入ったものとか」


「気に入ったもの」


 その言葉が妙に引っかかる。


 リアは悪気なく続けた。


「何枚かありますよ。横向きのものとか、座ってるものとか」


 アーグの目が一瞬だけ動く。


 座っている絵。


 EP028で、なぜか目に留まったもの。


 昨日のものとは違う。


 比べてみる。


 変える理由はある。


 武器へ付けるなら、絵の形や大きさで邪魔になりにくいものを選んだ方が合理的だ。


「……いや」


 口から出た言葉は、それとは逆だった。


「このままでいい」


 リアが微笑む。


「はい」


「……何だ」


「何も言ってません」


「皆してその顔をするな!」


 セラが壁にもたれて腕を組む。


「自分で選んだじゃん」


「何をだ」


「その絵」


「替えないと言っただけだ」


「それを選んだって言うの」


「違う」


「どこが?」


「……」


 アーグは答えられなかった。


 選ぶ。


 その言葉自体は、何千回も使ってきた。


 何が売れるか。


 何を仕入れるか。


 誰へ流すか。


 どこで価格を動かすか。


 そういう選択なら得意だった。


 だが。


 理由を説明できないものを選ぶことは、ほとんどなかった。


「……効率がいいわけではない」


 アーグは呟く。


「そうだね」


 セラが返す。


「市場価値が高いわけでもない」


「うん」


「希少でもない」


「そうですね」


 リアが頷く。


「なら、なぜ私はこれを残している」


 誰もすぐには答えなかった。


 オタクミだけが、少し考えてから口を開いた。


「今すぐ名前つけなくてもいいんじゃね?」


「は?」


「好きとか推しとか、そういうの」


 アーグが眉をひそめる。


「曖昧すぎる」


「曖昧でいいだろ」


「価値を曖昧なまま扱うのか?」


「だって、まだ分かんないんだろ?」


「……」


「分かんないなら、分かんないままで持ってればいいじゃん」


「何だ、その雑な理屈は」


「でも外したくないんだろ?」


 アーグは武器を見る。


 外したくない。


 その言葉だけは、妙に正確だった。


「……それだけでいいのか」


「今はな」


 オタクミは肩をすくめた。


「あとで『やっぱ違った』って外してもいいし。別の絵がよくなってもいいし」


「そんなに簡単に変えていいものなのか?」


「好きなもんなんて、変わることあるだろ」


 アーグが顔を上げる。


 オタクミは珍しく、押しつけるような顔をしていなかった。


「だから、俺が決める話じゃない」


 その言葉に、アーグはしばらく黙った。


     ◇


 昼前。


 売場の修理をしながら、アーグは昨日の注文票を整理していた。


 破れたものはない。


 名前と希望。


 選んだ絵。


 受け取り予定。


 一枚ずつ見る。


「……不思議なものだ」


「何が?」


 横で棚を直していたセラが聞く。


「同じ品でも、欲しがる理由が違う」


「今さら?」


「今までは理由を分類していた」


「分類?」


「実用。贈答。希少性。流行。収集。価格期待。そういう項目だ」


「いかにもアーグって感じ」


「悪いか」


「別に」


 アーグは紙を一枚持ち上げる。


 そこには、特定の表情を選んだ客の注文が書かれていた。


「昨日までなら、こう考えた。どの絵が最も売れるか。何枚用意すべきか。どの価格なら最大になるか」


「うん」


「だが……」


 一度言葉を切る。


「売れる理由と、欲しくなる理由は、同じではないのだな」


 セラが少しだけ目を細めた。


「それ、前からオタクミがうるさく言ってなかった?」


「言葉として聞くのと、自分で分かるのは別だ」


「……まあ、それはそう」


 アーグは自分の武器を見る。


 そこにはまだ、アクスタが付いている。


 誰に売るわけでもない。


 値段を上げるものでもない。


 戦闘効率だけなら、ない方がいいかもしれない。


 それでも。


 ある方がいい。


 その感覚を、自分が持つとは思わなかった。


「面倒なものだな」


「何が?」


「欲しいという感情は」


「今さら?」


「二度言うな」


     ◇


 夕方。


 アーグは宿へ戻り、武器を布で包もうとしていた。


 明日また使うなら、埃を避けた方がいい。


 いつもの手順。


 武器全体を覆う。


 留める。


「……」


 机へ置く。


 少し離れる。


「……」


 戻る。


 布の端を少しだけずらした。


 アクスタの部分だけが見える。


『お』


「何だ」


『見えるようにしたな』


「湿気対策だ」


『透明板に?』


「黙れ」


 ちょうど部屋へ入ってきたオタクミが、それを見て吹き出した。


「いや、それ絶対見たいだけじゃん!」


「違う!」


「じゃあ全部包めよ!」


「これは……状態確認を容易にするためだ!」


「透明だから包んだままでも大体見えるだろ!」


「うるさい!」


 アーグは布を直そうとして。


 また止まった。


 透明な板の向こう。


 昨日と同じ絵。


 何も言わない。


 何もしてくれない。


 それでも。


 見ると、ほんの少しだけ明日のことを考えられた。


 戦いではない。


 売上でもない。


 次に何をするか。


 何を選ぶか。


 そういうことを。


「……面倒だ」


 呟く。


 だが今度は、その言葉に苛立ちはほとんどなかった。


 灰になったのは、何だったのか。


 過去の自分。


 価値の見方。


 それとも、他の何か。


 アーグにはまだ分からない。


 ただ。


 その灰の中に、小さなものが芽を出し始めている。


 名前もない。


 値段もない。


 数値にもできない。


 けれど確かに、そこにある。


『……で、それ外すの?』


「外さん」


 即答だった。


 数秒の沈黙。


「……今はな」


『はいはい』


「その返事をやめろ!」

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