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奇跡の一枚

閉店後の『KIRABOSHI』カフェに、どんよりとした空気が漂っていた。

今日も、街中でのスカウト活動は成果ゼロ。


リアはトレイを拭きながら落ち込み、セラは椅子にふんぞり返り、腕を組んだまま小さく舌打ち。

そして――中央のテーブルで突っ伏しているのは、言わずもがなオタクミだ。


「……いない……ラザリスの街に、俺の求める“本物の魂”を持ったアイドルはいないのか……!」


まるで人生そのものに絶望したような声に、リアが慌てて駆け寄る。


「せ、先生! まだきっと、どこかに……」


「リア……俺はもう、“オタクに理解されないオタク”という地獄に耐える力が残ってないんだ……ッ」


「面倒くさい構文になってきたわね」


セラの容赦ないツッコミが飛ぶ中、静かに立ち上がったのは――アーグだった。


「……素人が闇雲に探しても、成果が出ないのは当然だ」


「……は?」


「餅は餅屋。探すべきは“歌を知る者”の痕跡。つまり、この街の吟遊詩人たちに聞くのが最も理に適っている」


その冷静な分析に、空気が変わる。

アーグの目は鋭く光っていた。かつて、転売魔幹部の眼差しである。


「歌は、道具やスキルではなく、“記録されない文化”だ。だからこそ、語り部の中にその手掛かりが残る」


「アーグさん……!」


「行ってくる。まずは裏通りの情報は俺が引き出す」


そう言ってマントを翻し、アーグは店を出て行った。



その日の夕刻。

アーグは、ラザリスの中央通りから外れた、裏通りの古びた一軒の骨董品店へと足を踏み入れていた。


棚には、魔具の破片、半壊れた呪具、誰のかも分からない冒険者の名札、謎のボタンコレクション。

いわば、「価値の無いものに囲まれた、価値のある空間」だ。


しかし――


(……あるな。これは、匂う)


元転売魔のアーグが頼りにしている“勘”が、一本の引き出しに導かれる。


その中に、木枠のスケッチ画があった。


それは――一人の少女が、川辺に膝を抱えて座っている絵だった。

木炭で描かれたその横顔は、言葉を持たずに“歌っている”ようだった。


儚い。美しい。そして、寂しい。


背景は簡素だ。苔むした岩、かすかに揺れる水面。

でも、その絵の中でだけ時間が止まっているような、魂に直接触れてくる何かがあった。


「……これは」


アーグは即座にその価値を見抜いた。


「おっ、そいつかい?」


奥から、しわくちゃの老人がひょこりと顔を出す。


「変なもん好きだねえ。若いのに、なんでそんな“地味で暗い絵”が良いんだか」


「この絵、いくらだ」


「うーん、2シルバーでいいよ!」


(安すぎる……やはり世界では、“絵”に文化的価値がまだ根付いていないのか)


アーグは、黙って金貨を払った。

そして、そのスケッチを胸に抱きながら、彼は確信した。

(これは、“呼んでいる!”)



その夜。

『KIRABOSHI』に戻ったアーグは、テーブルに絵を置いた。

アーグが持ち帰った「奇跡の一枚」を囲む一行の目は、自然と真剣な色に染まっていた。


リアは絵を手に取ると、目を見開いて、じっとその絵の線を追っていく。

指先がそっと、湖の水面をなぞった。


「……この苔の付き方、岩の陰影、そして水面の描き方……間違いありません。これは――」


リアは息をのんだ。


「『嘆きの森』の奥にある、“嘆きの湖”です。……私、昔旅の途中で一度だけ訪れたことがあるんです。実在します!!」


「マジか!?」


オタクミが身を乗り出す。


「湖の水は静かで、霧がかかっていて……まるで、世界そのものが泣いてるみたいな場所なんです。歌を描いた絵に、この場所を選ぶって……きっと、描いた人も、歌っていた子も、ただ者じゃありません……!」


リアの目には、ほんのりと涙が浮かんでいた。絵を描く者として、共鳴する何かがあったのだ。

すると、隣でその名を聞いたセラが、明らかに顔を曇らせた。


「……あそこ、ヤバいわよ」


「ヤバい? 何が?」


「“嘆きの湖”って、盗賊仲間の間でも絶対に近づくなって言われてる。

夜な夜な、森の奥から妙な歌声が聞こえてくるって。聞いた者は、魂を吸われたみたいに正気を失うとか。……噂だけどね」


「それだ!!」


突然、オタクミが叫んだ。


「それってもう、異世界伝説系の伏線じゃん!! 」


「いや、普通は避けるでしょ……」とセラはため息をついたが、オタクミの目はギラギラしていた。


「リア、その絵を俺にもよく見せてくれ!」


リアから絵を受け取り、オタクミはじっと見つめる。

そして――眉を寄せる。


「この線……見覚えがある……いや、気のせいか……?」


ほんの一瞬、絵のタッチに“既視感”があった。


彼の脳裏に、現世の記憶――かつて、一緒に推し語りをしていた旧友・圭介ケイスケの手描きのイラストがよぎった。

だが、オタクミはすぐに首を横に振った。


「……いや、まさかな」



その後一行は、ラザリスの片隅にある酒場《弦月の竪琴亭》を訪れていた。

ここは、旅の吟遊詩人たちが立ち寄り、酒と音楽を交わす場所だ。

木の香りと葡萄酒の匂いが混じる中、オタクミが一枚の絵を掲げる。


「すみません! この絵、何かご存じの方はいませんか!? “嘆きの湖”にいたという、この少女のことを――!」


静まり返った場の奥で、コトリと木のカップを置く音がした。


「……おお、その絵は……!」


現れたのは、以前も英雄譚を語っていた老吟遊詩人だった。


「……その絵、ワシが売ったやつじゃ」


「えっ!?」


「つい先週くらいかの。あの“嘆きの湖”で、ワシも噂の歌声を聞いてみようと思ってな。そしたら――おったんじゃ。川辺で、独り静かに歌う少女が」


老詩人の目が、遠い記憶に滲む。


「それは……それはもう、言葉にならん美しさでのう。声が風になって、霧の中に染み込んでいくような……まるで世界が、その歌を聞いて泣いとるようだった」


「……それで?」


「そこに、一人の男がいたんじゃ。顔は覚えとらんが……“勇者”を名乗っておった。

『この歌声は、忘れてはならない。俺が描き残す』と言ってな、少女を描いた絵をワシに見せてくれた」


「えっ、その男が……!」


「でな、その時は酔ってたし、よく覚えてないんじゃが……なぜかその絵、ワシが持って帰っとった。勇者殿は『ワシが持ってる方が多くの人に広まるだろう』とか言っておってな……まあ、酒代にしちまったが」


『貴様その絵を酒代にぃぃ!? もうコイツも実質転売魔だろ!!?』とゴルドスがツッコむ。


だが、それは紛れもない「証拠」だった。


「じゃあ……あの絵の少女こそ、『嘆きの湖』の歌姫、“嘆きのセイレーン”なんだな……!」


オタクミは、ゆっくりとその絵を掲げた。

月明かりの中で、それはまるで命を持ったように輝いていた。


「よし、みんな。目的地は決まったぞ!」


「まさか、、、、?」


セラが不安そうに訊くと、オタクミは誇らしげにうなずいた。


「この“奇跡の一枚”を道標に――俺たちは、伝説のアイドル候補(勝手に)を迎えに行く!

……ついでに、幻の画力の持ち主もな!」

(いよいよだ……本物の“魂”を持ったアイドルを、この手でスカウトする時が来た……!)


風が、ラザリスの夜を駆け抜ける。

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