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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
2 スライム製アクスタ編

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推しを守るために

 ジルバが去った翌日、オタクミたちはランダム特典を一度止めた。


「中身を選べるやつも用意する。交換したい人は交換していい。あと、『もう一回買わないと欲しいのが手に入らない』みたいなのは、なるべく無し!」


「なるべくって何よ」


「全部禁止すると、開ける楽しさまで消えちゃうだろ?」


 市場の一角で、オタクミは昨日使った絵札を並べ直していた。


 リアは種類ごとに絵を分け、セラは注文票と受け取り予定を確認している。その少し離れた場所では、アーグが腕を組みながら黙って作業を眺めていた。


「で」


 セラが顔を上げる。


「なんでまだいるの?」


「昨日の話が中途半端だったからだ」


「何の?」


「販売方法の改善だ」


「ふーん」


「何だ、その顔は」


「別に。帰るって言いながら結局また来るんだなって」


「帰るとは言っていない」


『もう諦めて手伝ってるって認めろよ』


「黙れ、鞘」


 アーグは不機嫌そうに言い返した。


 だが昨日までと違い、その足は売場から離れようとはしていなかった。


 オタクミはそれを横目で見て、少しだけ笑う。


「じゃ、アーグ。こっちの注文票も――」


「断る」


「まだ何も言ってない!」


「顔を見れば分かる」


「便利だな元幹部!」


 いつもの調子が戻りつつあった。


 だからこそ。


 最初に異変へ気づいたのは、セラだった。


「……来た」


 短い声。


 オタクミが振り向く。


 市場の人波が、ゆっくり左右へ割れていた。


 昨日と同じ男が歩いてくる。


 ジルバ。


 その後ろには数人の男たち。


 昨日は遠巻きに立っていただけだった彼らが、今日は明らかに何かをするつもりでいる。


 アーグの表情から、すっと色が消えた。


「……本当に来たか」


「言ったでしょう?」


 ジルバは笑った。


「次は、もう少し昔を思い出せる形で来ると」


「帰れ」


「おや。話も聞かずに?」


「聞く必要がない」


「そうですか」


 ジルバは肩をすくめる。


 そして売場へ目を向けた。


 並べられた見本。


 受け取りを待つ完成品。


 客の名前や希望が書かれた注文票。


「では、話ではなく――実物で思い出していただきましょう」


 片手を上げる。


「持っていけ」


 男たちが一斉に動いた。


「なっ――!」


「注文票もだ! 売れそうな絵は全部まとめろ!」


「こっちの透明なやつも持ってけ!」


「待て!」


 オタクミが飛び出す。


 一人の男が完成品へ伸ばした手を、鞘で横から弾いた。


「っ!」


「それは売り物じゃない!」


「売ってんだろうが!」


「もう誰かが選んだやつだ!!」


 男が殴りかかってくる。


 オタクミは身を沈め、鞘で腕を受け流した。


『左!』


「分かってる!」


 背後から来たもう一人を、振り向きざまに鞘で押し返す。


 刀身は抜かない。


 今守るべきものが目の前にある以上、余計な傷を増やす必要などなかった。


「リア! 完成品下げろ!」


「はい!」


 リアが机の奥へ回り、注文済みのアクスタを箱へ移していく。


「名前の紙も一緒に!」


「分かりました!」


 セラはすでに客たちを売場から離していた。


「そっちの道へ! ここに残らないで!」


「でも、注文した物が――」


「物より先に自分守って!」


 言いながら、伸びてきた手を払い、男の足元を崩す。


 転ばせる。


 それ以上は追わない。


「オタクミ! 右から二人!」


「了解!」


 売場は一瞬で戦場になった。


     ◇


「くだらない」


 少し離れたところで、ジルバは騒ぎを眺めていた。


「紙。透明な板。絵」


 倒れた台から、一つのアクスタが転がり落ちる。


「そんな物のために、必死になる」


 ジルバの靴が、そのすぐ脇で止まった。


 アーグが前へ出る。


「触るな」


「昨日も聞きましたよ、それ」


「なら学習しろ」


「まだ分からないんです」


 ジルバが笑う。


「これはあなたの物ではない」


「そうだ」


「なら、壊れようが奪われようが、あなたには何の損もない」


 アーグは答えなかった。


 視線だけが、地面のアクスタへ落ちる。


 誰の注文だったか。


 覚えている。


 昨日、何度も見本を見比べていた客だ。


 強そうな姿より、笑っている方を選んだ。


 理由を聞けば、ただ「こっちが好きだから」と言った。


 値段ではない。


 希少性でもない。


 得でもない。


 本人が選んだ。


 ただ、それだけ。


「……以前なら」


 アーグが静かに口を開く。


「私も同じことを言っただろうな」


「でしょう?」


「自分の物でなければ関係ない。高く売れないなら価値はない。壊れたなら、また別の物を仕入れればいい」


「やっと思い出しましたか」


「だから分かる」


 アーグはジルバを見る。


「あれが、どれほど薄っぺらい考えだったかもな」


 ジルバの笑みが消えた。


「……何ですって?」


「それは私の物ではない」


 アーグは地面のアクスタを拾い上げる。


「だが、それを欲しいと言った人間がいる」


 傷がないことを確認し、リアのいる方へ放った。


「リア!」


「はいっ!」


 受け取ったリアが胸元へ抱える。


 アーグはジルバへ向き直った。


「今は、それで十分だ」


     ◇


「ずいぶん変わりましたね、アーグ様」


「その呼び方をやめろと言ったはずだ」


「残念ですよ」


 ジルバが手を振る。


 男たちの一部が、今度はアーグを囲み始めた。


「昔のあなたなら、物を守る側ではなかった」


「昔の話だ」


「なら、その昔の腕まで鈍っていないことを祈りましょうか」


 一人が踏み込む。


 アーグは腰の武器へ手を伸ばした。


 金属音。


 抜いた武器を横へ走らせ、相手の一撃を逸らす。


 返す動きで腕を打つ。


「ぐっ!」


 続く一人。


 足を狙われる。


 半歩下がり、武器の柄で受ける。


「遅い」


 短く踏み込んで押し返す。


 動きに迷いはなかった。


「おお」


 少し離れた場所で、オタクミが目を見張る。


「普通に強いじゃん!」


「感想言ってないでそっち見ろ!」


『右来てんぞ!』


「うおっ!?」


 オタクミの頭上を棒が掠めた。


「危なっ!」


「余所見するな!」


「そっちもな!」


 アーグがさらに一人を退ける。


 だが。


「やっぱり、変わってませんね」


 ジルバが呟いた。


「踏み込む前に右肩が落ちる」


 アーグの目が動く。


「守りへ回る時は、左足から引く」


「……」


「昔、何度見たと思ってるんです?」


 次の瞬間。


 アーグが受けようとした場所とは反対から、別の男が飛び込んだ。


「っ!」


 肩へ衝撃。


 体勢が崩れる。


 そこへもう一人。


「アーグ!」


 オタクミが駆け寄ろうとする。


「来るな!」


「でも!」


「そっちを守れ!」


 別方向では、二人の男が注文票へ手を伸ばしている。


 セラが一人を止めるが、もう一人までは間に合わない。


「リア!」


「はい!」


 リアが紙束を抱えて走る。


 オタクミは歯を食いしばった。


 アーグか。


 注文品か。


 客か。


 一人で全部は守れない。


「くそっ……!」


 盾形態へ移した《タクミ・ブレイザー》で、倒されかけた展示台の前へ入る。


 鈍い衝撃。


 盾の外側で攻撃を受け止める。


『おい! 数が多いぞ!』


「分かってる!」


「先生!」


「リアは下がってろ!」


「でもアーグさんが!」


 そのアーグは、ジルバたちに動きを読まれていた。


 以前の部下。


 それはつまり、昔の戦い方を知る相手でもある。


「右だ!」


 アーグがかわす。


「違う、そっちは誘導だ!」


 セラの声。


 だが遅い。


 足を払われ、アーグが膝をつく。


 武器が手を離れた。


 石畳を滑る。


「アーグ!」


「構うな!」


 ジルバが近づく。


「見苦しいですね」


「……まだ終わっていない」


「終わっていますよ」


 足元に転がったアーグの武器を、ジルバが見下ろす。


「昔の技も、癖も、全部こちらは知っている」


 アーグは立ち上がろうとする。


「今さら守る側へ回ったところで、あなた一人に何ができる?」


 アーグの指が、石畳を掴んだ。


 答えられない。


 実際、守れていない。


 オタクミもセラも押されている。


 リアは注文品を抱えたまま逃げ道を探している。


 そして自分は。


 昔の自分を知る相手に、昔の動きを読まれている。


     ◇


「……一人じゃなきゃいいだろ」


 オタクミの声がした。


 ジルバが振り返る。


「何?」


「一人じゃ無理なら、一人でやらなきゃいい」


 盾形態を戻した《タクミ・ブレイザー》を腰へ寄せながら、オタクミは息を整える。


「さっきから聞いてりゃ、昔のアーグはこうだった、昔ならこうしたって」


「事実でしょう」


「知らねえよ、昔のこいつなんて」


 アーグが顔を上げる。


「俺が知ってるのは、客が選んだアクスタに触るなって止めたこいつだ」


「……オタクミ」


「あとランダム二回引いて外してた」


「それは今言う必要があるか!?」


『めちゃくちゃある』


「ない!」


 思わずアーグが怒鳴った。


 一瞬だけ。


 本当に一瞬だけ。


 戦場の緊張が妙な方向へ揺れた。


 だがオタクミの目は真剣なままだった。


「昔の戦い方が読まれてるなら、別のことすりゃいい」


「簡単に言うな」


「俺、それ得意」


「自覚があるのか……」


 オタクミは周囲を見る。


 倒れた展示台。


 散らばった見本。


 無事だったアクスタ。


 外れた台座。


 そして少し離れた石畳の上に、アーグの武器。


 視線が行き来する。


 一度。


 二度。


 オタクミの眉が上がった。


『……おい』


 ゴルドスが嫌な予感を察したような声を出す。


「待て」


 オタクミが呟く。


「何だ」


「アーグ」


「今度は何だ」


「その武器――」


 オタクミは石畳へ転がるアクスタの台座を拾い上げた。


 それを眺める。


 次に、アーグの武器を見る。


 そして。


 ものすごく嫌な笑みを浮かべた。


「ちょっと貸せ」


「断る」


「まだ何も説明してない!」


「その顔を見れば分かる!」


『アーグ、正しいぞ』


「ゴルドスまで!?」


 ジルバたちが呆気に取られる中、オタクミは台座を握りしめた。


「いや……いける」


「何がだ」


「たぶん、いける!」


「だから何がだ!」


 オタクミの視線が、台座と武器の間を往復する。


 アーグはその顔を見て。


 心の底から嫌な予感がした。

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