ランダム特典って闇だよね
「……また来た」
市場の一角で注文票を整理していたセラが顔を上げ、少し離れた人影を見つけた。
フードを深くかぶった男が、こちらへ歩いてくる。昨日と同じように周囲の店や客の流れを眺めながら、別に用事などないという顔をしているが、その足取りはまっすぐオタクミたちの売場へ向かっていた。
「おっ、アーグ!」
「大声で呼ぶな」
「また来たじゃん!」
「昨日の受注状況がどうなったか確認しに来ただけだ」
『もう普通に手伝う気じゃねえか』
「違う」
即答したアーグだったが、机の上に積まれた注文票を見ると、すぐに眉を寄せた。
「増えているな」
「増えました……」
リアが嬉しいような困ったような顔で答える。
注文が増えたこと自体はありがたい。しかし、客の希望も増えていた。正面、横顔、笑顔、戦っているところ、髪がよく見える角度。見本として並べる絵も少しずつ増え、今では客が机の前で長く悩むことも珍しくない。
「こっちも好きなんだけど、こっちもいいのよね……」
ちょうど一人の客が、二枚の絵を交互に見ていた。
「ゆっくり選んでください!」
オタクミはそう言ったものの、その客が去ったあと、腕を組んで唸る。
「選べるのはいい。でも増えすぎると迷うな」
「先生が増やしたんじゃないですか」
「だって需要には応えたいじゃん!」
「全部に応えようとして制作が詰まってるんだけど」
「ぐっ」
セラの一撃にオタクミが沈む。
その横で、アーグは並べられた絵を見ていた。
「選択肢を増やせば、必ずしも客が選びやすくなるわけではない」
「分かってるよ。だから何かこう……選ぶのも楽しくなる仕組みが……」
オタクミはしばらく考え込み――突然、顔を上げた。
「ランダム特典!」
「何それ」
「買ってくれた人に、小さい絵を一枚おまけで付けるんだよ。ただし、どの絵が入ってるかは開けるまで分からない!」
リアが目を丸くする。
「何が入っているか分からないんですか?」
「そう! 開ける時にワクワクするだろ?」
『嫌なところから現代知識を持ち込んできたな』
「何で最初から嫌な扱いなんだよ!」
アーグだけは笑わなかった。
「……それは売れる」
「だろ?」
「お前が思っている以上にな」
その言い方に、オタクミの笑顔が少し止まった。
◇
試しに用意したのは、四種類の小さな絵札だった。
リアが以前描いた簡単な絵を元にしたもので、どれが入っているか分からないよう紙で包む。アクスタ本体は今まで通り客が好きなものを選び、絵札はあくまで小さなおまけという扱いにした。
最初の反応は上々だった。
「何が入ってるんだろ」
「あ、笑ってるやつだ!」
「私のはこっち!」
その場で包みを開き、互いに見せ合う客がいる。
「それいいな。交換しない?」
「いいよ。私、そっちの方が好き」
自然に交換まで始まり、オタクミは目を輝かせた。
「ほら! 楽しいじゃん!」
「そうですね。交換するのも楽しそうです」
リアも笑う。
セラだけは少し離れたところから様子を見ていたが、今のところ問題はなさそうだった。
アーグは腕を組んだまま、客の手元を追っている。
「……なるほど」
「何だよ」
「いや」
その時、一人の青年が戻ってきた。
「あの、もう一個買える?」
「アクスタ?」
「いや、その絵札。欲しいのが出なかったから」
オタクミが瞬いた。
「絵札だけ?」
「駄目なら、何かもう一つ注文する。あと一種類なんだ」
「いやいや、そこまでしなくていいって!」
「でも欲しいんだよ」
青年は困ったように笑った。
その後ろでも、別の客が三枚の絵札を広げている。
「また同じのだった……」
「三枚目?」
「うん」
「交換する?」
「欲しいやつ持ってる人がいなくてさ」
オタクミの顔から、少しずつ勢いが消えていった。
「……あれ?」
「気づいたか」
アーグが静かに言った。
「何が」
「選べないから、もう一度欲しくなる」
机の上に残る包みを一本、指先で弾く。
「欲しい絵を直接選べるなら、一度買えば終わる。だが中身が分からなければ、欲しい物が出るまで買う理由が残り続ける」
「いや、でもこれはおまけだぞ?」
「関係ない。欲しくなれば、それ自体に価値が生まれる」
アーグは淡々と続ける。
「種類を増やす。出にくい絵を混ぜる。特定の一枚だけ数を減らす。全部集めた者へ別の品を渡す――やり方はいくらでもある」
「待て待て待て」
オタクミが両手を上げた。
「急に闇を深くするな!」
「売上だけを見るなら合理的だ」
「その言い方、めちゃくちゃ嫌なんだけど!」
「私もそう思う」
アーグの返答に、今度はオタクミが黙った。
◇
しばらくして、リアが一つの包みをアーグへ差し出した。
「アーグさんも、引いてみます?」
「なぜ私が」
「昨日、見てた絵も入ってますよ」
アーグの眉がわずかに動いた。
椅子に腰掛け、少し横を向いた人物。
昨日、自分でも理由が分からないまま長く見ていた絵だった。
「……別に欲しいわけではない」
「じゃあ、いらない?」
「……一つだけなら」
『欲しいんじゃねえか』
「黙れ」
包みを受け取り、開く。
違う絵だった。
「…………」
「残念」
「別に残念ではない」
「もう一個あるぞ?」
「要らん」
数秒後。
「……一つだけだぞ」
「早っ!」
二枚目。
また違う。
アーグは絵札を見つめ、それから残っている包みへ視線を移した。
今度は自分から手を伸ばしかけ――止める。
「……なるほどな」
「だから何が?」
「知っていても、欲しくなる」
アーグは二枚の絵札を机へ置いた。
「仕組みは分かっている。次も外れる可能性があることも、欲しい一枚だけを直接渡してもらう方が合理的なことも分かっている。それでも、次なら出るかもしれないと思った」
少し間を置いて、自嘲するように笑う。
「昔の私なら、この感情を見つけた時点で、どう金に変えるかしか考えなかっただろうな」
オタクミは残った包みを見る。
「俺は、開ける時に楽しいかなって思っただけなんだけど」
「楽しいだろう」
「え?」
「実際、最初の客たちは楽しんでいた。交換していた連中もな」
「じゃあ――」
「だから厄介なんだ」
アーグはオタクミを見る。
「楽しいことと、利用できることは両立する」
オタクミは答えなかった。
少し離れたところで、先ほどの青年がもう一度財布を確認している。
欲しい絵があと一枚。
楽しそうではある。
でも、困ってもいる。
「……売れるから続ける、じゃ駄目だな」
オタクミが呟く。
「先生?」
「一回考え直す。欲しいやつがちゃんと欲しい形で手に入る逃げ道は要る」
「逃げ道?」
「交換でも、後から選べるでも何でもいい。『出るまで買え』にはしたくない」
アーグは少し目を細めた。
「甘いな」
「うるさい」
「だが」
続きを言いかけた、その時だった。
「――相変わらず、随分とぬるい商売をしておられる」
背後から聞こえた声に、アーグの表情が消えた。
市場の人混みが、不自然に割れている。
数人の男を従え、一人の男がこちらへ歩いてきた。
「……ジルバ」
「お久しぶりです、アーグ様」
口では敬っている。
だが、その笑みに敬意は一片もなかった。
「その呼び方はやめろ」
「これは失礼。今はもう、何も持たないお方でしたな」
セラが静かに位置を変え、リアを庇うように前へ出る。オタクミもジルバとアーグを交互に見た。
「知り合い?」
「……昔の部下だ」
「昔、ねえ」
ジルバは机の上の包みと絵札を見て、鼻で笑った。
「なるほど。客に中身を選ばせない。欲しい物が出るまで買わせる。悪くない」
「違う」
オタクミが即座に言った。
「もうやり方を変えるところだ」
「なぜ?」
ジルバは本気で分からないという顔をした。
「欲しがる奴がいる。金を出す奴がいる。なら出させればいい。何が問題だ?」
その言葉に、アーグの指がわずかに動いた。
「なあ、アーグ様」
ジルバは楽しそうに続ける。
「昔のあなたなら、こんな生ぬるい仕掛けで止めたりしなかったでしょう?」
「……」
「当たりを減らす。数を絞る。客同士を競わせる。値が上がったところで流す。もっと上手くやれたはずだ」
否定の言葉が、すぐには出なかった。
全部、知っている。
全部、やり方が分かる。
かつてなら、それを能力だと思っていた。
「図星ですか?」
ジルバが笑う。
その手が、机の端に置かれていた一枚のアクスタへ伸びた。
「こんな玩具を守るために、随分と丸くなったものだ」
「触るな」
アーグの声が低くなる。
ジルバの手が止まった。
「……ほう?」
「それは私の物ではない」
「なら、なおさら関係ないでしょう」
「客が選んだ物だ」
自分の口から出た言葉に、アーグ自身が一瞬だけ黙る。
昨日までなら、そんなことを理由にしただろうか。
ジルバは面白そうに笑った。
「では試してみましょうか」
指先がアクスタの台座へかかる。
オタクミが一歩前へ出た。
「やめろ」
笑っていた顔から、完全に笑みが消えていた。
周囲の空気が変わる。
ジルバはそれを見て、ゆっくり手を離した。
「今日は挨拶だけにしておきましょう」
「何しに来た」
「確認ですよ」
視線がアーグへ戻る。
「あなたが、本当にこちら側を捨てたのかどうか」
「……」
「どうやら、思っていたより重症らしい」
ジルバは踵を返した。
「また来ますよ、アーグ様。次は――もう少し、昔を思い出せる形で」
数人の男たちを連れ、人混みの向こうへ消えていく。
誰もすぐには口を開かなかった。
やがてオタクミが、小さく息を吐く。
「……知り合いの癖が強い」
『お前が言うな』
いつものやり取りにも、アーグは反応しなかった。
机の上には、二枚の外れた絵札。
そして、その隣には誰かが自分で選び、受け取りを待っているアクスタが立っている。
アーグはそれをしばらく見つめたあと、低く呟いた。
「……昔を思い出せ、か」
戻りたいとは、思わなかった。




