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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
2 スライム製アクスタ編

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孤独のアーグ

 地位も、富も、かつて信じていた美学も失った。


 少し前までの私は、値札を見ればその裏側を読めた。何が不足し、誰が欲しがり、どこへ流せばどれだけ利益が出るのか。需要と供給、希少性と焦り、見栄と執着。人が何かを欲しがる理由を細かく分解し、それを数字へ置き換えることが、私の仕事だった。


 いや――仕事という言葉では足りない。


 それこそが、私の価値だった。


 転売魔の側で幹部として振る舞っていた頃は、それを疑ったことなど一度もない。高く売れる物には価値がある。欲しがる者が多ければ値段は上がる。ならば値上がりする物を先に押さえ、最も高く買う者へ渡せばいい。それが市場だと、本気で思っていた。


 今となっては、その肩書きも金もない。


 元の仲間たちの前へ堂々と顔を出せる立場でもなくなり、人目を避けて日々をつなぐだけの生活をしている。


 それでも頭だけは勝手に働いた。


 安い宿を見ると稼働率を考え、露店を見ると仕入れ値を推測し、人の流れを見れば売上を計算する。長年染みついた癖は、簡単には抜けないらしい。


 だが、一つだけ分からなくなったことがある。


 自分が、何を欲しいのか。


 それだけが分からない。


     ◇


 久しぶりに足を踏み入れたラザリスは、妙な街になっていた。


 前から騒がしい場所ではあった。だが今は、以前とは違う種類の物が目につく。


 店の帳場。


 窓辺。


 屋台の隅。


 宿の受付。


 透明な板が、小さな台座に差し込まれて立っている。


 そこに描かれているのは人物の絵だ。


「……何だ、これは」


 思わず足を止めた。


 最初に見たのは、剣を構えた少女だった。


 次の店では、笑っている別の人物。


 少し離れた窓には、二つ並んで置かれている。


 私は反射的に構造を見た。


 素材は透明。完全な均一品ではない。わずかな曇りや厚みの差もある。台座との噛み合わせも一つずつ微妙に違う。大量生産品には見えない。


 ならば製造効率は悪い。


 同じ形を大量に作れば原価は下げられるはずだが、見たところ絵柄がばらばらだ。それどころか、同じ人物でも姿勢や表情まで違う。


 商材としては、未熟。


 私なら、そう評価する。


 なのに。


「そっちじゃなくて、こっち」


 近くの露店で、子供が二つの品を見比べていた。


「こっちの方が綺麗だぞ?」


 父親らしき男が言う。


「でも、こっちの顔の方が好き」


「同じ子だろ?」


「違うの」


 子供は迷わず一方を選んだ。


 私は眉をひそめた。


 品質ではない。


 値段を見る限り、大きな差もない。


 希少性でもない。


 何だ?


 少し歩くと、今度は女性が店主へ尋ねていた。


「これ、二つ並べてもいいの?」


「買った後は好きにすりゃいいだろ」


「じゃあ、こっちとこっち」


「同じ棚に置くのか?」


「一緒にいた方が楽しそうだから」


 意味が分からない。


 一緒にいた方が、楽しそう。


 商品価値の説明になっていない。


 だが、その女は満足そうに金を払った。


 私は無意識に、その二つの透明板を目で追っていた。


 価値を決める要因が、どこにも見えない。


 いや。


 見えていないのは、私の方か。


     ◇


「……まだこんな物を作っていたのか」


 気づけば、口に出していた。


「こんな物とは何だ!」


 聞き覚えのある声が飛んできた。


 身体が固まった。


 振り返る。


 金髪の少女の姿。


 だが中身は、間違えようもない。


「お前……」


「あ」


 向こうも気づいた。


 オタクミ・ルミナス。


 あの日、理解不能な武器を私の目の前へ突きつけ、あまつさえそれを傷つけることなく私を叩き伏せた男。


 反射的に身構える。


 腰へ手を伸ばしかけ――そこに以前ほど頼れる物がないことを思い出した。


「……アーグ」


 名前を呼ばれた。


 逃げるべきだ。


 そう判断した。


 だが、一歩遅かった。


「ちょっと待ちなさい」


 銀髪の少女が横へ回り込んでいた。


 セラ。


 視線が鋭い。


「こいつ、知り合い?」


「前にやり合った転売魔」


「最悪じゃない」


「随分な言われようだな」


「事実でしょ」


 否定できないのが腹立たしい。


 もう一人、リアが警戒しながらオタクミの後ろからこちらを見ている。


「……何をしに来た」


 オタクミの声から、先ほどまでの軽さが消えた。


「何も」


「何もない奴は、あんな顔で商品見ない」


「どんな顔だ」


「めちゃくちゃ気になってる顔」


「違う」


『いや、気になってたな』


 鞘から声がした。


 私は目を細める。


「その鞘も相変わらず喋るのか」


『久しぶりだな』


「気軽に話しかけるな」


「で」


 オタクミが一歩近づく。


「アクスタ、気になるのか?」


「……それが、その名前か」


「そう!」


 急に声が大きくなった。


「透明な板に推しを――」


「説明は要らん」


「まだ一行目!」


「見れば構造は分かる」


 私は机の上へ目を向けた。


 注文票らしき紙が積まれている。


 完成品。


 未完成品。


 別々の絵。


 受取日らしき書き込み。


 少し見ただけで、嫌でも問題点が分かる。


「……このやり方では、長く持たないぞ」


 三人の顔が変わった。


「何?」


 オタクミが眉をひそめる。


「絵柄ごとに形が違う。注文ごとに個別対応。材料の状態にもばらつきがある。職人へ型を頼んでいるなら、その工数も増える」


 私は紙の束を指した。


「受注数は?」


「何でお前に」


「昨日より増えたな」


 セラだけが黙った。


 私は続ける。


「納期を決めずに受ければ、遅れる。遅れれば信用を失う。だからといって全部急げば、品質が落ちる。材料を増やすだけでも解決しない。作れる量以上に注文を取れば、いずれ破綻する」


「……」


 オタクミが静かになった。


「先生」


 リアが小声で言う。


「昨日、同じ話してました」


「分かってる」


「こいつの言ってること、たぶん合ってるわ」


 セラが認めた。


 私は少しだけ苦く笑う。


「当然だ。その程度のことも分からず、以前の私は人から金を取っていたわけではない」


 言った瞬間、自分の言葉が引っかかった。


 以前の私は。


 人から金を取っていた。


 欲しい人間がいる。


 なら値段を上げる。


 手に入りにくくすれば、さらに欲しくなる。


 それを知っていた。


 知っていて使った。


「……売買だ」


 思わず呟いていた。


「ん?」


「何でもない」


 欲しい者がいる。


 持つ者がいる。


 なら高く売る。


 ただそれだけ。


 そう思っていた。


 だが、さっきの子供は、綺麗な方ではなく好きな顔の方を選んだ。


 二つ並べた女は、値上がりも希少性も気にしていなかった。


 ああいう気持ちまで、私は値段に変えていたのか。


 そこまで考え、止めた。


 今さらだ。


     ◇


「で、お前は?」


 オタクミが突然言った。


「何がだ」


「どれがいい?」


「……は?」


 机の上へ、数枚の絵が広げられる。


「買えとは言ってない。どれが好きかって聞いてる」


「くだらん」


「即答するな」


「どれが売れるかなら答えられる」


「聞いてない」


「客層別の需要予測もできる」


「それも聞いてない」


「価格設定なら――」


「だから!」


 オタクミが絵を叩いた。


「お前がどれ好きか聞いてんの!」


 言葉が止まった。


 そんな問いを向けられたことが、あっただろうか。


 商品を見る時は、売れるかどうか。


 人を見る時は、買うかどうか。


 価値を見る時は、金になるかどうか。


 好きか。


 嫌いか。


 そんな分類は必要なかった。


「……分からん」


 正直に答えていた。


 オタクミが少し意外そうな顔をする。


「分からない?」


「悪いか」


「いや」


 珍しく、笑わなかった。


「じゃあ、見ればいい」


「何を」


「分かるまで」


 簡単に言う。


 腹が立つ。


 それでも私は絵へ目を落とした。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 どれも商品として評価できる。


 線の見やすさ。


 色の映え方。


 透明板へ移した時の視認性。


 量産するならどれが有利か。


 そんなことばかり考えてしまう。


 だが、一枚だけ。


 手が止まった。


 派手ではない。


 笑ってもいない。


 誰かが椅子に腰掛け、少し横を向いているだけの絵だった。


「それ?」


 リアが尋ねる。


「……いや」


「今、一番長く見てたぞ」


「偶然だ」


『分かりやすいな』


「黙れ」


 オタクミが、その絵と私を見比べる。


「何がいいんだ?」


「分からんと言っている」


「じゃあ、何となく?」


「……そういうことにしておけ」


 私は視線を外した。


 胸の奥が、少しだけ落ち着かない。


 値段も。


 希少性も。


 需要も。


 何一つ考えずに一枚を見ていた。


 それが妙に気に入らなかった。


     ◇


「帰る」


 これ以上いる理由はない。


 私は踵を返した。


「アーグ」


 背中へ声が飛ぶ。


「何だ」


「また来いよ」


 振り返らない。


「なぜだ」


「お前、こういうの詳しそうだし」


「人を便利に使うな」


「あと」


 一拍置いて、オタクミが続けた。


「まだ、どれが好きか決まってないだろ」


「……くだらん」


 そのまま歩いた。


 市場を抜け、人の少ない道へ入る。


 いつもなら、今日見た店の客数や商品の動きを頭の中で整理している頃だ。


 だが、今日は違った。


 浮かんでくるのは、一枚の絵だった。


 椅子に腰掛け、少し横を向いていた人物。


 なぜあれだったのか。


 分からない。


「……悪くは、なかったな」


 口に出してから、自分で驚いた。


 何が悪くなかったのか。


 絵か。


 あの透明な商品か。


 市場か。


 それとも。


 あそこで誰も、私に値段を付けなかったことか。


 答えは出ない。


 それでも私は、久しぶりに明日のことを少しだけ考えていた。

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