ご注文は推しですか? その2
注文が増えるというのは、喜ばしいことだ。
――作る側に余裕があるなら。
「先生! 次の台座、これで合ってますか!?」
「待ってリア! 今そっち見る!」
「オタクミ、先にこっち。受け取り今日の分、まだ二つ終わってない」
「分かってる! 分かってるけど手が二本しかない!」
『昨日まで注文増えろって騒いでた奴の台詞とは思えんな』
「増えろとは言った! 一気に来いとは言ってない!」
宿の一室は、いつの間にか作業場になっていた。
机の上には、固まりかけたスライム素材、型、台座、リアが描いた絵。それからセラが整理した注文の紙が、受け渡し順に積まれている。
オタクミは職人から受け取った型を確認し、リアは仕上がった透明板へ慎重に色を乗せ、セラは完成品を一つずつ注文票と見比べていた。
「これ、横顔のミスティア」
「はい!」
「こっちは剣を持ってる方」
「それ俺が確認する!」
「これは昨日の女の子の分」
三人の動きが一瞬止まった。
「……できたんだな」
オタクミがその一つを手に取る。
最初に市場で声をかけてくれた少女が選んだ絵。ミスティアではない。リアが練習で描いていた、別の人物だった。
透明な板の中で、その人物が小さく笑っている。
「先生」
「ん?」
「まだ悔しいですか?」
「何が?」
「ミスティアじゃなかったこと」
「…………三割くらい」
『結構残ってるな』
「でも作った!」
「そこは偉い」
「セラまで子供扱いするな!」
◇
昼。
市場の一角には、昨日より少しだけ人が集まっていた。
大行列というほどではない。それでも、「あの透明な絵を立てるやつ」と覚えている人が何人かいて、足を止めていく。
そこへ、例の少女が駆けてきた。
「できた!?」
「できたぞ!」
オタクミは待ってましたとばかりに包みを開く。
少女は中から現れたアクスタを見た瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「わあ……!」
「どうだ!」
「すごい! 本当に立ってる!」
「そこ!?」
「だって昨日は絵だったもん」
少女は両手でアクスタを受け取り、右から左から眺める。
「どこに置く?」
リアが尋ねた。
「枕の横!」
「寝る時も見るの?」
「うん!」
オタクミが深く頷く。
「分かる」
「先生もですか?」
「俺は寝る直前まで推しを見たい派だからな」
『何派だよ』
少女は大事そうにアクスタを抱え、そのまま何度も振り返りながら帰っていった。
オタクミはしばらくその背中を見送る。
「……嬉しいな」
珍しく静かな声だった。
「売れたから?」
セラが聞く。
「それもあるけど……自分で選んだやつ、あんな顔して持って帰るんだな」
「そりゃ、自分で欲しいって言ったんだから」
「そうなんだけどな」
オタクミはまだ少し不思議そうだった。
◇
そこから受け渡しは続いた。
「おお、これだこれ!」
戦闘姿を注文した青年は、アクスタを受け取るなり剣の角度を確認した。
「やっぱり立ってる方がいいな。机の端に置く」
「ミスティアの表情も見ろ!」
「いや、俺は剣が好きなんだよ」
「ミスティアも見ろ!」
「先生、選び方は自由って言ってたじゃないですか」
「分かってる! 分かってるけど!」
横顔を頼んだ女性は、髪の流れを光に透かして満足そうに笑った。
「やっぱりこっちね」
「正面じゃなくていいんですか?」
リアが聞く。
「正面も可愛いけど、私はこの髪が好きなの」
「髪……」
リアは自分の描いた線を見直す。
「そこを見てもらえるんですね」
「変?」
「いえ。嬉しいです」
リアは小さく笑った。
さらに、昨日「夫が好きだった英雄を贈りたい」と言っていた女性も受け取りに来た。
完成品を見た瞬間、その人は何も言わなかった。
「……違いましたか?」
リアが不安そうに尋ねる。
「いや」
女性はゆっくり首を振った。
「昔、あの人が酒を飲みながら、この英雄の話ばかりしてたのを思い出してね」
それから少し照れたように笑う。
「帰ったら、あの人の椅子の近くに置くよ」
オタクミは口を開きかけた。
だが、何も言わなかった。
ただ「ありがとうございます」と頭を下げた。
◇
「ねえ」
次に来た客は、二つのアクスタを並べていた。
「これ、二つ一緒に置いてもいいんだよね?」
「もちろん!」
「じゃあ、この二人を並べたい」
「二つ買うのか!?」
「だって、この二人いつも一緒にいる絵が多いじゃない」
「一個ずつじゃなく?」
「一緒の方が楽しそう」
オタクミは固まった。
「……そういうのもあるのか」
「何が?」
「いや。俺、基本一個ずつ飾ることしか考えてなかった」
セラが横から覗き込む。
「別に決まりなんてないんでしょ?」
「ない」
「なら好きにすればいいじゃない」
「それはそうなんだけど……!」
客は二つを並べ、少し位置を変えた。
「こっちが左かな」
「いや、右の方が――」
「先生」
「はい」
「客の好きにさせて」
「はい」
『成長してるのかしてないのか分からんな』
◇
夕方近く。
セラは完成品の中から一つを持ち上げた。
「これ、ちょっと曇ってる」
「どれ?」
「端のところ」
確かに、他のものより少し白っぽい。
「作り直すか」
「そうね」
二人がそう話していると、受け取りに来た男が首を振った。
「いや、それでいい」
「え?」
セラが聞き返す。
「綺麗な方も作れますけど」
「最初に市場で見たやつも、ちょっと曇ってただろ?」
オタクミが第一号を見る。
「まあ……そうだけど」
「俺、あれ見て欲しくなったんだ。だから、そのくらいの方が同じ感じがする」
「でも、こっちの方が綺麗だぞ?」
オタクミが別の完成品を差し出す。
男は見比べたあと、それでも曇りのある方を選んだ。
「こっちでいい」
「……そっちなんだ」
「ああ」
代金を払い、男は満足そうに帰っていく。
オタクミはしばらくその背中を眺めていた。
「先生?」
「いや……綺麗な方がいいと思ってたから」
リアも曇った部分があった場所を見る。
「私もです」
セラは肩をすくめた。
「本人がそっちがいいなら、それでいいんじゃない?」
「お前は割り切るの早いな」
「欲しい人が選んだんでしょ」
それ以上、誰も何も言わなかった。
◇
数日後。
依頼帰りに市場を歩いていたオタクミが、突然立ち止まった。
「……おい」
「何?」
「あそこ」
小さな店の帳場。
その隅に、見覚えのあるアクスタが立っている。
戦闘姿のミスティアだった。
「あれ、俺たちが作ったやつだ!」
「そりゃそうでしょ。売ったんだから」
「違う! 街にある!」
『売ったんだから街にあるだろ』
「そうじゃなくて!」
オタクミは興奮して周囲を見回した。
向かいの露店では、店主の荷物の横に別のアクスタ。
少し先の窓辺には、二つ並んだものが見える。
店の中で帳簿をつける人のそば。
果物を並べる台の端。
窓辺。
棚。
それぞれ置かれている場所も、選ばれた絵も違っていた。
オタクミはしばらく言葉を失っていた。
「……俺が置けって言ってない場所にもある」
「当たり前でしょ」
セラが言う。
「買った後は、その人の物なんだから」
「そうなんだけどさ」
リアは窓辺に並ぶ二つを見て、嬉しそうに目を細める。
「私たちが考えてた飾り方と、全然違いますね」
「だな」
オタクミは笑った。
「でも……なんかいいな」
『珍しく素直だな』
「俺だって素直な時くらいある!」
その時、近くの店から声が飛んだ。
「おーい! あんたたち!」
三人が振り向く。
「次、これ作れないか?」
店主が掲げた紙には、また見覚えのない絵が描かれている。
オタクミは目を見開いた。
「また新しいやつ!?」
「友達がこれ好きなんだよ」
「友達用!?」
セラはすでに紙を取り出している。
「はいはい。受け取り急ぎ?」
「先生、まず絵を見せてもらいましょう」
「ちょっと待って! 俺まだ心の準備が!」
『何のだよ』
オタクミは頭を抱えながら、それでも口元は笑っていた。
「……ご注文は、推しですか?」
「だから、それ何なんだ?」
結局その言葉は、まだラザリスには通じなかった。




