ご注文は推しですか? その1
翌日のラザリス市場。
昨日と同じ一角に、オタクミたちは再び小さな木箱を並べていた。
ただし、今日は少し違う。
中央にはスライム製アクスタ第一号。その隣にはリアが描いた数枚の絵が立てかけられ、さらに木箱の上には、小さな本、空のカップ、布袋などが置かれている。
「……何、この散らかった机」
セラが腕を組む。
「散らかってない! 展示だ!」
「本とカップが?」
「そう!」
オタクミは第一号のミスティアを本の横へ置いた。
「見ろ。読書する時、ふと顔を上げれば推し」
今度はカップの隣へ移動させる。
「お茶を飲む時も推し」
さらに布袋の横。
「仕事の合間も推し」
『袋の横に置いただけじゃねえか』
「大事なのは想像力だ!」
昨日、少女に言われるまで、オタクミは「アクスタを見れば何に使う物か分かる」と思っていた。
だが、そんなはずはなかった。
オタクミにとって当たり前だった物も、この世界の人々にとっては、透明な板に絵が描いてあるだけなのだ。
「今日は叫びすぎないでくださいね、先生」
リアが少し心配そうに言う。
「分かってる」
「本当に?」
「昨日の俺とは違う!」
『一晩で成長したみたいに言うな』
「今日はまず、見せる。そして聞かれたら答える!」
セラが眉を上げた。
「へえ。できるの?」
「できる!」
◇
開始から四半刻。
「さあ皆さ――」
「叫ばない」
「……はい」
早くも一度止められた。
だが昨日とは違い、足を止める人は少しずつ増えていた。
木箱の上で、ミスティアが本やカップの横に立っている。
「これは何だ?」
壮年の男が立ち止まった。
「アクスタです!」
オタクミは即答したあと、慌てて続ける。
「……ええと、好きな絵を、こうやって立てて飾る物です」
「飾る?」
「はい。机でも棚でも。よく見る場所に置くんです」
「魔道具じゃないのか?」
「違います」
「役に立つのか?」
「心に!」
「先生」
「はい」
リアに止められた。
男は首をかしげながらも、アクスタをしばらく眺めて去っていった。
「……買わなかった」
「でも、昨日より長く見てたわよ」
セラが言う。
「そうか?」
「少なくとも、逃げてはいない」
「進歩……!」
『基準が低いな』
しばらくすると、昨日の少女が市場の向こうから走ってきた。
「あ!」
リアが気づく。
少女はまっすぐ木箱へ近づき、昨日選んだ絵を指さした。
「これ、作れる?」
「来たあああああ!」
「叫ばない!」
「ごめんなさい!」
オタクミは口元を押さえ、それでも全身から喜びを漏らしながら少女の前へしゃがんだ。
「昨日のやつだな」
「うん」
「本当にミスティアじゃなくて?」
「その人知らないもん」
「ぐっ……!」
『まだ言ってるのか』
「分かった。じゃあ、この絵で作る」
少女が嬉しそうに笑う。
「いつできる?」
「え?」
「今日?」
オタクミとリアが顔を見合わせた。
「……リア」
「今日中は、たぶん難しいです」
「だよな」
セラが横から口を挟む。
「その場で作れるわけじゃないでしょ。受け取る日を決めた方がいいんじゃない?」
「それだ!」
オタクミは荷物の中を探り、紙と筆記具を取り出した。
「名前、欲しい絵、受け取りの日……」
「値段は?」
セラが言う。
「…………」
「考えてなかったの?」
「布教に気を取られてた!」
「商売するなら一番先に考えなさいよ!」
『活動資金がどうとか言ってたのは何だったんだ』
「今決める!」
「今!?」
騒ぎながらも、材料費と職人への依頼分、それに無理のない手間を考え、ひとまず試作品より少し高い程度の金額を決める。
セラが最後に確認し、少女へ伝えた。
「それなら買える?」
「うん!」
小さな硬貨が机の上に置かれる。
オタクミはそれを見つめた。
「……売れた」
「まだ渡してないけど」
「注文が入った!」
オタクミは勢いよく少女へ手を差し出す。
「承りました!」
「う、うん」
「ご注文は――推しですか!?」
「え?」
『何だその聞き方』
「いや、言ってみたかっただけ」
◇
一件目が入ると、不思議なことに、それまで遠巻きに見ていた人たちも少しずつ近づいてきた。
「注文できるのか?」
「はい!」
「この絵だけ?」
「今ある見本はこれだけですけど、相談はできます!」
若い男が数枚の絵を見比べ、ミスティアを指さす。
「俺はこれがいいな」
「分かってる!」
「何が?」
「あなたは分かってる!」
「先生、圧が強いです」
次に来た女性は、同じミスティアの絵を見ながら首を振った。
「この正面の顔より、横を向いてる絵はない?」
「横顔?」
「その方が髪が綺麗に見えそう」
リアがぱっと顔を上げる。
「描けます!」
「じゃあ、それがいい」
オタクミが固まった。
「同じミスティアでも……絵が違う?」
「当たり前でしょ」
セラは注文用の紙を並べながら言う。
「顔が好きな人もいれば、服が好きな人もいるんじゃない?」
「深い……」
「普通よ」
さらに別の客が来た。
「もっと強そうなのはないのか?」
「強そう?」
「剣を持ってるとか」
「あります!」
オタクミは食い気味に答えた。
「戦闘ミスティア! それなら語れる!」
「語りすぎない」
「はい」
年配の女性は、可愛い絵を一通り見たあと、リアへ尋ねた。
「若い娘ばかりなのかい?」
「え?」
「旦那が昔好きだった英雄の絵みたいなのがあれば、贈り物にしてもいいかと思ったんだけどね」
三人がそろって黙った。
「……贈り物?」
オタクミが聞き返す。
「自分用じゃなくて?」
「そういう物じゃないのかい?」
「いや……もちろん、ありです!」
即答したものの、オタクミの頭の中では何かが忙しく動き始めていた。
自分が好きな物を、自分のために飾る。
それだけではない。
誰かが好きな物を、その誰かのために作る。
「先生」
リアが小声で呼ぶ。
「今の方、どんな英雄か聞いておいた方が」
「そうだ!」
オタクミは慌てて女性を呼び止める。
髪型。
服装。
どんな場面が好きだったか。
名前は分かるか。
聞いていく横で、リアは一つずつ紙へ書き留めていった。
◇
昼を回る頃には、木箱の前に置いた紙が増えていた。
「これ、昨日と全然違いますね」
リアが嬉しそうに注文票を見ている。
「ミスティアが三件。別の絵が二件。横顔が一件。戦ってるところが一件……」
「英雄の贈り物が一件」
セラが追加する。
「しかも、同じ絵でも希望が違うわよ。大きく見せたい人、机の隅に置きたい人、持ち歩きたい人」
「持ち歩く!?」
「それはまだ作れるか分からないって言った」
「ナイス判断」
「当然」
オタクミは注文票を一枚ずつ眺める。
昨日まで、アクスタと言えばミスティアだった。
それが今は、机の上の紙一枚ごとに違う。
「こんなにバラバラなのか……」
『お前だって、何でも同じように好きなわけじゃないだろ』
「それはそうなんだけどな」
オタクミは腕を組んだ。
「見る場所が違うんだな」
リアも頷く。
「髪が好きな人も、表情が好きな人も、格好いいところを見たい人もいました」
「贈り物にしたい人もね」
セラが注文票を束ねる。
そこで手が止まった。
「……ちょっと待って」
「ん?」
「これ、全部いつ作るの?」
「え?」
「注文、八件」
「おお!」
「喜ぶ前に考えて」
セラが一枚ずつ指で叩く。
「リアが絵を描く。型を頼む。スライム素材を用意する。固める。色を入れる。台座も合わせる」
「…………」
「昨日、一個作るのにどれだけかかった?」
沈黙。
『あ』
「気づいた?」
オタクミの顔から血の気が引く。
「……材料」
「足りないわね」
「時間」
「足りないわね」
「人手」
「足りないわね」
リアが注文票の束を抱え、困ったように笑う。
「でも……嬉しいです」
二人が見る。
「私が描いた絵を、欲しいって言ってくれる人がこんなにいるんですね」
その一言で、オタクミも注文票へ目を落とした。
ただの数字ではない。
一枚ごとに、誰かが「これがいい」と選んだ跡がある。
「……よし」
オタクミは拳を握った。
「全部作る!」
「だから、その方法を考えるの!」
「まずスライム狩り!」
『結局そこに戻るのかよ!』
「素材がなきゃ始まらないだろ!」
オタクミが立ち上がる。
セラがその服をつかんだ。
「待ちなさい。今日の店番どうするの」
「ぐっ」
「注文、まだ来るかもしれないわよ」
「ぐぐっ……!」
リアが笑いをこらえる。
その時、木箱の前にまた一人、客が立った。
「あの」
三人が振り向く。
「注文、できるって聞いたんだけど」
オタクミの顔が引きつった。
セラは静かに新しい紙を一枚取り出した。
「ほら」
「……はい」
「聞くんでしょ?」
オタクミは一度だけ天を仰ぎ、すぐに笑顔を作った。
「ご注文は――推しですか!?」
「……何それ?」
『だから通じねえって』
市場の一角に、また新しい注文が一つ増えた。




