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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 推しを飾れば、世界が変わる!

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ご注文は推しですか? その1

 翌日のラザリス市場。


 昨日と同じ一角に、オタクミたちは再び小さな木箱を並べていた。


 ただし、今日は少し違う。


 中央にはスライム製アクスタ第一号。その隣にはリアが描いた数枚の絵が立てかけられ、さらに木箱の上には、小さな本、空のカップ、布袋などが置かれている。


「……何、この散らかった机」


 セラが腕を組む。


「散らかってない! 展示だ!」


「本とカップが?」


「そう!」


 オタクミは第一号のミスティアを本の横へ置いた。


「見ろ。読書する時、ふと顔を上げれば推し」


 今度はカップの隣へ移動させる。


「お茶を飲む時も推し」


 さらに布袋の横。


「仕事の合間も推し」


『袋の横に置いただけじゃねえか』


「大事なのは想像力だ!」


 昨日、少女に言われるまで、オタクミは「アクスタを見れば何に使う物か分かる」と思っていた。


 だが、そんなはずはなかった。


 オタクミにとって当たり前だった物も、この世界の人々にとっては、透明な板に絵が描いてあるだけなのだ。


「今日は叫びすぎないでくださいね、先生」


 リアが少し心配そうに言う。


「分かってる」


「本当に?」


「昨日の俺とは違う!」


『一晩で成長したみたいに言うな』


「今日はまず、見せる。そして聞かれたら答える!」


 セラが眉を上げた。


「へえ。できるの?」


「できる!」


     ◇


 開始から四半刻。


「さあ皆さ――」


「叫ばない」


「……はい」


 早くも一度止められた。


 だが昨日とは違い、足を止める人は少しずつ増えていた。


 木箱の上で、ミスティアが本やカップの横に立っている。


「これは何だ?」


 壮年の男が立ち止まった。


「アクスタです!」


 オタクミは即答したあと、慌てて続ける。


「……ええと、好きな絵を、こうやって立てて飾る物です」


「飾る?」


「はい。机でも棚でも。よく見る場所に置くんです」


「魔道具じゃないのか?」


「違います」


「役に立つのか?」


「心に!」


「先生」


「はい」


 リアに止められた。


 男は首をかしげながらも、アクスタをしばらく眺めて去っていった。


「……買わなかった」


「でも、昨日より長く見てたわよ」


 セラが言う。


「そうか?」


「少なくとも、逃げてはいない」


「進歩……!」


『基準が低いな』


 しばらくすると、昨日の少女が市場の向こうから走ってきた。


「あ!」


 リアが気づく。


 少女はまっすぐ木箱へ近づき、昨日選んだ絵を指さした。


「これ、作れる?」


「来たあああああ!」


「叫ばない!」


「ごめんなさい!」


 オタクミは口元を押さえ、それでも全身から喜びを漏らしながら少女の前へしゃがんだ。


「昨日のやつだな」


「うん」


「本当にミスティアじゃなくて?」


「その人知らないもん」


「ぐっ……!」


『まだ言ってるのか』


「分かった。じゃあ、この絵で作る」


 少女が嬉しそうに笑う。


「いつできる?」


「え?」


「今日?」


 オタクミとリアが顔を見合わせた。


「……リア」


「今日中は、たぶん難しいです」


「だよな」


 セラが横から口を挟む。


「その場で作れるわけじゃないでしょ。受け取る日を決めた方がいいんじゃない?」


「それだ!」


 オタクミは荷物の中を探り、紙と筆記具を取り出した。


「名前、欲しい絵、受け取りの日……」


「値段は?」


 セラが言う。


「…………」


「考えてなかったの?」


「布教に気を取られてた!」


「商売するなら一番先に考えなさいよ!」


『活動資金がどうとか言ってたのは何だったんだ』


「今決める!」


「今!?」


 騒ぎながらも、材料費と職人への依頼分、それに無理のない手間を考え、ひとまず試作品より少し高い程度の金額を決める。


 セラが最後に確認し、少女へ伝えた。


「それなら買える?」


「うん!」


 小さな硬貨が机の上に置かれる。


 オタクミはそれを見つめた。


「……売れた」


「まだ渡してないけど」


「注文が入った!」


 オタクミは勢いよく少女へ手を差し出す。


「承りました!」


「う、うん」


「ご注文は――推しですか!?」


「え?」


『何だその聞き方』


「いや、言ってみたかっただけ」


     ◇


 一件目が入ると、不思議なことに、それまで遠巻きに見ていた人たちも少しずつ近づいてきた。


「注文できるのか?」


「はい!」


「この絵だけ?」


「今ある見本はこれだけですけど、相談はできます!」


 若い男が数枚の絵を見比べ、ミスティアを指さす。


「俺はこれがいいな」


「分かってる!」


「何が?」


「あなたは分かってる!」


「先生、圧が強いです」


 次に来た女性は、同じミスティアの絵を見ながら首を振った。


「この正面の顔より、横を向いてる絵はない?」


「横顔?」


「その方が髪が綺麗に見えそう」


 リアがぱっと顔を上げる。


「描けます!」


「じゃあ、それがいい」


 オタクミが固まった。


「同じミスティアでも……絵が違う?」


「当たり前でしょ」


 セラは注文用の紙を並べながら言う。


「顔が好きな人もいれば、服が好きな人もいるんじゃない?」


「深い……」


「普通よ」


 さらに別の客が来た。


「もっと強そうなのはないのか?」


「強そう?」


「剣を持ってるとか」


「あります!」


 オタクミは食い気味に答えた。


「戦闘ミスティア! それなら語れる!」


「語りすぎない」


「はい」


 年配の女性は、可愛い絵を一通り見たあと、リアへ尋ねた。


「若い娘ばかりなのかい?」


「え?」


「旦那が昔好きだった英雄の絵みたいなのがあれば、贈り物にしてもいいかと思ったんだけどね」


 三人がそろって黙った。


「……贈り物?」


 オタクミが聞き返す。


「自分用じゃなくて?」


「そういう物じゃないのかい?」


「いや……もちろん、ありです!」


 即答したものの、オタクミの頭の中では何かが忙しく動き始めていた。


 自分が好きな物を、自分のために飾る。


 それだけではない。


 誰かが好きな物を、その誰かのために作る。


「先生」


 リアが小声で呼ぶ。


「今の方、どんな英雄か聞いておいた方が」


「そうだ!」


 オタクミは慌てて女性を呼び止める。


 髪型。


 服装。


 どんな場面が好きだったか。


 名前は分かるか。


 聞いていく横で、リアは一つずつ紙へ書き留めていった。


     ◇


 昼を回る頃には、木箱の前に置いた紙が増えていた。


「これ、昨日と全然違いますね」


 リアが嬉しそうに注文票を見ている。


「ミスティアが三件。別の絵が二件。横顔が一件。戦ってるところが一件……」


「英雄の贈り物が一件」


 セラが追加する。


「しかも、同じ絵でも希望が違うわよ。大きく見せたい人、机の隅に置きたい人、持ち歩きたい人」


「持ち歩く!?」


「それはまだ作れるか分からないって言った」


「ナイス判断」


「当然」


 オタクミは注文票を一枚ずつ眺める。


 昨日まで、アクスタと言えばミスティアだった。


 それが今は、机の上の紙一枚ごとに違う。


「こんなにバラバラなのか……」


『お前だって、何でも同じように好きなわけじゃないだろ』


「それはそうなんだけどな」


 オタクミは腕を組んだ。


「見る場所が違うんだな」


 リアも頷く。


「髪が好きな人も、表情が好きな人も、格好いいところを見たい人もいました」


「贈り物にしたい人もね」


 セラが注文票を束ねる。


 そこで手が止まった。


「……ちょっと待って」


「ん?」


「これ、全部いつ作るの?」


「え?」


「注文、八件」


「おお!」


「喜ぶ前に考えて」


 セラが一枚ずつ指で叩く。


「リアが絵を描く。型を頼む。スライム素材を用意する。固める。色を入れる。台座も合わせる」


「…………」


「昨日、一個作るのにどれだけかかった?」


 沈黙。


『あ』


「気づいた?」


 オタクミの顔から血の気が引く。


「……材料」


「足りないわね」


「時間」


「足りないわね」


「人手」


「足りないわね」


 リアが注文票の束を抱え、困ったように笑う。


「でも……嬉しいです」


 二人が見る。


「私が描いた絵を、欲しいって言ってくれる人がこんなにいるんですね」


 その一言で、オタクミも注文票へ目を落とした。


 ただの数字ではない。


 一枚ごとに、誰かが「これがいい」と選んだ跡がある。


「……よし」


 オタクミは拳を握った。


「全部作る!」


「だから、その方法を考えるの!」


「まずスライム狩り!」


『結局そこに戻るのかよ!』


「素材がなきゃ始まらないだろ!」


 オタクミが立ち上がる。


 セラがその服をつかんだ。


「待ちなさい。今日の店番どうするの」


「ぐっ」


「注文、まだ来るかもしれないわよ」


「ぐぐっ……!」


 リアが笑いをこらえる。


 その時、木箱の前にまた一人、客が立った。


「あの」


 三人が振り向く。


「注文、できるって聞いたんだけど」


 オタクミの顔が引きつった。


 セラは静かに新しい紙を一枚取り出した。


「ほら」


「……はい」


「聞くんでしょ?」


 オタクミは一度だけ天を仰ぎ、すぐに笑顔を作った。


「ご注文は――推しですか!?」


「……何それ?」


『だから通じねえって』


 市場の一角に、また新しい注文が一つ増えた。

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