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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 推しを飾れば、世界が変わる!

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推しアクスタ布教作戦

 ラザリスの朝。


 冒険者宿の一室では、今日も朝食より先に、オタクミの拝観が始まっていた。


 机の中央に立っているのは、昨晩ようやく完成したスライム製アクスタ第一号。少しだけ縁が歪み、透明度にもむらがある。それでも、リアが一つずつ色を重ねたミスティアは、朝日を透かして紙の絵とは違う表情を見せていた。


「……良い」


 オタクミは椅子へ座ったまま、深く頷く。


「非常に良い。昨日より今日の方が尊い気すらする。いや、待て。朝日という自然光との組み合わせによって新たな魅力が――」


「先生、ご飯冷めますよ」


「食う!」


 リアが並べたパンと焼いた魚、それに野菜のスープへ手を伸ばしながらも、オタクミの視線はアクスタから離れない。


 セラは向かいの椅子でパンをちぎりながら、呆れたようにその様子を見ていた。


「昨日からずっとそれ見てるじゃない」


「昨日と今日では違うんだよ」


「何が?」


「光が」


「知らないわよ」


『朝から元気だな、お前ら』


 腰元の鞘からゴルドスの声が響く。


 オタクミはスープを飲み干すと、勢いよく立ち上がった。


「よし!」


「今度は何?」


「決まってるだろ。布教だ!」


 嫌な予感がしたのか、セラが露骨に顔をしかめた。


「その顔やめろ! せっかく作ったんだぞ。人に見せなきゃ始まらないだろ!」


「見せるだけ?」


「もちろん!」


『今の間は何だ』


「……可能なら欲しい人にも」


「売る気じゃない」


「活動資金は必要だろ!?」


「そこだけ学習したのね」


     ◇


 昼前。


 ラザリスの市場の一角に、妙な一団が現れた。


 オタクミは小さな木箱へ布をかけ、その上にスライム製アクスタ第一号を置いた。その横には、リアが描いたミスティアの絵。セラは少し離れた場所で腕を組み、通行人の流れを眺めている。


「よし……!」


 オタクミは息を吸い込んだ。


「さあさあ皆さん、お立ち会い! 見てくださいこの透明感! 平面でありながら立つ! 机の上に推しが降臨する新時代の観賞用グッズ――その名も、アクスタ!!」


 通行人が一瞬だけ振り向く。


 しかし、そのまま歩いていく。


「……あれ?」


「続ければ?」


「もちろん!」


 オタクミはさらに声を張った。


「しかも描いたのは我らが神絵師リア! 見ろ、この瞳! 髪! 衣装! 光を透かした時に生まれる、この――」


「ちょっと待ってください、何を売ってるんですか?」


 立ち止まった女性に、オタクミの目が輝いた。


「よくぞ聞いてくれました! これは推しを身近に置いて日々拝み、疲れた心を癒やし、時に旅へ連れ出し、食事の時には――」


「……えっと、置物?」


「置物ではない! アクスタだ!」


「だから、それは何に使うんですか?」


「推しを――」


 女性は困惑した表情のまま、そっと離れていった。


「待って! 説明まだ三割!」


「三割も喋ってたの……?」


 セラの視線が冷たい。


 それからも結果は似たようなものだった。


「透明な板?」


「何で女の子が描いてあるの?」


「魔道具?」


「光るの?」


「武器?」


「違う! 全部違う! これは推しを愛でるための――」


「怖い」


「なぜ!?」


 興味を示して近寄ってきた子供にまで、ミスティアのアホ毛の角度について説明し始め、母親に連れていかれた。


『お前、布教が下手になってないか?』


「そんなはずは……!」


 昼を過ぎても、人だかりはできなかった。


 アクスタを手に取る者もいない。


 リアの絵へ目を向ける人は何人かいたが、オタクミが説明を始めると、大半は逃げた。


「何が悪い……」


「だいたい分かるけど」


「何だセラ、言ってみろ!」


「近い。声が大きい。説明が長い」


「商品については!?」


「それ以前の問題」


「ぐっ……!」


 致命傷だった。


     ◇


 夕方。


 さすがのオタクミも声が枯れ始めていた。


「……アクスタは、こんなにも素晴らしいのに」


『商品に罪はないな』


「俺にあるみたいに言うな」


『かなりあるだろ』


 木箱の上に置かれたアクスタを眺めながら、オタクミは肩を落とす。


 その時だった。


「ねえ」


 小さな声がした。


 顔を上げると、昼間にも一度近くを通っていた少女が立っていた。


 年頃までは分からない。だが、オタクミではなく、その横に置かれたリアの絵をじっと見つめている。


「これ、あなたが描いたの?」


 少女がリアへ尋ねた。


「はい」


「この子、さっきからずっと笑ってるね」


「そう見えますか?」


 リアが嬉しそうに微笑む。


「うん。かわいい」


 オタクミが勢いよく口を開こうとした瞬間、後ろからセラに服を引っ張られた。


「黙ってて」


「なんで!?」


「いいから」


 少女は次に、アクスタへ目を向けた。


「こっちは?」


「それは――」


 またオタクミが前へ出ようとする。


 セラの手に力が入った。


「リア」


「わ、私ですか?」


「説明して」


 リアは少し困ったようにアクスタを手に取った。


「この絵と同じ子を、透明な板に描いて立たせたものなんです」


「立たせる?」


「はい。こうやって」


 リアは少女の目の前で、小さな木箱の端へアクスタを置いた。


「絵は壁に飾ったり、本に挟んだりしますけど、これは机や棚の上に置けます」


 少女が少し身を乗り出す。


「じゃあ……ずっと見えるの?」


「見える場所に置けば」


「ご飯の時も?」


「置いておけますよ」


 少女は想像するように黙り込んだ。


 やがて、ぽつりと言う。


「それ、ちょっといいかも」


 オタクミの肩が震えた。


「今……!」


「黙って」


 セラにまた止められる。


「でも、この子しかないの?」


 少女が続けた。


「え?」


「この絵の子、かわいいけど……」


 少女はリアが持ってきていた何枚かの絵へ目をやる。


 その中の一枚を指さした。


「私は、こっちの子の方が好き」


 オタクミの動きが止まった。


 ミスティアではない。


 リアが練習で描いていた、別の人物の絵だった。


「……そっち?」


「うん」


「ミスティアではなく?」


「名前知らないし」


「ぐはっ!」


『知らないんだから当然だろ』


 オタクミは胸を押さえた。


 だが少女はそんなことには構わず、アクスタと絵を交互に見ている。


「これも、立つようにできる?」


 今度はリアがオタクミを見る。


「先生」


「……できる」


 オタクミはゆっくり顔を上げた。


「作れば、できる」


「じゃあ、そっちが欲しい」


「…………」


 衝撃だった。


 自分が一番好きなミスティアを見せれば、当然その魅力が伝わると思っていた。


 だが目の前の少女は、アクスタの使い方には興味を持った。それでも選んだ絵はミスティアではなかった。


「先生?」


 リアが不安そうに顔を覗き込む。


 オタクミは少女が指さした絵を見た。


 それから、第一号のミスティアを見る。


「……なるほど」


「何が?」


 セラが問う。


「まず、使い方が分からなきゃ欲しいと思わない。しかも、使い方が分かっても、欲しい絵は人によって違う」


「それはそうでしょ」


「そうなんだけど!」


 オタクミは頭を抱えた。


「分かってたつもりだった……!」


『また大げさな』


「いや、大事だぞ!」


 オタクミはアクスタを机に置き直した。


 今までのように掲げるのではなく、パンを置く場所の横、本を読む時に目に入りそうな位置、仕事机の端――そんな使い方を想像する。


「よし。明日は置き方を見せる」


「置き方?」


「ただ『すごいだろ!』って見せるんじゃない。机に置くならこう、棚ならこう。絵も一種類じゃなくて何枚か見せる」


 リアが頷いた。


「その人が好きな絵を選べるようにするんですね」


「そう!」


 オタクミは少女へ向き直る。


「なあ、その絵。本当にそっちがいいんだな?」


「うん」


「よし、分かった」


「先生、ちょっと悔しそう」


「悔しくない!」


『声が悔しそうだな』


「ミスティアが選ばれなかったからじゃない! ほんのちょっとしか!」


「あるんじゃない」


 セラが笑った。


 少女もつられて笑う。


 オタクミは第一号のミスティアを見下ろし、それから少女が選んだ絵を見る。


「……まあいい」


「いいの?」


「推しは、こっちが決めるもんじゃないからな」


 言ってから、オタクミは少しだけ首をかしげた。


「いや、今のちょっと格好良すぎたな。忘れてくれ」


「何それ」


「とにかく!」


 オタクミは木箱を叩いた。


「明日は布教作戦第二弾! まずは『どう飾るか』を見せる! それから――」


 少女が選んだ絵を指さす。


「欲しい絵を聞く!」


『ようやく商売らしくなってきたな』


「違う! 布教だ!」


「売るんでしょ?」


「布教だ!」


 市場の片隅に、セラのため息とリアの笑い声が響いた。


 その間にも、少女は何度も自分が選んだ絵を眺めていた。

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