スライム製アクスタの作り方
近郊の森。
討伐依頼を終えたはずのオタクミは、倒したスライムにはもう目もくれず、地面に残った透明な体液へ完全に心を奪われていた。
「これだ……! これで……夢が……!」
しゃがみ込んだまま、固まりかけた透明な膜を光へ透かす。その目は、ついさっきまでスライムと戦っていた冒険者のものではない。
「……先生、目が怖いです」
「何か拾って食べる人の顔じゃないわよね、それ」
「食わねえよ!」
リアとセラが少し距離を取る中、オタクミは透明な欠片を掲げた。
「昨日までの俺なら、これをただのスライムの残り物として見過ごしていた……しかし今の俺には分かる!」
『一日前のお前と何が違うんだ』
「推しを立たせる未来が見えた!!」
『何も分からん』
ゴルドスの呆れ声を無視し、オタクミは持ってきていた空き瓶を取り出す。
「リア! これ、固まり切る前なら集められるんだよな?」
「はい。時間が経つと硬くなりますから、今ならまだ」
「よし、採取!」
「本当に持って帰るの?」
「当たり前だろ!」
オタクミの号令で、妙な採取作業が始まった。
瓶、木皿、使っていない容器。使えそうな物を総動員し、まだ柔らかいスライムの体液を集めていく。
「セラ、そっち!」
「はいはい」
「リア、草とか入らないように頼む!」
「分かりました!」
『俺は?』
「応援」
『一番要らん役だな!?』
こうして依頼帰りの冒険者一行は、討伐報酬よりも大量のスライム素材を大事そうに抱えてラザリスへ戻ることになった。
◇
「――というわけで、アクスタを作ります!」
宿へ戻るなり、オタクミは机の中央へ瓶を置いた。
中では、半透明のスライム素材がとろりと揺れている。
リアとセラが椅子へ座るのを待つこともなく、オタクミは両手を机へついた。
「まず説明しよう! アクスタとは!」
「昨日聞いた」
「私も聞きました」
「もう一回聞け!」
『布教ってそういうもんじゃないと思うぞ』
オタクミは咳払いした。
「推しの姿を透明な板にして、台座へ立たせる。机の上! 棚! 枕元! 食卓! どこでも推しを拝める、それがアクスタだ!」
「食事の時まで?」
「当然!」
「落ち着かないでしょ」
「むしろ整う!」
セラは理解を諦めたように額を押さえた。
リアだけは興味深そうに瓶とオタクミを見比べている。
「つまり、この透明になる素材へ絵を合わせるんですね?」
「そう! さすがリア!」
「でも先生、これをどうやって同じ形にするんですか?」
「……そこなんだよな」
「考えてなかったの?」
「夢が先行した!」
『堂々と言うな』
◇
その日の午後、三人はスライム素材とリアの描いた絵を持って、街の職人を訪ねた。
「これを、こういう形に固めたい?」
作業台の向こうで、職人が怪訝そうにオタクミを見る。
「はい!」
「武器じゃないんだな?」
「武器じゃありません!」
「防具でも?」
「ありません!」
「何に使う?」
「推しを立たせます!」
「帰れ」
「待ってええええ!」
即答だった。
それでもリアが横から、絵の輪郭に合わせて透明な素材を固めたいのだと説明すると、職人はようやく図面へ目を落とした。
「用途はさっぱり分からんが……型だけなら作れる」
「本当ですか!?」
「ただし、この素材が綺麗に固まるかは知らんぞ。昔は水を弾くために塗ることはあったらしいが、こんな形にする奴は聞いたことがない」
「そこは試す!」
「最初からそのつもりでしょうね」
セラの声が冷たい。
職人の助言を受けながら、まずは単純な形の型を作ることになった。
リアの描いたミスティアの輪郭をそのまま再現するのではなく、最初は少し余裕を持たせた形にする。細い部分まで攻めれば割れやすいし、歪めば立たない。
「アホ毛は!?」
「最初は諦めろ」
「そんなああああ!」
「先生、試作品ですから!」
リアになだめられ、オタクミは泣く泣く妥協した。
◇
宿へ戻ってから、試作が始まった。
スライム素材から目立つ草や砂を取り除き、職人に教えられた通り、まだ柔らかいうちに型へ少しずつ入れていく。
「気泡! 気泡は敵だ!」
「だから揺らすなって!」
オタクミが覗き込みすぎるたび、セラが肩を引っ張る。
「そこ、泡残ってる」
「どこ!?」
「右端」
「リア!」
「はい!」
リアが細い棒で慎重に気泡を逃がす。
『セラ、こういう時めちゃくちゃ細かいな』
「立たせるんでしょ? 歪んでたら意味ないじゃない」
「頼もしすぎる……!」
「近い」
そして待つ。
ひたすら待つ。
「まだ?」
「まだです」
「もういいんじゃない?」
「先生、触らないでください」
「ちょっとだけ」
「ダメです」
オタクミの手をリアが止め、その横でセラも睨む。
やがて素材は少しずつ透明な板状へ固まり始めた。
完全に澄んでいるわけではない。わずかに曇りもあり、厚みも均一ではない。それでも型から外した瞬間、オタクミは両手で受け取った。
「……できてる」
透明な板だった。
まだただの板。
それでもオタクミには、その先が見えた。
「リア」
「はい!」
「ここから頼む」
リアが頷く。
紙に描いたミスティアを見ながら、透明な板へ少しずつ色を重ねていった。
髪。
衣装。
瞳。
一気には塗らない。透明な素材の向こうからどう見えるか確かめながら、線を足し、色を重ね、時々離れて見直す。
セラも途中から黙って作業を見つめていた。
「……そこ、少し左じゃない?」
「台座ですか?」
「うん。今のままだと立たせた時、傾くと思う」
「本当だ」
「セラ、お前もう完全に制作班じゃん!」
「倒れたら気になるだけ」
台座側も形を調整し、何度か差し直す。
一度目はぐらついた。
二度目は少し斜めになった。
三度目。
透明な台座へ差し込まれたミスティアが、机の上で立った。
「…………」
三人とも、しばらく何も言わなかった。
夕方の光が窓から差し込み、透明な板の縁を照らす。リアが描いた色が光を透かし、紙の上で見る時とは少し違って見えた。
「立ってる……」
リアが小さく呟く。
「立ってるな」
セラも椅子から身を乗り出す。
オタクミは震えていた。
「ミスティアが……机の上に……」
『絵だけどな』
「黙れゴルドス!」
オタクミは両手でそっと試作品を持ち上げ、窓辺へ置いた。
「尊い……」
「先生、泣いてます?」
「泣いてない。これは光の反射だ」
「目から?」
「目から!」
リアも嬉しそうに近づいた。
「紙に描いた時と違いますね。後ろから光が入ると、色がちょっと変わって見えます」
「だろ!? 飾る場所で表情が変わるんだよ!」
「そこまで考えてたの?」
「今考えた!」
「でしょうね」
セラは呆れながらも、試作品から目を離していなかった。
「……でも、分かる気はする」
「何が?」
「絵ならしまったら見えないけど、これは机に置いておけば目に入る」
指で台座を軽く押す。
「ちゃんと立てば、だけど」
「そこ大事!?」
「大事でしょ!」
『正論だな』
オタクミは試作品を見た。
透明度も完璧ではない。縁も少し歪んでいる。リアの絵も、板へ描くのは紙とは勝手が違った。
完成品と呼ぶには、まだ粗い。
それでも。
「よし」
オタクミは笑った。
「第一号、完成!」
「第一号?」
「ってことは……」
リアが続きを察する。
オタクミは机の上のミスティアを指さした。
「次は、もっと綺麗に作る!」
「そっち?」
「そして増やす!」
「やっぱりそっちもか……」
『嫌な予感しかしないな』
「何を言う! 推しは一人で眺めても尊い! でも並べたらもっと尊い!」
オタクミは試作品を高く掲げる。
「待ってろラザリス! 次の布教は、立つぞ!!」
「何が?」
「推しが!!」
セラのため息と、リアの笑い声が重なった。




