オタクミの企み
ラザリスの宿。冒険者パーティーを結成してから、数日が経った朝だった。
窓から差し込む光の下、テーブルの上にはスケッチブック、色鉛筆、インク、筆。それから参考資料として、《タクミ・ブレイザー》がこれでもかというほど目立つ角度で立てかけられている。
「いいか、リア! このミスティアの瞳の透明感は、ただ光ってるんじゃない。奥行きがあるんだ! 吸い込まれそうなのに、見てると安心する……つまり尊い!」
「はいっ、先生!」
リアは真剣な顔で紙へ向かい、オタクミの熱弁を聞きながら筆を動かしていた。
「あと、このアホ毛! ただ跳ねてるように見えて、シルエットだけでもミスティアだって分かる重要パーツだからな!」
「なるほど……形だけじゃなくて、見分けるための印にもなるんですね」
「そう! キャラデザには意味がある!」
少し離れた椅子では、セラが頬杖をついて二人を眺めていた。
「朝からよくそんなに喋れるわね」
「セラも見ろ!」
「嫌」
「返事が早い!」
「だって、また長くなるでしょ」
「長くない! ミスティアの横顔についてなら、まだ一刻くらいしか――」
「長い」
そう言いながらも、セラの視線は《タクミ・ブレイザー》に描かれたミスティアへ向いている。
オタクミは見逃さなかった。
「今見たな?」
「見てない」
「アホ毛見たな?」
「見てない」
「表情まで見たな?」
「うるさい!」
腰の鞘から、ゴルドスが呆れた声を出した。
『で、今日は一日それをやるのか? 冒険者パーティーになったんじゃなかったのか』
「布教活動も立派な冒険だろ!」
『冒険者ギルドはそう思ってないだろうな』
痛いところを突かれた。
オタクミは一瞬だけ視線を逸らしたが、すぐに胸を張る。
「その件なら問題ない。実は昨日、登録してきた!」
「は?」
セラが眉を寄せる。
「この前、武器の扱いで揉めてなかった?」
「ふっ。俺は学んだのだ」
オタクミは得意げに机の下から一本の木の枝を取り出した。
妙にまっすぐで、先端だけ少し尖っている。
「……何それ」
「登録用武器」
「木の枝でしょ」
「武器だ!」
『枝だな』
「ゴルドス!」
オタクミは枝を振ってみせる。
「規定には武器を所持してることって書いてあったからな。これでも戦えるって言い張ったら通った!」
「通す方もどうかしてるでしょ……」
「大事なのは結果だ!」
リアが困ったように笑う。
「でも、せっかく登録できたなら、何か依頼を受けてみませんか?」
「もちろん!」
オタクミは待ってましたとばかりに一枚の依頼書を広げた。
「近郊の森に出たスライム数体の討伐! 初心者向け!」
セラが紙を覗き込む。
「報酬は?」
「そこ見る!?」
「見るでしょ。活動するにも食費も道具代もかかるんだから」
「うっ」
数日前、パーティー結成直後にも同じようなことを言われた記憶がある。
『もう完全に財布を握る役だな』
「握ってない。ただ現実を見てるだけ」
「大事な役割だな、セラ!」
「自分が見なさいよ」
オタクミは聞かなかったことにした。
「よし! スライム討伐して、報酬もらって、帰ってきたら布教会議だ!」
「結局やるんだ」
「当然!」
◇
快晴の下、三人と一本の鞘はラザリス近郊の森へ入った。
木漏れ日が地面をまだらに照らし、湿った土と草の匂いが鼻をくすぐる。
「ここ、先生と初めて会った森ですよね」
リアが周囲を見回しながら言った。
「おお……原点の地!」
『格好つけてるけど、あの時も鞘でスライム殴ってただけだぞ』
「観賞用戦闘術の原点と言え!」
「それ、名前ついてるんだ……」
セラが呆れたところで、茂みの奥からぷるん、と半透明の塊が跳ね出した。
一体。
二体。
さらに奥から数体。
「来た!」
オタクミは《タクミ・ブレイザー》へ手を添える。ただし刀身は抜かない。
「今日は初心者依頼! 抜刀禁止で行く!」
『お前の場合、相手の強さより推しが汚れるかどうかが判断基準だろ』
「当然だろ!」
鞘を構え、前へ出る。
飛びかかってきたスライムを横から叩き落とすと、そのまま地面へ押し返す。横を抜けようとした一体には、セラのナイフが素早く走った。
「右!」
「分かってる!」
セラが動きを止め、オタクミが鞘で仕留める。
後方ではリアが周囲を見ながら声を飛ばした。
「先生、左の木の陰にもいます!」
「ナイス!」
三人で動くと、以前よりずっと楽だった。
オタクミが前へ出て、セラが隙を拾い、リアが周囲を見る。
最後の一体を倒す頃には、誰も大きな傷を負っていなかった。
「よし! 完勝!」
「普通の依頼でそこまで勝ち誇る?」
「初パーティー依頼だぞ! 記念すべき一勝!」
「そう言われると……まあ」
セラは少しだけ口元を緩めた。
◇
討伐を終え、一行は森の小さな開けた場所で休憩を取った。
「はい、先生。セラさんも」
リアが包みからサンドイッチを取り出し、茶と一緒に配る。
「ありがてぇ……」
オタクミは《タクミ・ブレイザー》を横に置き、ミスティアの絵が見える角度へ微調整してからサンドイッチをかじった。
「推しを見ながら食う飯はエリクサーより効く……!」
『また言ってる』
「毎回同じこと言うの?」
「大事なことだからな!」
セラもサンドイッチを一口食べる。
「……美味しい」
「よかったです!」
そんな穏やかな時間の中で、オタクミの視線がふと地面へ止まった。
「ん?」
倒したスライムの残した体液が、陽の光を受けて薄く光っている。
透明に近い。
その一部は、地面や草の上で膜のように広がり、すでに端から固まり始めていた。
「これ……」
オタクミはしゃがみ込み、指先でそっと触れる。
「固まってる?」
「先生、知らなかったんですか?」
リアも隣へしゃがんだ。
「スライムの体液って、しばらくすると硬くなるんですよ。昔は水を弾く素材として使われていたって聞いたことがあります」
「防水?」
「はい。ただ、そのままだと形が安定しにくいので、今はあまり使われないみたいですけど」
オタクミは返事をしなかった。
指先で固まりかけた部分をつまみ、光へ透かす。
薄い。
透明。
磨けばもっと澄むかもしれない。
「……リア」
「はい?」
「これ、加工したら板みたいにできる?」
「板……ですか?」
「薄く広げて、形を整えて、そのまま固める」
リアは少し考え込む。
「できるかは分かりません。でも、職人さんなら何か方法を知っているかも……」
「先生、また何か考えてるでしょ」
セラが嫌な予感でもしたように目を細める。
オタクミは答えず、透明な欠片を光へかざした。
頭の中に浮かんだのは、現実世界の机や棚に並べていた小さな推したち。
場所を取らない。
飾れる。
持ち歩ける。
絵を、そのまま立たせられる。
オタクミの目が見開かれた。
「……これだ」
「何が?」
「これ、透明な板に加工できるなら……」
オタクミは勢いよく立ち上がった。
「アクスタ、作れるかもしれない!」
「アク……何?」
セラが怪訝な顔をする。
リアも首をかしげた。
オタクミは二人を見回し、満面の笑みを浮かべる。
「推しを――立たせるんだよ!!」
『また始まったな』
「始まるんだよ!!」




