冒険者パーティー結成!
ラザリスの宿の一室に、夕日が差し込んでいた。
窓から伸びた橙色の光の中を、細かな埃がゆっくり漂っている。その穏やかな光景とは裏腹に、ベッドの上では一人の美少女が毛布にくるまり、豪快に寝息を立てていた。
「ん……」
オタクミ・ルミナスが毛布から顔を出す。
「……あれ。もう夕方?」
バスレオンとの一件を終えて街へ戻ってから、宿へ着いたところまでは覚えている。リアに「少し休んでください」と言われ、そのままベッドへ倒れ込んだ。
そこから先の記憶がない。
「寝すぎた……?」
『昼前からだから、まあまあ寝てるな』
「うおっ!?」
腰元から突然聞こえた声に、オタクミは毛布を跳ね上げた。
「ゴルドス! 起きてたなら起こせよ!」
『なんで俺が目覚まし時計まで担当しなきゃならん』
「鞘神なのにサービス悪いな!」
『その呼び方を正式な役職みたいに使うな!』
そこでオタクミは、部屋の中にもう一人いることに気づいた。
窓際。
銀髪の少女が椅子に腰掛け、《タクミ・ブレイザー》へ布を滑らせている。
「……セラ?」
名前を呼ぶと、セラはちらりと振り返った。
「あ、起きた」
「何してんの?」
「見れば分かるでしょ。磨いてる」
「俺の推しを!?」
「剣を」
「推しを!」
「剣」
「推――」
「うるさい」
即座に切られた。
セラは刀身の装飾部分を傷つけないよう、布の角度を変えながら丁寧に汚れを拭っている。
数日前まで、その武器を盗んだ張本人とは思えない。
『ちなみに結構前からいるぞ』
「ゴルドス!」
「余計なこと言わないで!」
『部屋の窓開けて、床の物どけて、散らかってた布も畳んで――』
「実況すんな!」
セラが鞘を軽く小突く。
『痛っ! 俺、神だぞ!』
「鞘でしょ」
『神!』
「鞘」
『神!!』
「どっちでもいいから俺のミスティアに振動与えないで!」
「そこ!?」
セラが睨む。
オタクミは笑った。
「ありがとな」
「……別に」
セラは視線を逸らす。
「部屋が汚いと落ち着かなかっただけ」
「武器まで磨く必要あった?」
「汚れてたから」
「ミスティアの顔面付近を最優先で磨いてくれた形跡があるんですが」
「偶然よ」
『三回くらい角度変えて見てたぞ』
「ゴルドス」
『はい』
妙に低い声に、鞘が静かになった。
オタクミはベッドから身体を起こした。
セラは《タクミ・ブレイザー》を専用のスタンドへ戻すと、しばらくその場に立っていた。
「……どうした?」
「考えてた」
「何を?」
「昨日――じゃないわね。今朝、言ったでしょ」
朝焼けの街道。
涙を拭きながら、セラは「もう少しだけ一緒にいてもいいか」と尋ねた。
そして最後には、「まだ決めてない」と言った。
「うん」
「あれから考えた」
セラは一度窓の外を見る。
夕暮れのラザリスには、人々の往来が戻り始めていた。
「私、盗み以外の生き方って、まだ分かんない」
「そりゃ一日で分かったらすごい」
「だから……しばらく見てみようと思う」
「何を?」
「あんたたち」
オタクミが瞬きをする。
「俺たち?」
「何作って、何売って、何に首突っ込んで、何で毎回騒ぎになるのか」
「最後だけちょっと待って」
「事実でしょ」
『事実だな』
「ゴルドスは味方してくれよ!」
セラは小さく息を吐いた。
それから、少しだけ言いにくそうに続ける。
「だから……私も加わる」
「え?」
「あんたたちのところに」
オタクミは固まった。
数秒。
「……マジで?」
「嫌ならやめるけど」
「嫌なわけあるかあああああ!!」
「うるさっ!」
オタクミがベッドから飛び降りる。
「よっしゃあああ! 正式加入きたああああ!!」
『加入イベント発生!』
「イベント言うな!」
セラが耳を塞ぐ。
「だから大声出すなって――」
その瞬間。
ドアが勢いよく開いた。
「先生ぇぇぇぇぇぇ!!」
「うわあああ!?」
鍋と袋を抱えたリアが飛び込んでくる。
「起きてますか!? 具合はどうですか!? 痛いところは!? ちゃんと水飲みました!? 昨日――じゃなくて今朝からほとんど何も食べてませんよね!?」
「リア! 情報量!」
「心配だったんです!」
『完全に保護者だな』
「違います!」
リアは鍋を机へ置き、そこでセラに気づいた。
「あ、セラさん」
「……どうも」
「腕、大丈夫ですか?」
「もう平気」
「本当ですか?」
「本当」
「無理してません?」
「してない」
「包帯替えました?」
「……替えた」
「ならよかったです」
セラが少し気圧されたようにオタクミを見る。
「この子、ずっとこんな感じ?」
「優しいだろ?」
「圧が強い」
「先生ほどじゃありません!」
「え、俺!?」
リアはそこで二人の雰囲気がいつもと少し違うことに気づいたらしい。
「……何かありました?」
「聞いてくれリア!」
「言わなくていい!」
「セラが正式に――」
「自分で言う!」
セラがオタクミの口を手で塞ぐ。
「むぐっ」
リアが目を丸くした。
セラはしばらく気まずそうに黙っていたが、やがて手を離して小さく咳払いする。
「……私も、一緒に行くことにした」
「一緒に?」
「その……この人たちと」
リアの顔が一気に明るくなった。
「本当ですか!」
「ちょ、近い」
「よかったです!」
両手を握られ、セラが固まる。
「これからよろしくお願いします、セラさん!」
「……うん」
小さな返事だった。
だが、振りほどこうとはしなかった。
◇
リアが持ってきたスープが温まるまでの間、三人は机を囲んだ。
そこでセラの視線が、一冊の魔導書へ止まる。
「それ」
「これですか?」
リアが持ち上げる。
「前にも見たけど……ちゃんと見せてもらってなかった」
「あっ。そうですね」
逃走や戦闘の最中に一緒にはいたが、落ち着いて話す時間などほとんどなかった。
リアが表紙を開く。
そこには、彼女自身の手で描かれたミスティアのイラストが並んでいた。
セラが黙る。
「……どうですか?」
リアがおそるおそる尋ねる。
「変だったら言ってください。まだ勉強中なので」
「いや」
セラはページへ顔を寄せた。
「これ、好き」
リアが目を丸くする。
「本当ですか?」
「うん」
別のページをめくる。
「同じ人なのに、ちょっとずつ顔が違う」
「それは……私が見た時の印象を描いてるので」
「へえ」
セラはしばらく絵を見た。
「こっちは強そう」
「はい」
「こっちは……優しい感じ」
「そう見えました?」
「うん」
セラの指が紙の少し上で止まる。
「同じものを描いても、こんなに違うんだ」
リアは嬉しそうに頷いた。
「見る人によっても、たぶん違うと思います」
「……そう」
セラはもう一度、絵を見る。
「いいね、これ」
ぽろりと出た言葉だった。
リアの頬が赤くなる。
「ありがとうございます!」
「そんな喜ぶ?」
「嬉しいです!」
セラは少し困ったように笑った。
その横からオタクミが身を乗り出す。
「分かるかセラ! リアはすごいんだぞ! この表情の――」
「先生」
「はい」
「私が説明します」
「はい……」
『作者本人に布教権を奪われたな』
「成長したな、リア……!」
「なんで先生が泣きそうなんですか」
◇
スープを食べ終える頃には、部屋の中はすっかり暗くなっていた。
「ごちそうさま」
セラが椀を置く。
「美味しかった」
「よかったです!」
リアが嬉しそうに笑う。
オタクミは満足そうに腹をさすった。
「やっぱ疲れた時の温かい飯は効くなぁ」
『HP全回復だな』
「お前食ってないだろ」
『気分だよ』
「神って便利だな!」
『雑な羨ましがり方すんな』
オタクミは椅子から立ち上がった。
「よし!」
「何」
「改めて!」
妙に大げさに胸を張る。
「ここに、新生オタクミ一行――冒険者パーティーを結成する!」
「新生って、前の正式パーティーあったの?」
「細かいことはいいんだよ!」
「よくないでしょ」
「先生らしいです」
「リアが甘い!」
オタクミは気にせず続ける。
「俺は布教と戦闘担当!」
「布教が先なんだ」
「当然!」
「当然ではないと思います」
「そしてリアは創作担当!」
「が、頑張ります!」
「セラは――」
オタクミが言葉に詰まった。
「盗賊担当?」
「抜けたばっかりなんだけど」
「じゃあ潜入?」
「それもできるけど」
「ナイフ?」
「雑」
『ツッコミ担当』
「それはあんたもでしょ」
しばらく考えた末、オタクミは腕を組んだ。
「……現場担当?」
セラが眉を上げる。
「何それ」
「俺が勢いで突っ込むだろ?」
「うん」
「リアが作るだろ?」
「はい」
「セラは『それ実際どうすんの』って見る」
部屋が静かになった。
セラは少し考える。
「……まあ、間違ってないかも」
「だろ!」
『自分が勢い担当なのは認めるんだな』
「長所だからな!」
「場合による」
セラが即座に返した。
「じゃあ最初に聞くけど」
「おう!」
「活動資金は?」
「…………」
オタクミが止まった。
リアも止まる。
『…………』
「ほら」
「いや、待て! 何かある! たぶん!」
「たぶんで冒険者やる気?」
「クエスト! 依頼! 布教!」
「最後のは収入になるの?」
「将来的には!」
「今は?」
「……ならないかもしれない!」
「先にそこ考えなさいよ!」
『もう現場担当として完璧じゃねぇか』
「加入初日から仕事してる……!」
「感心してないで考える!」
机の上に、リアが紙を一枚置いた。
「じゃあ、今後やりたいことを書いてみませんか?」
「おお!」
「そこから必要なお金とか、できることを考えれば」
「さすがリア!」
オタクミは勢いよく紙を引き寄せる。
一番上へ大きく書いた。
『ミスティア布教』
「……」
セラが無言でその横に、
『生活費』
と書き足した。
リアがその下へ、
『絵を描くための材料』
と丁寧に記す。
『俺の扱い改善』
鞘から声がした。
「それ書けないだろ!」
『心に書け!』
「却下!」
三人の声が重なる。
しばらくして、紙はやりたいことと必要なものと、途中から関係なくなったオタクミの布教案でいっぱいになった。
誰が決めたわけでもない。
同じものを好きなわけでもない。
得意なことも、見ているものも違う。
それでも、一枚の紙を囲んでいた。
「……ねえ」
セラが書き込みながら言う。
「何?」
「パーティー入るって、こんな感じなの?」
「知らん!」
「知らないの!?」
「俺も初めてだから!」
「堂々と言うな!」
リアが吹き出す。
セラも、呆れながら笑った。
「やっぱり、入るところ間違えたかも」
「今さら脱退不可!」
「聞いてない!」
『契約書もないけどな!』
「じゃあまだ辞められるわね」
「ゴルドスぅぅぅ!」
夕暮れを過ぎたラザリスの宿に、三人と一本の鞘の声がいつまでも響いていた。




