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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
1 痛武器勇者爆誕編

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銀影の決意と涙

セラの怒声が、夜の廃屋跡に響いた。


「戦闘中でしょ!!」


「いやでも盾の内側のミスティアが――」


「あとにしなさい!」


『珍しく完全にセラが正しい!』


「ゴルドスまで!?」


 そんなやり取りの向こうで、バスレオンが壁から腕を引き抜いた。


 セラの投げたナイフに服を縫い止められていた部分が、乱暴に裂ける。


「……ふざけやがって」


 低い声だった。


 さっきまでの余裕は消えている。


 壊された黒鉄の魔導具が地面に転がり、その周囲にはまだ熱が残っていた。


 バスレオンはそれを一度見下ろし、それからセラへ目を向ける。


「セラ」


 名を呼ばれた瞬間。


 彼女の肩がわずかに揺れた。


「戻れ」


 短い一言だった。


 だが、それだけで空気が変わった。


 オタクミはセラを見る。


 さっきまで自分の横に立っていた少女の指が、強く握り込まれていた。


「……嫌」


「聞こえなかったな」


「戻らない」


 バスレオンの眉が動いた。


「誰に拾ってもらったと思ってる」


 セラの顔が強張る。


「食う物もなかったお前を拾った。寝る場所も、仕事も与えた。何も持ってなかったお前に、生きる場所をやったのは誰だ?」


「……分かってる」


「なら戻れ」


「それとこれは別」


「別なもんか」


 バスレオンの声が強くなる。


「お前が今まで生きてこられたのは、俺たちが使ってやったからだ。盗めと言えば盗む。それでよかっただろうが」


 セラの呼吸が浅くなる。


 オタクミが一歩出ようとした。


 その袖を、リアがそっと掴んだ。


「先生」


 小さく首を振る。


 オタクミは足を止めた。


 これは、自分が代わりに言うことじゃない。


 セラが自分で言わなければいけないことだ。


「……よくなかった」


 小さな声だった。


 バスレオンが目を細める。


「何?」


「よくなかったって言ったの」


 セラは顔を上げた。


「盗めって言われたら盗んだ。誰から取るかも、何を取るかも、全部言われた通りにした」


「それで生きられた」


「そう」


「なら何が不満だ!」


「私が決めてなかった!」


 声が響いた。


 オタクミが目を見開く。


 セラ自身も、一瞬だけ息を呑んだようだった。


 それでも止まらない。


「何を盗むかも、誰から盗るかも、どこにいるかも。全部あんたが決めた!」


「だからどうした」


「嫌だったのよ!」


 夜気を震わせる声。


「ずっと嫌だった! でも、他に生き方なんてないって思ってた。あんたに拾われたんだから、それしかないって!」


 バスレオンの顔から、わずかに表情が消える。


 セラの手は震えていた。


 けれど、後ろへは下がらなかった。


「でも……違った」


「何が」


「私、自分で決めたかった」


 視線が、一瞬だけ《タクミ・ブレイザー》へ向く。


「最初は、あの剣の価値を自分で確かめたかっただけだった」


「……」


「みんなが価値がないって笑ってたから。本当にそうなのか、自分で見たかった」


 セラは唇を噛む。


「なのに、オークションに出したら、今度は値段で決めようとしてた」


 オタクミは黙って聞いていた。


「高く売れれば価値がある。売れなければ価値がない。結局また、誰かが決めたものに従おうとしてた」


「セラ」


「でも、こいつは違った」


 セラがオタクミを見る。


「変な剣を守るために、自分から弾の前に出る。盾になったら内側の絵見て戦闘中に騒ぐ」


「そこ今必要!?」


「必要」


『必要らしいぞ』


「ゴルドスまで納得すんな!」


 セラの口元が、ほんの少しだけ緩む。


「馬鹿みたいだけど……自分で決めてる」


 その言葉で、オタクミは黙った。


「誰に笑われても。高いとか安いとか言われても。自分が大事だから守ってる」


 セラは再びバスレオンを見る。


「私も、それをやりたい」


「……何を言ってる」


「自分の生き方を、自分で決めたい」


 バスレオンの額に青筋が浮かぶ。


「くだらねぇ!」


 懐から短い刃を抜いた。


「綺麗事で生きられると思うな!」


 踏み込む。


「セラ!」


 オタクミが動くより早く、セラも前へ出た。


 刃と刃がぶつかる。


 金属音。


 セラは押し負けながらも、歯を食いしばる。


「お前はこっち側だ!」


「違う!」


「盗人が今さら何になるってんだ!」


「分かんない!」


 一瞬、バスレオンの動きが止まる。


 セラはその刹那に身体を沈め、腕を抜いた。


「何になるかなんて、まだ分かんない!」


 蹴りがバスレオンの脇腹へ入る。


「でも――」


 距離を取る。


「盗み続けるって決めるのは、もうあんたじゃない!」


 バスレオンが吠えた。


「セラァァァ!」


 短剣を振り上げる。


 その軌道へ、ピンク色の盾が割り込んだ。


 ガンッ!


「うおっ!」


 《タクミ・ブレイザー》の盾形態。


 オタクミが歯を食いしばりながら受け止める。


「お前……!」


「悪いな!」


 盾の内側では、ミスティアが凛々しく微笑んでいる。


「セラの話は終わってねぇ!」


『お前、こんな時まで内側ちょっと見てただろ』


「見てない!」


「見てたでしょ!」


「セラまで!?」


 バスレオンが盾を蹴る。


 オタクミが後ろへ滑る。


「邪魔をするな!」


「する!」


「これは俺たちの問題だ!」


「だったらセラが決めるまで口出すな!」


「お前が一番口出してるだろうが!」


「確かに!」


『認めるな!!』


 バスレオンが再び迫る。


 だが今度はセラが先に動いた。


「オタクミ、右!」


「了解!」


 盾で受ける。


 その陰からセラが飛び出し、バスレオンの手首を打つ。


 短剣が宙を舞った。


 オタクミの盾が光り、再び剣の形へ戻る。


「よし!」


『斬るなよ!』


「分かってる!」


 刀身を一瞬だけ抜く。


「だからなんで見るのよ!」


「気合い入れるため!」


 ミスティアを目に焼きつけ、即座に納刀。


「行くぞ、鞘神!」


『だからその名で呼ぶな!』


 踏み込む。


 鞘を横薙ぎに振る。


 バスレオンは腕で受けたが、衝撃に耐えきれず膝をついた。


「ぐっ……!」


 さらに動こうとする。


 その首元へ、セラのナイフが突きつけられた。


「……終わり」


 静かな声だった。


 バスレオンが睨み上げる。


「俺を殺すのか」


「殺さない」


「甘いな」


「そうかも」


 セラの手が震える。


「でも、あんたに言われたから殺すのも、殺さないのも嫌」


「……」


「私が決める」


 セラはナイフを下ろした。


「私は、もう戻らない」


 バスレオンの目が細くなる。


「一人で生きられると思うな」


「分からない」


「すぐ泣きついてくる」


「それも分からない」


「だったら――」


「分からなくてもいい!」


 セラの声が震えた。


 目にも涙が滲んでいた。


「今まで、分からないから全部あんたに決めてもらってた!」


 一粒、頬を伝う。


「だから今度は……分からないまま、自分で決める」


 バスレオンは何も言わなかった。


 セラは涙を拭わない。


「拾ってくれたことは、感謝してる」


「……」


「生きられたのも、本当」


 声が少し詰まる。


「でも、それで一生あんたの言う通りにしなきゃいけないとは、もう思わない」


 セラは息を吸った。


「私は、盗みじゃない生き方をしたい」


 言い切った。


 今度こそ。


 誰かに言われた言葉ではなく。


 自分で選んだ言葉だった。


 バスレオンはしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくり顔を背ける。


「……勝手にしろ」


 それだけだった。


「二度と戻ってくるな」


 セラは小さく頷く。


「戻らない」


 オタクミも口を挟まなかった。


 ここは勝ち鬨を上げる場所ではない気がした。


 セラが、自分の足で過去から一歩離れた場所だった。


     ◇


 東の空が白み始めていた。


 廃屋を離れ、ラザリスへ戻る街道を歩く。


 先頭を歩いていたセラは、しばらく何も話さなかった。


 オタクミもリアも、その背中を急かさない。


『……終わったな』


 ゴルドスが珍しく静かな声で言った。


「うん」


 セラが答える。


「終わった」


 足が止まる。


「……たぶん」


「たぶん?」


「明日から何すればいいか分かんない」


 セラは振り返らない。


「盗むなって言われても、それ以外のこと、ほとんど知らないし」


 オタクミが頭を掻く。


「じゃあ探せば?」


「簡単に言うわね」


「だって俺もこの世界で分かんないことだらけだぞ」


「それと一緒にしないで」


「でも分からんもんは分からん!」


『開き直った!』


 リアが少し笑う。


 その声を聞いて、セラもほんの少しだけ口元を緩めた。


「……ほんと、変な奴」


「また言った!」


「騒がしいし、暑苦しいし、変な剣持ってるし、鞘まで喋るし」


『俺への評価だけ雑じゃないか?』


「でも……」


 セラの声が止まった。


 肩が小さく震える。


「私が盗んだのに」


「うん」


「逃げてもよかったのに」


「うん」


「それでも……私に決めさせた」


 涙が落ちた。


 セラは慌てて腕で拭う。


「……最悪」


「え、俺またなんかした!?」


「違う!」


「じゃあ何!?」


「見るな!」


「はい!」


 オタクミが慌てて前を向く。


 リアも少しだけ距離を取った。


 セラは何度か涙を拭って、それでも止まらなくなったのか、最後には諦めたように俯いた。


「……ありがとう」


 小さな声。


 オタクミが振り返る。


「助けてくれて」


 セラは顔を上げた。


「私に、自分で決めさせてくれて……ありがとう」


 オタクミはしばらく黙っていた。


 それから、照れたように鼻の下を擦る。


「俺は別に、決めさせたつもりないけどな」


「は?」


「決めたのはセラだろ」


 セラの目が少し大きくなる。


「だから、これから何するかもセラが決めればいい」


「……」


「少なくとも俺は、もうお前を敵とは思ってない」


 朝日が地平から顔を出す。


 セラはしばらくオタクミを見ていた。


 やがて、ほんの少しだけ笑う。


「……じゃあ」


「ん?」


「もう少しだけ、一緒にいてもいい?」


 オタクミの顔がぱっと明るくなる。


「もちろん!」


「声でかい」


「嬉しいんだから仕方ないだろ!」


『お、加入か?』


「まだ」


「まだなの!?」


「これから考える」


 セラはそう言って、また歩き出す。


 今度は一人で先へ行かず、オタクミたちの歩幅に合わせて。


 朝の光の中。


 三人と一本の鞘は、並んでラザリスへ戻っていった。

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