萌えを守る盾
廃屋の外で、何かが爆ぜた。
壁の隙間から砂埃が落ち、リアが反射的に身をすくめる。オタクミは《タクミ・ブレイザー》を握り直し、セラは割れた窓の脇へ身を寄せた。
「来る」
セラの声が低くなる。
「一人じゃないのか?」
「たぶん何人かいる。でも――」
彼女は外を一度だけ覗き、すぐに頭を引っ込めた。
「……バスレオンもいる」
「本人直々かよ!」
『そりゃ競りをぶっ壊して商品持って逃げたからな』
「商品じゃねぇ! 俺の推しだ!」
『そういうとこだけ元気だなお前!』
次の瞬間、廃屋の正面扉が轟音とともに吹き飛んだ。
夜気の向こうから、緋色の服をまとった大男が姿を現す。
バスレオン。
その手には、黒鉄の異様な魔導具が握られていた。太い筒をいくつも束ねたような形状を見て、オタクミの顔が引きつる。
「……待て。あれ、見覚えあるぞ」
「知ってるの?」
「俺の世界に、ああいう撃ち方する兵器がある」
「強い?」
「めちゃくちゃ撃ってくるタイプ!」
「説明が雑!」
バスレオンが口元を吊り上げる。
「随分と楽しそうじゃねぇか、セラ」
その声を聞いた瞬間、セラの肩がわずかに固まった。
オタクミは横目でそれを見る。
「帰ってこい。今ならまだ、余計なことをした分だけで済ませてやる」
「……」
「その剣も置いていけ。どうせお前には価値なんざ決められねぇ」
セラの指先が動いた。
だが、その足は下がらなかった。
「それ、あんたが決めることじゃない」
「あ?」
セラ自身も、言ってから少し驚いたようだった。
それでも言い直さない。
バスレオンの笑みが消えた。
「なら、まとめて潰す」
足元に魔法陣が広がった。
「伏せて!」
セラが叫ぶ。
直後、黒鉄の魔導具が唸りを上げた。
光の弾が一斉に吐き出される。
「うおおおおおお!?」
オタクミは鞘で一発を弾き、次を身体ごと避ける。壁が砕け、床板が弾けた。
一本、二本ならどうにかなる。
だがこれは数が違う。
『多すぎる! 全部鞘で弾く気か!?』
「無茶言うな! 俺の動体視力はアニメの作画班じゃねぇ!」
「先生、こっちです!」
リアが倒れた壁の陰へ身を寄せる。
オタクミも飛び込もうとした。
その瞬間だった。
「危ない!」
セラの声。
横から一発、軌道の逸れた魔弾が飛んでくる。
避ければいい。
だが、その先にはリアがいた。
「くっ!」
オタクミは反射的に《タクミ・ブレイザー》を前へ出しかけ――止まった。
刀身に描かれたミスティアが視界に入る。
「無理ぃぃぃぃぃ!!」
身体をひねり、自分の肩でリアを庇う。
魔弾が脇の柱をえぐった。
「先生!?」
「今のは危なかった……主にミスティアが!」
「先生もです!」
『優先順位!!』
さらに弾幕が迫る。
「くそっ、このままじゃ近づけねぇ……!」
オタクミが歯噛みした、その時。
手の中の《タクミ・ブレイザー》が震えた。
「……ん?」
『おい、なんか光ってるぞ』
ピンク色の光が刀身から広がり、鍔の辺りまで包み込む。
「ゴルドス、何これ!?」
『俺に聞くな! 神器が勝手に――』
金属音が連続して響いた。
刀身が折れた――ように見えて、違った。
いくつもの部位が滑るように位置を変え、幅を広げていく。
「え、ちょ、待っ――」
数秒後。
オタクミの手にあったのは、剣ではなかった。
大きな盾だった。
「…………」
「…………」
リアもセラも固まる。
オタクミは盾を見た。
「盾になったぁぁぁぁぁ!?」
『俺も初めて見たわ!!』
「なんで神器の付属機能を付属神が知らないんだよ!」
『誰が付属神だ!!』
「今そこじゃない!」
セラが怒鳴る。
「撃ってくる!」
「そうだった!」
オタクミは反射的に盾を構えた。
その瞬間。
「…………」
動きが止まる。
盾の内側。
つまり、持ち手のすぐ向こう側に。
ミスティアがいた。
凛々しく剣を構えた姿で、こちらへ微笑んでいる。
近い。
めちゃくちゃ近い。
「……………………無理」
「何が!?」
「ミスティアが近い!!」
「前見なさい!!」
「だって盾構えるたびに至近距離で目が合うんだぞ!? こんなの戦闘用じゃない! ご褒美用だ!!」
『防御機能としては何一つ困ってねぇだろ!!』
「精神面に致命的な欠陥がある!」
「いいから構えて!!」
セラに怒鳴られ、オタクミは半泣きで盾を前へ出した。
直後、魔弾の雨が襲いかかる。
ガガガガガガガッ!
「うおおおおおお!!」
衝撃が腕を震わせる。
だが、盾は耐えた。
外側へ弾痕が刻まれる。
オタクミは恐る恐る内側を見る。
ミスティアは無傷。
「……完璧だ」
『何がだよ』
「外側だけ傷つく! ミスティアには一発も当たらない!」
「そこ!?」
「そこだよ!!」
弾幕の向こうで、バスレオンが舌打ちした。
「くだらねぇ真似を!」
再び魔導具が唸る。
セラが窓際から動きを見ていた。
視線は銃口ではなく、バスレオンの肩、肘、足元。
「……先生」
「先生!?」
「今さらそこ拾う!?」
「撃つ直前、右肩が上がる」
セラの声から冗談が消える。
「それから連射のあと、一瞬だけ腕が下がる。重いのよ、あの武器」
「つまり?」
「そこなら近づける」
オタクミは盾越しにバスレオンを見る。
「どれくらい一瞬?」
「かなり一瞬」
「ざっくり!」
「自分で見なさい!」
「厳しい!」
また弾幕。
オタクミは盾で受ける。
衝撃。
連射。
そして――止まる。
「今!」
セラが飛び出した。
ナイフが二本、一直線に飛ぶ。
バスレオンが顔をかばい、銃口がわずかに逸れた。
「オタクミ!」
「行く!」
盾を構えたまま前へ出る。
バスレオンが再び引き金を引いた。
数発が盾へ叩き込まれる。
「チッ!」
さらに近づく。
セラが横から石を蹴り上げた。
視線が逸れる。
「今よ!」
「任せろ!」
オタクミが盾を手放す――寸前、変形が解けた。
再び《タクミ・ブレイザー》の姿へ戻る。
「おおっ!」
『感動してる場合か!』
「分かってる!」
鞘から刀身を抜く。
バスレオンが目を見開いた。
「斬る気か!」
「違う!」
オタクミは一瞬だけ、刀身を横へ向けた。
夜の中で、ミスティアが輝く。
「見るだけだ!!」
「は?」
「そして戻す!」
即座に納刀。
『何のために抜いた!?』
「戦闘中でも推しは見たい!」
「ほんっとに何なのよあんた!」
セラの怒鳴り声と同時に、オタクミは踏み込んだ。
狙うのはバスレオンではない。
黒鉄の魔導具。
「せぇぇぇのっ!!」
鞘を振り抜く。
鈍い衝撃音。
魔導具がバスレオンの手から弾き飛ばされ、地面を転がった。
「なっ――」
オタクミはそのまま一歩前へ出る。
バスレオンとの間に立った。
「そんな剣一本に、そこまでするか」
「一本じゃねぇよ」
オタクミは《タクミ・ブレイザー》を抱えるように持ち直した。
「俺が大事だと思ってるものだ」
「価値なんざ、値段が決める」
「値段をつけるのは勝手だ!」
オタクミは言い返す。
「高いと思う奴も、いらないと思う奴もいる。それは好きにすりゃいい!」
その後ろで、セラが静かに顔を上げた。
「でも、それで誰の物かまで勝手に決めんな!」
バスレオンの顔が歪む。
「黙れ!」
男が拳を振り上げる。
その腕の前へ、一本のナイフが突き刺さった。
服だけを壁へ縫い止める。
「……セラ」
「勘違いしないで」
セラがオタクミの隣へ立つ。
「そいつを助けたわけじゃない」
「え、俺?」
「私が今、そっちに立ちたかっただけ」
オタクミは一瞬、目を丸くする。
それから笑った。
「それで十分!」
「そういうの、いちいち大声で言わないで」
背後からリアも駆け寄ってくる。
バスレオンは壁から服を引き裂き、二人を睨みつけた。
まだ終わっていない。
それでも、さっきまでとは違った。
オタクミは推しを守るために盾を構えた。
そして今度は、その横に、自分から残った誰かが立っている。
『……なんかいい感じにまとまってるところ悪いんだけど』
「何だよ」
『盾の内側、もう一回見なくていいのか?』
「見る!!」
「戦闘中でしょ!!」
セラの怒声が、夜の廃屋跡に響いた。




