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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
2 盗賊少女と、守りたいもの

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閉ざされた心の奥に

「はあ、はあっ……ここなら、しばらくは大丈夫か……!」


 闇オークション会場から離れた、ラザリス郊外の廃屋。窓ガラスは割れ、天井の梁も何本か歪んでいるが、追手の目を避けるには十分だった。


「先生、外は今のところ大丈夫そうです」


 先に入口を確認していたリアが戻ってくる。手には、途中で拾ってきたらしい布と小さな水筒を抱えていた。


「助かる、リア!」


「それより先生……そろそろ降ろしてあげた方が」


「…………そうよ」


 腕の中から、低い声がした。


 オタクミは見下ろした。


 銀髪の少女――セラが、ものすごく冷たい目でこちらを見ていた。


「いつまでお姫様抱っこしてる気?」


「あっ」


「今気づいたの!?」


 慌てて降ろすと、セラは壁際へ移動する。だが、その途中で傷めた腕をかばうように顔をしかめた。


「大丈夫か?」


「これくらい平気」


「血出てる奴が言う台詞じゃないぞ」


「自分でやる」


 リアが差し出した布も受け取らず、セラは自分の服の裾を裂こうとした。


 手つきは慣れている。


 慣れすぎている、とオタクミは思った。


「先生。少しだけ押さえてあげた方が――」


「触らなくていい」


 セラの声が鋭くなる。


 リアの手が止まった。


「……ごめんなさい」


「いや、リアが謝ることじゃない」


 オタクミはしゃがみ込み、少し離れた場所へ布と水筒を置いた。


「置いとく。使いたかったら使え」


「……」


「使わなくても怒らん」


 セラは何も言わなかった。


 だがしばらくして、視線だけを落とし、その布を取った。


 腰元から声がする。


『いやぁ、それにしても派手に逃げたな』


「お前は呑気だな!」


『俺だって大変だったんだぞ。やっと戻ったと思ったら魔力弾飛んでくるし、お前は俺を振り回すし』


「鞘なんだから振り回されるのは仕事だろ」


『神だぞ俺!』


「鞘神な」


『だから定着させるな!』


 セラが眉をひそめた。


「……さっきから気になってたんだけど、それ何?」


「こいつ? ゴルドス。鞘に宿ってる変態神」


『自己紹介に悪意しかねぇ!』


「……鞘が喋ってる」


「情報量多いだろ?」


「あんた含めてね」


 セラがため息をつく。


 少しだけ、空気が緩んだ。


「そういやちゃんと名乗ってなかったな。俺はオタクミ・ルミナス」


「知ってる」


「え、俺有名人?」


「さっきあれだけ叫べば覚えるわよ」


「なるほど!」


「納得するとこ、そこ?」


 セラは傷口へ布を巻き始める。


 肩口を処置するため、少し服をずらした。


「えっ、ちょ、待って待って!」


「何よ」


「俺、中身男だから!」


 セラの手が止まった。


「……は?」


「異世界に来た時、この身体になっただけで! 中身は二十四歳男!」


 沈黙。


 リアがそっと目を逸らす。


 ゴルドスが黙った。


 そして。


「はああああああああ!?」


 セラが顔を真っ赤にして、手元の布を丸めて投げつけてきた。


「変態!!」


「待て! 今の俺に非はなくない!?」


「先に言いなさいよ!」


「言うタイミングなかっただろ!」


『まあ確かに、さっきまで追手から逃げてたしな』


「お前は黙ってろ鞘神!」


『誰が鞘神だ!』


「もう何なのよこいつら……!」


 セラは頭を抱えた。


 リアが小さく笑ってしまい、慌てて口元を押さえる。


 少しして、ようやく傷の手当ても終わった。


 廃屋に静けさが戻る。


 オタクミは《タクミ・ブレイザー》を壁際へ立てかけ、セラを見る。


 彼女はさっきから何度も入口の方を気にしていた。


 足音がすればすぐ逃げられる位置。


 窓も、裏口も確認している。


 さっきまで血を流していたとは思えないほど、身体が逃走の準備を続けていた。


「なあ」


「何」


「逃げたいなら止めないぞ」


 セラがこちらを見る。


「……は?」


「その傷じゃ遠くまで行けないかもしれないけど、俺は縛る気ない。剣は返してほしいけど」


「……私、あんたの剣盗んだのよ?」


「知ってる」


「オークションまで持ってった」


「知ってる」


「普通は捕まえるでしょ」


「それも分かる」


「じゃあなんで」


 オタクミは少し考えた。


「お前が何考えてるか、まだ全然分からないから」


「……」


「分からないまま縛って終わりってのも、なんか違う」


 セラは鼻で笑った。


「変なやつ」


「よく言われる!」


「褒めてない」


「知ってる!」


 セラは視線を落とした。


 しばらく黙っていたが、やがて小さく口を開く。


「……捕まるのが嫌なんじゃない」


「ん?」


「誰かに決められるのが、嫌なの」


 声は小さかった。


 オタクミは黙る。


「何を盗むか。どこへ行くか。誰から取るか。全部、ずっと決められてきた」


 セラの指が、自分の袖を握る。


「昔、いた場所がなくなって……一人になった時、拾われた」


「バスレオンに?」


「……そう」


 それ以上はすぐに続かなかった。


 セラは一度唇を噛んだ。


「食わせてやるって言われた。あの時の私には、それで十分だった。でも気づいたら、盗む以外のことを知らなくなってた」


 淡々とした声だった。


 だからこそ、オタクミは余計な口を挟めなかった。


「断れば困るのは自分だけじゃないって、何度も言われた。逃げたら誰かが代わりに痛い目を見るって」


「……」


「だから、選んでるつもりで……何も選んでなかった」


 セラは笑った。


 乾いた、短い笑いだった。


「馬鹿みたいでしょ」


「いや」


「同情しなくていい」


「してない」


 セラが睨む。


「嘘」


「いや、同情っていうか……俺には全部分かったとか言えないから」


「……」


「でも、嫌だったってことくらいは分かる」


 セラは何も返さなかった。


 代わりに、壁際の《タクミ・ブレイザー》を見る。


「だから、あの剣を見た時……腹が立ったの」


「剣に?」


「違う。周りに」


 セラの声が少し強くなる。


「みんな勝手に決めるから。価値がないとか、ふざけてるとか、売れないとか」


 オタクミは息を止めた。


「私は自分で見たかった。自分で決めたかった。でも……競りで値段が上がっていったら、今度はそれも違う気がした」


「違う?」


「値段がついたら価値があるって、それも誰かが決めたことじゃない」


 セラは自分の言葉に戸惑ったように眉を寄せる。


「……よく分かんないけど」


「うん」


「でも、あれを笑われるのは嫌だった」


「うん」


「壊されるのも」


「うん」


「……なんで『うん』しか言わないの」


「いや、それ……推しなのかもしれないなって」


「は?」


「俺の場合はだけど」


「何よ、それ」


「自分でもよく分かんないのに、雑に扱われると腹立つやつ」


 セラはしばらく考えてから、呆れたようにため息をついた。


「……やっぱり変」


「でも否定はしないんだな」


「うるさい」


 その時だった。


 セラが立ち上がる。


 壁際へ歩き、《タクミ・ブレイザー》を持ち上げた。


 オタクミの身体が一瞬こわばる。


 だが、セラは逃げなかった。


 剣を両手で持ち、オタクミの前へ差し出す。


「……返す」


「え?」


「これは、あんたのだから」


 オタクミはすぐには手を伸ばさなかった。


「いいのか?」


「よくない。悔しい」


「そこは悔しいのかよ」


「私が盗んだのに、私が勝手に返すっていうのも腹立つ」


「複雑!」


「でも返す」


 その言葉だけは、はっきりしていた。


 オタクミは《タクミ・ブレイザー》を受け取る。


 手に戻ってきた重みが、妙に懐かしく感じた。


「ありがとう」


「勘違いしないで。あんたたちの仲間になるとか、そういう話じゃない」


「まだ何も言ってないぞ」


「言いそうだったから」


「鋭い!」


 セラがほんの少しだけ口元を緩めた。


 だが次の瞬間。


 遠くで爆音が響いた。


 廃屋の壁が微かに揺れる。


 リアが入口へ走る。


「先生、誰か来ます!」


『追いつかれたか』


 ゴルドスの声から、ふざけた調子が消えた。


 オタクミは《タクミ・ブレイザー》を握り直す。


「セラ、お前は逃げろ」


「は?」


「傷あるだろ。俺たちが時間稼ぐ」


「……本気で言ってる?」


「俺はいつでも本気だ!」


「そこは信用できない」


 セラは窓を見る。


 裏口を見る。


 逃げ道はある。


 彼女一人なら、おそらく抜けられる。


 数秒。


 セラの足が、出口へ半歩動いた。


 オタクミは何も言わなかった。


 だがセラは止まった。


「……あいつ、正面から来るような男じゃない」


「え?」


「追い込む時は逃げ道を残す。そこに人を置く」


 セラは腰を落とし、外の気配を探る。


「裏へ回ったら捕まる」


「じゃあどうする?」


「ここで迎える」


「逃げなくていいのか?」


 セラは一瞬だけ黙った。


 それから、いつもの鋭い目でオタクミを見る。


「一人で逃げるのが、一番安全なのは分かってる」


「……」


「でも今は、それを選びたくないだけ」


 外で、また何かが爆ぜた。


 オタクミは笑った。


「十分だ!」


「何がよ」


「なんでもない!」


 《タクミ・ブレイザー》を構える。


 その隣で、セラも立った。


 まだ仲間じゃない。


 まだ信用しきってもいない。


 それでも今だけは、同じ方を見ていた。

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