対峙
「――お前が……俺の痛武器を盗んだのかッ!!」
闇オークション会場のど真ん中。無数の視線が注がれる中で、オタクミ・ルミナスの怒声が響き渡った。
壇上に立つ銀髪の女――セラは、視線も逸らさずに静かに彼を見つめ返す。その手は、つい今しがた壇上から掴み取った《タクミ・ブレイザー》をしっかりと抱えていた。
「なぜだ! 俺の魂である痛武器を……推しの尊みを……なぜ盗んだッ!?」
オタクミの言葉は熱を帯びていた。
「その刀身に描かれたミスティアは、ただのキャラじゃない! 魂を込めて描かれ、構成され、動いて、歌って……俺の心に生きてる存在なんだ!!」
「……」
セラは無言のまま、少しだけ目線を落とした。視線の先には、腕の中の痛武器。
昨日、初めてこの剣を見た時。
派手で、悪趣味で、冗談みたいな剣だと思った。
武器屋へ持ち込めば、誰もが笑った。
飾りだ。玩具だ。値段のつけようがない。
けれど、笑われるたびに妙に腹が立った。
刀身には傷一つなく、細部まで異様なほど丁寧に作り込まれている。文字も、絵も、ぶら下がったチャームも、ただ適当に付けたようには見えなかった。
それに、あの男は。
自分の剣ですらない、名前も知らなかったキャラクターの絵を踏むことさえ拒んだ。
そこまでして守ろうとするものが、ただの悪趣味な飾りで終わるのか。
セラには、それが分からなかった。
だから確かめたかった。
誰かが「価値がない」と言ったからではなく、自分の目で見て、自分で決めたかった。
セラは口を開いた。
「……金のためじゃない」
オタクミの怒気を孕んだ瞳が、一瞬揺れた。
「え?」
「誰にも、価値がないって言われた。でも……私は、そうは思えなかった」
会場がざわめく。
「飾りだ、玩具だ、ふざけた見た目だって、みんな笑った。でも、見れば見るほど……ただの冗談で作った物には思えなかった」
セラは《タクミ・ブレイザー》を少し持ち上げた。
「だから、確かめたかった。この剣に、本当に価値があるのか」
「……」
「誰かに決めてもらうんじゃなくて、私自身で」
その瞳には、盗人の居直りでも、見栄でもない、確かな好奇心と意地があった。
オタクミは言葉を失った。
盗まれた。
腹は立つ。
今すぐ返せと言いたい。
それでも、目の前の女が単に金目当てで盗んだわけではないことだけは、嫌でも分かった。
「……お前」
何なんだ。
怒りの中に、別の感情が混ざってくる。
理解できない。
でも、ただの盗人だと切り捨てるには、少しだけ何かが引っかかった。
その時だった。
「――へぇ。随分とご立派な理屈だな、セラ」
場内の奥から、低い声が響いた。
緋色のジャケットを羽織った屈強な男が、客席の間を割って前へ出てくる。太い腕と歪んだ笑み。周囲の空気まで重くなるような男だった。
オークションオーナー、バスレオン。
「何をやってるかと思えば……お前、まさかソレを持って逃げる気だったのか?」
セラの肩が微かに震える。
「ち、違う」
「違う? じゃあ何だ。価値があると分かった途端、騒ぎに乗じて自分の物にする気か?」
「私は――」
「せっかくの競りを台無しにして、ただで済むと思うなよ」
バスレオンの声に、冷笑と怒気が混じる。
「その剣は俺が売る。お前は……裏切り者だ」
次の瞬間、男の掌から赤黒い魔力弾が迸った。
「危ねぇ!」
オタクミは壇上へ飛び込み、脇に置かれていた鞘をひったくる。
「ゴルドス! 戻って早々悪いけど借りるぞ!」
『状況を説明しろと言いたいところだが――今は後にしろ!』
「久々の鞘神タイムだあああ!!」
『その呼び方を正式名称みたいに使うな!!』
鞘を振り抜く。
赤黒い魔力弾が弾かれ、火花を散らして石壁へ突き刺さった。
だが、同時に放たれていたもう一発がセラの腕をかすめる。
「ッ……!」
血が弾けた。
それでもセラは《タクミ・ブレイザー》を放さない。
オタクミの頭に血が上った。
「なにしやがる!! 貴様ぁあああ!!!」
「無駄な真似はよせ、坊や。これは俺の商売だ。邪魔をするなら、その小娘もろともただじゃおかねぇぞ?」
バスレオンが再び腕を上げる。
周囲の警備も動き始めた。
オタクミは舌打ちする。
剣は取り返したい。
ゴルドスも戻った。
目の前には、自分の剣を盗んだ女。
普通なら置いて逃げればいい。
なのに。
「おい!」
「な、何……?」
「逃げるぞ!」
「待っ――!?」
セラが反応するより早く、オタクミは彼女の身体を抱き上げた。
「えっ、ちょ、な、なにやってんの!?」
「暴れるな! 落とす!」
「なんで私まで連れてくのよ!?」
「ケガ人置いてく方が後味悪いだろうが!!」
「私、あんたの剣盗んだんだけど!?」
「知ってるよ!! 話は逃げてから聞く!」
腕の中でセラが固まる。
その横で《タクミ・ブレイザー》を確保し、鞘を手にしたまま、オタクミは壇上から客席へ飛び降りた。
「先生ー!」
会場の端でリアが手を振っている。
「出口、こっちです!」
「ナイス、リア!」
怒号と足音が背後から迫る。
オタクミはセラを抱えたまま走り出した。
「ちょ、ほんとにこのまま!?」
「尊みもケガ人も全力で守るんだよ!!」
「一緒にするなぁぁぁ!!」
『まず俺を落とすなよ!』
「鞘神まで注文多いな!!」
『だから鞘神を定着させるな!!』
混乱するオークション会場を背に、三人と一振りは地下通路へ駆け込んだ。




