異世界絵師
「なあ、ゴルドスさんよぉ。せめてもうちょっと安全な場所に降ろせなかった?」
『まずはチュートリアルだからね~! やっぱ基本はスライムよ、スライム!』
(※今、俺の脳内に直接語りかけている声は、鞘に宿った神・ゴルドスのものです。)
……えーと、説明しよう。
俺、オタクミ・ルミナス(異世界美少女ver.)、
オタクとして生き、異世界に転生した直後に推しイラスト入り最強武器=痛武器を召喚。
そして、神候補であるはずのゴルドスは、転生後はなぜか痛武器の“鞘”に魂を宿してる。
……そう、ゴルドスは今、俺の召喚した痛武器の“鞘”に魂ごと宿っている。
天界ルールとかで同行できないとか言ってたけど、まあたぶんノリでやってる。
『いやー、拙者も一緒に行きたかったでござるが、色々うるさいのよ天界が』
「ならせめてもっとナビゲートしろよ! スマホ無しの世界で放り出された側の気持ちわかる!?」
『はーい!では現在地は:スライム大量発生注意エリア〜☆(CV:脳内)』
「それを早く言えぇぇぇええ!!」
――そんなわけで、俺は冒険者の街から少し離れた森の中で、いきなりスライム5体に囲まれてる。
いやね、チュートリアルってのはわかってるよ? でもさぁ、戦闘経験も無いのにいきなり5体ってどういうこと!?
「いや、でも俺には最強武器の痛武器がある! これがあれば!!」
「きゃあああああ!!!」
突然、反対の森の奥から少女の悲鳴が聞こえた。
『おい、あっちだ!』
「行くしかねぇ!」
スライムを鞘で殴りながら強引に突破し、俺は少女の声がした方向へと森を駆けた。
そこには――
ブロンド色の髪をなびかせた、ローブ姿の少女が大量のスライムに囲まれていた。
「ちょっ、やめっ……ひゃあっ!? 服が溶け……!!」
──スライムが飛沫を飛ばし、少女の服がどんどん溶けていく。
(な、なんだこのエロゲ展開!?)
『お、おいオタクミ! 助けるぞ!』
「お、おう!!」
オタクミは急いで最強の痛武器を抜こうとした……が、そこで気づく。
「……待てよ?」
目の前では、スライムの飛沫を浴びた少女の服がどんどん溶けている。
「おいおいおい、これもし剣で斬ったら、俺の推しのイラストが溶けるんじゃないか?」
『……は?』
「そんなのダメだ! 絶対に推しを傷つけるわけにはいかん!!」
『いや、今そんなこと言ってる場合かぁぁ!!? 目の前の少女を助けろ!!!』
「で、でも……!」
「こ、このままだと、私……っ!」
少女の顔が真っ赤になり、助けを求めるようにオタクミを見つめる。
(くそっ! ここで痛武器を抜けば勝てる……でも推しのイラストが……!!)
その時、オタクミはあることに気づいた。
「そうだ! 鞘に収まったままだったら!!」
痛武器本体は使えないが、まだ無地のままの鞘がある。ならば……
「これだ! 俺の新たなる戦闘スタイル!! 痛武器 in 鞘!!!」
『いや、それただの鈍器だろ!?』
「推しの顔を守るためなら、何だってする!!!」
オタクミは痛武器を鞘ごと構え、スライムの大群に突撃した。
「うおおおおお!!!」
──ドゴォォォン!!!
スライムA「ギュポッ!?」
スライムB「ベギャッ!?」
鞘を駆使してスライムを次々と殴り飛ばす。
意外にも、これがかなりの威力を発揮した。
「いける! いけるぞ!!」
『……お前、武器の使い方おかしいだろ』
「これが……痛武器観賞用戦闘術だ!!」
オタクミの怒涛の攻撃により、スライムの群れは全滅。少女を襲っていた魔物は、完全に沈黙した。
⸻
「いったか……スライムめ……!」
俺は、ズタボロになったローブ姿でスライムの群れを見下ろした。握っているのは――推しイラストの描かれた、世界に一つだけの痛武器(※鞘のまま使用)。
助けた少女は呆然と立ち尽くしていた。
「だ、大丈夫か? ケガはない?」
「は、はい……あの、すごく強かったです……! あなた、女の人なのに……!」
「いやあ、まあ、日頃からヲタ活で鍛えてるからな……(強いのは武器だけど)」
少女が顔を上げたその瞬間。
「…………えっ? 男、ですか……?」
――バサッ。
俺の身体を覆っていたローブが、風に煽られ、完全に脱げ落ちた。どうやらスライムを殴っている間に、飛び散った粘液が俺の服にもかかっていたらしい。
「ぎゃああああああああ!!? な、なんでえええええ!!?」
「いや、誤解だ! あの、これはっ、その、俺の中身は男で、見た目は女っていうかその、性別構成が複雑で――!!」
「ヘンターーーイ!!!」
少女の悲鳴が森にこだました。
━━━
逃げる少女を追って謝り倒し、なんとか誤解を解いた俺は──
数分後、リアの案内で近くのテントへと向かっていた。なんとか落ち着いた俺。羽織りものを借りて、身体を覆う。
「さっきは、助けてくれてありがとうございました。私、リアっていいます。薬草を探してたんです」
「小多タク……じゃない、オタクミだ!」
『いや~リアちゃん、かわいいねえ……あ、本人に聞こえないように思念で喋ってるよ』
(おい、ゴルドス!? お前、何で黙ってた!?)
『あまりに尊くて喋れなかった……やばい、これが恋ってヤツ……!?』
(落ち着け、神よ……)
リアは俺の武器――鞘に収まったままの剣をチラチラ見ていた。
「……あの、その剣、さっきの戦闘で抜いてないですよね?」
「あ、ああ……まあ、理由があってな……」
リアの目の前で、そっと鞘から刀身を少しだけ引き抜く。
「っ……!」
イラストが見えた瞬間、リアの目が見開かれる。
推しのフルカラー、4K解像度に匹敵するドアップ美少女が刀身に描かれている。
「か、かわいい……!!」
「だろ!? 俺の推しだ!! “輝星のルミナス”のルミナス様!!」
リアは目を輝かせながら、刀身を覗き込んでいた。
「こんな……イラスト、見たことないです……! 」
「……私、絵を描くのが好きなんです。小さいころから、ずっと。でも、こんな可愛い絵は描いたことない……! わ、私も描いてみたいです!」
そう言うなり、リアは持っていた道具袋から紙とインクを取り出し、ささっと推しを模写し始めた。
「うまっ!? いや、まじでうまっ!? え、うそ、プロか!?」
リアの描いた絵は、まだ“萌え”の構図には慣れていないものの、線は綺麗だし、ポーズも良い。
これは……才能の塊だ……!
「リア、神絵師になれるぞ……!」
「えっ!? 神絵師!? なんですそれ!?」
「いやマジで! 異世界には萌え文化がない……なら、俺たちが作るんだよ、リア!」
『いいねえ、推しと萌えの概念をこの異世界に布教していこう!』
リアは頬を紅潮させながら、まだ見ぬ推しの世界に心を躍らせていた。
「師匠っ……オタクミ先生っ! 私、もっと可愛い推しの絵を描いてみたいですっ!」
「おう!任せろ!!」
こうして――異世界推し布教プロジェクトも静かに始まったのであった。
しかし、この時オタクミはまだ気づいていなかった。
リアが今後、オタク文化にどっぷり浸かり、やがて腐女子化していくことを……!