ランダム特典って闇だよね
「うわ、今日もアイツ来てるわよ」
セラがキッチン奥の小窓からホールを覗いて、眉をひそめた。
「ん? アイツって……誰?」
「ほら、あの毎日ラテ頼んでコースター集めてるフードのやつ」
「ああ~~……」
やっと思い出したようにオタクミが頷く。
「って、あの時の転売魔じゃん!!」
『今ごろ気づいたんかい』
腰の痛武器の鞘から、ゴルドスが容赦ないツッコミをかましてくる。
「いや、だって……毎回フード深いし、喋んないし……しかも、雰囲気が妙に優しくなってて」
「推しの力って、偉大ね……」
セラが冷静に呟き、リアは「でも、あの人コースターも大事そうに眺めてるし、すっごく真面目な人ですよ」と笑った。
そう――元・転売魔幹部アーグ・ビルダネスは、今やコラボカフェ随一の常連であり、誰よりも推し文化に心酔する“尊みの求道者”となっていた。
⸻
その日の午後、アーグはいつにも増して背筋を伸ばし、堂々と店に入ってきた。
無言で席に着くと、手慣れた手つきで「ランダムラテ」を注文する。
「お待たせしましたっ! 今日のラテアートは“おやすみミスティア”です♪」
リアが愛情たっぷりに描いたSDミスティアが、ラテの泡の上で布団をかぶっていた。
「……今日こそは……!」
彼のコースターコンプリートの道のりは、決して平坦ではなかった。
彼の“推し道”は――
幾度となく、ダブりに阻まれてきたのだ。
⸻
──ある日の記憶。
「……ツン顔ミスティア、三連続……だと……?」
初めてランダムラテを注文した日。
アーグは、店員から手渡されたコースターをそっと開いた。
「……通常ミスティア。悪くない」
だが、二杯目。
「……また通常か……」
三杯目。
「…………通常」
その日、彼の目は死んでいた。
⸻
またある日は――
「パジャマミスティアを狙っていたはずが、制服ミスティアが四枚目……」
そしてある日などは――
「……まさかの“水着ミスティア”六連続……」
この日はさすがにリアも「えっ……そんな確率ある……?」と引きつった。
そんな理不尽な“偏り”に苦悩しながらも、アーグは叫ばなかった。
彼はそれを“試練”だと捉えた。
「……これは、推しからの修行……我が信仰心を試しているのだ……」
静かに呟き、ラテを啜り、コースターをローブにしまった。
⸻
彼は、己の手帳に日付と出たコースターの絵柄を記録していた。
“本日:制服ミスティア ×2
累計:制服6 通常4 水着6 泣き顔0(未出)”
そして、彼の言葉に誰もが驚愕する――
「……私はまだ、“泣き顔ミスティア”を……この手で拝めていない……」
その一枚は、彼にとって“最後のピース”であり、“尊みの頂”だった。
⸻
そして、今日。
アーグはローブの内ポケットから、静かにコースターファイルを取り出す。
最後の1枚。『泣き顔ミスティア』。
震える手で、そこに差し込む。
「……これで、八つ目……!」
ようやく、全種が揃った。
•通常ミスティア
•魔法発動ミスティア
•制服ミスティア
•水着ミスティア(夏季限定)
•パジャマミスティア(NEW)
•おやすみミスティア
•ツン顔ミスティア
•そして――泣き顔ミスティア。
全8種、揃った。
「……美しい!」
その瞳は震え、口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「完璧な布陣……これが……“コンプリート”か……」
それは、人生初の“正道によるコンプ”。
誰にも奪われず、誰の顔色も伺わず、ただ純粋に、欲しいと思ったものを、正しい方法で集めた結果だった。
⸻
そのときだった。
カフェの扉が、無遠慮に――蹴破られるように開いた。
「よう……いい店じゃねぇか」
響いたのは、冷ややかで挑発的な声。
入ってきたのは、アーグのかつての部下――ジルバだった。
彼の後ろには、明らかに柄の悪い男たちが数人。
店内に流れていたミスティアのBGMが、空気の張り詰めた緊張にかき消される。
リアは一瞬身をすくめ、セラはナイフに手をかけた。
「まさか、こんな場所でまたお目にかかれるとはねぇ……」
ジルバは口元を歪め、アーグのテーブルへと歩み寄った。
「これはこれは、アーグ様。落ちぶれたと聞いてましたが……子供のままごとに夢中とは」
「……私はもう、“アーグ様”ではない」
ファイルを閉じ、アーグは静かに立ち上がった。
「一人の客として、この空間と味を楽しんでいるだけだ。貴様たちに、用はない。客じゃないなら帰れ」
「ハッ、威勢のいいことで」
ジルバの目が、アーグのファイルに向く。
「……で? それが噂の“おまけ”か?」
スッと手を伸ばし、ファイルをひったくる。
「おいっ!」
アーグが手を伸ばすより早く、ジルバはそれを開き、ニヤリと笑う。
「フン、紙切れに女の絵……くだらねぇ。こんなもんに、価値があるとでも?」
次の瞬間――
ジルバの指先に、魔法の炎が灯った。
「おいっ!」
アーグの声は低く、冷たい。
だがジルバは笑いながら――
**“泣き顔ミスティア”**のコースターに、炎を近づけた。
パチ……
一瞬にして、薄く美しいイラストが灰に変わった。
リアが小さく悲鳴をあげ、セラは殺気を滲ませる。
だが――アーグの反応は違った。
まるで、何も感じていないように、無表情で灰を見つめていた。
……だが、その瞳の奥で。
激しい怒りが、静かに燃え上がっていた。
⸻
「……貴様、今……何をしたか、分かっているのか」
声が、低く、地を這うようだった。
「は? 紙切れを燃やしただけだろ?」
ジルバが嗤う。
「違う。それは……私の、“推し”だ」
アーグの体から、黒い魔力の残滓がうっすらと立ち昇った。
「“価格”ではない。“価値”だ。……貴様はそれを踏みにじった」
かつてのアーグが戻ってきていた。
だがそれは、転売魔としての彼ではない。
――推しを守る者としての、オタクとしての覚醒だった。




