ご注文は推しですか? その1
ラザリスの裏通り。喧騒から離れた静かな路地に、小さな木の看板がかかっていた。
「Tea & Treats エルマ」
このカフェは、リアが幼少期から通っていた、彼女の心の拠り所でもある。
小さな鐘が鳴り、扉が開く。
「いらっしゃい、リアちゃん!」
「こんにちは、エルマさん!」
にこやかに迎えたのは、この店の店主である老婦人――エルマさん。物腰柔らかく、紅茶の香りと同じくらい温かな空気をまとっている。
今日、この隠れ家カフェには、リアだけでなく、どこか魂が抜けたような顔のオタクミと、やや疲れた様子のセラも一緒だった。
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「……ぐすん。なぜだ……この尊さが伝わらないなんて……」
オタクミはカップを持ちながら、テーブルに突っ伏している。
「先生、泣かないでください……」
リアは背中をさすり、セラはため息をついた。
「当たり前でしょ。初対面でいきなり『推しがどうこう』って、早口で語られても、一般人は引くだけよ」
「セラさん、鋭い……!」
『お前の接客、尋常じゃなかったからな。語り3分、お茶の温度2度ダウンだぞ』
ゴルドスの鞘ボイスが相変わらずツッコむ。
エルマさんは黙って彼らを見守りながら、ティーカップを並べた。なぜか泡立っている紅茶と、焼きたてのベリータルト。
「まぁまぁ、まずは茶でも飲んで。」
「エルマさん……ありがとうございます……」
ベリーの甘酸っぱさと紅茶の優しさが、オタクミの心を少しずつ溶かしていく。
昨日、市場でのアクスタ販売は見事に撃沈。ドン引きされ、避けられ、スライム素材の尊さも伝わらなかった。
「……で? あの失敗から何を学んだのよ?」
セラがフォークでタルトを割りながら聞いてきた。
オタクミは顔を上げて呟く。
「モノだけじゃ“尊さ”は伝わらない……スライムアクスタは完璧だった。だがそれだけじゃ足りない。
体験がなきゃダメなんだ。物語や世界観ごと浸って、心ごと動かさないと、“推し”の真価は伝わらない……!」
リアは目を輝かせ、セラは「よく分かんないけど、珍しくまともなこと言ってるわね」と呟いた。
「そこでだ!異世界初の「推し展示・即売会」をしよう思うんだが場所がな〜」
そしてそのとき。
ふとオタクミの視線が、紅茶の泡の上に止まる。
その瞬間、オタクミの脳内に稲妻が走った。
「これだあああああああ!!!!!!」
「うわっ!? な、何!?」
「リア。ちょっとこれに、ミスティアの顔描いてみてくれないか? この爪楊枝で」
「え? いいんですか?」
リアはおそるおそる、紅茶の泡にSDミスティアの顔を描き始めた。
ちょん、ちょん、くるり……ふわっと浮かぶ丸い瞳。ちょこっと笑う口元。見事なアホ毛。
「…………!」
「飲み物に……“推し”を降臨させる……!
視覚、嗅覚、味覚、空間、空気……! すべての感覚で“推し”を浴びる!!
――これこそが、究極の布教活動!!!」
『うわ、出たよ……オタクミの電波系発作……』
「つまりだ……! こういう場所で、世界観ごと“味わう”イベントをやる!
見て楽しい! 食べて美味しい! 触れて尊い! 飲んで昇天!!!その名も……“コラボカフェ”!!」
ドン!!
机を叩いて立ち上がるオタクミ。
「エルマさん!! お願いします! このお店を“輝星のルミナス”コラボカフェとして運営させてください!!」
そう言うが早いか、土下座!!
リア「せ、先生!?」
セラ「あんたバカじゃないの!?」
老婦人エルマは、穏やかに紅茶を啜りながら首をかしげた。
「まあ、何を言ってるんだい、この子は……?」
だが、ここからが彼らの説得劇の本番だった。
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リアが両手を握りしめて前へ出る。
「エルマさん! 私……この世界にもっと笑顔を届けたいんです。
先生の“推し文化”は、ちょっと変わってるけど……心が温かくなるっていうか……
私、たくさんの人に“可愛い”と“楽しい”を伝えたいんです!」
セラもやれやれと肩をすくめながら前に出た。
「カフェの評判にもなるし、客足も増える。
これは商売としても悪くない話よ。……やる価値はあると思う」
オタクミは土下座したまま叫ぶ。
「店も手伝わせて頂くので、お願いしますぅぅぅ!!!」
静かに皆を見渡していたエルマは――やがて、ふっと微笑んだ。
「ふふ……ほんとに、変わった子たちだねぇ。でも、面白そうじゃないか。
このお店、古くて宣伝もしてなかったし……若い子たちに元気を分けてもらおうかね」
「えっ……!! ほんとに……!?」
「やってごらん。店の中で好きなように飾って、好きなものを作りな」
「エルマさああああああああん!! ありがとうございます!!!」
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翌日──開店準備
コラボカフェの舞台となる《Tea & Treats エルマ》。
店内にはリアの描いた装飾イラストとアクスタが飾られ、魔法陣風テーブルクロスやルミナス風グラス、店内BGMは痛武器を飾り「Twinkle☆Cafe☆ルミナス」が流れ出す。
しかし、本番はこれからだった。
「で、これが衣装?」
エルマが奥から持ってきたのは――
フリル満載・リボンきらきら・肩出しミニスカウエイトレス服(※露骨に可愛い)
「うおおおおおおおおおお!!!!??」
オタクミは叫び、部屋の隅でガタガタ震えながらそれを受け取った。
「男の俺が……これを……いや、違う!!
俺は今、“金髪美少女”オタクミ・ルミナス!!
これは役作り!! 役作りなんだああああ!!」
鏡の前に立ち、着替えてみると……
(……あれ? ……意外と……似合ってる、だと……!?)
オタクミは鏡の前で一人、可愛いポーズをとっていた。
そのタイミングで、扉がバタンと開いた。
「先生~、準備でき――」
「ひゃああああああああああ!!!!」
リア&セラ「…………」
沈黙。
場の空気が凍りついた。
『お前、これ神々のアーカイブに記録しとくわ』
「ま、まだ間に合う! 二人も着よう!(半泣き)」
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セラは断固拒否。
「誰がそんな……ふざけた格好……」
しかしオタクミが一言。
「お前はクールで無表情で、“氷の魔法戦姫”ミスティアのイメージに近いんだ! 完全に適役だ!!」
リア「セラさん、すごく似合うと思います……!」
キラキラした目で見つめられたセラは顔を真っ赤にして小声で呟いた。
「……わかったわよ……。でも、一度だけだから……」
着替えたセラは、腰までの長い銀髪、冷たい瞳、黒と青のウエイトレス衣装が完璧にハマっていた。
「……二度と着ない」
「おいおい、あまりの尊みに俺の心が浄化されそうなんだが!? ほんと、似合ってる! バッチリだ!」
「う、うるさい! 馬鹿!!」
リアは真っ白なコック服に身を包み、帽子をちょこんと乗せて、満面の笑顔。
「えへへ……私、厨房でラテアート頑張りますね!」
『あ、リアちゃんはコック服なのね……』
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看板には、リアが描いた柔らかい字体でこう書かれていた。
Welcome to Twinkle☆Cafe『KIRABOSHI』
「推しに癒され、推しと生きる時間を──」
街の人々が足を止め、徐々に興味を抱き始めていた。




