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推しアクスタ布教作戦

ラザリスの朝。

冒険者宿の一室には、今朝も特異な熱気が漂っていた。


机の中央に鎮座するのは、昨晩完成したばかりの――


異世界初・スライム製アクリルスタンド《ミスティア・ルミナスver.1》。


差し込む朝の光を受け、その透明なボディはキラキラと輝きを放ち、まるで宝石のような存在感を宿している。


その前に座るオタクミは、目を細め、口元を緩ませながら静かに囁いた。


「ふふ……これが、“推し”の力だ……。

無限の癒し、完璧な造形、尊みの塊。

今日も、世界は回っている……この美の中心で……!!」


背後から冷たい視線が突き刺さった。


「……朝からまたやってる」


セラがソファで腕を組み、半目でぼやく。


「先生、ご飯冷めますよ〜。ちゃんと味噌汁と魚、あとサラダもあります」


リアがいつも通りのおかんムーブで、丁寧に用意された朝食を並べていた。


「……ありがてぇ。推しを見ながらの飯は最高だな……」


『もうそれ100回くらい聞いた。アニメの再放送か?』


鞘神ゴルドスが呆れ声でツッコむ。


━━


その日、オタクミはついに動いた。


「異世界アクスタ第1号を、この街に広めるぞ!!」


リュックにアクスタを数本詰め、リアに丁寧に描いてもらったPOPと販促ポスターを携え、「ラザリス中央市場」へと乗り込んだ。


即席で作った小さな木箱の上に布を敷き、手描きの看板を立てる。


 \ 今だけ限定! 世界に一つだけの“推し” /

 \ ミスティア・ルミナスver.アクスタ 完成度★★★★★ /


見よ、これが異世界に咲いた“萌え文化”の花――!!


「さあさあさあ!! お立ち会い!!!

この透明感、ただの人形ではありません!

異世界でたったひとつ、魔法で造られた究極の造形!

推しの魅力、五感に響く! あなたの心を撃ち抜く一品ですよおおおお!!!」


──が。


人だかりができる……ことはなかった。


「なんか……あの人、朝から叫んでるけど……」


「うわっ、急に話しかけてきた……」


「“推し”って何……? 魔物の一種?」


道行く市民たちは、怪訝そうな顔でオタクミを避けて通っていく。


時折、興味を示した子供や女性が近寄ってくるものの……


「この一見、可愛いだけのアクリルプレート。だが違う!

見ろ、このアホ毛の流れ! 眼差しの角度! 全てに意味がある!!

この角度から見ると右手の袖が――」


「……あっ……急用思い出した!」


「早口で怖い……」


逃げるように立ち去る人々。


オタクミの声だけが市場に虚しく響いた。



「帰ったぞ……」


夕方、宿に戻ってきたオタクミは、疲れた顔でぐったりとベッドに倒れ込んだ。


「どうだったの?」

セラの問いに、オタクミは力なく首を振った。


「……完敗だった……。話しかければ引かれ、語れば逃げられ、“透明な魔物の結晶売ってる変なやつ”って言われた……」


『まあ、知らない文化ってのは、最初はそんなもんだって』

ゴルドスの慰めが、今はやけに心に染みた。


リアが椅子に座って、オタクミが持ち帰った販促用のPOP――彼女が描いた、ミスティアがアクスタを手に微笑んでいるイラスト――を、どこか悲しそうに眺めていた。

「でも、少しずつでいいんじゃないですか? 私は先生の作ったアクスタ、大好きですし」


「……リア……!!」

オタクミが、その純粋さに涙ぐむ。


セラが小さく呟いた。

「……あの市場にいた中に、一人だけ、いたわよ。あんたが客に熱弁してる間、ずっと、あんたの足元に立てかけてあった、その**POPポスター**を…食い入るように見てた女の子が」


「え…?」

オタクミはハッと顔を上げた。


「あの子、アクスタを見てたんじゃない。あんたの持ってた、その絵の方を、ずっと見てた。たぶん、ああいう子から始まるんだと思うわよ。“推し”って…」


その言葉は、まるで雷のようだった。

オタクミはベッドから飛び起きると、リアが持っていたPOPを手に取り、壁に貼り付けた。

彼は、その絵をじっと見つめる。

そこに描かれているのは、商品アクスタではない。商品を手に、幸せそうに微笑む「推し」そのものだ。


「そうか……そういうことか!!」


「え?」


彼の瞳に、再び光が宿った。

「俺は間違っていた…。ただ『売ろう』としていた。アクスタという『モノ』の価値を、一方的に叫んでいただけだ。でも、あの子が見ていたのは、アクスタそのものじゃない…このPOPに描かれた、ミスティア様の笑顔の方だったんだ…!」


セラとリアがキョトンとした表情になる。


彼は、仲間たちに向き直り、確信に満ちた声で言った。

「“売る”んじゃない、“伝える”んだ!」


「伝える…ですか?」

リアが不思議そうに首をかしげる。


オタクミは、興奮に任せて部屋を歩き回り始めた。

「そうだ! 俺たちの『好き』という気持ちを、このミスティア様の世界観を、どうやって伝えるかだ! モノだけじゃダメだ。言葉だけでもダメだ。ならば…空間だ! 空間ごと、俺たちの『好き』で染め上げて、体験させるんだよ!」


「空間…?」セラが眉をひそめる。「あんたの言う『聖地』でも作るつもり?」

「そうそれだ! 聖地だ! 神殿だ! いや、もっと身近な…!」


オタクミは、今朝、自分がアクスタをテーブルに飾り、リアの作った朝食を食べた時の、あの至福の瞬間を思い出した。

「俺が朝、このアクスタを見ながら飯を食った時、最高に幸せだったように…推しと**『一緒に生きる』**空間…。食べる、話す、くつろぐ…。そうだ! 人が一番リラックスして、心を開く空間…!」


彼の脳内で、全てのピースがはまった。

「そこで、推しの世界観に浸りながら、推しをイメージした食事を楽しみ、推しのグッズを愛でる…! それこそが、究極の『推しとの生活』の体験であり、最高の『伝える』方法だ!」


オタクミは、仲間たち一人ひとりの顔を見渡し、その瞳を爛々と輝かせながら、結論を叫んだ。

「俺たちで、カフェをやるんだ! 異世界初の、コラボカフェをな!」


『お前、もう完全に次の企画のことで頭がいっぱいじゃねぇか!』


「ただ“売っても”ダメだ。まず、“どんな風に使うものなのか”を想像させる空間が要るんだよ……! 現実のオタ活がそうだったようにな!」


「そのためには……展示だ。テーマは“推しとの生活”。

リア、セラ、手伝ってくれ!!

推しの魅力を広めるには、まず“使い方”を見せるんだよ!!」



こうして、市場での大失敗という一つの挫折は、キャラクターと世界観を「体験」させるという、より高次元の布教活動へと繋がる、必然の閃きとなったのだった。


街の人々が立ち止まり、見入るような――

“尊み”を感じる空間。


リアはミスティアのSDバージョンのイラストを量産し、セラは展示用の背景装飾を作るため、手先の器用さを活かす。


そしてゴルドスは、地元の工房と交渉してスライム体液加工の専門ラインを組むことを提案。


少しずつ、異世界初の「推し展示・即売会」の準備が進められていくのだった――。

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