俺たちの推し活はまだ始まったばかり!
EP014
「俺たちの推し活はまだ始まったばかり!」
「修理費として、金貨三百八十枚請求しますね~♪」
「うわあああああああああ!!!??」
あああああ……。
外壁の亀裂。製作所の窓。あと近くの噴水が少し欠けた。俺のせいじゃない部分もあるはずだが、最終的に俺の名前がついた請求書が来た。
金貨三百八十枚。
見ているだけで魂が抜ける数字だ。
「借金……合計、金貨三百八十枚……」
俺はベッドの上にうつ伏せで倒れたまま、しばらく動けなかった。
『まあまあ、異世界の通貨感覚なんてどうせすぐ──』
「そういうとこだぞ、ゴルドス……!」
────
翌朝、修繕現場にガルドがいた。
壁の亀裂にモルタルを塗り込んでいる。妙に手慣れた動作で。誰も頼んでいない。誰も呼んでいない。
ただ、いた。
「何してるんですか」
「見れば分かる」
「なんで──」
「借金三百八十枚、一人で返す気か」
「……返します」
「馬鹿が」
ガルドはモルタルを均しながら続けた。
「俺が直せるところは直した方が早い。分業だ」
熱心なファンという生き物は、販売日前から掲示板の前にいるだけではなく、推し活の結果生まれた壁の亀裂まで直すらしい。
いや、そんな生態は聞いたことがない。
しばらく二人で黙って作業した。
アーグを追い返したところで、請求書は消えてくれない。推しを見せて勝った直後に、現実が金貨三百八十枚で殴ってくる。
異世界、世知辛すぎる。
ガルドが帰り際に、一言だけ言った。
「……またやるんだろ」
「え?」
「布教だ。あいつを追い返したからって、終わりじゃないだろ」
俺は一瞬だけ考えて、それから笑った。
「終わりませんよ。俺、帰ったらちゃんとやることがあるし。でも、ここでもやることができたんで」
リアの絵をもっと見てもらいたい。
ミスティアをもっと知ってもらいたい。
それに、この世界じゃ、俺一人から始まった推し活に、いつの間にかリアがいて、ガルドみたいな妙に濃い奴までいる。
ガルドは一瞬だけ俺の顔を見た。
「……推し活、いいな」
小声だった。
俺は聞き返さなかった。
たぶんあれは、ガルドなりの応援だったんだと思う。
────
その夜、ベッドへ寝転がっていると、腰元の鞘からゴルドスの声がした。
『随分と騒がしい一日であったな』
「騒がしくした原因の半分くらい、アーグだからな?」
『残り半分は?』
「俺って言わせたい顔してるだろ。鞘だから顔ないけど」
『よく分かったな』
「長い付き合いになってきたからな……」
俺は天井を眺める。
異世界へ来た時は、もっと単純な話だと思っていた。
何か条件を達成して、帰る。
それまで生き延びる。
それだけ。
なのに実際は、絵を描くリアと出会って、その絵を売って、完売して、転売されて、転売しようとする奴と戦って、なぜかそいつへ推しを見せて勝った。
そして借金三百八十枚。
「俺、どこに向かってんだろうな」
『少なくとも、まっすぐ帰還へ向かっている者の行動には見えんな』
「うるせえ」
ゴルドスが少し間を置いた。
『だが、今日のことは覚えておくとよい』
「借金?」
『そちらではない』
「じゃあ、推しを見せたら敵が止まったこと?」
『それも相当に珍妙ではあるがな』
鞘の中で、小さな光が揺れた。
『貴殿が大切だと思うものを、他者も同じように大切だと思うとは限らぬ』
「……まあ、そりゃそうだろ」
『値をつける者もいる。欲しがる者もいる。奪おうとする者もいる。そして、何の価値もないと思う者もいるかもしれん』
俺は少しだけ眉を寄せた。
「何だよ、急に」
『今日、実際に見ただろう』
アーグは、俺たちが届けたかった物を「高く売れる商品」として見た。
同じ物を見ていたはずなのに、見えているものは違った。
「……でも、だからって俺が好きなのは変わらないけどな」
『それでよいのではないか』
「珍しく素直だな」
『三百八十枚の借金を背負った者へ追撃するほど、我も鬼ではない』
「お前その数字好きになってきてない?」
────
俺は部屋の一角へ目を向けた。
完全に“推しスペース”として確保したエリア。
特注の痛剣専用スタンドに、我が愛剣をゆっくりとかけていく。
「……はぁぁぁぁ……今日も尊い……!」
灯りを調整。
角度を微調整。
背景布の見え方まで整える。
「この正面顔……斜め四十五度から見た時のライン……刃に映る頬のグロス感……」
『どこを見ておるのだ!?』
「俺の生き方そのものだよ!」
気がつくと十分近く、ただ痛剣を見つめてニヤニヤしていた。
借金?
うん。
それは明日の俺がなんとかしてくれるでしょ。
『現実逃避している自覚があるだけマシか』
「うるせぇ鞘。お前は静かに見守ってろ。今日くらい……推しに癒やされてもいいだろ……?」
俺は刀身に描かれたミスティアを眺める。
「……るみたん……好き……」
(◜ω◝)ニチャア……
────
部屋の明かりを消して、ベッドに倒れ込む。
枕に顔を埋めた。
借金がある。
まだ帰れていない。
この世界のことだって、分からないことだらけだ。
それでも、ここへ来てからできたものもある。
推しがいる。
リアの絵がある。
鞘の中にゴルドスがいる。
壁を直してくれたガルドがいる。
この世界じゃ、俺一人から始まった推し活に、少しずつ誰かが混ざり始めている。
今日だって、あのアーグでさえ一瞬だけミスティアを見て「可愛い」と言った。
なら、まだやれる。
もっと見せられる。
もっと作れる。
もっと好きになってもらえるかもしれない。
もちろん、全部が思い通りになるわけじゃない。
今日みたいに高く売ろうとする奴もいるし、大事にしている物を別の目で見る奴だっている。
それでも。
俺たちの推し活は、まだ始まったばかりだ。
「……明日から、ちゃんとやる」
『まず借金だな』
「最後にそれ言う!?」
三百八十枚。
現実は、推しより重かった。




