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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
1 痛武器勇者爆誕編

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俺の推しを見よ!

製作所の前に、男が立っていた。


ボロ布を羽織った男。身なりだけなら街道を歩く旅人にも見えるが、立ち方が違う。周囲を見渡す目には妙な鋭さがあり、傍らには二人の男まで控えている。


何より分かりやすかったのは、その手に提げられた袋だった。


口の隙間から、金貨が見えている。


「在庫をすべて買い取りたい。定価で構わない」


製作所の窓口を担当していた職人が、困った顔をした。


「あの……現在は、一人あたりの数を決めておりまして」


「なら五倍出そう」


男は淡々と言った。


「それなら問題はないだろう」


俺は足を止めた。


リアも隣で同じように止まる。


この前、露店で見た高値の本。


売り切れた物を欲しい人より先に押さえて、高く売る。


あれを見たばかりで、この会話はさすがに聞き流せない。


「待ってください」


男がこちらを向いた。


整った顔立ちだった。


けれど、目が笑っていない。


人を見るというより、値段を測っているような目だった。


「……誰だ」


「オタクミ・ルミナス。冒険者です」


俺は窓口の横へ立った。


「それと、ここの商品には少し関わってます」


男は俺を上から下まで眺めた。


今の俺の見た目だけなら、どう見ても金髪美少女だ。


だが中身は二十四歳男であり、推しのためなら知らないおっさんの買い占めにも割って入る。


ややこしい存在で申し訳ない。


「関係者か」


「まあ、そんな感じです」


「なら話は早い。在庫を売れ」


「嫌です」


リアが隣で小さく息を呑んだ。


男の眉がほんの少し動く。


「理由を聞こう」


「一人で全部買うから」


「金は払う」


「そういう問題じゃない」


男の後ろにいた二人が、わずかに身構えた。


俺も腰の鞘へ手を添える。


まだ抜かない。


というか抜きたくない。


「欲しい人に届くように、一人で買える数を決めてるんです。それを金積んで全部持っていかれたら、意味ないでしょう」


「商品は、売れれば同じだ」


「違います」


即答したのはリアだった。


俺も少し驚いて彼女を見る。


リアは緊張している。


それでも男から目を逸らさなかった。


「作ったものを、見たいと思ってくれた人に渡したいんです」


男の視線がリアへ移る。


「作り手か」


「……はい」


「ならなおさらだ。作った物に高い金がつく。悪い話ではない」


リアは言葉に詰まった。


その横で、俺の腹の底に熱いものが湧いてくる。


この前リアも同じことを考えた。


高く売れるなら、最初から高くした方がいいのか。


でも俺たちは、そこを目指して本を作ったんじゃない。


「あなた、あれですよね」


俺が言う。


「転売する人」


男の目が細くなった。


「転売?」


「買って、もっと高く売る」


「商売と言え」


「欲しい人より先に買い占めて?」


沈黙。


俺は確信した。


「名前は?」


「……アーグ」


男は答えた。


「覚えておけ。いずれこの街でも、物の価値を決めるのは作り手ではなくなる」


嫌な言葉だった。


ただ、今の俺にはその意味を全部理解できたわけじゃない。


分かったのは一つだけだ。


こいつに全部持っていかせたら駄目だ。


「じゃあアーグさん」


「なんだ」


「帰ってください」


「断る」


アーグが指を鳴らした。


その瞬間、両脇の男たちが下がった。


代わりに、地面へ黒い光が走る。


「先生!」


リアが声を上げる。


地面から白い骨の手が突き出した。


一体。


二体。


三体。


骨だけの兵士たちが、軋む音を立てながら立ち上がる。


「うわ、出た!」


『落ち着け、オタクミ』


腰の鞘からゴルドスの声が響く。


「いや骸骨が地面から生えてきたら普通ちょっと驚くだろ!」


『スライムより形が人に近いだけだ』


「そこじゃねえ!」


骸骨兵が剣を構えた。


アーグは後ろへ下がり、こちらを見る。


「力ずくで止めると言ったな」


「言ってない!」


俺は鞘ごと《タクミ・ブレイザー》を構える。


「そっちが勝手に力ずくへ持っていったんだろ!」


一体目が突っ込んでくる。


振り下ろされた剣を、鞘で受けた。


硬い音。


腕に衝撃が走る。


でも、星象素体の力なら耐えられる。


「せいっ!」


剣を逸らし、そのまま鞘の側面を骸骨兵の胴へ叩き込む。


骨がばらばらに弾け飛んだ。


二体目。


横から来る。


俺は一歩踏み込み、鞘の先で胸骨を突いた。


ガシャッ、と派手な音を立てて崩れる。


『ずいぶん慣れてきたではないか』


「推しを守るためだからな!」


三体目が迫る。


その後ろで、アーグがこちらを観察していた。


「剣を抜かないのか」


「抜きません!」


「何のための武器だ」


「観賞用です!」


アーグの顔が初めて崩れた。


「……は?」


来た。


その反応。


この世界へ来てから何度も見た。


武器なのに抜かない。


戦えるのに斬らない。


理解できないという顔。


だが今回は、それでいい。


俺は三体目の攻撃をかわし、鞘で足を払う。骸骨兵が倒れたところへ一撃を叩き込み、骨の山へ戻した。


残るはアーグ。


「随分と珍妙な戦い方をする」


「褒め言葉として受け取っときます」


「だが武器を使わないなら、何を見せたい?」


俺は止まった。


何を見せたい?


そんなの。


決まっている。


「聞いたな?」


「何をだ」


「今、何を見せたいって聞いたよな?」


嫌な予感でもしたのか、アーグが一歩下がった。


遅い。


「リア!」


「は、はい!」


「ちょっと下がってて!」


「分かりました!」


俺は《タクミ・ブレイザー》の柄へ手をかける。


戦うためじゃない。


斬るためでもない。


これは。


推しを見せるためだ。


ゆっくりと、刀身を引き出した。


ピンクメタリックの輝きが光を跳ね返す。


大きく描かれたミスティア・ルミナス。


刀身には「尊い」「二期待ってます」の文字。


揺れるミスティアのチャーム。


抜いたのは、ほんの一瞬。


傷一つつけさせないため、構えて斬り合う気なんて最初からない。


ただし。


一瞬あれば十分だった。


「――俺の推しを見よ!」


アーグの目が止まった。


完全に。


「…………」


「どうだ!」


「…………」


「可愛いだろ!」


アーグの視線が、刀身のミスティアから離れない。


そして。


「……可愛い」


言った。


聞いたぞ。


俺は聞いた。


「よっしゃあああああああ!」


「何を喜んでいる!」


アーグが我に返った。


だが、もう遅い。


俺は即座に《タクミ・ブレイザー》を鞘へ戻した。


カチン、と鍔が収まる。


推し保護完了。


同時に、一気に間合いを詰める。


「な――」


「推しに見惚れたな!」


「違う!」


「可愛いって言った!」


「それとこれとは――」


「布教成功!」


鞘の一撃を、アーグの腹へ叩き込んだ。


「ぐおっ!?」


アーグの身体が折れる。


俺はその肩を押し、地面へ転がした。


殺さない。


斬らない。


推しも傷つけない。


でも倒す。


これぞ。


「観賞用戦闘術!」


『今名付けたように聞こえたが』


「前からある!」


『そうだったな』


地面に膝をついたアーグが、腹を押さえながら俺を睨んでいる。


「……ふざけた、武器だ」


「最高だろ」


「褒めていない」


「でもミスティアは可愛いって言った」


「言っていない」


「言った!」


「聞き間違いだ!」


「リア!」


「言ってました」


「なぜそっちの味方をする!」


リアが少し笑った。


その笑顔を見たら、さっきまで張り詰めていたものが少し抜けた。


アーグはしばらく黙っていたが、やがて立ち上がった。


部下たちが近づいてくる。


「今日は退く」


「今日は?」


「覚えておけ、オタクミ」


アーグは俺を見る。


その目はまだ冷たい。


ただ、一度だけ《タクミ・ブレイザー》へ視線が落ちた。


「物には値がつく。欲しがる者が増えれば、なおさらだ」


そう言い残し、アーグは部下を連れて去っていった。


俺はその背中を見送る。


嫌な奴だ。


間違いなく。


でも。


「可愛いって言ったな」


「言ってましたね」


「聞いたよな?」


「はい」


俺は拳を握った。


「よし!」


『何がよしなのだ』


「敵にも刺さった!」


『勝敗よりそこなのか』


「当たり前だろ!」


倒したことより嬉しい。


転売魔だろうが何だろうが。


ミスティアを見て、一瞬でも「可愛い」と思った。


だったら。


「布教対象だな」


「先生」


リアが呆れたように俺を見る。


「たぶん、そういうところだと思います」


「何が?」


リアは答えず、少しだけ笑った。

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