↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
13 「好き」と、譲れないもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
137/139

売れる形と、描きたい形

老人が花の冊子を買った翌々日、宿へ一通の封書が届いた。


 俺宛てではなかった。


 リアでも、シエルでも、アーグでもない。


 表には、まとめてこう書かれていた。


『先日の公開活動に参加された皆様へ』


「……皆様」


 俺は封筒を両手で持ち上げた。


「俺たち、皆様になった」


「そこ、感動するところ?」


 セラが呆れた顔をする。


「だって、ちょっと格式があるだろ。『皆様』だぞ」


『貴殿の場合、宛名が「オタクミ殿」でも十分に浮かれるであろう』


「ゴルドス、俺を何だと思ってる?」


『手紙が来ると三回は裏返す者』


「……今日は二回しかやってない」


「やったのね」


 セラに言われ、俺は封筒を机へ戻した。


 差出人の印は、見覚えがあった。


 プライス・カルテル。


 その文字を見た途端、胸の奥にあった軽さが少しだけ消える。


 隣でアーグも印を確認していた。


「開けるぞ」


「ああ」


 封を切ったのはアーグだった。


 中には、折り畳まれた紙が数枚入っている。


 最初の一枚には、先日行った小さな披露について書かれていた。


 痛武器を見せたこと。


 リアの絵を展示したこと。


 シエルが歌ったこと。


 客と作者本人が話していたこと。


「……見られてたんだな」


「公開してたんだから、誰かが見ていても不思議じゃないでしょ」


 セラの言うとおりだった。


 書かれているのも、あの日、通りから見えたことばかりだ。


 宿で何を相談したか。


 リアがどの絵と迷ったか。


 俺が紹介文を何回削られたか。


 そういうことまでは書かれていない。


「削られた回数まで知られてたら怖いけどな」


「知りたい人いる?」


「セラは知ってる」


「私は削った側だから」


 アーグが次の紙を広げた。


「本題はこっちだ」


     *


 提案されていたのは、次の公開企画だった。


 場所を用意する。


 必要な材料を手配する。


 告知も行う。


 作品を作るための費用は、先に一部を出す。


 制作や出演については、あらかじめ決めた報酬も出す。


「……かなり、ちゃんとしてない?」


 思わず言った。


「条件だけ見れば、悪くない」


 アーグも否定しなかった。


「むしろ、作る前に金が出るのは助かる者も多いだろう。材料を自腹で先に揃えなくて済む」


 リアが紙を覗き込む。


「紙や画材も、用意してくれるんですか?」


「必要なものを事前に申告する形らしい」


「それは……助かりますね」


 リアは素直に言った。


 シエルも、歌う場所について書かれたところを見ている。


「会場も、向こうで準備するんですね」


「ああ。人を入れる場所、告知、当日の案内。それに必要なら、扱う品の搬入も向こうで持つ」


 俺は、花の冊子を運んだ日のことを思い出した。


 場所。


 運び手。


 荷車。


 費用。


 あれだけ揃えて、ようやく一件動いた。


 もし最初から、その辺りをまとめて持っている相手が手伝うなら。


「……便利だな」


「便利よ」


 セラが言った。


「だから、条件を見るんでしょ」


「うん」


 俺は紙の続きを読んだ。


 そこから先は、少し雰囲気が変わった。


     *


「制作物について、主催側が客の反応を踏まえて修正を求めることがある……」


 俺が読み上げると、リアの目が止まった。


「修正、ですか?」


「続きがある」


 アーグが指を置く。


「企画上必要と判断した場合、展示方法と完成形について、主催側の判断を優先する」


「完成形まで?」


 リアが尋ねた。


「そう読めるな」


 リアは、自分の膝の上へ置いていた紙束を見た。


 そこには、最近描いているカナエの下描きが挟まっている。


「どう思う?」


 俺が聞くと、リアはすぐには答えなかった。


「描いてほしいものを言われること自体は、嫌じゃないです」


「うん」


「こういう顔が見たいとか、こういう絵が必要だって言われたら、考えて描くのも面白いと思います」


 リアは紙の端を指で押さえた。


「でも……描いている途中で、私はこっちの方がいいと思ったのに、最後は向こうが決める、というのは」


 少し眉を寄せる。


「私は、困るかもしれません」


 俺は頷いた。


「じゃあ、『意見は聞く。でも最後まで全部任せるのは嫌』ってことか」


「はい。それなら、言えます」


 アーグが別の紙へ書き留める。


「次。カナエの新作について」


 そこには、企画を発表してから開催が終わるまで、新しい作品を指定された場以外では公開しないことが書かれていた。


「これ、一枚だけ?」


 リアが尋ねる。


「書き方だと、新作全体にも読める」


「……全部?」


 今度は、さっきより返事が速かった。


「それは嫌です」


 リアははっきり言った。


「この企画のために描く一枚を、最初にそこへ出すのはいいです。でも、その間に別のものを描きたくなるかもしれないし」


「うん」


「それまで出せないって決められるのは、嫌です」


 アーグがまた書く。


 俺は、その紙を横から見ていた。


 別に、金をもらって仕事をすることが悪いとは思わない。


 俺だって前世では、限定品だの先行販売だの、喜んで飛びついていた。


 先に見られる。


 そこでしか買えない。


 そういう言葉に、何度財布を開かされたか。


 ……回数は数えたくない。


「先行で一枚出すこと自体は、あり?」


 俺が聞くと、リアは頷いた。


「はい。それなら、やってみたいです」


 そこは駄目ではない。


 全部同じ答えにしなくてもいいらしい。


     *


 シエルの条件は、歌についてだった。


 事前に決めた曲を歌う。


 必要なら商品の紹介も入れる。


 そこまでは、シエルも紙を読みながら頷いていた。


「紹介くらいなら、できます」


「でも、その次だな」


 アーグが言う。


 当日の販売状況によって、演目の変更や、追加の案内を求めることがある。


「販売状況って、売れてないものをもっと紹介するとか?」


「そういう使い方もあるだろうな」


「歌も変える?」


「可能性がある、と書いてある」


 シエルは少し黙った。


「歌う前に相談してくれるなら、考えられます」


「うん」


「でも、歌っている途中で、次はこれを歌ってくださいって言われるのは……」


 視線が少し下がる。


「私は、嫌です」


「理由、聞いてもいい?」


 俺が尋ねると、シエルは頷いた。


「その日に歌いたい順番を考えているからです。前に歌ったときも、低いところを長く歌いたくて変えましたよね」


「ああ」


「あれを、売れているかどうかだけで変えるのは、したくないです」


 シエルは少し考え、続けた。


「最初から、商品の紹介をする歌だって分かっていて、それを私が選ぶなら、大丈夫です」


「なるほど」


「でも、何でもその場で変えるのは、嫌です」


 リアの答えと似ているようで、少し違う。


 やるかやらないかではなく、どこまでなら自分で選べるか。


 アーグは、それも紙へまとめていった。


     *


 そして、最後に俺のところが来た。


「指定商品への案内を、企画の中心とする……」


 俺は腕を組んだ。


「つまり、俺が商品紹介をする?」


「そうだろうな」


「それ自体は、できる」


 先日の公開でも、剣を見せ、絵を紹介し、歌へつないだ。


 商品なら商品の良さを聞いて、紹介することもできる。


 問題は、その次だった。


「主催側が指定する商品を、優先して案内する」


「そこね」


 セラが言う。


「……これだけなら、仕事としては分かるんだよな」


「ええ」


「宣伝を頼まれて、頼まれたものを宣伝する。そこまでは変じゃない」


 俺は紙を指で押さえた。


「でも、ほかのものと比べた客に、『こっちを選んでください』まで言うなら、俺はやりたくない」


 以前、市場で安い方を選んだ女性を思い出す。


 毎日使いたい。


 子どもも触る。


 その人には、その人の理由があった。


「説明はする。俺が良いと思ったところも言う。でも、客が別のものを選ぶところまで止めるのは違う」


 アーグが聞く。


「指定品への案内そのものは?」


「やる」


「指定品を中心に話すことも?」


「時間を決めて、その企画の中でなら、やる」


「他の商品へ誘導するのは?」


「客に聞かれたら、知ってる範囲で答えたい」


 アーグが俺を見る。


「向こうは、それを嫌がるかもしれんぞ」


「うん」


「条件が合わなければ、仕事にはならない」


「それでもいい」


 俺は答えた。


 嫌だから断る、というより。


 俺がやりたい紹介と、向こうが頼みたい紹介が同じかどうかを、まず確かめたい。


「……俺、金をもらって宣伝すること自体は、別に嫌じゃないんだよ」


「知ってるわよ」


 セラが言った。


「限定グッズの話をするとき、目が輝いてるもの」


「それとこれ、関係ある?」


「商売に全然興味ない人の顔ではないってこと」


「ぐっ」


 否定できなかった。


『むしろ貴殿、商売へ巻き込まれるたび妙に楽しそうでござるからな』


「推し活は経済を回すんだぞ!」


「今その話に行くと長くなるから戻って」


「はい」


     *


 その日の午後、提案を持ってきた使者が、もう一度宿を訪れた。


 俺たちは、返事をまとめる前に、いくつか聞いておきたいことがあると伝えていた。


 使者は、俺たちの向かいに座る。


「まず、聞きたいんですけど」


 俺は紙を置いた。


「なんで、俺たちなんです?」


 相手は少しだけ眉を動かした。


「先日の催しを見た者から、報告が上がっています」


「どんな?」


「剣を見せて人を集めた。絵を描いた本人が客と話した。歌い手も、その場で客の問いに答えた」


 俺は黙って聞く。


「同じような絵を用意するだけなら、方法はあります」


 リアの表情が、少しだけ固くなった。


 使者は続ける。


「歌も、別の者に歌わせることはできるでしょう」


 シエルも何も言わない。


「ですが、見た者の話では、客が絵について尋ねたとき、描いた本人が答えた。歌について尋ねたときも、歌った本人が答えたそうです」


「……はい」


「そのやり取りまで含めて、次回の企画にも参加してほしいと判断しています」


 俺は少しだけ目を見開いた。


「俺の剣は?」


「非常に印象に残った、と」


「よし!」


「そこだけ元気になるのやめなさい」


 セラに脇を小突かれた。


 使者は、ほんの少しだけ口元を緩める。


「剣も含めてです。ただ、絵だけ、歌だけ、品物だけを置くのとは違う。本人たちがその場にいて、客へ応じることに価値があると判断しています」


 アーグが尋ねた。


「つまり、作品を買うだけではなく、継続して参加してほしいと?」


「そうです」


「そのための前金、会場、告知、搬入」


「はい」


 筋は通っている。


 少なくとも、「お前たちを縛りたいから条件を付けました」と言っているわけではない。


 金を出す。


 場所を用意する。


 運ぶ。


 宣伝する。


 その代わり、売れる形へ寄せたい。


 俺は紙へ目を落とした。


「条件を変えてほしいところがあります」


「伺います」


     *


 リアが最初に話した。


「描いてほしい内容の相談や、見せ方の提案は聞きたいです。でも、最後にどう描くかまで、全部そちらに決めてもらう形では受けられません」


「修正の要望そのものを拒否するわけではない?」


「はい。聞いて、自分で考えたいです」


 使者は書き留める。


「新作の発表については?」


「企画のために作る一枚を、最初にそこで見せるのはできます。でも、その期間に描いた別の絵まで、全部ほかで見せないとは約束できません」


 次に、シエル。


「事前に決めた歌や案内なら、できます。でも、当日の売れ方だけで、その場で何でも歌を変えるのは、できません」


「変更を一切しない、ではない?」


「相談する時間があって、私が歌うと決められるなら、考えます」


 使者はまた書く。


 俺も、自分の条件を伝えた。


「指定された商品は、ちゃんと紹介します。良いところも聞いて、俺が分かる範囲で伝えます。でも、客が別の商品と比べたいって言ったときに、それを止めるような案内はしたくないです」


「企画側の商品を優先して紹介すること自体は?」


「その時間は、そういう企画だと最初に分かるようにするなら」


 俺は少し考える。


「ただ、買うかどうかまで俺が決める言い方は、しません」


 使者は俺たちの返答を一通り書き終えた。


「分かりました」


「これで、できますか?」


 俺が尋ねると、相手はすぐには答えなかった。


「私の判断だけでは決められません」


「ですよね」


「条件の中には、こちらが利益を見込むために必要と考えているものもあります」


「はい」


「皆さんの希望をそのまま受ければ、提案した支援内容を維持できるかも含めて、再検討が必要です」


 アーグが頷いた。


「当然だ」


 そこで、話を終えてもよかった。


 だが、使者は紙をまとめながら、こちらへ言った。


「ケイン様が、直接話したいとのことです」


 俺の指が止まった。


 胸の奥で、何かが重くなる。


 今度は、名前を聞いただけで何も考えられなくなることはなかった。


 けれど、軽くもない。


「……この条件の話を?」


「はい」


「俺たち全員で行く必要がありますか」


「本人たちの意思を確認したいとは聞いています。ただし、誰が出席するかは、そちらで決めていただいて構いません」


 俺は、リアとシエルを見る。


 リアは少し驚いた顔をしていた。シエルも、俺と使者を交互に見ている。


「俺が行く」


 先にそう言ってから、俺は続けた。


「でも、俺が勝手に条件を変えて決めるのは、なしにする」


 リアへ向き直る。


「今言ったことを、そのまま伝えていい?」


「はい」


「向こうから違う条件が出たら、一回持ち帰る。それでいい?」


「お願いします」


 シエルも頷いた。


「私も、それでお願いします」


 アーグが、まとめた紙を指で叩いた。


「俺も行こう。条件の整理は必要だ」


 セラは少し考えてから言った。


「私も行く」


「セラは今回、出演条件ないぞ」


「知ってる。だからって、前にあの商館へ行った私が、急に留守番する理由もないでしょ」


「……それもそうか」


 俺は使者へ向き直った。


「じゃあ、この四人で。あ、四人と一振り」


『拙者を数えるなら、せめて一柱と呼んでほしいのう』


「鞘にいるから、一鞘?」


『単位で遊ぶでない!』


 使者が、ほんの少し困った顔をした。


 それを見て、俺は少しだけ息を吐いた。


     *


 使者が帰ったあと、机の上には、俺たちの返答を書いた紙が残った。


 リアは自分のところを、もう一度読む。


「先生」


「うん?」


「これ、断るために行くわけじゃないんですよね」


「うん」


 俺は答えた。


「向こうの条件と、こっちの条件が合うか話しに行く」


「もし、少し変えたらできそうなら?」


「持って帰る」


「もし、今のままじゃないと駄目って言われたら?」


 俺は紙を見た。


 前金。


 材料。


 場所。


 告知。


 搬入。


 どれも、あれば助かる。


 一件の冊子を動かすだけでも、何人も動いて、何度も確認して、金もかかった。


 便利なものは、便利だ。


 だからこそ。


「そのときは、その条件でやるかどうか、また本人が決める」


 リアが頷いた。


 俺は、自分の返答のところへ目を落とす。


 好きなものを紹介したい。


 誰かにも見てもらいたい。


 売れたら嬉しい。


 続けるために金が要るのも、もう分かっている。


 でも、その全部を一つにして、同じ答えにしなくてもいい。


「……よし」


 俺は紙を折った。


「行ってくる」


「今からじゃないわよ」


 セラが即座に言った。


「分かってる! 気持ちの話!」


「あなたの場合、本当に商館まで歩き出しそうだから」


「信用がない!」


『日頃の積み重ねでござる』


「ゴルドスまで!」


 笑い声が出た。


 そのあとで、腰の剣へ手を置く。


 次に会うのは、ケインだ。


 ケイスケだ。


 前に会ったときとは違う話をする。


 許してもらうためじゃない。


 俺一人の好きだけを話すためでもない。


 リアとシエルが、自分で決めた言葉を預かっていく。


 それだけは、間違えないようにしようと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。