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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
11 誰が「好き」を決めるのか

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一冊が届くまで

 翌朝、冊子を注文した店の前には、手配していた荷車が来ていた。


 運び手が荷台の敷き布を広げ、その連れが縄の具合を確かめている。アーグは店主から受取りの書付と精算用の金を預かり、運び手と行き先を確認していた。


 俺も荷台を覗き込む。木の板が見えなくなるように布を敷き、その上へ荷を置くつもりらしい。端に折り目ができているのが気になって、つい手を伸ばした。


「まだ載せてないぞ」


 アーグに言われ、顔を上げる。


「分かってる。ただ、本の角が当たるところは、先に平らにしときたくて」


「それなら、こっち側を押さえてくれるか」


 運び手に頼まれ、俺は布の端を持った。反対側を引いてもらうと、折り目が伸びる。


「こうですか?」


「ああ。それでいい」


 昨日は、人に見せるための角度をずっと考えていた。今日は、見えないところで紙の角を傷めないための準備をしている。


 セラが俺の横へ来て、荷台を覗いた。


「今日は台の上に乗って紹介しないでよ」


「しないよ! 荷物より先に俺が積まれてどうする!」


「昨日なら、やりかねなかったわ」


「昨日の俺への評価、まだ下がるの!?」


 運び手が笑い、縄をまとめながら言った。


「人の分は引き受けてないから、歩いてくれよ」


「はい!」


 俺たちは店主へ声をかけ、荷車と一緒に出発した。


     *


 保管場所では、前に案内してくれた担当者が待っていた。


 アーグが名乗り、店主から預かった書付を見せる。相手は手元の記録と照らし合わせ、運び手にも行き先を確かめた。


 俺は少し後ろで待っていたが、柄の飾りが裏返っていることに気づき、そっと向きを直した。


「今日は荷札を見なさい」


 セラに言われて、手が止まる。


「いや、推しが後ろ向いてたから」


「本まで違う方へ運ばないでね」


「そこは、ちゃんと見ます」


 俺は懐から注文の写しを出した。


 木の台へ案内されると、あの包みがあった。前に見たときと同じように、紐が掛けられている。


 届け先、送り主、荷札に記された品名と冊数。アーグが読み上げ、担当者が記録を確認する。俺も写しを目で追った。


 運び手は包みの下へ手を入れ、傾けすぎないようにして、底と角を確かめた。表から見えるところに破れや濡れは見当たらない。


「外側は大丈夫そうだな」


「中は、店で開けて確かめる」


 アーグが答えた。


 引渡しの確認を終え、ここまでの運送分など、取り決めた料金の精算も済ませて、アーグが控えを受け取る。


「では、こちらで受け取る」


 その言葉を聞いてから、運び手たちが包みを持ち上げた。


 前に俺が手を伸ばしかけたときとは違った。誰に渡すのかも、どこへ運ぶのかも、互いに確かめたうえで、包みが木の台を離れる。


 俺は先に通路へ出て、開いた戸が荷に当たらないよう押さえた。


 台の上に残っていた四角い空き場所を、一瞬だけ振り返る。


 ようやく、動いた。


     *


 荷車に載せた包みは、想像していたより小さく見えた。


 これを探して、紙を写して、何度も行き来した。いざ荷台へ載ると、その周りにはまだ空きがある。


 だからといって、そのまま出発はしなかった。


 運び手は包みが滑らない位置へ置き直し、折った布を添えた。縄を掛けるところで、俺は思わず声を出した。


「あ、その角、強く締めると――」


「潰れるな。だから、ここにも当てる」


 布が挟まれ、縄の当たるところが変わった。男は包みを軽く押し、ずれないことを確かめる。


「……なるほど」


「紙の物は、気になるか?」


「めちゃくちゃ気になります。折れた角って、見つけるとそこばっかり見ちゃうので」


「じゃあ、上へ掛ける布、そっちを持ってくれ」


 俺は言われた側を持ち、端を揃えた。紐で留めると、包みはほとんど見えなくなる。濡らさず、擦らず運ぶための布なのに、見えなくなると少し落ち着かない。


 セラが俺の顔を見て笑った。


「今度は、途中で開けて見ないでよ」


「分かってる。開ける楽しみは、店まで取っておく」


『剣の使い方より、よほど素直に決まったのう』


「剣も使い方は決まってるだろ。観賞用!」


『そこへ戻るのでござるか』


 小さな笑い声と一緒に、荷車が動き始めた。


 俺は横を歩いた。車輪が石の継ぎ目を越えるたびに、つい包みへ目が向く。


 途中、路面のくぼみに水が残っていた。運び手は手前で歩みを緩め、対向する荷車が通り過ぎるのを待つ。急いで狭い隙間を抜けず、乾いた側へ回ってから進んだ。


 セラが、曲がり角の先へ目を向ける。


「向こうから人が来る」


 運び手が止まる。俺も声をかけ、通る人が荷車に気づいたのを見てから、もう一度歩き出した。


 走れば先に店へ着ける道を、歩いていく。


 俺が先に着いても、渡せる本は増えない。そう思って足を合わせているうちに、店が並ぶ通りへ戻ってきた。


     *


 注文した店の前で、店主がこちらを見つけた。


「……来たか」


 奥から場所を空け、台の上に敷いていたものを片づける。運び手たちが包みを降ろす間、俺とセラは店先の品物を少し寄せた。


 荷が台へ置かれる。


 店主は荷札を見て、注文の控えと合わせた。それから紐をほどき、包みを開いた。


 花の冊子が、重なっていた。


 上の一冊を持ち上げ、表紙と角を見る。ページを開き、何か所か指で送りながら、紙の状態も確かめる。アーグが数えた冊数と、店主がもう一度数えた冊数が一致した。注文した数とも合っている。


「……揃ってる。こっちも、傷みは見当たらんな」


 店主の声を聞いて、ようやく肩から力が抜けた。


「よかった……!」


「ずっと、そんな顔してたのか?」


 運び手が笑う。


「荷車が揺れるたびに、俺まで揺れそうになってました」


「あなたが横で飛び跳ねる方が、よっぽど心配だったわよ」


「跳ねてないだろ!」


「今日はね」


 セラの返事に、俺は反論を諦めた。店主も笑い、運び手へ合意していた代金を渡す。支払った額を帳面へ記してから、受取りの確認を済ませた。


 空いた荷車が、また通りへ出ていく。


 俺は見送り、冊子へ目を戻した。


「あの人に、知らせてきてもいいですか」


 店主はすぐには答えず、客への約束を書いた帳面も開いた。注文の控えと照らし合わせてから、頷く。


「この分に、取り置きの約束はない。今から店に並べられるよ」


「じゃあ、あの二冊を分けてくれた店に伝言を。あの人、そこで聞きたいって言っていたので」


「ああ。買える場所が分かるよう、うちの場所も伝えてくれ」


 俺は頷き、紙を出した。


 今日は、品名だけを大きく書かなかった。どの店で買えるのかが分かるように書き、店主にも見てもらう。


 その横で、アーグが運び手の見積りと支払った額を確認していた。


「今回は、この額で収まったな」


「ああ。ただ、次も同じように出せるかと言われると、難しい。運ぶための金も、売れる前に要るからな」


 店主は帳面を閉じた。


 俺は、並べられた本と、その帳面を交互に見た。店へ届いたことは嬉しい。それでも、次の便の分まで用意できたわけではない。


「……まず、今日並べられるってことを伝えてきます」


「頼む」


 店主は一冊を開き、客から見える位置へ置いた。


     *


 二冊を分けてくれた店へ着くと、店主は俺の手の紙を見た。


「入ったのか?」


「はい。向こうの店へ、注文していた分が届きました。中も確かめて、今は売り場に出せています」


「そうか」


 店主は紙に目を通し、自分の棚へ一度だけ視線を向けた。


「うちの分は、まだだ。あの人が来たら、そっちを教えておくよ」


「お願いします」


 俺は、頭を下げた。


 この店の追加注文が、同じように動いたわけではない。棚の空いたところは、まだ残っている。


「それと、ほかにも探してる客がいるんだ。その人たちにも、向こうを教えて構わんか?」


「はい。買える場所が分かるように伝えてくれって、店主さんからも言われています」


「分かった。売れ具合は、その店で聞いてもらう」


 紙は、店主の手元へ渡った。


 俺は少し話してから、店を離れた。今日ここへ来たからといって、老人にも今日会えるとは限らない。


 戻る道で何度か振り返ったが、目当ての姿は見つからなかった。


     *


 老人が冊子の届いた店へ来たのは、翌日の午後だった。


 俺は店先で、空いた箱を脇へ移していた。声をかけられて振り向くと、老人が、昨日預けた紙を手にしている。


「こちらだと聞いてね」


「……はい!」


 返事をした拍子に、抱えた箱を落としそうになった。隣のセラに肘を支えられ、先に箱を置く。


「あちらの店で、知らせてもらったんですか」


「ああ。本が入ったって。まだあれば、見せてもらいたいんだが」


 俺は店主を見た。


 店主が棚から一冊を取り、老人へ差し出す。


「ありますよ。こちらです」


 老人は両手で受け取った。


 俺は、何か言おうとしていた。途中で止まっていたことも、運んだときのことも、話せることはいくつもあった。


 けれど、老人はもう表紙を見ていた。


 店主へ確かめてからページを開き、ゆっくりとめくる。俺も横から見えた絵へ目を落とした。


 指が、あるページで止まる。


「……ああ、これだ」


 小さく描かれた花だった。


 老人は絵を指で隠さないように、余白へ指先を添えた。それから、本を少し離して、また近づけて見た。


「この花が載ってると聞いたんだ。これを、孫に見せたかった」


 その声を聞いて、俺は頷いた。


 まだ話しかけずにいると、老人は続きをめくった。一つ先のページで少し笑い、また花のところへ戻る。


「これを一冊、もらえるかね」


「はい」


 店主が値段を伝えた。老人は財布を取り出し、代金を数えて渡す。


 店主が受け取った代金を確かめ、頷いた。老人は閉じた冊子へもう一度目を落とし、表紙にかかった指をそっとずらした。


「包みましょうか」


 店主が尋ねると、老人は頷いた。


「頼む。持って歩く間に、角を傷めたくないからね」


「……分かります」


 つい口を挟んでしまった。


 老人が俺を見る。俺は腰の剣へ手を添え、少し笑った。


「気になり始めると、そこばっかり見ちゃって」


「そうだなあ」


 老人も笑って、店主が紙を折る手元へ目を戻した。


 包まれた冊子を受け取ると、今度は胸の前で、しっかりと持つ。紙越しでも、角を押さえすぎないようにしているのが見えた。


「知らせを残してくれて、ありがとう」


「こちらこそ、来てくれて……」


 言いかけて、俺は少し首を振った。


「手に取ってもらえて、よかったです」


 老人は頷き、店主にも礼を言った。


「孫と見るとき、まずあの花を探してみようかね」


 包みを持ち直して、店を出ていく。


 その言葉につられて、俺も、さっき開かれていたページを思い出した。小さな花の絵と、その隣の余白へ添えられた指。


 俺はもう一度、小さく頭を下げた。


     *


 しばらく通りを見ていると、セラが隣へ来た。


「顔、緩んでるわよ」


「……うん」


「否定しないのね」


「できないな、これは」


 俺は笑った。


 店の奥では、アーグが店主と次の仕入れの話をしていた。机の上には、今回の運搬にかかった額を書いた紙がある。


 二冊を分けてくれた店には、まだ追加の本が来ていない。今回と同じ手間と金を、何度でもかけられるわけでもない。


 それでも、今売れた一冊まで、小さなことにしてしまいたくはなかった。


「オタクミ、そっちの箱、あと少し寄せてくれるか」


 店主に呼ばれ、俺は振り返った。


「了解!」


 今度は腰の剣を押さえ、箱を持つ位置を決めてから動かす。店先へ人が通れる幅を空けると、セラがその端を直してくれた。


 もう一度だけ、通りへ目を向ける。


 人の間に、冊子の包みを抱えた老人が見えた。


 あの人の手には、今日は、ちゃんと本があった。

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