↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
11 誰が「好き」を決めるのか

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
132/139

もう一度、推しを語る

 布の端を、朝から何度もつまんでいた。


 少し持ち上げては、戻す。指を離し、膝の上で手を開いてから、また机へ伸ばす。向かい合っているのは封印された魔導書でも、呪いの宝箱でもない。俺が包んだ、ミスティアの絵だ。


 隣には、鞘に収まった《タクミ・ブレイザー》が置いてある。


 窓から朝の光が差し込み、階下では食器の触れ合う音がしていた。誰かが廊下を歩いていく。その足音が遠ざかるのを聞いてから、俺はもう一度、布の端へ目を戻した。


 昨日、セラたちのショーを見た。リアの絵があり、シエルの歌が続く中で、セラが手を伸ばした。思い出すと、まだ鼻の奥が少しつんとする。


 あれを見たあと、俺はミスティアをもう一度見たいと言った。


 朝になっても、その気持ちは残っている。ただ、布を外すところまでは、ついてきてくれなかった。


「……ゴルドス」


『うむ』


「起きてたのか」


『呼ばれて返事をしたのでござるが』


「そうだった」


 聞きたいことがあって呼んだはずなのに、その先が出てこない。鞘からも、続きの言葉はなかった。


 俺は布をつまみ直した。引けば外れる。引っかかっているところなんて、どこにもない。


 それでも途中で手が止まって、布の陰に銀色が少しだけ見えた。


 見慣れた髪の色だった。


 俺は息を吐き、そのまま、ゆっくりと布を横へ滑らせた。


 ミスティアが笑っていた。


 何度も見てきた顔だ。好きなところなら、いくらでも挙げられると思っていた。けれど今は、紙の端を持ったまま、その笑顔を見ているだけで精一杯だった。


 眼の大きなキャラクターを見せてくれたケイスケのことが、ふと頭をよぎる。あのときの俺の声も。


 指に力が入った。紙が曲がる前に気づいて、握り直す。


 布は戻さなかった。


 銀髪を目で追って、もう一度顔へ戻る。見ているうちに、口元が少し緩んだ。何か気の利いたことを言いたいのに、出てきたのは、ずいぶん頼りない声だった。


「……やっぱり、好きだな」


 言ってから、もう一度見る。


 絵の中のミスティアは、何も変わらなかった。俺を許すとも、元気になれとも言わない。ただ、俺が好きになった姿で、そこにいる。


 もう少し見ていたくなった。


 俺は椅子から立ち、絵をいつも飾っていた位置へ戻した。少し離れて眺めると、わずかに傾いているのが気になった。右を直すと、今度は左が気になる。


『……まだ曲がっておるのか?』


「いや。俺が斜めに立ってた」


『絵ではなく、そちらであったか』


「鑑賞者側の不具合だった」


 小さく笑って、足の位置を直した。


 そこに絵があるだけで、部屋の見え方が違う。椅子に座っても、机に手を置いても、視界の端にミスティアがいる。しばらく、その場所を見ないようにしていたことに気づいた。


 俺は使わなくなった布を畳み、机の端へ寄せた。


「……おはよう、ミスティア」


 今度は、顔を見て言えた。


     *


 《タクミ・ブレイザー》を手に取る前に、椅子を後ろへ引いた。


 抜いた刀身が机や壁に当たらない位置へ立ち、鞘を支える。柄に指をかけたところで、肩に余計な力が入っているのが分かった。


 一度だけ手を離す。指を曲げ伸ばししてから、握り直した。


 鞘の口から、ピンク色の金属が現れる。


 朝の光を受けた表面が、淡い桜色に光った。その先へ視線を動かすと、銀髪をなびかせたミスティアの姿が少しずつ見えてくる。


 最後まで抜き、鞘を脇へ置いた。柄を両手で支えると、剣の重みが腕に収まる。


 俺は刀身を見つめた。


 広い面いっぱいに描かれたミスティア。その根元には、『尊い』。


「……うん」


 頷いてから、そっと向きを変える。


 反対側には、『二期待ってます』。


「……剣に書くことか、これ」


『貴殿が入れたのでござる』


「分かってる。しかも、今見ても消したくない」


『ならば、なぜ疑問を抱いた』


「武器として冷静に考える時間が、ちょっとだけ発生した」


 思わず笑ってしまった。


 強いとか、切れるとか、それ以前の問題だ。相手に向けた刀身に、続きを待っている視聴者の願いが書いてある。威圧するつもりなのか、制作の応援をするつもりなのか。


 いや、応援だな。そこは間違いない。


 笑った拍子に剣が揺れ、俺はすぐに持ち直した。ミスティアの顔を光の中へ戻すと、今度は笑いではない息が漏れた。


「……いいなあ」


 この姿を、自分で選んだ。


 絵を大きくして、文字まで入れて、武器としてどうなんだと呆れられても、譲りたくなかった。


 今も、そう思う。


 俺は少しだけ刀身を傾けた。光が顔に重なりすぎないところで止める。たったそれだけの動作が、妙に懐かしかった。


『見えたか』


「……うん。見えた」


 ゴルドスの声に答えて、脇の鞘へ目を向けた。


 こうして話せる声が、あのときは肝心なことに答えてくれなかった。ケイスケの言葉と、ゴルドスから聞いた言葉が、今も胸の中で噛み合わない。


「ゴルドス」


『何でござる』


「あの話、終わったとは思ってないからな」


 少し間が空いた。


『……承知しておる』


 俺は頷いた。それ以上は続けず、また刀身へ目を戻す。


 剣を見て嬉しいことまで、嘘にしたくはなかった。


     *


 扉を叩く音がした。


「オタクミ、起きてる?」


「起きてる。ちょっと待って」


 声に振り向きかけた身体を止め、先に剣の向きを変える。入口へ刃先が向かないようにしてから、入っていいと返した。


 顔を出したのはセラだった。その後ろから、リアも部屋をのぞく。


「朝ご飯、まだなら――」


 セラの言葉が途切れた。


 俺の手元を見て、それから、飾り直した絵へ目を向ける。


「……抜いたのね」


「うん」


「そう」


 セラはそれだけ言って、部屋へ入ってきた。剣の届かないところで足を止め、腕を組む。口元が少しだけ緩んでいた。


 リアは絵を見上げていたが、やがて俺のそばへ来た。


「先生、今、少し見てもいいですか?」


「もちろん。刃には触らないでな」


「はい」


 俺は柄を持つ手を落ち着かせた。リアが見やすい位置へ立つのを待ってから、刀身をほんの少し傾ける。


 それだけで、説明したいことが幾つも浮かんだ。


 絵の大きさ。刀身との収まり。銀髪の流れ。なぜこの文字がここに必要だったのか。


 けれど、どこから話せばいいか迷っているうちに、リアが先に口を開いた。


「先生は、この笑った顔が好きなんですか?」


「……うん。好きだ」


「剣に描くなら、もっと強そうな顔を選ぶこともできたのかなって思って」


 俺は、もう一度ミスティアを見た。


「できたと思う。でも、俺が見たかったのは、この顔だったんだよな」


「でも、戦うときは鞘に戻すんですよね」


「そう。笑顔を守ったまま戦える。完璧だろ?」


 セラが横から口を挟む。


「剣の説明としては変だけどね」


『そこだけは変わらぬのう』


「そこは変えたくないんだよ」


 リアが笑った。俺もつられて笑い、それから刀身へ目を戻す。


「俺さ、これを見たときまで、ずっと気を張っていたくないんだと思う」


 言ってみてから、少し考えた。


「格好いい顔も好きだよ。でも、この笑ってる顔を見ると、しんどかったことより先に、ああ、可愛いなって思えるときがあるんだ。それが嬉しくて」


 今日は、そこへたどり着くまでに少し時間がかかった。


 そのことまでは言わず、笑顔の描かれた面を見つめる。


 リアは急いで頷かなかった。絵を見て、俺を見て、もう一度、刀身へ視線を戻した。


「……見たときに、どんな気持ちになるかも、大事なんですね」


「うん。あと、単純にめちゃくちゃ可愛い。今ちょっと真面目な話をしたけど、そこは削れない」


「削らなくても伝わってます」


「よかった! それから、髪がこう流れてるだろ。大きな剣なのに、ここを見てると、絵の方はふわっと動いてるみたいでさ」


 リアの目が、銀髪の描かれたところを追った。


「……ああ、ここですね」


「そう! それで、顔へ戻ると笑ってるわけだよ! 格好よさと可愛さが、同じ場所に収まってる! しかも、見るたびにまずどっちが目に入るか違うんだ!」


 声が大きくなった。


 俺は一度息を吸ったが、言葉はまだ残っていた。表情の話から、思い出した場面の話へ。そこから作品全体へ進みかける。


「これをきちんと説明するには、そもそも『輝星のルミナス』が――」


「どこまで戻るつもり?」


 セラが尋ねた。


「作品の最初から」


「朝ご飯の前に?」


「……昼ご飯の前には終わるかも」


「朝ご飯はどこへ行ったのよ!」


 俺は口を閉じた。


 リアが何か言おうとして、途中で止めていたことにも気づく。


 続きを話したい。まだ全然足りない。けれど、そちらも聞きたかった。


「……ごめん。そこから先は、またにする」


「本当に?」


「今のところ、すごく続きを話したいけど、またにする」


「正直ね」


 俺はリアへ向き直った。


「さっき、何か言おうとした?」


「はい。この絵、先生が少し傾けると、光り方が変わるんですね」


「変わる! だから角度が――」


 言いかけて、止まった。


「……うん。変わる」


 リアの口元が緩む。


「紙に描くときとは、違うところを考えないといけないんだなって。絵だけ見ていたつもりでも、周りの金属まで一緒に見てるんですね」


 俺は黙って剣の角度を少し変えた。


 ピンク色の光沢が移り、リアが「あ、今のところです」と指を止める。俺も同じところを見た。いつも自分が顔を見せたくて避けていた光を、リアは別の面白さとして眺めていた。


「……そっちは、俺、あんまり見てなかったな」


「私は気になります。どう描いたら、光ったときにも見てもらえるのかなって」


 リアは、まだしばらく刀身を見ていた。


 俺は説明の続きを飲み込み、剣の角度を保ったまま、リアが見終えるのを待った。


 隣で、腹が鳴った。


 俺の腹だった。


「……鑑賞時間の終了をお知らせします」


「ずいぶん分かりやすい合図ね」


「身体が勝手に閉会した」


 リアが吹き出した。俺は剣を鞘に戻し、もう一度だけ、飾ったミスティアを振り返ってから部屋を出た。


     *


 朝食を終えてから、俺はセラに少しだけ付き合ってほしいと頼んだ。


「剣を持って、動いてみたいんだ」


「さっきからずっと持ってたじゃない」


「鑑賞の角度を調整する動きじゃなくて」


「それはそうでしょうね」


 リアは描きかけの絵へ戻り、俺とセラは宿の人に断って、建物の脇の空いた場所を使わせてもらった。セラが通り道をふさがない位置を選ぶ。


「振り回さないでよ」


「分かってる。ちょっと確かめるだけ」


 俺は剣を鞘に収めたまま構えた。


 何度もやった動きだ。半歩ずれて、身体の向きを変える。相手を横へ払うときのつもりで、腕を動かそうとした。


 そこで止まった。


 足だけが先に進んで、剣が遅れている。無理につなげず、俺は構えを解いた。


「……あれ」


「今、剣を見てたわよ」


 セラが言った。


「位置が気になってさ」


「だったら、最初に確かめて。途中で何度も下を向いたら、足と合わなくなるでしょ」


 柄を握る手に、やたら力が入っていた。指を少し緩め、鞘の先がどこまで届くのかを確認する。


 また傷つけたくないと思えるのは嬉しい。嬉しいが、そのせいで自分の足に引っかけたら、さすがに格好がつかない。


「……よし。ゆっくりやる」


「うん」


 今度は、初めから速度を落とした。


 半歩ずれ、腰の向きを変える。腕の動きを急がず、鞘の重みを確かめながら、小さく払うところまでつなげた。


 足を戻す。


 まだ、ぎこちない。でも、どこで止まりそうになるかは分かった。


 もう一度だけ、同じ動きをした。今度は途中で下を向かずに終えられた。


「……どう?」


「さっきよりはいいわね」


「おお」


「今日は、そのくらいにしといたら?」


 俺は少し迷って、頷いた。


 もっと動けるところを見せたい気持ちはあったが、何かを倒したいわけではなかった。鞘を扱う手の感覚が戻ってきたところで、今はやめておく。


『動きを確かめるとなれば、やはり拙者の出番でござるな』


「刀身は鑑賞担当だから」


『拙者の担当は変わらぬのか』


「頼りにしてる」


『便利な言葉で済ませようとしておる!』


 セラが笑った。俺も笑い、鞘を支え直してから腰へ戻した。


 いつもの場所に、いつもの重みがある。


 少し歩くと、剣が身体に合わせて揺れた。そのたびに手を添えたくなったが、一度だけ位置を直して、あとは前を向いた。


     *


 宿へ戻ると、アーグが食堂の端で帳面を開いていた。


 俺の足音に顔を上げ、腰の剣へ視線を落とす。


「……持っていくのか」


「ああ」


「そうか」


 アーグは頷いて、開いていた頁へ目を戻した。


 俺はその隣で足を止めた。


 ミスティアを見られた。剣を抜いて、また話すこともできた。部屋へ戻れば、絵が飾ってある。思い出すだけで、もう一度見に行きたくなる。


 でも、目の前の帳面を見て、別の空いた場所を思い出した。


 最後の一冊が売れたあとの棚。孫に見せたかったと言って、店を離れた老人。


 俺が市場で荷物を数えていた間も、みんながショーの準備をしていた間も、あの人にはあの人の時間があった。今、どうしているのかは、まだ聞けていない。


「アーグ。花の冊子のこと、聞きたい」


 帳面をめくっていた手が止まった。


「何を?」


「今、どこまで分かってるのか。それと、店に行って、あのあとどうなったか確かめたい」


 アーグは、俺の顔を見た。


「分かった。まず、こっちの記録から話す」


「頼む」


 俺は隣の椅子を引いた。腰の剣が触れないよう少し座る位置を変え、アーグの開いた頁へ目を向ける。


 ミスティアの話なら、まだ山ほど続きがある。


 その前に、今日は聞きたいこともあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。