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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
11 誰が「好き」を決めるのか

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好きだったはずなのに その2

「……ケイスケ」


もう一度名前を呼んだ。


目の前の男は、静かに俺を見ていた。


その顔に、昔の面影を探す。


俺の記憶にあるケイスケは、もっと気安く笑う奴だった。好きな作品の話になると、普段はおとなしいくせに急に饒舌になって、こっちが知らないキャラクターの魅力を延々と語ってくる。


それが今は、プライス・カルテルの幹部として俺の前に座っている。


「……本当に、お前なのか?」


「何回聞くんだよ」


ケイン――いや、ケイスケが小さく息を吐いた。


「疑うなら、昔の話でもしてやろうか?」


「……昔の?」


「秋葉原で限定版を探して、何軒も店を回ったこと。カラオケで歌いすぎて、最後の方は二人とも声が出なくなったこと」


「……あ」


覚えている。


そんなの、忘れるわけがない。


あの頃は、欲しいものを買う金なんて大してなかった。それでも店を回って、展示を眺めて、買えなかった商品について帰り道で延々と語り合った。


手に入らなかったのに、妙に楽しかった。


「お前、限定版が買えなかったくせに、帰り道で『通常版にも通常版の良さがある!』って熱弁してたよな」


「う、うるせえ! だって実際そうだろ!」


思わず言い返してしまった。


「限定版の特典は魅力的! しかし通常版には通常版のパッケージデザインがある! あれも立派な――」


「……ははっ」


ケイスケが笑った。


懐かしい笑い方だった。


胸が、ぎゅっと締めつけられた。


「そうだよな。お前はそういう奴だった」


「……ケイスケ」


「で、俺が薦めた作品。お前、結局どのキャラを好きになったんだっけ?」


「……脇役」


「そう。俺が一押ししてたキャラじゃなくて、ほとんど出番のない脇役」


「あれは仕方ないだろ! あの一瞬の表情がめちゃくちゃ良かったんだから!」


「俺、驚いたよ。何でそこなんだって」


「お前も笑ってただろ!」


「ああ。笑った」


ケイスケは頷いた。


「あれは楽しかった」


その言葉が、あまりにも自然だった。


俺も、楽しかった。


どんな作品を薦めても、相手が同じキャラを好きになるとは限らない。それでも話すのが面白かった。


好みが一致すれば盛り上がる。


違えば、どうしてそう思ったのか聞く。


自分では見つけられなかった魅力を教えてもらう。


あの頃の俺たちは、確かにそんな時間を過ごしていた。


「……なあ、ケイスケ」


俺は思わず身を乗り出した。


「今、お前は何が好きなんだ?」


ケイスケの表情が止まった。


「……何?」


「いや、その……昔の話じゃなくてさ。今のお前が何を好きなのか、聞きたいっていうか」


ずっと考えていたことだった。


久しぶりに会えたら、昔の趣味がそのままだなんて決めつけずに、今のあいつの話を聞こうと思っていた。


「俺、こっちの世界でいろんなもの見たんだ。絵も、歌も、街の人が作ったキャラも。だから、お前が今好きなものだって――」


「……今さら?」


言葉が止まった。


ケイスケの笑みが消えていた。


「今さら、それを聞くんだな」


「……え?」


「いや。何でもない」


何でもない。


そう言われても、何でもなくないことくらいは分かった。


ほんの少し前まで、俺はこの再会を喜んでいた。


名前を呼べば、昔のように話せるかもしれない。ここへ来た理由を聞いて、何があったのかを一緒に考えられるかもしれない。そんな期待が、一瞬だけ胸をよぎった。


けれど、俺が懐かしさに飛びつきそうになるたび、ケイスケの言葉がそれを押し戻す。


同じ思い出を持っていても、同じ場所へ戻れるわけじゃない。


ようやく、そのことが分かり始めていた。


*


「一つ聞いていいか、タクミ」


ケイスケが机に肘を置いた。


「お前、誰かに作品を薦めるとき、相手が見る前に全部説明したことないか?」


「……全部はないと思うけど」


「見どころとか、好きなキャラとか、どの辺りから面白くなるとか」


「ぐっ」


それは。


それはまあ。


オタクとして、身に覚えがないとは言えない。


「あるだろ?」


「……多少は」


「多少?」


「いや待て! 推しの魅力を伝えようとすると情報量が増えるのは不可抗力というか!」


「第一話を見る前に『この台詞を覚えておけ』とか?」


「ネタバレにならない範囲なら!」


「『五話まで見れば分かる』とか?」


「そこまでの導線が大事なんだよ!」


「相手が一話でやめたら?」


「もったいねえ! そこからが本番なのに!」


言い切ってから、はっとした。


ケイスケが俺を見ていた。


「……ほらな」


「いや、今のは……」


「分かってる。一般的な話だよ。お前がいつもそうだったって言いたいわけじゃない」


ケイスケは椅子にもたれた。


「でもさ。薦める側は楽しいんだよな。相手がまだ知らないものを、自分だけが知ってる。どこで驚くか、どこで泣くか、想像するだけで嬉しい」


「……ああ」


「だから、つい言いたくなる」


「……うん」


「だけど、薦められた方は?」


俺は黙った。


「自分で驚きたいかもしれない。五話まで見なくても、一話で合わないと思うかもしれない。お前とは違うキャラを好きになるかもしれない」


「……そうだな」


「今のお前は分かるんだな」


「分かるようになった、つもりだ」


「……つもり、か」


俺は頷いた。


「前は、俺が好きなものを知ってもらうことばっかり考えてた。でも、こっちでいろんな人と会って、そうじゃないって思うようになった」


「へえ」


「好きになるかどうかは、その人が決めることだ。だから、俺が決めちゃいけない」


「立派になったな」


その言葉に、素直に喜べなかった。


ケイスケは笑っていた。


でも、その笑顔には温かさがなかった。


「……何だよ」


「いや。昔のお前にも聞かせてやりたいと思って」


胸の奥が痛んだ。


「今なら、ちゃんと相手の好みを考える。違うものが好きでも笑わない。相手が選び直す自由も大切にする」


「……ああ」


「だったらさ」


ケイスケは、俺をまっすぐ見た。


「何で、あのときは笑ったんだよ」


*


その言葉を聞いた瞬間、何の話か分かった。


ケイスケが大切にしていた古い作品。


眼の大きなキャラクター。


あのとき、俺に見せてくれた絵。


――眼、でかすぎない?


軽い冗談だった。


悪気なんて、なかった。


そんな言い訳を、俺は何度も頭の中で繰り返してきた。


でも、そんなことはもう言いたくなかった。


「……ごめん」


俺は頭を下げた。


「……何が?」


「お前が好きだって見せてくれたものを、俺は笑った」


ケイスケは答えなかった。


「あのとき、ちゃんと見もしないで……見た目だけで笑った。お前がどうしてそれを好きなのか、聞きもしなかった」


「……そうだな」


「本当に、ごめん」


長い沈黙があった。


セラもアーグも、何も言わなかった。


部屋の外では、人が行き交う足音が聞こえていた。


「……覚えてたんだな」


やがて、ケイスケが言った。


「覚えてた。最近になって、ちゃんと考え直した」


「最近」


その一言が、ひどく冷たく響いた。


「俺は、ずっと覚えてたよ」


「……うん」


「お前が何て言ったかも。あのとき、どういう顔で笑ったかも」


俺は顔を上げられなかった。


「別に、作品を好きになってほしかったわけじゃないんだ」


ケイスケの声は、静かだった。


「絵が苦手なら、それでよかった。話が合わなくてもよかった。俺だって、お前の好きなものを全部好きだったわけじゃない」


「……ああ」


「ただ、見てほしかった」


胸が詰まった。


「俺は、これが好きなんだって。それだけだったのに」


返す言葉が見つからなかった。


「お前、あのとき笑ったんだよ」


「……ごめん」


「それで、次にあの作品の話をしようとしたとき、言葉が出なくなった」


俺は顔を上げた。


「……そうだったのか」


「お前にとっては何でもない冗談だったんだろうなって思うと、また同じ顔で笑われる気がしてさ」


そんなこと、知らなかった。


俺は、ケイスケがその作品に飽きたのかと思っていた。


あるいは、別の作品を好きになったのだと。


それ以上、深く考えなかった。


「……俺、そんなつもりじゃ」


言いかけて、口を閉じた。


そんなつもりじゃなかった。


本当だ。


でも、だから何だ。


「分かってるよ」


ケイスケが言った。


「お前に悪気がなかったのは分かってる」


「……」


「だから、余計に嫌だった」


俺は、何も言えなかった。


「悪意がないなら、傷つかないとでも思ってたか?」


「……思ってない」


「今は、だろ?」


そのとおりだった。


反論できなかった。


「……謝られてもさ」


ケイスケは目を伏せた。


「傷ついたことまで消えるわけじゃないんだよ」


「……ああ」


「今のお前が変わったことも、分かってる」


俺は顔を上げた。


「……ケイスケ」


「報告はずっと見てたからな。お前が失敗して、考え直して、また何か始めるところも」


「……ずっと?」


「ああ」


その声には、怒りだけじゃないものが混ざっていた。


「なのに、何で今なんだろうな」


ケイスケが小さく笑った。


「昔の俺にも、そうやって向き合ってくれればよかったのに」


*


「……でも」


自分でも驚くほど、声が小さかった。


ケイスケがこちらを見た。


「でも、何だ?」


「……俺が昔お前を傷つけたことは、本当に悪かったと思ってる」


「うん」


「それは、何回でも謝る。許してくれなくても、仕方ないと思う」


ケイスケの目が細くなった。


「だけど……だからって、今、王都でやってることまで正しいとは思えない」


空気が変わった。


「俺たちの荷物を遅らせたことも、客が何を好きになるかを先回りして決めようとすることも。あんたたちがしてることまで、全部正しいわけじゃないだろ」


「……そうか」


「俺の失敗と、カルテルがやってることは別だ」


しばらく、ケイスケは黙っていた。


そして、小さく頷いた。


「そこは別だ。お前が俺を傷つけたことを、俺の商売の言い訳にするつもりはない」


「だったら、何で……」


「でも、俺のやり方まで間違いだとは思わない」


ケイスケは机の上の帳簿へ視線を落とした。


「この街じゃ、売れるものが残る。売れないものは消える。いい作品でも、誰も見なければ意味がない。欲しいと思う人間がいても、そこへ届かなければ売れない」


「だから、届ける仕組みを握るのか?」


「そうだ」


迷いのない返事だった。


「誰も見てくれないなら、見せる場所を作る。値段を決められないなら、決める側へ回る。価値を認めてもらえないなら、価値があると誰にも否定できない状況を作る」


「……それじゃ、好きかどうかまで誰かに決められちまうだろ」


「好きになった本人の気持ちは本物だろ?」


俺は口を閉じた。


それも、これまで何度も考えてきたことだった。


カルテルが用意したキャラクターに救われた人がいる。


誰かの思い出を調べて作られたものでも、本当に好きになった人がいる。


その感情まで嘘とは言えない。


「……本物だよ」


俺は答えた。


「好きになった人の気持ちは、本物だ」


「なら、何が問題なんだ?」


「その人が知らないところで、選ぶ余地を狭めることだよ」


ケイスケは黙った。


「買わない自由も、好きにならない自由もある。俺は、それを残したい」


「……立派だな」


また、その言い方。


褒めているはずなのに、胸に刺さる。


「お前は変わった。ちゃんと考えるようになった。だから、これからは誰も傷つけないって?」


「そんなこと言ってねえよ!」


思わず声が大きくなった。


「昨日だって失敗した! 俺が考えたことのせいで、買えなかった人がいた! これからも間違えるかもしれない!」


「……」


「でも、だからって考えるのをやめたくないんだ!」


ケイスケは俺を見ていた。


何か言い返されると思った。


だが、返ってきたのは別の言葉だった。


「……ほんと、嫌になるな」


「え?」


「今のお前を見てるとさ」


笑っていた。


泣いているようにも見えた。


「俺が欲しかったものを、全部ほかの奴らに渡してるみたいで」


「……ケイスケ」


「そんな顔するなよ」


ケイスケは視線をそらした。


「同情してほしいわけじゃない」


*


しばらくして、ケイスケが静かに口を開いた。


「……タクミ」


昔の呼び方だった。


「お前、あの日のことを覚えてるか?」


「あの日?」


「こっちの世界に来る前だよ」


胸の奥がざわついた。


「……事故のことか?」


「ああ」


俺は頷いた。


忘れるわけがない。


ミスティアのライブの帰り道。


痛車輝のハンドルを握っていたこと。


道路へ出てきた人影。


青白い星のようなもの。


そして、衝突。


「……覚えてる」


ケイスケは目を伏せた。


「俺、あの車を知ってたんだよ」


「……え?」


「お前の痛車。あんなに目立つ車、見間違えるわけないだろ」


背中に冷たいものが走った。


「……待て」


ケイスケは答えなかった。


「お前、何の話を……」


「あの日、お前の車の前にいたのは俺だ」


音が消えた。


そんな気がした。


目の前のケイスケが、何を言ったのか分からなかった。


いや、言葉は分かった。


分かってしまった。


「……ケイスケ?」


「そうだ」


頭の中に、あのときの光景が浮かんだ。


道路。


人影。


青白い星。


ミスティアのストラップ。


昔、ガチャで同じものが二つ出て、ケイスケに渡したことがあった。


あいつはそれを受け取って、笑っていた。


どうして、今まで気づかなかった。


いや。


事故のとき、相手の顔なんて分からなかった。


あのストラップだけで、あいつだと決めつけることもできなかった。


でも。


「……あのときの、相手が……?」


「ああ。俺だ」


心臓が大きく跳ねた。


「……そんな」


口の中が乾いた。


「そんな、だって……」


「俺は、あの事故で死んだ」


その言葉に、俺は顔を上げた。


「……は?」


「お前の車にはねられて、俺は死んだ。そういうことだ」


「……待ってくれ」


今度は、はっきり言えた。


「待ってくれよ。俺、聞いたんだぞ」


「何を?」


「事故に遭った人は、生きてるって!」


ケイスケの表情が変わった。


「……何?」


「俺、あのあとゴルドスに会ったんだ。そいつに、事故の相手は命に別状ないって、ちゃんと聞いた!」


セラが俺の腰の鞘を見た。


アーグも表情を険しくする。


俺自身も、思わず鞘へ目を落とした。


ゴルドスは、確かにあのとき言った。


事故の相手は生きていると。


しかも、俺と縁のない相手ではないとも。


なら、どうしてケイスケの名前を伏せたんだ?


俺は鞘に手を伸ばしかけたが、その指は途中で止まった。


今、何を確かめればいい?


ケイスケが目の前にいることか。


それとも、あいつが自分は死んだと言い張る理由か。


頭の中で疑問ばかりが増えていった。


「……ゴルドス」


ケイスケが、その名前を低く繰り返した。


「だったら、お前はそいつの言葉を信じればいい」


「そういう話じゃないだろ!」


俺は立ち上がっていた。


「お前がここにいるんだぞ!? 今、俺の目の前でしゃべってるじゃねえか! だったら、あの事故のあとに何があったのか――」


「それを俺に聞くのかよ、タクミ」


言葉が止まった。


ケイスケは立ち上がらなかった。


ただ、俺を見上げていた。


「俺は死んだんだ」


その声は静かだった。


「お前は、生きてると聞いた。じゃあ、俺は何なんだろうな」


「……」


「それを、今ここでお前に説明できると思うか?」


俺は口を開いた。


何も出てこなかった。


ゴルドスは、事故の相手が生きていると言った。


それは覚えている。


でも、その相手がケイスケだったなんて、知らなかった。


ケイスケがこの世界へ来ている理由も。


なぜ自分が死んだと信じているのかも。


何一つ、分からなかった。


「……ケイスケ、俺は」


「もういい」


ケイスケが立ち上がった。


「今日は、ここまでにしよう」


「待てよ!」


俺は机に手をついた。


「まだ、話したいことがある!」


「俺もあったよ」


ケイスケは答えた。


「ずっとな」


その言葉に、胸が締めつけられた。


「だけど……今のお前と、これ以上話したら」


そこで言葉が途切れた。


ケイスケは何かを飲み込むように息を吐いた。


「……やめとく」


「ケイスケ!」


「タクミ」


俺は動きを止めた。


「謝ってくれたことは、聞いた」


「……ああ」


「でも、今は許せない」


それは、はっきりした言葉だった。


「……分かった」


「それと、カルテルのやり方を変えるつもりもない」


ケイスケは扉へ向かった。


「俺は俺のやり方で、価値を決める。お前はお前のやり方で、好きなものを届ければいい」


「……そんな簡単な話じゃ」


「分かってるよ」


振り返ったケイスケは、かすかに笑った。


「だから、次に会うときも敵なんだろうな」


扉が閉まった。


俺は、その場から動けなかった。


*


「……オタクミ」


セラの声がした。


俺は返事をしようとした。


けれど、何を言えばいいのか分からなかった。


「……あんた、大丈夫?」


「……ああ」


大丈夫。


そう言おうとして、途中でやめた。


全然、大丈夫じゃなかった。


アーグがゆっくり帳簿を閉じる。


「……市場の件については、まだ調べることがある。あいつが優先枠を使ったと認めた以上、こちらも対応を考えられる」


「……うん」


「だが、今は無理に考えなくていい」


俺は頷いた。


何か言わなければいけない気がした。


ケイスケがカルテルの幹部だったこと。


あいつが事故の相手だったこと。


俺が昔、あいつの好きなものを笑ってしまったこと。


全部、説明しなければいけない。


でも、どこから話せばいいのか分からない。


「……帰ろう」


セラが言った。


俺は、小さく頷いた。


商館を出ると、王都の市場はいつもどおり賑わっていた。


商品を並べる商人。


買い物を楽しむ客。


何かを見つけて笑う子供。


昨日と変わらない景色だった。


俺があれほど守りたかった、誰かが好きなものを選ぶ場所。


それを見ているのに、胸が苦しかった。


好きなものを見せれば、誰かが笑ってくれる。


そう信じてきた。


けれど、あの日の俺は、誰かが好きだと見せてくれたものを見て笑った。


ケイスケは、あのとき何も言わなかった。


だから俺は、傷つけたことにも気づかなかった。


……いや。


気づこうとしなかったのかもしれない。


「……オタクミ」


セラが、もう一度名前を呼んだ。


俺は顔を上げた。


「……何だ?」


「帰ったら、少し休みなさい」


いつもなら、ここで言い返していたはずだ。


『休んでる暇なんかねえ! 推しを待ってる人たちがいるんだ!』


そんなふうに。


でも、今日は言えなかった。


腰の鞘に手を添える。


ゴルドスに聞きたいことがあった。


どうして、事故の相手がケイスケだと教えてくれなかったのか。


どうして、ケイスケは死んだと思っているのか。


なぜ、あいつは今ここにいるのか。


聞かなければいけない。


それなのに。


「……なあ」


声を出しかけて、止めた。


まだ、何を聞けばいいのかさえ整理できていなかった。


俺は鞘から手を離した。


そのまま、セラたちの後ろを歩いた。


いつもなら、帰り道でも何かをしゃべっていたはずだった。


今日の出来事。


次の作戦。


新しく思いついた、どうでもいい推し活の話。


けれど、その日は何一つ言葉にならなかった。


ただ、ケイスケの声だけが、何度も頭の中で繰り返されていた。


――昔の俺にも、そうやって向き合ってくれればよかったのに。


俺は俯いた。


何も、言い返せなかった。

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