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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
11 誰が「好き」を決めるのか

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好きだったはずなのに その1

「……で、本当に行くのね?」


翌朝。王都の宿の一室で、セラが腕を組んで俺を見ていた。


「行くって言っただろ。向こうから話したいって申し込んできたんだぞ? カルテルの幹部に直接質問できる機会なんて、そうそうない!」


「その幹部が、何を考えてあんたを呼んだか分からないんだけど」


「それも聞く!」


「質問すれば全部答えてくれると思ってるの?」


「……そこは交渉術で!」


「具体的には?」


「情熱!」


「交渉術じゃない!」


朝からセラのツッコミが鋭い。いつもなら、ここで俺も調子に乗って二、三発ボケを追加するところだ。


だが、今日はそうもいかなかった。


机の上には、昨日アーグがまとめた記録がある。


花の絵が載った小冊子。届かなかった追加の荷物。大口取引の優先条件。そして、商品が二冊足りなくなった店で、孫のために本を探していた男性の姿。


俺は二冊を移動させた判断を、今も全部間違っていたとは思っていない。


あの二冊を買えた人だって、本当に喜んでいた。


けれど、別の店にも買いたい人がいた。


誰かに選んでもらおうとするとき、選ぶ場所を作る俺たちにも責任がある。


だったら、なおさら確かめたい。


どうして、あの本を作った人と欲しがっている人の間で、荷物が止まったのか。


「アーグ、資料は?」


「必要なものはまとめた」


アーグは帳簿を閉じた。


「ただし、分かっているのは一部の荷が通常より後の便へ回されたことと、その集荷場所で大口取引が優先されていることまでだ。ケインの直接指示を証明できるわけじゃない」


「分かってる。決めつけるな、だろ?」


「覚えているなら結構」


アーグが頷く。


俺は腰の《タクミ・ブレイザー》を確かめた。


「よし! 武器よし! 鞘よし! 推しの尊さ、今日も限界突破!」


『拙者を持ち物点検のついでに扱わんでほしいのう』


鞘からゴルドスの声がした。


「大丈夫だって! お前も大切な仲間だから!」


『そう言われると、かえって不安になるのはなぜでござろうな……』


「先生、気をつけてくださいね」


リアが心配そうに言う。


「何かあったら、すぐ戻ってきてください」


「ああ。大丈夫だ」


「……先生が『大丈夫』って言うときほど、心配になるんですけど」


「リアまで!?」


シエルが小さく笑った。


「帰ってきたら、ちゃんとお話を聞かせてくださいね」


「もちろん!」


二人には、商人たちと連絡を取りながら、今日の入荷状況を確かめてもらうことになっていた。


俺とセラとアーグは、使者から伝えられた場所へ向かう。


目的は、カルテルの幹部との会談。


それだけだった。


少なくとも、このときの俺はそう思っていた。


*


会談場所は、王都の商館の一室だった。


建物の外には荷車が行き交い、商人らしい人々が帳簿を抱えて出入りしている。市場から離れているわけではないのに、ここでは売り声より紙をめくる音の方が目立った。


案内された部屋は、妙に整っていた。


机。椅子。水差し。数冊の帳簿。


壁には飾りらしい飾りがない。


「……地味だな」


思わず呟く。


「何を期待してたのよ」


セラが尋ねた。


「こう、悪の巨大組織の幹部がいる部屋って、もっと黒い椅子とか、意味深な像とか、天井から吊られた謎の宝石とか……」


「悪趣味すぎるでしょ」


「でも、絶対そういうのが似合うじゃん!」


「現実の商人がそんな部屋で取引してたら、まず経費を疑う」


アーグの冷静な一言に、俺は肩を落とした。


「夢がねえ!」


「夢を見に来たんじゃないだろ」


「おっしゃる通りです!」


そんなことを話していると、扉が開いた。


入ってきたのは、一人の男だった。


落ち着いた足取り。こちらを品定めするようでいて、露骨には見えない視線。


黒を基調とした装いは、派手さを抑えているのに妙に存在感があった。


男は俺たちを一度見渡すと、机の向こう側へ立った。


「来てくれてありがとう」


穏やかな声だった。


「オタクミ・ルミナス」


俺は椅子から立ち上がった。


「……あんたがケインか」


「ああ。プライス・カルテルのケインだ」


思っていたより普通の挨拶だった。


威圧も、脅迫もない。


だからこそ、何だか調子が狂う。


「話があるって聞いたけど、こっちにも聞きたいことがある」


「そうだろうな」


ケインは椅子を示した。


「まずは座らないか」


「……その前に一つ」


「何だ?」


「この部屋、もっと悪の幹部っぽい飾りつけとかしないのか?」


沈黙。


セラが俺の肩をつかんだ。


「本当にそれを最初に聞く!?」


「いや、ちょっと気になって!」


ケインは一瞬、目を丸くした。


そして、かすかに笑った。


「……相変わらずだな」


「え?」


「いや。変わった奴だと思って」


「失礼な! 褒め言葉として受け取っておく!」


「そうしてくれ」


俺は椅子に座った。


そのときは、ただ妙な男だと思っただけだった。


*


「まず、昨日の荷物の件だ」


アーグが帳簿を開き、俺はケインへ向き直った。


「小冊子の追加分が届かなかった。ほかにも、昨日の企画に関わった店へ向かう荷物が遅れてる」


「知っている」


ケインはあっさり答えた。


「……知ってるのかよ」


「市場で何が起きているかを見るのも、俺の仕事だからな」


「だったら、何であんなことになった?」


「大口取引の荷が優先されたからだ」


「それも知ってる。俺が聞きたいのは、どうしてその順番になったかだ!」


ケインはアーグの帳簿へ視線を移した。


「調べたんだな」


「集荷場所の記録をな」


アーグが答える。


「荷が集中したとき、カルテルと継続取引のある荷主が優先される。今回もその条件が使われた」


「そうだ」


「偶然か?」


「偶然だけじゃない」


予想外の返事に、俺は言葉を止めた。


ケインは平然としていた。


「優先枠を使える取引先が、その枠を利用した。契約に沿った運び方だ」


「……あんたが動かしたのか?」


「使える条件を使うと判断したのは俺だ」


認めた。


俺は思わず身を乗り出した。


「じゃあ、やっぱり俺たちの企画を邪魔するために!」


「君たちの企画がどうなるかは、関心があった」


「言い方!」


「でも、現場の運び手に『あの店の荷を止めろ』とは命じていない。優先される荷が増えれば、ほかの荷が後へ回る。それだけの話だ」


「それだけって……!」


俺は机を叩きそうになって、手を止めた。


感情的になっても、ここでは何も進まない。


「……その『それだけ』で、欲しい人に本が届かなかったんだぞ」


「そうだな」


「だったら!」


「君は、昨日どうした?」


俺は眉をひそめた。


「……何の話だ?」


「別の店から、小冊子を二冊動かしただろう」


「それは、ちゃんと店の人に許可を取った!」


「知っている。全部持っていくわけでもなく、八冊を残した。売れた分の記録も取った。以前より慎重だ」


ケインは、そこでわずかに笑った。


「いい判断だったと思うよ」


「……は?」


叱られるかと思っていたので、拍子抜けした。


「じゃあ、何が言いたいんだ?」


「それでも、元の店で買えなかった人がいた」


胸の奥が小さく痛んだ。


昨日の、年配の男性の顔が浮かぶ。


「……知ってる」


「そうか」


「あの二冊を動かさなかったら、別の人が買えなかった。それも分かってる」


「うん」


「だから、簡単に正解だったとは言えない。でも、店の人と相談して決めたんだ。間違っていたとしても、次はどうするか考える」


言い切ってから、俺はケインを見た。


「だけど、それとあんたが物流の順番を操作したことは別だろ」


ケインの目が少し細くなった。


「……別?」


「そうだ。俺が判断を間違えたからって、あんたが人の荷物を遅らせていい理由にはならない」


隣でアーグが小さく頷いた。


「その通りだ。契約上の優先と、競争相手への影響を意識して利用することは分けて考えるべきだ」


ケインはしばらく黙っていた。


それから、ゆっくり笑った。


「なるほど。そこまで考えるようになったのか」


「……何だよ、その言い方」


「感心してるんだ」


「全然そう聞こえねえぞ!」


「そうか?」


ケインは椅子へ深く腰かけた。


「君は、自分が見せたいものを並べて、客に選ばせようとした。だけど、何を並べるかを決めるのは君たちだ」


「……ああ」


「その商品がどこに届くかを決める人間もいる。運ぶ順番を決める人間もいる。選択肢は、誰かが用意している」


「そんなこと、分かってる!」


「本当に?」


その問いかけだけが、妙に静かだった。


*


「俺たちは、客に選んでもらいたいんだ」


俺は言った。


「俺が好きだからって、相手も好きになるとは限らない。だから、見てもらって、選んでもらう」


「好きにならなくても?」


「ああ」


「買わなくても?」


「もちろん!」


ケインは指先で机を軽く叩いた。


「……へえ」


何だ、その反応。


初めて会った相手のはずなのに、俺の答えを採点しているように見える。


「昔だったら、君はもっと熱心に薦めていたんじゃないか?」


「昔?」


「相手が興味を持ったら、嬉しくなって止まらない。説明したいことが次から次へ出てくる」


「そりゃ、好きなものの話ならそうなるだろ!」


「第一話を見る前に、ここが見どころだとか、何話からすごくなるとか」


「ぐっ……それはオタクあるあるというか……!」


「聞かれてもいないのに、好きなキャラの魅力を延々と語ったり」


「うるさい! 推しが尊いんだから仕方ないだろ!」


つい、いつもの調子で返してしまった。


ケインが笑った。


ほんの一瞬だけ。


なぜだろう。


その笑い方が、妙に引っかかった。


「……あんた、俺のこと詳しすぎないか?」


「市場では有名だからな」


「いや、そういうことじゃなくて」


俺は言葉を探した。


カルテルには情報網がある。


宿泊記録も、荷札も、捨てた紙まで拾う連中だ。俺が推しについて騒いでいることくらい、いくらでも調べられるだろう。


だが、目の前の男の言い方は、何か違った。


「君は、相手が何を好きか気になるんだろう?」


「ああ」


「じゃあ、自分が薦めたものを相手が好きにならなかったら?」


「そりゃ、ちょっと残念だけど……」


「昔は?」


まただ。


さっきから、この男は何度も「昔」と言う。


「何なんだよ、あんた」


俺は思わず尋ねた。


「俺の昔を知ってるみたいな話し方して」


ケインは答えなかった。


ただ、何かを確かめるように俺を見た。


「今は、ちゃんと相手の好きなものを見ようとしてるんだな」


「……ああ」


「自分と違っても、笑わない?」


その瞬間だった。


胸の奥で、何かが引っかかった。


笑わない。


その言葉。


俺は息を止めた。


*


少し前、宿へ届いた匿名の絵。


眼が大きく描かれた、懐かしい雰囲気のキャラクター。


裏には、短い言葉があった。


『今度は、笑わないんだな』


俺は、あの絵を見て思い出した。


高校時代。


一緒に作品を薦め合った友達。


ケイスケ。


あいつが大切にしていた、古い作品。


それを見た俺が、何の気なしに笑ってしまったこと。


――眼、でかすぎない?


あのとき、ケイスケがどんな顔をしていたか。


今になっても、はっきりとは思い出せない。


けれど、俺が言ったことだけは覚えている。


謝りたいと思った。


今、あいつが何を好きなのかも聞きたいと思った。


なのに。


「……おい」


俺は、目の前の男を見た。


「今、何て言った?」


「自分と違っても、笑わないのかって聞いた」


「その前だ」


ケインは、わずかに首を傾げた。


「何が気になる?」


「……あんた、俺に絵を送ったか?」


セラが隣で身じろぎした。


「絵?」


「ああ」


俺は答えながら、ケインから目を離せなかった。


「眼が大きく描かれたキャラの絵だ。裏に、変な言葉が書いてあった」


ケインはしばらく黙っていた。


それから、静かに言った。


「見てくれたんだな」


背筋が冷たくなった。


「……何で、知ってる?」


「気に入ったか?」


「質問に答えろよ!」


声が大きくなった。


セラが俺を見る。


アーグも帳簿を閉じた。


ケインは少しも慌てなかった。


「じゃあ、一つ聞く」


「……何だ」


「今度は、笑わなかったんだな」


耳の奥で、何かが鳴ったような気がした。


あの絵を見たときの感覚が、一気に戻ってくる。


懐かしい。


申し訳ない。


もう一度、ちゃんと見たい。


そして、会えるなら謝りたい。


そんなことを考えさせられた、あの一枚。


「……お前」


自分でも驚くほど、声がかすれていた。


ケインが俺を見ている。


その目には、さっきまでの商人らしい穏やかさが残っていた。


けれど、その奥にあるものは違った。


俺が知っている誰かのようで。


俺が知らない誰かのようだった。


「……まさか」


名前が、喉の奥まで上がってきた。


違う。


そんなはずがない。


だって、ケイスケがこの世界にいるなんて、聞いていない。


この男が、あいつのはずがない。


それなのに。


「ケイスケ……なのか?」


ケインは、もう笑っていなかった。


しばらく俺を見つめてから、小さく頷いた。


「ああ」


それだけだった。


たった一言。


それだけで、さっきまで目の前にいたカルテルの幹部が、まったく別の人間に見えた。


「……本当に?」


俺が尋ねると、男は少しだけ目を細めた。


「久しぶりだな、タクミ」


その呼び方を、俺は知っている。


高校時代、何度も呼ばれた名前。


推しについて語り合ったときも。


一緒に笑ったときも。


くだらないことで言い合いになったときも。


あいつは、俺をそう呼んでいた。


「……ケイスケ」


口に出した瞬間、胸の奥が熱くなった。


会えた。


もう一度会えた。


そう思ったはずなのに、次の言葉が出てこなかった。


目の前にいるのは、俺の知っているケイスケだ。


そして同時に、俺たちの売り場を妨害した、プライス・カルテルの幹部だった。


ずっと、会えたら謝りたいと思っていた。


なのに。


俺は、謝ることも、もう一度名前を呼ぶこともできず、ただ目の前の男を見つめていた。

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