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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
11 誰が「好き」を決めるのか

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推しは自分で決めさせろ! その2

「……買わなくてもいいって、本当かい?」


呼び込みを聞いて足を止めた男性が、怪訝そうに尋ねた。


「もちろん!」


オタクミは胸を張る。


「見るだけでも大歓迎! 気になることがあったら店の人に聞いてくれ!」


「じゃあ、あっちの商品とこっちの商品を比べてもいいのか?」


「大歓迎! むしろ、それをやってほしい!」


男性は不思議そうに首を傾げた。


売る側が、他の店の商品まで薦める。


しかも、買わなくてもいいと言う。


普通の売り場では、あまり見かけない光景だった。


その男性に続いて、何人かの客が足を止めた。


最初は遠巻きに眺めるだけだった人々も、やがて商品の前へ近づいてくる。


一人の女性が、価格の異なる二つの小物を手に取った。


「これと、こっち。どちらが丈夫なの?」


オタクミは思わず高い方を持ち上げかける。


「こっちは職人の手作業で、細かい部分まで――」


「毎日使いたいんだけど」


その言葉で手が止まった。


「毎日?」


「子どもが触ることもあるし。綺麗なのもいいけど、壊れたら困るから」


「……なるほど」


オタクミは二つの商品を見比べた。


高い方は細工が繊細だ。だが、もう一方は飾りが少なく、手に取りやすい形をしている。


「じゃあ、こっちの方が使いやすいかもしれない。でも、作った人に聞いてみよう」


近くにいた商人が説明すると、女性はしばらく考え、安い方を選んだ。


「ありがとう。無理に高い方を薦められないのは助かるわ」


女性が去ったあと、オタクミは小さく拳を握った。


「……よし!」


セラが横から覗き込む。


「悔しくないの?」


「何が?」


「先生、絶対に高い方の細工を褒めたかったでしょ」


「褒めたかった! あれはあれで良いものだからな!」


「だったら――」


「でも、あの人が欲しいものとは違ったんだよ」


オタクミは女性の背中を見送った。


「それでいいんだ」


セラは一瞬だけ目を丸くし、それからふっと笑った。


「……少しは成長したじゃない」


「今の台詞、もう一回言ってもらっていい?」


「何で?」


「記録して額装したい」


「取り消すわ」


「早い!!」


*


そのあとも、客たちはオタクミの予想を何度も外した。


人気の絵柄ではなく、端に置かれた地味な小冊子を選ぶ老人。


職人の説明を聞いた末に、結局どちらも買わない青年。


リアの絵を見て、中心の人物ではなく背景に描かれた小さな花を気に入る少女。


「そこ!?」


オタクミは思わず声を上げた。


少女がびくりとする。


「あっ、いや! 違う違う! 悪い意味じゃないんだ!」


慌てて手を振る。


「そこに気づくの、すげえなって! 俺、最初は真ん中の人物ばっかり見てたからさ!」


少女は少し安心したように笑った。


「この花、家の近くに咲いてるのに似てるの」


「そうなんだ」


リアがしゃがんで目線を合わせる。


「描いてよかったです。私も、その花が好きなんです」


少女はもう一度絵を見て、今度は嬉しそうに頷いた。


そのとき、隣で小冊子を見ていた少年が顔を上げた。


「その花なら、こっちの本にも描いてあるよ」


少年が開いたページには、少女が気に入ったものと似た花が、小さく描き込まれていた。


「あ、本当だ!」


少女は目を輝かせる。


「こっちの絵も好き!」


「それ、うちの本じゃないんだけど……」


リアが少し困ったように笑う。


「でも、いいんです。好きなものが増えたなら」


少女は二つの絵を何度も見比べ、最後には少年が教えてくれた小冊子を買っていった。


オタクミは、その一部始終を呆然と眺めていた。


「……俺、何もしてねえ」


「場所は作ったでしょ」


セラが言う。


「でも、あの子に本を薦めたのは、俺でも店の人でもないんだぞ」


「あの子自身も、最初は買うつもりじゃなかったみたいね」


「すげえな……」


オタクミは笑った。


「俺が知らないところで、推しが増えてる!」


絵のどこを好きになるかなんて、描いた本人にも決められない。


しかも、好きなものに出会うきっかけまで、売り手がすべて用意する必要はない。


見た人だけが知っている理由が、そこにある。


*


その後、年配の男性が一つの小物を手に取った。


しばらく眺めていたが、やがて静かに棚へ戻す。


「昔、似たものを買ったんだ」


「へえ」


「だいぶ傷んでしまったがね。でも、やっぱりあれを使いたい」


男性は少し照れくさそうに笑う。


「ここまで来て、何も買わないのも悪いと思ったんだが」


「いやいや、全然!」


オタクミは首を振った。


「その大事なやつ、まだ使えるなら最高じゃないですか!」


「そうかね」


「そうですよ! 思い入れのある品って、代わりが利かないこともありますから」


すると近くで話を聞いていた職人が声をかけた。


「どこが傷んでるんだ? ものによっては直せるかもしれんぞ」


男性の表情が変わった。


「……本当か?」


「見てみないと分からんがな」


二人は品物の状態について話し始めた。


新しいものが一つ売れたわけではない。


それでも、男性は先ほどよりずっと嬉しそうだった。


商品を買ってもらうことだけが、誰かの好きに関わる方法ではない。


オタクミは改めて、そのことを実感していた。


*


夕方。


催しを終えたオタクミたちは、協力した商人たちと結果を振り返っていた。


「思ったより売れたな」


アーグが帳簿を確認する。


「全部の店が同じように売れたわけじゃない。だが、客が商品の違いを聞いてから買った例が多い。説明に時間を取られた分の負担もあるから、続けるなら調整が必要だ」


「そうだな。そこはちゃんと考えよう」


「珍しいな。今日は話が早い」


「俺だって学習するんですぅ!」


「その言い方をやめれば、もう少し信用されると思うぞ」


協力した小物商人も、売上を数えながら頷いていた。


「まあ、悪くなかった。いつもなら素通りする客が、今日は品物を見てくれたしな」


「ありがとうございます!」


「ただな」


商人は少し声を落とした。


「俺の店はよかったが、隣の店はどうだったんだろうな」


オタクミが顔を上げる。


「隣?」


「この辺りの客が今日はこっちに集まってただろ。人が増えた分だけ町全体の客が増えたならいいが、そうじゃなきゃ、どこかから移ってきただけかもしれん」


「……ああ」


アーグも帳簿から目を上げた。


「それは確認が必要だな。今日の結果だけでは分からん」


「そうだな」


オタクミは頷いた。


「次にやるなら、参加できなかった店のことも考えないとな」


商人は満足げに笑った。


「その方がいい。まあ、今日は助かったよ」


オタクミは礼を言った。


気になることは残っている。それでも、今日ここで喜んだ客がいたのは確かだった。


まずは、その成果を喜びたかった。


横ではリアが、売り場で出会った少女のことを思い出していた。


「先生。私、あの子が花を好きだって言ってくれたの、嬉しかったです」


「うん?」


「私が一番見てほしいと思って描いたところじゃなかったけど、あの子には大切な場所だったんだなって」


「……そっか」


「それに、あの子は私の絵を見て、別の絵も好きになったんですよね」


リアはそう言って、スケッチブックを胸に抱えた。


「少し悔しい気もします。でも……やっぱり嬉しいです」


オタクミは頷いた。


「分かるぜ、その気持ち。好きなものを見つける瞬間って、見てる方まで楽しくなるんだよな」


シエルも微笑んだ。


「きっと、歌も同じですね」


「そうだな!」


オタクミは大きく伸びをした。


「いやー! 今日はいい日だった! 押し売りせず、ちゃんと選んでもらった! しかも俺たちが予想もしなかったものを好きになってくれた!」


「まだ一日やっただけよ」


セラが釘を刺す。


「分かってる! でも、一日目から成功したら喜んでいいだろ!」


「……それは、まあ」


セラは少し考えてから頷いた。


「そうね。今日は喜んでもいいと思う」


「よっしゃあああ!」


市場にオタクミの声が響き渡る。


何人かの商人が驚いて振り返り、近くの客がまた笑った。


今日一日で、王都市場の何かが劇的に変わったわけではない。


それでも、確かに変わったものがあった。


誰かが自分の好きなものを選び、その理由を自分の言葉で話した。


隣にいた誰かの一言で、新しいものを好きになることもあった。


オタクミには、その小さな変化が何より嬉しかった。


*


同じ頃。


プライス・カルテルの上層部へ、市場の報告が届いていた。


「……客に買わせない売り場、か」


ケインは報告書に目を落とす。


担当者が説明した。


「正確には、購入を強制しない販売企画です。複数の商人が参加し、比較や質問を自由に行わせたようです」


「売上は?」


「参加した一部の店では増えています。ただ、購入せずに帰った客も相当数いるようで……」


「それで?」


「はい?」


「買わなかった連中は、何を見た?」


担当者が言葉に詰まった。


ケインは顔を上げる。


「何と何を比べて、どっちを選ばなかった? 値段か、形か。それとも別の理由か」


「……そこまでは、まだ」


「調べろ。あと、客が集まった店と、その周りの店の売上もだ」


「周りの店、ですか?」


「ああ。客が増えたのか、移っただけなのか。それで話は変わる」


担当者は慌てて書き留める。


「それから、参加した商人の仕入れ先と、商品の搬入経路も確認しておけ」


「承知しました」


「今までの帳簿や荷札で分かるところからでいい。余計な騒ぎは起こすな」


担当者が頭を下げ、部屋を出ていった。


ケインはもう一度報告書へ視線を戻した。


客が自分で選ぶ。


店が売りたいものではなく、客が本当に欲しいものを選ぶ。


そこまでは分かる。


だが、選ばれた商品は、誰かが作り、誰かが運び、誰かが売っている。


そして、客がどこに集まるかが変われば、その流れも変わる。


「……相変わらず、面白いことを考えるな」


ケインは小さく呟いた。


報告書には、売れ筋から外れた小冊子が一冊売れたことも記されていた。


客が最初に見ていたのは別の絵で、隣にいた子どもの一言がきっかけだったらしい。


そんな動きまで、最初から予測できるものではない。


ケインはその一文をしばらく見つめ、それから紙を裏返した。


予想外の好みが生まれた。


それなら、次にどこへ向かうかを調べればいい。


机の上には、王都市場の商人や商品の流れを記した資料が積まれていた。


客が何を望むか。


どこで買うか。


何を選ばなかったか。


そして、その品物がどこから届くか。


ケインは別の帳簿を引き寄せ、指で数行を追った。


やがて、先ほど退室した担当者を呼び戻す。


「追加だ」


「はっ」


「タクミたちの企画について、次の動きが分かったら俺に直接報告しろ」


「直接、でございますか?」


「ああ」


担当者は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに頭を下げた。


「承知しました」


扉が閉まる。


ケインはしばらく動かなかった。


やがて窓辺へ歩み寄り、王都市場を見下ろす。


小さな成功に喜ぶタクミの顔が、容易に想像できた。


昔からそうだった。


面白いものを見つけると、周りを巻き込まずにはいられない。


その熱意に、自分も何度となく付き合ってきた。


けれど今は、違う。


「好きに選ばせてやれよ、タクミタ(・)ク(・)ミ(・)」


ケインは静かに呟いた。


「その先に何があるか、見せてやる」


窓の外では、王都市場の灯りが一つ、また一つと増えていく。


ケインはその光を眺めながら、机の上に置いた市場の帳簿へ視線を戻した。


そして、誰に聞かせるでもなく、小さく言った。


「……そろそろ、俺が行くか」

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