推しは自分で決めさせろ! その1
「……なあ、みんな。俺、ちょっと思いついたんだけどさ」
王都アストリアの宿。テーブルに広げられた市場の記録を前に、オタクミが口を開いた。
その声を聞いた瞬間、セラが顔を上げる。
「先生。その顔、また何かやる気でしょ」
「まだ何も言ってないんだが!?」
「言う前から分かるのよ。だいたい面倒なことになるから」
「俺の信頼度、低すぎない!?」
アーグは手元の帳簿から目を離さずに言った。
「面倒なことになる確率が高いのは事実だな。で、今度は何だ?」
「昨日、カルテルの演者が客に何も売らなかっただろ?」
オタクミの言葉に、仲間たちの表情が少し変わった。
客の思い出や好みを調べ、その人だけに刺さるよう作られたキャラクター。演者はその人物になりきり、客が望む言葉を与える。
だが、あの演者は違った。
目の前の客が疲れ切っていることに気づき、用意された台詞ではなく、自分の言葉で休むよう勧めた。
何も買わなくていい、と。
「あれさ、俺たちが今までやってきたことと、似てるようで違う気がしたんだよ」
「どういうこと?」
「俺たちも、買わなくていいから話を聞いてくれってやってきた。でも、結局は俺たちが見せたいものを見せてたんだよな」
アーグが頷いた。
「それ自体が悪いわけじゃない。商人は自分の商品を紹介するものだからな」
「うん。それは分かってる。だけどさ、客が自分でも思ってなかった好きに出会えたら、もっと面白くないか?」
オタクミは立ち上がった。
「例えば、ミスティアのアクスタを見に来た人が、隣の店の小冊子を気に入るかもしれない。絵を見に来た人が職人の細工に惚れるかもしれない。そんなふうに、客自身が好きなものを発見できる場所を作るんだ!」
「……いろんな店の商品を一緒に見られるようにするってこと?」
「そう! しかも、店の人が一方的に薦めるだけじゃなくて、客同士でも話せるようにする!」
オタクミは勢いよく両手を広げた。
「名づけて! 第一回、王都推し選び自由形選手権ッ!!」
「選手権にしたら競争になるじゃない」
セラの指摘が即座に飛んだ。
「じゃあ、王都推し選び自由形祭り!」
「祭りにするほど準備期間ないだろ」
今度はアーグだ。
「ぐぬぬ……。じゃあ普通に、見比べて選べる売り場で……」
「最初からそれでいいのよ」
「俺のネーミングセンスが全否定された!?」
リアが小さく笑った。
「でも、先生。いろんな人の絵を一緒に見てもらうのは、面白そうです。同じものを描いても、みんな違いますから」
「だろ!? それなんだよ!」
オタクミは勢いよくリアを指さした。
「同じキャラでも、目が好きな人もいれば、服が好きな人もいる! 背景を見てる人もいるし、作者の描いたちっちゃい小物に一生分の愛を見いだす猛者だっている!」
「先生は全部見るんですよね」
「当たり前だろ! 推しの一平方ミリメートルたりとも見逃すものか!」
「それ、普通の客に求めないでね」
「分かってる! ……多分!」
「多分じゃ困るのよ」
シエルも微笑んだ。
「歌も似ているかもしれませんね。同じ曲を聴いても、好きになる場所は人によって違いますから」
「そうそう! 俺たちが答えを決めるんじゃない。客が自分で見つけるんだ!」
しかし、その横でアーグが帳簿を閉じた。
「言いたいことは分かった。ただし、問題がある」
「何だ?」
「店は慈善事業じゃない。客が何も買わなかったら、場所を貸した商人に何が残る?」
「うっ」
「それに、客が一か所に集まれば、別の店から客が離れることもある。お前が面白いと思ったからといって、全員に得があるわけじゃないぞ」
オタクミは口を閉じた。
以前なら、熱意でどうにかなると言っていたかもしれない。
だが、今はそう簡単に言えなかった。
「……じゃあ、まずは小さくやろう。協力してくれる店だけで。普段の商売を邪魔しない範囲でさ」
「それなら話はできる」
「それと、アーグ。参加してくれる店がちゃんと得できる方法、一緒に考えてくれ」
アーグはわずかに笑った。
「最初からそう言え」
*
王都市場の一角。
オタクミたちが声をかけた商人の反応は、決して好意的なものばかりではなかった。
「客が買わなくてもいいだと?」
最初に話を聞いてくれた小物商人は、眉をひそめた。
「そんなことをわざわざ言って、こっちに何の得がある?」
「いや、それはですね! 自分で選んでもらった方が、結果的に商品を好きになってもらえる可能性が――」
「可能性じゃ飯は食えんぞ」
「ぐはっ! 正論が痛い!」
オタクミが胸を押さえる横で、アーグが前へ出た。
「店の品物を持ち出す必要はない。店先で見せてもらうだけだ。説明する時間も、店の都合に合わせる。それでも客が増えなければ、すぐやめていい」
「なら、他の店の商品を買われても文句は言えないってことか?」
「その通りだ」
商人は腕を組んだ。
「妙な話だな。商売敵の宣伝までしてやるようなものじゃないか」
「そうかもしれません」
今度はセラが口を開いた。
「でも、お客さんが何を比べて悩んでいるか、直接聞けるのは悪くないんじゃない?」
「……ふむ」
「無理に買わせるより、また来たいって思ってもらえるかもしれないし」
商人はしばらく考え、やがて肩をすくめた。
「今日だけだぞ。うちの商売の邪魔になったら終わりだ」
「ありがとうございます!」
オタクミが勢いよく頭を下げる。
その後も何軒かに断られた。
「うちは今、それどころじゃない」
「知らない店と商品を並べるのは困る」
「客が増える保証がないなら、やらん」
断る理由はそれぞれ違う。
オタクミは最初、もう少し説明すれば分かってもらえるのではないかと思った。
だが、断った商人の一人が、忙しそうに荷物を運びながら言った。
「面白そうだとは思うよ。でも今日は、仕入れた品を片づけるだけで手いっぱいなんだ」
その手元を見て、オタクミは言葉を飲み込んだ。
相手が協力しないのは、企画の良さを理解していないからではない。
それぞれに仕事があり、事情があるのだ。
「……そっか。忙しいところ、すみませんでした」
オタクミが頭を下げると、商人は少し意外そうな顔をした。
「いや、別に怒ってるわけじゃない。また余裕のあるときに聞かせてくれ」
「はい!」
店を離れたところで、セラがオタクミの顔を覗き込んだ。
「今日は食い下がらなかったのね」
「え? 何が?」
「いつもの先生なら、ここから布教第二部が始まるところでしょ」
「俺の説得、二部構成が基本だと思われてる!?」
「三部構成の日もあるわね」
「否定できねえ!」
オタクミは頭をかいた。
「でもまあ……相手の都合も考えずに、俺がやりたいことばっかり言うのは違うかなって」
セラは一瞬だけ目を丸くした。
そして、少しだけ笑う。
「そうね」
*
結局、協力してくれることになったのは数軒だった。
華やかな催しというには小さい。
だが、アーグはそれで十分だと言った。
「初めから大きくすると、失敗したときの損も大きい。まずは試して、何が起きるか見ればいい」
「おお……アーグ先生、経営講座が始まった!」
「茶化すなら帰るぞ」
「ごめんなさい!」
リアは協力商人の了承を得て、小冊子や絵を見やすく並べた。
隣には別の職人の小物が置かれる。
「これ、並べ方だけでも印象が変わりますね」
リアは少し離れた場所から売り場を見つめた。
「絵だけを並べていたときと、見えるものが違います」
シエルが頷く。
「間にあるものまで、目に入りますね」
「そうなんです」
リアは絵の位置を少し直した。
普段は、自分の絵をどう見せるかを考えている。
けれど今日は、別の作り手の品物もある。
自分の作品だけが目立てばいい、というわけではない。
そのことが、少し難しく、少し面白かった。
一方、オタクミは売り場の端で、ミスティア・ルミナスについて語るための場所を確保しようとしていた。
「ここにミスティア愛好者向けの交流スペースを……」
「専用の場所を作らない!」
セラが即座に止めた。
「なぜだ! 俺は需要に応えようとしているだけだぞ!」
「まだ誰も求めてないでしょ!」
「潜在需要という言葉をご存じない!?」
「今の先生が一番カルテルっぽいわよ」
「ぐはっ!」
オタクミは胸を押さえた。
そこへアーグがやってきた。
「準備はできたか?」
「ああ! 完璧だ!」
「お前の布教場所は撤去したからな」
「完璧じゃなかった!」
「むしろ、これで完璧になったのよ」
セラが平然と言う。
オタクミは抗議しかけて、ふと売り場を見渡した。
職人の品物。小冊子。絵。装飾品。
一つひとつ、作り手も、込められた思いも違う。
どれが選ばれるかは分からない。
そして、選ばれないものがあったとしても、それだけで価値がないことにはならない。
「……よし」
オタクミは軽く頬を叩いた。
「今日は俺が推したいものを決める日じゃない。みんなが自分の推しを見つける日だ!」
市場の通りには、いつものように人が行き交っている。
その誰もが、違うものを見て、違うことを考えている。
オタクミは大きく息を吸った。
「さあ皆さん! 本日は買うも自由、買わぬも自由! 気になるものがあれば見ていってくれ!」
声が市場に響き渡る。
数人の客が、何事かと振り返った。
オタクミは笑顔で手を振る。
「何を好きになるかは、あんたが決めていいんだ!」
まだ、誰が何を選ぶかは分からない。
だからこそ、オタクミはわくわくしていた。




