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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
11 誰が「好き」を決めるのか

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あなたのために作られたもの

 思い出買い取り所ができてから、四日が経った。


 オタクミたちは毎日、少し離れた場所からその様子を見ていた。


 最初に調べたのは、買い取られた品物の行方だった。


 古い人形。壊れた玩具。欠けた食器。錆びた髪飾り。


 普通の中古商売なら、修理して売るなり、まとめて別の町へ運ぶなり、何らかの方法で代金を回収するはずだった。


 ところが、目立った動きがない。


 買い取られた品は市場の裏手にある倉庫へ運び込まれていく。


 少なくとも、オタクミたちが見張っている間、同じ品が店頭へ戻ってくることはなかった。


「変だな」


 オタクミは、買い取り所の向かいにある石壁にもたれながら呟いた。


「何がですか?」


 隣にいたリアが尋ねる。


「あれだけ買ってるのに、売ってるところを見ないんだよ」


 オタクミは買い取り所へ入っていく客を目で追った。


「中古品の仕入れだと思ってたけど、売らないなら金だけ出ていく。アーグ、どうだった?」


 少し離れたところで手帳を確認していたアーグが顔を上げた。


「観察できた範囲では、かなり厳しいな」


「やっぱり?」


「提示される買い取り額と、一日に取引している人数から、支出を概算した。倉庫代や人件費もかかる。通常の中古品販売として考えるなら、今のところ赤字と見るべきだろう」


「でも、別のところで売ってる可能性もあるんだろ?」


「ああ。倉庫の中まで調べたわけではないし、外へ運ぶ経路をすべて押さえているわけでもない」


 アーグは手帳を閉じた。


「だから、カルテル全体の損益までは分からん。ただ、この買い取り所だけを普通の古物商として見れば、妙な商売だ」


「赤字を承知でやってるのか……」


 オタクミは眉を寄せた。


 そのやり方には覚えがある。


 カルテルは以前も、偽物を安値で大量に流し、市場を押さえようとしていた。


 目先の利益を捨ててでも、後で別のものを手に入れる。


 そんな商売をする連中だった。


「じゃあ、買ってるのは物じゃない」


 オタクミが言うと、アーグは短く頷いた。


「おそらく、話の方だ」


 リアが買い取り所を見る。


 中では、年配の男が査定員へ何かを話していた。


 机の上には、取っ手の欠けた木製のカップが置かれている。


 査定員は傷の具合を調べたあと、男の話を丁寧に聞き始めた。


 誰からもらったのか。


 いつ使っていたのか。


 なぜ捨てなかったのか。


 何を思い出すのか。


 四日間、似たような光景を何度も見た。


 話が長くなるほど、査定員の手元の紙も埋まっていく。


「品物を売ったら、その人の手元からはなくなりますよね」


 リアが小さく言った。


「そうだな」


「でも、話したことは、あそこに残るんですよね」


 オタクミは頷いた。


 思い出買い取りを初めて見た時にも、同じ疑問を感じた。


 なぜ、そこまで詳しく聞く必要があるのか。


 品物の値段を決めるためだけなのか。


「家族のこと、故郷のこと、昔の約束……」


 アーグが手帳を見下ろした。


「品物の種類はばらばらだ。だが、聞かれている話には共通点がある」


「共通点?」


「その人が、何に価値を感じていたかだ」


 オタクミは買い取り所へ視線を戻した。


「……他人の好きなものを集めてる?」


「好きなものだけじゃない。失ったもの、忘れられないもの、手放せないものもだ」


 アーグは少し声を落とした。


「それを知って、何をするつもりなのか」


 答えは、まだ出なかった。


     *


 四日間の観察を終えて、さらに三日後。


 王都の市場に、見慣れない商品が並び始めた。


「……ん?」


 オタクミは足を止めた。


 最初は、ミスティアの新しい偽物でも出たのかと思った。


 だが、違う。


 屋台に並んでいたのは、見覚えのないキャラクターたちだった。


 淡い茶色の髪を長く伸ばした、少し年上に見える女性。


 柔らかな表情で椅子に座り、その横には湯気の立つ食事が描かれている。


 小さな札には、こう書かれていた。


『疲れて帰ってきたあなたを、温かい食事で迎えてくれる人』


「……誰だ、これ」


 オタクミは思わず呟いた。


 隣には、小柄な少年のアクスタが並んでいた。


 膝には絆創膏。


 片手を差し出し、笑っている。


『何度転んでも立ち上がる少年。次は一緒に上手くやろう』


 さらに別の屋台には、無口そうな少女の冊子が置かれていた。


 誰にも心を開かない。


 けれど、ある一人の相手にだけ、弱音を見せる。


 そんな紹介文が付いている。


「……ずいぶん分かりやすい設定ね」


 セラが腕を組んだ。


「だろ?」


 オタクミも頷いた。


「でも……」


 市場を見渡す。


「売れてる」


 実際、客は足を止めていた。


 ミスティアのように、長く知られてきたキャラクターではない。


 今日初めて見たはずの商品なのに、冊子をめくり、絵を眺め、何度も紹介文を読み返す人がいた。


「この子、いいな」


 若い男が、少年のアクスタを手に取った。


「転んでも笑ってるの、何か好きだ」


 友人らしい男が横から覗き込む。


「お前、こういう元気なやつ好きだったっけ?」


「知らん。今好きになった」


「何だそりゃ」


 二人は笑った。


 別の屋台では、年配の女性が食事を用意して待つキャラクターの冊子を読んでいた。


「こういう人がいてくれたら、帰るのが楽しみになるねえ」


 そう言って、小さく微笑む。


 もちろん、通り過ぎるだけの客もいた。


「ちょっと狙いすぎじゃない?」


 そう言って棚へ戻す人もいた。


 それでも、売り場には次々と新しい客が立ち寄っていた。


「新しいキャラを増やしたのか」


 オタクミは腕を組んだ。


「そういう商売自体は、別におかしくないけど……」


「待て」


 アーグが、ふいに声を落とした。


「どうした?」


「あの女性、見覚えがある」


 少し離れた屋台で、一人の女性が冊子を手に取っていた。


 母から受け継いだ髪飾りを、大切にしているという設定のキャラクターだった。


 アーグは手帳をめくる。


「思い出買い取り所へ来ていた女性だ。母親からもらった髪飾りを売った」


 オタクミも女性を見た。


「ああ……いたな」


 以前、査定員に昔の話をしていた女性だ。


 その女性が、今はキャラクターの髪に付いた飾りをじっと眺めている。


 冊子を開く。


 そこには、


『母から受け継いだ小さな髪飾りを、ずっと大切にしている』


 という一文があった。


「……偶然か?」


 オタクミは呟いた。


「それだけなら、あり得る」


 アーグもすぐには否定しなかった。


 だが、しばらく市場を歩くうちに、似たようなことが続いた。


 以前、壊れた木製の玩具を持ち込んでいた青年が、兄弟との約束を大切にする少年のアクスタを手に取っていた。


 故郷で使っていた食器について長く話していた老人には、店員が故郷の料理を懐かしむ人物の冊子を薦めていた。


 客の記憶と、商品の設定。


 その二つが、妙に重なる。


「……おい」


 オタクミがアーグを見る。


「これ、まさか」


「可能性は高いな」


 アーグは低い声で答えた。


「買い取り所で聞いた話を、商品企画に使っているのかもしれん」


「思い出を?」


「ああ」


 アーグは屋台を見渡した。


「家族、死別、故郷、孤独、約束。集めた話から、客が心を動かされやすい要素を探しているのだろう」


 オタクミは、母からもらった髪飾りの冊子を見た。


 それだけなら、ありふれた設定とも言える。


 けれど、同じような一致がいくつも重なっていた。


 偶然にしては、出来すぎている。


「……俺のいた世界でいう、レコメンドみたいなもんか」


「何だ、それは」


「買った物とか、見た物から、『お前これ好きだろ』って薦めてくる仕組み」


 オタクミはそこで言葉を切った。


「でも、これは買った物だけじゃない」


 市場の向こうでは、髪飾りの冊子を買った女性が、嬉しそうに表紙を眺めていた。


「あの人が、母親から何をもらったか。どうして大切にしてたか。何を手放したか……そこまで材料にしてるかもしれない」


 セラが、嫌そうに眉を寄せた。


「自分で話したことが、知らないうちに商品になってたら……気味が悪いわね」


「……ああ」


 オタクミもそう思った。


 だが。


 それだけでは終われなかった。


     *


 少し先で、一人の老人が新しいキャラクターの冊子を読んでいた。


 故郷を離れて長いという設定の人物だった。


 老人はしばらくページをめくり、最後まで読み終えると、店員へ顔を上げた。


「この子の話、続きはないのか?」


「来月、新しい冊子が出る予定ですよ!」


「そうか。じゃあ、また来るよ」


 老人は本当に楽しそうだった。


 別の若者も、商品を友人へ見せながら笑っていた。


「俺、こういうキャラ初めて好きになったかも」


「へえ。お前、こういうのに興味あったんだ」


「なかったと思う。でも、何かいいんだよ」


 そのやり取りを聞いて、オタクミは黙った。


 作られた。


 計算された。


 この人なら好きになる。


 そう考えて、組み立てられたキャラクターなのかもしれない。


 でも。


 目の前で笑っている人たちの気持ちまで、作り物だと言えるのか。


「……だから厄介なんだよ」


 オタクミが呟くと、セラが振り向いた。


「何が?」


「入口は作られてても、好きになった気持ちまで偽物とは言えない」


 市場の片隅で、老人が冊子を大切そうに鞄へしまっている。


 その姿を見て、オタクミは以前出会った子供を思い出した。


 粗悪な偽物のアクスタ。


 すぐに割れてしまった。


 それでも、母親から初めてもらった、大切な宝物だった。


 物が偽物だからといって、そこにある思い出まで偽物になるわけではない。


 なら。


 最初から誰かの心へ刺さるように作られたキャラクターを、本当に好きになった人間の感情はどうなる。


「……笑ってるのは、本当なんだよな」


 オタクミは小さく言った。


 答えは出なかった。


     *


 少し離れたところで、リアが新しいキャラクターの絵を一枚ずつ見ていた。


 表情。


 服装。


 色使い。


 それぞれの人物像が、短い紹介文だけでも伝わるように描かれている。


「……上手いです」


 リアが言った。


 オタクミが振り向く。


「認めるんだ」


「上手いものは上手いです」


 リアは、母性的な女性の絵を見た。


 次に、孤独な少女の絵を見る。


 どちらも、見ている人がどこに目を向ければよいのか、よく考えられていた。


「でも……少し気になります」


「何が?」


 リアは、すぐには答えなかった。


 以前、資料庫で見た、途中で止まった絵。


 カルテルが作った、失敗したように見せるための傷。


 そして、オタクミへ届いた大きな眼のキャラクター。


 似たものを作ること。


 誰かに気に入ってもらおうとすること。


 その二つは、同じではないはずだった。


「この子たち……」


 リアは並んだキャラクターを見渡した。


「誰の隣に立ちたいんだろう」


「……隣?」


 オタクミは眉を寄せた。


「はい」


 リアは少し言葉を探した。


「好きになってもらうために、どんな顔をすればいいかは考えられていると思うんです」


「うん」


「でも、この子たち自身が、お話の中で誰と一緒にいたいのか、何をしたいのか……それが、まだよく分からなくて」


 オタクミは冊子を見た。


 確かに、紹介文には「あなたを待つ」「あなたを励ます」「あなただけに弱音を見せる」といった言葉が並んでいる。


 読む人がどう感じるかは、よく考えられている。


 けれど、そのキャラクターが一人の人物として何を望んでいるのかとなると、今見えている説明だけでは分からない。


「……なるほどな」


「もちろん、続きのお話を読めば分かるのかもしれません」


 リアは付け加えた。


「まだ、全部見たわけじゃないので」


 そこへ、シエルが静かに口を挟んだ。


「でも、好きになった人は嬉しそうです」


 リアがシエルを見る。


「はい」


「さっきのおじいさん、続きを楽しみにしてました。作られた理由がどうでも、あの気持ちまで嘘になるわけじゃないと思います」


 リアは少し考えた。


 それから、小さく頷く。


「……そうですね」


 否定したかったわけではない。


 むしろ、簡単に否定できないからこそ、気になっていた。


「だから、もっと知りたいです」


 リアは冊子を見つめた。


「この子たちが、どんなお話の中で生きているのか」


 その言葉を聞きながら、オタクミは別のことを考えていた。


 好きになってもらうために作る。


 それは、自分たちだって、まったく無関係なことではない。


 誰かに届けたいから、絵を描く。


 興味を持ってもらいたいから、商品を並べる。


 布教だって、相手の好みを考える。


 なら、何が違うのだろう。


     *


 不意に、ケイスケの顔が浮かんだ。


 高校時代。


 あいつは時々、漫画を差し出してきた。


『これ、お前も好きそう』


 そんなふうに言っていた。


 オタクミの好みを、まったく考えていなかったわけではない。


 むしろ、妙に刺さる作品を持ってくることもあった。


 けれど、気に入らない作品もあった。


 そういう時、ケイスケは少し残念そうにしながらも、別の作品の話を始めた。


 そこで友情が終わったわけではない。


「……似てるけど、違うんだよな」


 オタクミは呟いた。


 アーグが聞き返す。


「何と何がだ?」


「好みを考えて薦めるのと、好みを利用して好きにさせるの」


 言ってから、オタクミは首を振った。


「……いや、今の言い方じゃ雑だな」


「どういうことだ?」


「俺だって、相手が好きそうなものを薦める。店で商品を売る時だってそうだろ」


「当然だ」


「じゃあ、それの何が悪いんだって話になる」


 オタクミは屋台を見た。


「ケイスケも、俺が好きそうな作品を考えてくれてた。でも、俺が気に入らなくても、それで終わりにできたんだよな」


 アーグは何も言わなかった。


 オタクミも、その先をすぐには言えなかった。


 相手の好みを考えること。


 相手の気持ちを利用すること。


 似ているようで、何かが違う。


 けれど、その境目は簡単に引けなかった。


「……分からん」


 オタクミは自分で言った。


「でも、何か違う」


 アーグはしばらく市場を眺めてから、低い声で言った。


「違いが何であれ、今回の商売には別の問題もある」


「何だ?」


「客がどんなものを買うかだけではなく、何を失ったか、何を手放せなかったかまで調べていることだ」


 アーグは、思い出買い取り所の方角を指した。


「もし、その情報を商品企画に使っているなら、単に『売れそうな物』を作るより、もっと踏み込んだことができる」


「……その人が欲しがるものを作る?」


「それだけではない」


 アーグの表情は硬かった。


「その人が、断りにくいものを作れる」


 オタクミは口を閉じた。


 欲しいと思う理由。


 懐かしいと感じる理由。


 失いたくないと思う理由。


 それらが分かれば、相手の心に近づくことはできる。


 けれど、近づいた先で何をするのか。


 その違いは、大きかった。


「……客の形に合わせて、商品を削ってるってことか」


「そういう商売も考えられる」


 アーグは答えた。


「実際にどこまでやっているかは、まだ分からんがな」


 オタクミは頷いた。


 分からないことは、まだ多い。


 それでも、このまま放っておいていいとは思えなかった。


     *


 その日の午後。


 オタクミは、一人の若い女性が屋台の前で立ち止まっているのを見た。


 どこかで見た顔だった。


 しばらくして、思い出した。


 買い取り所で、姉からもらった装飾品を売っていた女性だ。


 オタクミたちが観察していた時、査定員へ亡くなった姉の話をしていた。


 女性は今、冊子を一冊手にしていた。


 表紙には、旅装束の少女が描かれている。


 その紹介文を読んで、オタクミの足が止まった。


『亡くなった姉との約束を守るため、一人で旅を続けている少女』


「……え」


 女性は、ゆっくりページをめくっていた。


 やがて、その手が止まる。


 冊子を胸へ抱き寄せた。


「……姉さんみたい」


 小さな声だった。


 女性は目元を拭いながら、笑った。


 店員に代金を渡し、冊子を受け取る。


 その表情は、寂しそうにも、嬉しそうにも見えた。


 オタクミは動けなかった。


 あの人が話したこと。


 姉を亡くしたこと。


 大切にしていた約束。


 それらが、目の前の物語に重なっている。


 偶然かもしれない。


 だが、ほかの商品にも似た一致があった。


 思い出買い取り所で集めた話を、カルテルが利用している可能性は高い。


 もしそうなら。


 あの女性は、自分の思い出が商品作りの材料になっていると知っているのだろうか。


「……あの」


 オタクミは、一歩踏み出しかけた。


 伝えるべきかもしれない。


 あなたが買い取り所で話したことが、こういう商品に使われている可能性があります。


 そう言うことはできる。


 けれど。


 証拠を見せてほしいと言われたら、どうする。


 カルテルの制作工程を見たわけではない。


 話が似ている。


 しかも、一つではない。


 今の自分たちに言えるのは、そこまでだ。


 それでも、知らせる意味はあるかもしれない。


 知らないまま買うのと、知ったうえで買うのでは、違うはずだから。


 オタクミはもう一度、女性を見た。


 彼女は、冊子の表紙を指でそっと撫でていた。


 大切なものに触れるような手つきだった。


 あの喜びは、本物だ。


 たとえ商品がどんな意図で作られていたとしても、そこだけは否定できない。


 だからといって。


 何も言わなくていい理由になるのか。


「……」


 オタクミは口を開いた。


 けれど、声は出なかった。


 何を伝えるべきなのか。


 どこまでが事実なのか。


 今、この場で伝えることが、相手のためになるのか。


 考えている間に、女性は冊子を胸へ抱いて歩き出した。


 人混みに紛れ、やがて姿が見えなくなる。


 オタクミは追いかけなかった。


 その場に立ち尽くしたまま、女性が消えた方角を見ていた。


 しばらくして、セラが隣へ来た。


「……言わなくてよかったの?」


 オタクミは答えなかった。


「気づいてたんでしょ。あの人、買い取り所に来てた人だって」


「……ああ」


「だったら、話してみてもよかったんじゃない?」


 セラは責めるようには言わなかった。


 ただ、確かめるような声だった。


「……そうかもしれない」


 オタクミは小さく答えた。


「でも、俺たちが考えてることが本当だって、まだ証明できてない」


「うん」


「それに、あの人、嬉しそうだったんだよ」


 オタクミは女性が立っていた場所を見た。


「好きになったものを大切そうに持ってた。そこへいきなり、そんな話をしていいのか分からなかった」


 セラは少し黙った。


「でも、知らないままでいいかどうかは、あの人が決めることかもしれないわよ」


「……うん」


 その言葉は、胸に残った。


 女性の喜びを壊したくなかった。


 それは本当だ。


 けれど、自分が傷つけたくないという気持ちだけで、黙ることを選んだのではないか。


 オタクミには、そこも分からなかった。


「……分からない」


 ようやく、そう答えた。


 セラは何も言わなかった。


 市場では、新しいキャラクターの冊子が売れていた。


 笑っている客がいた。


 買ったばかりのアクスタを、友人へ見せている若者もいた。


 その向こうには、思い出買い取り所の看板が見える。


 誰かの大切だったもの。


 誰かが新しく好きになったもの。


 その二つの間に、何があるのか。


 オタクミには、まだ答えが出せなかった。

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