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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
11 誰が「好き」を決めるのか

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痕跡まで売る

 その夜、宿の共用部屋には、昼間の市場で集めた紙が広げられていた。


 職人の経歴を紹介するカード。紹介割引の条件を書き写した紙。正規店の仕入れと配送に関する通知の控え。


 テーブルの端には、アーグが市場で取った覚え書きも置かれている。


「こうして並べると、妙なものだな」


 アーグが職人紹介の紙を一枚持ち上げた。


「昨日まで値段を前面に出していた屋台が、今朝から作り手の話を始めた。しかも一軒ではない。看板も紹介用の紙も、よく似た形式になっている」


「誰かがまとめて指示したってこと?」


 セラが尋ねる。


「その可能性は高い。ただ、販売員が知っていたのは渡された説明だけだ。いつ準備されたものなのか、誰が内容を決めたのかまでは分からん」


 オタクミは椅子に深く腰掛け、腕を組んでいた。


 今日の市場を思い返す。


 病気の父を支えているという青年。故郷のために働いているという兄弟。職人の夢を読んで商品を買った客。


 あの人たちが嬉しそうだったことまで、偽物だとは思いたくない。


 それでも、どうしても引っかかるものがあった。


「昨日、俺たちがドニさんに話してもらっただろ。作った人のことを知れば、品物の見え方が変わるんじゃないかってさ」


「ああ」


「そしたら今日は、向こうの屋台でも作った人の紹介が始まった。家族の話とか夢とか、紹介したら割引になる仕組みまでついてる」


 オタクミはテーブルの紙を指で押さえた。


「真似されたって言えば簡単だけど、なんか、それだけじゃない気がするんだよ」


「どういうことですか?」


 リアが顔を上げた。


「俺たちがやったこと、そのままじゃないだろ。向こうは、どうして俺たちが職人さんを前に出したのか、その理由の方まで拾ってる気がする」


 アーグが頷いた。


「商品そのもの以外にも、客が価値を感じるものがある。そこに目をつけた可能性はあるな」


「そう、それ」


 オタクミは身を起こす。


「値段で勝てないなら品質を見てもらおうと思った。品質の違いが伝わらないなら、作った人の話を聞いてもらおうと思った。そうしたら今度は、応援する理由まで売り場に並んでるんだ」


「ただし、お前の考えを読んだからとは限らんぞ」


 アーグは念を押した。


「似た発想に行き着いた可能性もある。以前から準備していた方法を、今になって使い始めたのかもしれん」


「分かってる。分かってるんだけどさ……」


 オタクミは頭を掻いた。


「俺たちが大事だと思ったところに、次々と値札がついていく感じがするんだよな」


 腰元からゴルドスの声が響く。


「商品の形だけではなく、価値の見つけ方まで商売に使えるということか」


「……そう言われると、ますます嫌だな」


「事実と決まったわけではあるまい。だが、お前が何に引っかかっているのかは分かったぞ」


 オタクミは苦笑した。


 その横で、リアが職人紹介の紙をじっと見つめていた。


「……あの」


「どうした、リア?」


「今日の紙には、職人さんの夢や家族のことがたくさん書いてありましたよね」


「ああ」


「でも、私たちがドニさんから聞いた話とは、少し違う気がするんです」


 アーグが顔を上げる。


「どこが違う?」


「ドニさんは、何を考えて、どう作ったかを話してくれました。材料のこととか、厚みのこととか、うまくいかなかった時のことも」


 リアは言葉を探しながら、スケッチブックの表紙を撫でた。


「今日の紹介文を読んでも、その人がどんなふうに品物を作ったのかまでは分からなかったなって」


 セラが考え込む。


「家族のことを知るのと、作り方を知るのは別ってこと?」


「はい。どちらもその人にとって大切なことかもしれません。でも、作ったものの方に残っていることもあると思うんです」


「作ったものに、ねえ……」


 オタクミが首を傾げた時、それまで黙っていたレジナルドが口を開いた。


「私は、リア殿の言うことが少し分かる気がします」


「レジナルドさん?」


「完成したものには、作り手が最後に選んだ形が残ります。ですが、その形へ至るまでに、捨てた考えもあったはずです」


 レジナルドは自分の手を見た。


「絵を描く時も同じでしょう。最初に引いた線が気に入らず、描き直すことがある。直した先で、かえって前の方がよかったと思うこともある」


「……ああ」


 オタクミには、その話に思い当たる節があった。


 レジナルドが描く、極端に顎の尖った騎士の絵。


 以前の自分は、その形だけを見て笑った。だが、レジナルドにとっては、そこに譲れない意味があったのだ。


「完成したものしか見なければ、なぜその形を選んだのか、分からないこともありますな」


 レジナルドは静かに言った。


 リアの表情が変わる。


「……資料庫」


「え?」


「王都文化管理局の資料庫で見た作品です」


 リアはスケッチブックを胸に抱えた。


「あそこには、完成しないまま残された作品もありました。描き直した線が見える絵や、途中で止まったままのものもあって……」


 あの場所で見たものを思い出しているのだろう。リアは少しだけ目を伏せた。


「私は、そういうところを見ると、その人が何を考えていたのかなって気になったんです。完成した形だけじゃなくて、そこへ行くまでの時間が見える気がして」


 オタクミは黙って聞いていた。


 失敗。やり直し。途中で変えた形。


 普通なら、客の前へ出す前に隠してしまいそうな部分だ。


「……なるほどな。でもさ、失敗したものを客に見せるのって、商売としてはどうなんだ? この店、こんなに失敗してるのかって思われる可能性もあるだろ」


「あると思います」


 リアは素直に頷いた。


「でも、うまくいくまでに何を考えたのか、知りたい人もいるんじゃないでしょうか」


「それに、失敗を隠さず見せることが、必ずしも悪い印象になるとは限りませんな」


 レジナルドが続ける。


「少なくとも私は、最初から何一つ迷わず完成させたと聞くより、どうしてその形を選んだのか聞いてみたい」


「……やってみる価値はありそうだな」


 オタクミが呟くと、セラが眉を上げた。


「また思いつきで突っ走るつもり?」


「いや、今回は違う」


 オタクミは苦笑した。


「そもそも、そんなものが残ってるかも分からないし、ドニさんが見せたくないなら無理だろ」


「へえ」


「何だよ、その意外そうな顔」


「ちゃんと相手に聞く気なんだなって」


「俺だって学習するんですよ!」


 少し笑い声が起きた。


 だが、アーグは机に残った仕入れ通知を指さした。


「それと、もう一つ。店主は次の商品を揃えることに苦労していた。展示のために何か新しく作らせる余裕があるかも分からん」


「そうだな。もし昔の試作品が残ってるなら、それを見せてもらえるか聞こう」


「昔と言っても、いつのものかは分からんぞ」


「そこはドニさんに確認すればいいだろ。俺たちが勝手に決める話じゃないし」


 オタクミは頷いた。


 新しい方法を思いついたからといって、店や職人の事情まで置き去りにはできない。


「勝てると思う?」


 セラが尋ねた。


「分からん」


 オタクミは即答した。


「でも、商品を買わない人にも、何か持って帰ってもらえるかもしれない」


 リアは少し嬉しそうに笑った。


     *


 翌朝、オタクミたちは正規店を訪ねた。


 店主は昨日と同じように帳簿を開いていたが、話を聞くと、店の奥へ向かってドニを呼んでくれた。


「失敗した品を客に見せたい?」


 説明を聞いたドニは、露骨に顔をしかめた。


「お前さんたち、今度は何を考えついたんだ」


「いや、別に変なことをするつもりじゃなくて」


 オタクミは慌てて手を振った。


「完成した品だけじゃ分からないことがあるだろ? どういう試行錯誤があったのか、見てもらえないかなって思ったんだよ」


「だからといって、失敗したものを並べる必要があるのか?」


「そこは俺たちも分からない。でも、もし残ってるなら、見せてもらえないかなって。嫌なら無理には頼まない」


 ドニは腕を組み、オタクミの顔をじっと見た。


「……前だったら、もう少し押してきそうなものだが」


「そんなに俺、信用なかった?」


 横で店主が笑った。


「勢いだけはあったからな」


「それ褒めてないですよね?」


「半分くらいは褒めてるさ」


「残り半分!」


 セラが肩を震わせる。


 ドニは呆れたように息をついたが、しばらく考えてから口を開いた。


「残してあるものは、いくらかある。ただ、何でも見せていいわけじゃないぞ。ほかの職人が関わったものもあるし、扱いを間違えたら危ないものもある」


「もちろん。ドニさんが見せてもいいってものだけでいい」


「店に置いてあるものだからな。店主の許可もいるぞ」


「俺の方は構わんよ」


 店主が答えた。


「ただし、売り物と間違えられないようにしてくれ。壊れたものを誰かが触って怪我をしたら困る」


「それなら、触っていいものと、見るだけのものを分けましょう」


 セラが提案した。


「割れたり欠けたりしているものは、手が届かないところに置いた方がいいわね」


 ドニはその意見に頷いた。


 しばらくして、店主が店の奥から保管箱を持ってきた。


 中には、正規品を揃えるまでの過程で残された透明板や台座の試作品が、いくつか納められていた。


 ドニは一つずつ確かめ、ほかの職人の担当した部分について説明が必要なものや、傷んで扱いにくいものを脇へ分けた。


「これなら俺が関わったところを説明できる。見せても構わん」


 残ったのは、厚みが均一でない透明板、気泡が残って向こう側が少し見えにくくなったもの、台座と組み合わせると傾きやすい試作品だった。


 どれも、完成したミスティアのアクスタとは少しずつ違う。


「これ、薄いのに軽そうでいいな」


 オタクミが一枚を覗き込む。


「そう思って試したんだが、形が安定しなかった」


 ドニが答えた。


「薄くしすぎると、割れたり歪んだりしやすくなる。かといって厚ければいいというものでもない」


「難しいんだな」


「作る以上、考えることはいくらでもある」


 ドニは別の試作品を示した。


「こっちは気泡が残った。透明に仕上げたかったが、思ったようにはいかなかった」


 リアはその品を覗き込んだ。


「少し曇って見えますね」


「ああ。絵が見えにくくなってしまう。だから、仕上がりを確かめながら、どうすればよくなるか考える必要があった」


 オタクミは完成品と試作品を交互に見た。


 今まで完成品だけを見ていた時は、透明で、絵がきれいに見えて、台座が安定していれば、それでいいと思っていた。


 だが、試作品と並ぶと、厚みや形には理由があることが分かる。


「……これ、結構面白いな」


「お前さんが面白がるのは構わんが、客がどう思うかは分からんぞ」


「うん。そこは、無理に買わせるために使いたくない」


 オタクミは店主へ向き直った。


「置かせてもらうなら、売り物じゃないって分かるようにしたいです。安全に触れるものだけ手に取ってもらって、ほかは見るだけにしましょう」


「それなら、店の前に小さな場所を作れるかな」


 店主は展示する品を確かめながら頷いた。


「ただ、通りを塞がないようにしよう。仕入れの件も片づいていないし、店の仕事を止めるわけにはいかん」


「分かりました」


 展示台は小さなものになった。


 完成したミスティアのアクスタを中央に置き、その横へドニが選んだ試作品を並べる。手に取っていい完成品と、見比べるためだけに置く試作品は、場所を分けた。


 説明の札も、必要なことだけにした。


『薄くしすぎて、形が安定しませんでした』


『透明に仕上げたかったけれど、気泡が残りました』


『台座との組み合わせを考え直しました』


 派手な宣伝文句はない。


 苦労したことを競うためでも、失敗した数を誇るためでもなかった。


 ただ、完成した品の隣に、そこへ至るまでの一部を置く。


「……よし」


 オタクミが満足げに頷いた。


 ドニはまだ少し不満そうだった。


「これで本当に客が立ち止まるのか?」


「分からん」


「分からんのか」


「分からんから、やってみるんだよ」


 ドニは鼻を鳴らした。


「まったく、変わった連中だ」


 そう言いながらも、展示された品の向きを自分で直した。


     *


 最初に立ち止まったのは、若い男だった。


 男は完成品より先に、少し歪んだ透明板を覗き込んだ。


「これ、売り物?」


「いや、試した時のものだ」


 ドニが答える。


「こっちは、うまく形が安定しなかった」


「失敗したのを置いてるのか?」


「そうだ」


「なんで?」


 男が不思議そうに聞く。


 ドニは一瞬、オタクミを見た。


 オタクミは口を出さず、少し離れて見守った。


「……今の形になる前に、こういうものも作ったからだ」


 ドニは完成品を指さした。


「これだけ見ても、どうしてこの厚みにしたかは分からんだろう」


 男は二つの透明板を交互に見た。


「確かに、こっちの方が薄いな」


「ああ。軽く見せたかったが、形が安定しなかった。薄ければいいというものでもない」


「へえ……」


 男は完成品を手に取り、横から眺めたあと、元の場所へ戻した。


「なんか、急にちゃんと作ってるって感じがするな」


 ドニは少し困ったように笑った。


「ちゃんと作っているつもりだがな」


「いや、そうじゃなくて。完成してるやつだけ見てると、最初からこの形だったみたいに思うからさ」


 男はもう一度試作品を見た。


「面白かった。ありがとう」


 結局、男は何も買わずに去っていった。


 オタクミはその背中を見送り、隣のドニへ目を向けた。


「……ああいうのでいいのか?」


 ドニが先に尋ねた。


「うん。俺はいいと思う」


「品物は売れておらんぞ」


「でも、あの人、完成品を見る目が変わっただろ?」


 ドニはしばらく黙っていた。


「……そうかもしれんな」


 そう言うと、試作品を少しだけ客から見やすい向きに直した。


 次に来た女性は、気泡の残った試作品に興味を示した。


「これ、どうしてこうなったんですか?」


「透明にしたかったんだが、うまくいかなかったんだ」


 ドニが答える。


「これでは絵が見えにくくなる。だから、仕上がりを確かめながら作り方を考え直す必要があった」


「なるほど……」


 女性は試作品と完成品を交互に眺めた。


「私は、この少し曇ってる感じも嫌いじゃないですけど」


「そういう人もいるだろうな」


 ドニは否定しなかった。


「ただ、狙ってこうしたものじゃない。透明に仕上げようとして、そうならなかった品だ」


「そうなんですね」


 女性は微笑んだ。


「でも、そこまで聞くと、今の品を作るのも簡単じゃないって分かります」


 彼女はしばらく迷った末に、完成品を一つ購入した。


 ドニは礼を述べ、商品を渡した。


 買ってくれたことは、もちろん嬉しい。


 だが、女性が試作品を見ながら何度も質問してくれたことも、ドニには印象深かったらしい。彼女が去ったあと、展示台の前に立ち、しばらく自分が残した試作品を見つめていた。


「……こういうものも、捨てずに置いておくものだな」


「役に立った?」


 オタクミが尋ねると、ドニは少し考えてから答えた。


「少なくとも、失敗した理由を話せるものではあった」


 その言葉に、オタクミは笑った。


 その後も何人かが立ち止まった。


 すぐに去る者もいれば、説明だけ聞いて帰る者もいる。中には、完成品より失敗した方が好みだと言う客もいた。


「売り物として作ったものじゃないからな」


 ドニは困った顔で答えていたが、その客も笑っていた。


 そして、昼を少し過ぎた頃。


 一人の青年が、台座の安定しなかった試作品を長く見つめていた。


「これ、完成品とは形が違うんですね」


「ああ。台座との組み合わせを考え直したんだ」


 ドニが説明する。


 青年は試作品を指さした。


「最初は、この形でも大丈夫だと思ったんですか?」


「思った。実際に組み合わせてみたら、安定しなかった」


「なるほど……」


 青年は完成品を見た。


 横から眺め、台座を確かめて、もう一度試作品へ目を戻す。


「俺、今日は買えないんですけど」


 少し照れたように頭を掻く。


「次にこういうものを見る時は、台座のことも気にしてみます」


 オタクミは思わず顔を上げた。


 青年はドニへ礼を言い、そのまま市場の人混みへ消えていく。


 商品は売れていない。


 硬貨も増えていない。


 それでも、オタクミには何かが残った気がした。


「……あれ」


 小さく呟くと、リアが隣へ来た。


「どうしました?」


「あの人、買ってないのに持って帰ったな」


「何をですか?」


「見方」


 オタクミは青年が去った方角を見た。


「次に似たものを見た時、台座も気にするって言ってただろ。今日ここで買わなくても、ドニさんが考えたことは、あの人の中に残るんだな」


 リアはしばらく黙っていた。


 それから、展示された試作品を見つめた。


「……資料庫で見たものも、そうだったのかもしれません」


「え?」


「完成していない絵も、途中で止まった作品も、売られるために残されたわけじゃなかったと思います。でも、私はあれを見て、いろんなことを考えました」


 リアは優しく笑った。


「届くって、買うことだけじゃないんですね」


 オタクミは頷いた。


 作り手が完成品へ込めたものだけではない。


 うまくいかなかったことも、迷ったことも、誰かの見方を変えるきっかけになる。


 それをどう受け取るかは、見た人が決める。


「私も、絵を描いていて、直した線が思いどおりにならないことがあります」


 リアは自分のスケッチブックへ目を落とした。


「でも、失敗した線があったから次の形を考えられることもあるんです。そういうのを、なかったことにしなくてもいいのかもしれませんね」


「……そうだな」


 オタクミは展示台を見た。


 ドニは別の客へ、透明板の厚みの違いを説明していた。


 以前なら、失敗を見せるのは損だと思っていたかもしれない。


 けれど、何を試して、どう考え直したのかを知れば、完成品の見え方は変わる。


「……いいな、これ」


 オタクミが呟くと、セラが笑った。


「売れた数の話じゃないの?」


「売れてくれたらもちろん嬉しいけどさ」


 オタクミは肩をすくめた。


「今日は、それだけじゃないって分かったから」


     *


 その翌朝、市場の一角では、安価なアクスタを扱う屋台の準備が進んでいた。


 販売台の上には、完成品が並べられている。


 その脇へ、店の者が小さな箱を運んできた。


「これも並べるのか?」


 別の販売員が尋ねた。


「ああ。今朝からは、こっちも見せるようにって話だ」


 箱の中には、少し曇った透明板や、傷のついた台座が入っていた。


 販売員は一つを取り上げ、表面を眺めた。


「ずいぶん傷んでるな」


「試作品として並べるんだとさ。客に聞かれたら、札の説明をしてくれって」


 箱を運んできた男は、もう一枚の紙を渡した。


 そこには、品物ごとの紹介文が記されている。


『最初の挑戦』


『二度目の失敗』


『職人が捨てられなかった試作品』


 販売員は首を傾げた。


「どこの職人が作ったものなんだ?」


「詳しいことは聞いてない。展示用に用意された品だってことだけだ」


「ふうん。まあ、客が興味を持つならいいか」


 販売員は紙を脇に置き、品物を並べ始めた。


 その中には、完成品と同じ形に整えられたあと、わざと表面を傷められた品も混じっていた。


 だが、販売台の上では、そうした違いが説明されることはなかった。


 傷のついた品の隣に、制作途中の失敗作だという札が置かれていく。


 朝の市場に客が集まり始める頃には、完成品へ至るまでの苦労を見せる展示が、そこに出来上がっていた。


     *


「……マジかよ」


 市場へ足を踏み入れたオタクミは、思わず立ち止まった。


 安価なアクスタを扱う屋台の前に、昨日までなかったものが並んでいる。


 少し曇った透明板。


 傷のついた台座。


 輪郭が歪んで見える試作品らしいもの。


 その横には、小さな札が立てられていた。


『最初の挑戦』


『二度目の失敗』


『職人が捨てられなかった試作品』


「……昨日の今日で、これかよ」


 セラが腕を組んだ。


「また似たことを始めてるわね」


 オタクミは無言で展示台へ近づいた。


 隣の屋台にも似た品がある。


 さらに通りの向こうでは、販売員が客へ説明していた。


「この形にたどり着くまで、何度も試したそうです。こちらは、その途中で生まれた品になります」


 客は興味深そうに傷のある品を覗き込み、完成品へ目を移した。


 昨日、正規店で見た光景によく似ていた。


「偶然にしては、出来すぎてないか?」


 オタクミが言う。


 アーグは通りを見渡した。


「確かに似ている。ただ、いつから準備していたのかは分からん。昨日の展示を見て動いたのかもしれんし、以前から似た品が用意されていたのかもしれない」


「分かってる。けどさ……」


 オタクミは言葉を切った。


 昨日、あの青年が「次は台座も見る」と言ってくれた時、何かを見つけた気がした。


 完成品を買わなくても、作り手の判断を知ることには意味がある。


 そう思った翌日に、その判断の跡らしいものまで売り場に並んでいる。


 胸の奥が、ひやりとした。


 その時、リアが小さく声を上げた。


「……あれ?」


「どうした?」


 オタクミが振り返る。


 リアは、屋台に並んだ三つの試作品らしい品を見比べていた。


「何だか、変なんです」


「どこが?」


「どれも失敗した品だって書いてありますよね。でも……」


 リアは言葉を探しながら、完成品と試作品らしい品を交互に見た。


「昨日、ドニさんが見せてくれたものは、一つずつ形が変わっていました。どこがうまくいかなかったから、次はこうしたって、つながりがあったんです」


「……ああ」


「こっちは、傷や曇りはあるのに、何を変えようとしたのかが見えない気がして」


 オタクミは展示台を覗き込んだ。


 確かに、傷のついた品はいくつもある。


 だが、それぞれの品がどのような順番で作られ、何を試したものなのかは、札を読んでも分からない。


 ただ、最初の挑戦、二度目の失敗、と書かれている。


「……言われてみれば、そうだな」


 オタクミが呟いた時、後ろからドニの声がした。


「何をそんなに見ている?」


「ドニさん」


 正規店へ向かう途中だったらしいドニが、一行のそばへ来た。


 リアが気になったことを説明すると、ドニは展示された品をしばらく眺めた。


「……ふむ」


 腕を組み、少し首を傾げる。


「失敗品だということだけでは、何を試したのか分からんな」


「そうですよね」


「もっとも、失敗の理由を全部札に書く必要はない。これが本当に制作途中にできたものかどうかも、外から見ただけでは決められん」


 ドニは欠けた台座へ目を向けた。


「ただ、こちらの欠け方は少し気になる」


「どういうこと?」


 オタクミが尋ねる。


「完成した形のまま、一部だけを傷めたようにも見える」


「じゃあ、後から壊したってことか?」


「そうとも言い切れん。実際に作ったところを見たわけではないからな」


 ドニは首を振った。


「ただ、これを制作途中の試作品だと言うなら、何を試して、どうしてこの状態になったのか、聞いてみたくはある」


 リアも頷いた。


「そうなんです。昨日のドニさんの話を聞いたから、余計に気になって……」


 セラは少し離れた屋台を見ていた。


 販売員が客へ説明している。


 その前には、何人かの客が集まっていた。


「でも、あの人たちは面白がってるわよ」


「ああ」


 オタクミは頷いた。


 客にとっては、傷のついた品そのものが珍しいのかもしれない。


 完成までに何度も失敗したという話が、心を動かすのかもしれない。


 それを笑う理由はない。


 ただ、昨日ドニが見せてくれたものとは、どこか違う。


「……本物らしさまで、売り物になるんだな」


「本物らしさ?」


 セラが聞き返した。


「うん。昨日俺たちは、実際に作った途中のものを見せた。でも、見てる人が『こういう傷があれば、本当に苦労して作ったんだ』って思うようになったらさ」


 オタクミは展示された品を見た。


「傷そのものが、苦労の証拠みたいに見えるだろ?」


 アーグが頷いた。


「そうなれば、実際の制作過程を見せなくても、似た印象を与えられる」


「……そういうことだ」


 リアは不安そうに言った。


「でも、もし本当に失敗した品だったら?」


「その可能性もある」


 オタクミは答えた。


「だから、今ここで全部が作り物だって決めつけるのは違うと思う。でも、これだけじゃ本当のところは分からない」


 目の前の屋台には、傷や欠けた部分が目立つように並べられている。


 その横で、完成品が売られていた。


 昨日、正規店で青年が持ち帰ったのは「次は台座を見てみよう」という見方だった。


 今日ここでは、その見方をする客へ向けて、最初から傷や失敗の札が用意されている。


「……そこまで売るのかよ」


 オタクミは小さく呟いた。


     *


 その日の市場では、制作途中の品を紹介する展示に興味を持つ客がいた。


 完成までに苦労があったという話に耳を傾ける者もいれば、傷のついた品を珍しがる者もいる。


 市場で交わされた言葉の一部は、やがてプライス・カルテルの王都側拠点へ報告として届けられた。


 ケインは書類に目を通していた。


 正規店側が試作品を展示したこと。


 その展示を見た客が、制作過程について質問したこと。


 ほかの屋台でも似た展示が行われ、客が立ち止まったこと。


 いくつもの報告が、簡潔な文章でまとめられている。


「客の反応は?」


 ケインが尋ねた。


「関心を示した者はおります。購入につながった例も報告されていますが、全体の数字はまだ揃っておりません」


「そうか」


 ケインは短く答えた。


 部下が続ける。


「職人の経歴だけでなく、制作途中の品にも客が興味を持つようです」


 ケインは書類を閉じた。


「客が何を見て、どう判断したか。分かる範囲で記録を続けろ」


「承知しました」


 部下が一礼する。


 ケインはそれ以上、何も言わなかった。


 報告書には、正規店側の異邦人の男が、傷のついた展示品を長く見ていたという記述もある。


 だが、その男が何を考えていたのかまでは書かれていなかった。


     *


 その夜、宿の共用部屋には、また紙が並べられていた。


 職人紹介のカード。


 正規店で試作品を展示した時の覚え書き。


 そして今日、カルテル側の屋台に置かれていた札を写した紙。


「……また似たことを始めたわけか」


 アーグが呟いた。


「俺も、正直ちょっと疲れた」


 オタクミは椅子へ座り込み、天井を見上げた。


 一昨日の夜、リアとレジナルドの話を聞いて、制作途中のものを見せようと思った。


 昨日、ドニが協力してくれて、客の反応を確かめた。


 そして今朝には、ほかの屋台でも似た展示が始まっていた。


 偶然だと言い切るには、気になることが多い。


「向こうは、なんでこんなに早いんだろうな」


 セラが言った。


「昨日の展示を誰かが見て、ほかの店へ伝えたとしても、今朝にはもう札も品も揃ってたんでしょ?」


「そうだ」


 アーグは頷いた。


「ただ、何が先に用意されていたのかは分からん。すでに似た品があって、展示方法だけ変えたのかもしれない」


「でも、ずいぶん都合がいいタイミングだよな」


 オタクミはそう言って、テーブルの上に四枚の紙を並べた。


『品質』


『職人』


『物語』


『制作途中の痕跡』


 最初は、安価な商品と正規品の違いをどうすれば知ってもらえるか考えていた。


 次に、作った人の話を聞いてもらおうと思った。


 それが職人の経歴や夢を前面に出す販売方法へ広がり、今度は試作品まで並び始めた。


 もちろん、全部がオタクミたちの行動を見て始まったとは限らない。


 それでも、その流れが偶然だけで説明できるとも思えなかった。


「……なあ、アーグ」


「何だ?」


「俺たちが何をやったか、向こうは結構詳しく知ってると思うか?」


 アーグは少し考えた。


「市場で誰でも見られることは、当然知られていてもおかしくない。昨日の展示も、正規店の前へ行けば見られた」


「うん」


「それに、あの市場では客も店員も絶えず動いている。誰かが話を聞いて、別の場所へ伝えることだってあるだろう」


「じゃあ、宿で話したことまで知られてるとは限らないんだな」


「限らん。少なくとも、今の材料でそこまでは言えない」


 オタクミは頷いた。


 安心したような、余計に落ち着かなくなったような気持ちになった。


「……でもさ、なんか見られてる気がするんだよ」


 言葉にすると、急に現実味を帯びた。


 アーグは否定しなかった。


「市場での行動を観察されている可能性なら、十分あるだろう」


「だよな」


「それがカルテルの組織的な監視なのか、商売敵の様子を見ているだけなのかは、まだ分からんがな」


 セラが腕を組んだ。


「どっちにしたって、こっちが見せたものを、向こうがどう使うかは分からないってことよね」


「……そうだな」


 オタクミはゆっくり頷いた。


 その言葉に、何か引っかかるものがあった。


 ただし、まだ形にはならない。


 リアは、机の端に置かれた試作品の説明を書いた紙を見ていた。


「私は、昨日の青年が言ってくれたこと、嬉しかったです」


「台座を見るって言ってた人?」


「はい。今日ほかの屋台にも似たものが並んでいたけど、あの人がドニさんの話を聞いたことまで、なくなるわけじゃないと思うんです」


 オタクミは顔を上げた。


「……確かにな」


 似た品が並んだからといって、昨日ドニが青年に説明したことまで消えるわけではない。


 青年が次に台座を見てみようと思ったことも、本当だった。


「……でも、だからこそ気になるんだよな」


 オタクミは紙を一枚手に取った。


 そこには、今日の屋台で見かけた札の言葉が写されている。


『職人が捨てられなかった試作品』


 その言葉を、誰が書いたのか。


 どんな品を見て、どういう意味で使ったのか。


 昨日の展示を見た人物がいたのか。


 それとも、似た発想を別の場所で思いついたのか。


 今のオタクミには、答えがない。


 ゴルドスが腰元から声を響かせた。


「小僧。誰が見ているか分からんからといって、見られること自体を恐れても仕方あるまい」


「簡単に言うなあ」


「お前はこれまでも、人に見てもらおうとしてきたではないか」


「……まあ、そうだけど」


「ただ、見る者が皆、お前の望むように受け取るとは限らん。それだけのことだ」


 オタクミは黙った。


 誰かに見てもらいたい。


 知ってもらいたい。


 好きになってもらいたい。


 それは、ずっと変わらない。


 だが、自分が見せたものが、望まない形で使われることもある。


 そのことを、今になって思い知らされている。


「……誰だよ」


 オタクミは小さく呟いた。


「何?」


 セラが尋ねる。


「いや。俺たちのこと、どこまで見てる奴がいるんだろうなって」


 アーグは、すぐには答えなかった。


 テーブルの上には、今日までの記録が残っている。


 確かなこともある。


 まだ確かめられないこともある。


 その境目を見失わないようにしながら、オタクミは最後にもう一度、試作品について書いた紙を見た。


 見てもらうために始めたことが、別の誰かにも見られている。


 その相手が誰なのかは、まだ分からない。


 ただ、もう何も気づかなかった頃には戻れなかった。

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