コバエホイホイと芸術
私はある日、コバエホイホイをずっと見ていた。家の中にコバエが現れ、その商品をホイホイ買ってきたはいいのだが、その効果に疑問を持っていたからだ。
殺虫剤をかけられた虫は死ぬ。それは見ているから分かる。スプレーから噴射される、あのよく分からない謎の霧は、虫の命を容易に奪う猛毒であることは経験的に納得ができる。
その一方で、コバエホイホイは中にコバエが入ることで意味がある「罠」であるため、私の目の前でコバエが死ぬわけでもないし、隙間からコバエが脱出しそうな予感もある。
しかし、コバエホイホイは豪語する。
「 玉ねぎの先端のような部位はコバエが好む『とまり木』を演出し、丸いボディは、中に入ったコバエが自身の習性に振り回されて、外に出られないようになっています。」
「――さらに中にあるゼリーはコバエが潜り込みたくなるような隙間を作り、ゼリーを舐めたコバエは死にます。」
――なるほど。科学や生物学未習としては胡散臭いと思う説明だ。心の中にいる関西人も「ほんまかいな」と言っている。
だから私はコバエホイホイを見張ることにした。
まだ信用していないし、仮に説明通りならば、コバエホイホイは、人類が虫と戦ってきた歴史とその集合知が具現化した物であるため、「凄い物」だと思えたからだ。
コバエホイホイを見始めて4日くらいたったころ、その先端にコバエが止まった。そしてコバエは、そのまま下のボディの隙間に吸い寄せられていった。
ボディの内部に入ったコバエは中をぐるぐると周り、不意にジャンプしたと思ったら中央のゼリーに一瞬だけ止まった。そして、またボディを回り始めた。
18秒くらい経っただろうか。
ボディの中を回り続けていたハエは突如墜落した。
その様子はまるで、電池が切れて急に止まった玩具のようだった。元気に動いていた生物、あるいは玩具が「ただの物質」になる瞬間は、なんとも言えない気持ちになる。
コバエはひっくり返ったまま、左足を空へと痙攣させていた。ゼリーに一瞬止まったときに、猛毒を舐めてしまったのだろう。
コバエホイホイの言うことは嘘ではなかった。
それ以来、コバエホイホイは私のお気に入りの「凄い物」、つまり芸術品になった。
芸術は過去の人や個人が評価される傾向にある。だからこそ、現代で作られ、人類の技術の結晶や集合知であるコバエホイホイに、私はマラリアや住血吸虫症と戦った人類の影を感じた。
人類と虫の戦いの歴史の果て作られた「コバエホイホイ」を、ただの物としてではなく、芸術として愛でるのも悪くはない。
むしろ、数百円で人類の集合芸術品を買えるなら、かなり安いと思う。
――あ、もし保存するならゼリーは捨てて、洗ってから保存してね。




