私が使う「寄生」の観念はどこから来たのか
私は何かを説明するときに「寄生」という言葉を使う。
私にとって寄生は怖いものであるから、寄生という言葉は「怖いもの」の比喩表現として適切だと感じているし、「寄生による恐怖」はホラー映画の要素として人気があることからも、大抵の人間が持っている根源的な恐怖だと思っている。
だから私は「寄生」という言葉を使う。
そうすれば、あなたにも私の恐怖が伝わると考えているからだ。
◇
私が初めて「寄生」という言葉を使い何かを比喩したのは中学2年生の頃だ。当時の私の養育環境は、パーソナリティ障害の母がヒステリーを起こし、統合失調症の義父が「隣の家が嫌がらせで魚を焼いてる」と、日夜騒ぐまともな環境ではなかった。
とくに母は、私の友人や学校の担任に、多感な時期である私のイメージが落ちる嘘(家でママと呼ぶ、今でも一緒に寝てるなど)を吹き込み、学校で私が孤立するように仕向けた。
そうすると、大人である「母」の言うことを友人や担任は無条件で信用し、学校で普通に過ごしているだけの私を「本当は恥ずかしい人間なのに、必死にそれ隠している信用ならない人間」として見るようになった。
私はある日、我慢の限界から母親と口喧嘩をした。義父も母側に参戦し、激しい口論になった。そのとき、普段こちらの家に寄り付かない祖父母が、なぜか家に訪ねてきて両親と私の間に割って入った。
祖母は私の腕を引っ張り、家の外に連れて行こうとした。私は玄関先から、廊下に立つ母親に向かって、「おまえ、寄生虫だろ!!!きしょいわ。」と力の限り叫んだ。
なぜなら、子供を犠牲に自分の資産(=お金、信用)を増やす様子が、寄生虫のように見えたからだ。
◇
こんな過去が、私の「寄生」という言葉の基になっている。更にそこからさかのぼってみると、幼稚園の頃に感じた人間関係のグロテスクも関係している。
私は幼稚園のときに、同年代の子たちから「休んだ子の代わりに――」と、遊びに誘われ、楽しく遊んだ。
次の日。休んでいた子が登園してきたら、昨日遊んだ同年代の子たちは、私と遊んだことがないような素振りをして、取り残された私は「なんでそんなことをするんだろう?」と、パンダ型の遊具に登る彼らを見つめていたことがある。
この人間関係の「用事が終われば切り捨てる」というグロテスクさが、「寄生」という観念の本当の始まりなのかもしれない。
【あとがき】
母を寄生虫と呼んだ後日談。
母に「寄生虫」と叫んだあと、私は祖父母の車に乗り込んだ。私の右腕の臭いに祖母の愛犬が興味を持ったようで、鼻を右腕に近づけてフンフン鳴らしている。
夜、祖父母の家に泊まった私は、暗がりで洗濯物を干す祖母の背中を見つめていた。小さい頃、同じ位置から見ていた未来は――こんなはずじゃなかったのにな――と、胸が締め付けられた。
でも、どうしようもなかった。
私が母を「寄生虫」と呼んだことは、後に受けることになる少年審判(=未成年の裁判みたいなやつ)で話に上がり、判事のような人間から「母親は、懸命に育児をしてきたのに、あなたから寄生虫と呼ばれたことで深く傷ついた。」と言われ、鼻で笑ってしまった。
それが母から聴き取った“事実”だとしても、さすがに人間として間抜けすぎる。
当時の私は畏まった裁判所で、小学校の学級会で見たような「〇〇さんは、△△と言われて傷ついています。謝ってください」という茶番を見ると思っていなかった上に、「寄生虫」という比喩表現を誤った表現と思っていなかった。
だから言われた内容の程度の低さに酷く落胆した。
裁判は正義のためにあると思っていたから。




