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「ここにいるよ」と聖域



 私は分からないことは24時間考えてしまう。感覚としては、何をしていても頭の中でずっと「Loading」という画面が出ているような感じだ。



 そんな性質がある私は最近、とあるキャラクターが「ここにいるよ」と言ったことが変に気になって、その自分の反応の理由を考えることに多くの時間を割いていた。


そして分かったことがある。


私は「聖域」を求めている。




 私は気高い異性が好みだ。そして理想の交際関係は、お互いが「あいつは生きている」という確信をもったまま、互いに関わらない関係だ。


連絡やデートもない。

私が入院しても、見舞いはいらない。


ただ「あいつは生きている」と信じる心だけが、お互いを支える関係。いわば、お互いが相手を「決して崩れない聖域」にしてしまう関係性が理想だ。


私が「ここにいるよ」というセリフに反応したのは、そこに「崩れない聖域」を感じたからだ。


私がどんなことになろうとも、聖域だけは決して変わらない。私がやがて立ち還る場所。


その場所こそが私の「聖域」なのだ。




 私が聖域を求める理由も考えてみたが、私は人だったものが脆く崩れ、その歪な中身が出てくる瞬間を多く見てきた。


追い詰められた人間が自分を正当化する方法を見つけた「顔」。


自身のストレスを弱者にぶつける正当な理由を掲げた「顔」。


善人のフリが上手くできている、と思っている歪な表情が張り付いた「顔」



どれもよくある話でありきたりなものだが、

私はそんな人間をもう見たくない。


飽きた。変化がない。


違う人間なのに同じようなパターン、同じような言い訳、同じような「顔」。


まるでこの世界にその人が居ないみたいだ。


そんな考えがあるからこそ、私は「決して崩れない聖域」を求めているのだと思う。



――とは言え、通常であれば、聖域化した相手は『物』に成り下がる。


その『物』という観念を突き抜け、私の感覚にノイズを走らせる人間は、ほとんどいないだろう。


つまり、聖域は限りなく存在しない。



夢は、夢のままだからこそ無害で、

そのままで良いのだろうな。







【あとがき】


 私が思うに、大抵の人間は「決して崩れない聖域」を持っている。それはお金だったり、家族だったり、プライドだったり、推しキャラや好きな界隈など、ジャンルは違えども、そのどれもが、人の明日の生命活動を半分だけ保証してくれるものだ。


より噛み砕いた言い方をすれば、「聖域(それ)さえあれば辛いことも頑張れる」といった感じだろうか。



――ときに、街中で鞄にキャラクターのグッズを付けている人間を見かけたことはあるだろうか?


あれは私からすれば、まさに聖域を持ち歩いているのであり、それがあるからこそ、頑張れることもあるのだろうなと思って見ている。



私にはそういった物が無い。


ほとんどの物事は学習材料であって、私の心を掴むものはなく、「お!これいいな〜」と思ったとしても、数時間後には学習の材料になっている。


こんな性質、持ちたくなかった。



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