第59話 アンバーボルト教授の本音
▼26.10.22加筆修正
▼26.10.24誤字修正
今日の午後は急遽すべての授業が中止になった。
実験の失敗で私の研究室が大破し、さらに出火したせい――ということにしてある。
だから私は普段寝泊まりしている愛する研究室を後にして、学園都市フルマトにある自宅へ帰ることになった。アマリリスたちを巻き込んでね。
そこで一仕事終えたあと、お礼も兼ねて皆を早めの夕食へ誘う。もちろん私の奢りである。
「ガルルー、くたばれニゲル、好き!」
「あの店か。メリッサは行ったことあるかい?」
「え、店名なの? 聞いたこともないわ」
「くくっ、なら楽しみにしとくんだね」
私になんの説明もなく、ガルルーの行きつけだという変わった名前の酒場『くたばれニゲル』へ向かうことになった。
「……ここ?」
屋台通りの外れの空き地のこれまた藪に隠れた壁の根元にあったそれは、酒以外の持ち込みを許す寛大にして恐ろしく小さな酒場だった。入口が私の小指にも満たない大きさだ。
這いつくばるようにして窓から中を覗くも、何もわからない。
「店主、スモルルフェアリー、皆、小さくなる」
「つまり、ガルルーが言いたいことはね――」
アマリリス曰く、元々ここは大きくてもニンゲンの小指ほどしかないスモルルフェアリー専用のお店だったが、他種族にも密やかに口コミが広がり、今は知る人ぞ知る人気店、ということらしい。
この町には長く住んでいたけれどまったく知らなかったわ。
人気店とは言うけれど、そもそも入店するのにスモルルフェアリーと同じ大きさにならなきゃいけない時点で、かなり人を選ぶんじゃないかしら。
「ところで私は自力で小さくなれるけれど、あなたたちはどうなの?」
「マム、ガルルー、問題ない!」
「残念なこった。あたいとしては是非メリッサにもご一緒して欲しかったんだがね」
と、さほどがっかりした様子もなく言うアマリリスはそのまま壁に魔力を流し、白桃色の魔法陣を浮かび上がらせた。
なるほど、これを発動させるとスモルルフェアリーと同じ大きさになれるのね。
「いくよガルルー! 全力でやりな!」
「イエス! マム!」
アマリリスとガルルーが魔法発動の呪文を唱え始めた。
「「ピク、ピク、ピクシー、ピピ、ピク、ピクシー♪」」
まさかの裏声かつ滑稽な踊り付き。
元がとても可愛らしいガルルーはともかく、イカつい老婆姿のアマリリスのことは直視できない。いたたまれなくなるんだもの。
人通りが少ないとはいえ、公共の場でやるには相応の覚悟が必要だわこれ。小さくなれる魔法を修得していて本っ当によかった。
「いらっしゃいませ〜」
中に入ると愛嬌いっぱいのスモルルフェアリーの少女が出迎えてくれた。
店内は花のテーブルや葉っぱのソファー、雫のランプといったスモルルフェアリーの好みが全面に押し出されている。これでもかというほどファンシーな内装にも関わらず、冒険者や早上がりだったのだろう強面の衛兵たちで溢れかえっていた。
「どうぞこちらへ」
淡黄色の葉っぱでできた席に案内され、とりあえずエール、と注文して二秒で出てきた温いそれを、氷魔法でキンキンに冷やし一気に飲み干す。
今日の本番はここからなのだ。
「くぁ〜っ! 美味しい! そんであのクソゴーレムのボケが!!」
「ガルルー、メリッサ、同士!」
「あたいはココテシアの包み焼きを注文するけど――って聞いちゃいないね」
親友の息子ジェダ。
幼少からずっと出来が悪いと言われ続けていた彼が、ついに念願の使い魔契約を果たした。それが始まりだった。
使い魔は自称、超が何個もつく優秀なゴーレム。その名をイコルア。
ジェダと乳繰り合っていたのを見たときは、ヒトを模したゴーレムにありがちな、知能が低めの愛玩用かと思ったわ。見た目も人知を超えた正に神の愛した造形と言っても過言ではないもの。
むしろそれ専用だと決めつけた。
けれどそうではなかった。
召喚初日のあの日、メキザの部屋へしょっぴいた帰り際にこっそり行使した鑑定魔法が完全に無効化されたうえに、同日使い魔の塔の昇降樹を使わずに特級ラウンジまで辿り着いたと報告があった。
おまけにあのホワイトドラゴンをタイマンで完封したとまでいうじゃない。
とても喜ばしいことだと思ったわ。但し、その素行の悪さを知るまでは。
「お代わりを! 十杯一気に持ってきて! ていうか五分ごとに十杯持ってきて!」
「ガルルー、わんわんワイン、樽、青いの!」
「あんたら空っぽの胃で飲むと悪い酔いするよ」
イコルアは授業をサボるだけでなく、次から次へと問題ばかり起こし、ついには大学の存続を揺るがしかねない大問題までやらかした。
それが解決したかと思いきや、あの馬鹿ゴーレムは親友だとかいうどう見ても輩な三人引き連れて戻ってきた。
そして私の大切な研究室に忍び込み、秘密の日記を盗み読みしたばかりか「ねぇババア、美味しい草ちょうだい」とか言うじゃない。
私が咄嗟に放った拘束魔法を真似て研究室の壁を大破させたあげく、放火までして逃走。よりにもよって聖火属性の魔法で。
ほぼ無駄だったとはいえ、ジェダとイコルアを無罪にするため、あらゆるコネを使った私たち教授とメキザへの裏切りじゃない。
それによ。消火に際して、あのいけ好かないアンドロミカに借りを作る羽目になったんだから。
あとババアってなによババアって! 私はまだ二千歳代よ!!!
「この屈辱、千年後だって忘れてやらないわ!」
つい、声を荒げてしまった。
私の愚痴を右から左へ聞き流し、謎の麺料理を啜りながらワインをがぶ飲みしていたアマリリスはビクッとしたけれど、幸い店内の喧騒にかき消されて注目を集めることはなかった。
「ガルルー、メリッサ、気持ち、同じ」
「かまわないじゃないか。大物はたいてい学生時代に問題を起こすものさね。ガルルーもそうだったし、メリッサにいたっては大問題児だったらしいじゃないか」
それはそう。
でも私は大規模破壊行為をしたり要人暗殺の容疑者になったりなんかしてないわ。
せいぜい教授会に乗り込んで程度の低い授業をする教授に改善要求したり、学会へ赴いてムカつく教授に素人質問を投げかけたくらいよ。あとは研究の邪魔になる者を片っ端から排除したけれど、そんなのは誰だってやってたわ。
「それに自宅へ帰るいいきっかけになっただろ?」
これもそう。
相変わらず――というか、そのまま放置していたのだから当たり前というか、とにかく扉も窓も開かないほどとっ散らかった屋敷を使用人総出かつ、アマリリスやガルルーと共に片付けてヒトの活動できる場所にした。
それは最高。何十年ぶりかに本宅が機能を取り戻して嬉しいは嬉しいのよ。
「でもムカつくのよ! イコルアもその友人とかいう変態も!!」
「ユックとかいったっけか?」
「ガルルー、大きい、負けない!」
「レディの前で何の話をしてんだガルルー。あんた飲み過ぎじゃないのかい?」
大きさは……まあ合格よ。って違う!
私が言いたいのはそういうことじゃないの!
「それで? ユックとやらは聖火魔法とあんたばりの風魔法を使うんだってね」
「そう、それ! たかが人生二十年ぽっちの分際で生意気なのよ! あとイコルアも! なんであんなにタイプどんぴしゃなのよ!」
「あん?」
「あの変態も、ロイとかいう真面目そうなのも将来有望確実なオルも、なんで皆、み〜んな私のタイプなのよぉぉぉぉ!!!」
さっき誰にも注目されなかったせいでタガが外れたのか、もっと大きな声が出た。
アマリリスが呆れ果てた顔をしてるわ。でもしょうがないじゃない、私は真性の面食いなのよ。
「メリッサ、ガルルー、裏切り者……」
愕然とするガルルーの顔が悲しそうに変わっていく。と、同時にわんわんワインをドカ飲みし始めた。
「ごめんねガルルー。あなたは可愛すぎるから範囲外なの」
「そういうことじゃないだろうに……」
じゃあどういうことなのか。
「わかるように説明して!」
「はあ、酔いが顔に出ないってのは困りもんだね。まだ三十分と経ってないってのに……。まあいいさね。今日はとことん付き合ってやるから思ってることを全部吐き出しときな」
「アマリリス大好き! あ、お代わりくださ〜い!!」
「明後日、ガルルー、負けない、お代わり!!」
明後日?
明後日に何かあったかしら……だめだ。世界が揺れてる。キモチイイ、タノシイ…………。
「メリッサの結婚はとうぶん先だね」
アマリリスが何か言ってるわ。でも何かが爆発するような音が鳴っていてよく聞こえなかった。




