第56話 ユークリアと名乗るのは
ユックは遅くないって言った僕を無視して、失神中の極悪お兄さんが持ってた本を拾い上げた。
「ネーメアスか……」
パラパラ本を捲ってそう呟いたユックはまた舌打ち。直した方がいいと思うな、その癖。
「あのヒト大司教なんでしょ? どうする? 失脚させる?」
「は? てめぇ知ってたんならさっさと言えよ」
イライラしてるなぁもう。
僕もちょっとプンスカしたけど、フンコロの哀れみを思い出しておおらかな気持ちを取り戻したよ。ユックも心安らかになって欲しい。そうだ!
「ねぇ、ハグしてあげようか?」
「あ゛? いらねぇよ」
むぅ。ヒトはハグで安らぎと愛情を取り戻すって本に書いてあったのに。ほんっと間違いだらけだなあの本。
「とりあえず商品にされてる奴らを開放すんぞ。先ずはガキからだ」
「いいけどなんで子どもからなの?」
大人の方が話通じると思うんだよね。
「ガキを手なづけりゃ大人も話聞く気になるだろ」
「そうかなぁ」
「そうなんだよ」
ふ〜ん。僕は違う気がするけど、僕より断然多くのヒトと接してきたユックが言うならそうなのかも。
「じゃあ行こう。こっちだよ」
「見りゃわかる」
ユックは迷いなく子どもたちが閉じ込められてる部屋の扉を開けた。扉に刻まれてる形でわかるんだって。
一瞬、ユックも違法奴隷に一枚噛んでるのかと心配になったけど、ユックの記憶にはそんなの欠片もなかったら、きっと教団内の常識なのかもね。
でもさ、僕は思うんだ。ユックって不良じゃん? 子どもが懐くなんてことあるのかな。
「ヒッ……」
ほら。ユックを一目見ただけで子どもたちは恐怖に顔を歪ませちゃった。
「おお、憐れな子鳥たちよ。もう安心です。フラテリス教の神官調査官ユークリア・アナルセンが助けにきましたよ」
えっ、いきなりユックが崇高な神官みたいな雰囲気になった。
幻? それとも僕の眼球が壊れた? それから耳も。誰なんだユークリアって。
「極悪人の奴隷商人は、私が神に代わって神罰を下しました。あなたたちは自由です」
そういえばシムにもそう名乗ってね……あっ、思い出した!
ユークリアって素行の悪いユックを目の敵にしてた同期の司祭じゃん。ユック以外には超聖人っていう本物の聖職者。
ユックにキツいのは本当に司祭職に誇りを持ってて、真にフラテリス教を憂いてるからで……ただネーメアス大司教を尊敬してる愚か者でもある。裏の顔を知らないからね。
「あなた方は悪の大司教ネーメアスの犠牲者。彼にも必ず神罰を下すと、このユークリアが約束しましょう」
あ〜、なんか僕わかっちゃった。
ユックはユークリアを陥れたいんだ。だから誰かに知られて評判が落ちることするときは、ユークリアの名前を使うのか。
ここを摘発したことをユークリアの手柄にするのだって、ネーメアス大司教に楯突いたことにして、教団内での立場を悪くしようと企んでるんだよ。
どこまで性根が腐ってるんだユック。どう考えてもユークリアに怒られてばっかだったのは自分が悪いのに。
「さあ敬虔なる我がサーヴァントよ、檻を破壊するのです」
「サーヴァント……?」
あ、僕のこと?
ジッと僕を見てくるユックの視線で気付いた。ちょっとサーヴァントって言葉にモヤっとしたけど、とりあえず言われたとおり檻を壊して回る。
「さあ、出てき顔を見せてください」
躊躇いがちに檻から出てきた子どもを抱きしめるユックは涙を浮かべてる……あまりにも嘘くさい。
でもそれは普段のユックを知ってるからで、騙されてる子どもたちは次から次へと泣きながらユックに駆け寄って抱きついた。
ちょっとおかしいよねこの状況。
「僕には?」
一番の功労者たる僕を無視するのはなんか違うでしょ。なのに子どもたちは皆僕を無視する。
「ねぇ、僕には? ここを見付けたの僕だよ。ユックを案内したのも僕だし、悪者の首を絞めたのも僕なんだよ?」
ちょっと語気が強くなっちゃった。
そしたら子どもたちは怯えて、もっとユックにくっつく。
「イコルア。子どもたちを怖がらせてはなりません。心に大きな傷を負っているのですから」
イラッ。
「しかしそうですね。イコルアもよくやりました。できれば皆もイコルアを褒めてあげてください。怖くありませんから」
イライラッ。
「むぅ」
聖職者面したユックがこんなにも癇に障るとは思わなかった。フンコロの哀れみももう効かないよ。
しかも子どもたちは、渋々って顔で「よく頑張ったね」とか「えらいね」とか妙に上からな感じで言ってくるし、誰一人抱き着いてこない。
「さあ、次は大人たちの所へ行きましょう。イコルア、案内してください」
うわっ。ユックってば見ればわかるとか言ってたくせに、自分が疑われないようにか、何も知らない振りをしてる。
「……」
「どうしました? 早く皆を救って差し上げなくては」
「ソダネ。アッチダヨ」
なんかもう無を意識しなきゃやってられないよ。だからとっても機会的な声が出た。
「おや、音声に不具合ですか? そういえばイコルアの声帯パーツは、厠用の葉っぱでしたっけ? このようなとききなんですが、もっと高品質なものにした方がいいですよ」
はあ!? 僕の声帯パーツが厠用の葉っぱ!? これは許しがたい侮辱だよ!
子どもの前だから僕が怒らないとでも思ってる?
お生憎様。僕はそんなの気にしないゴーレムだよ。周りに誰がいようと何があろうと、僕は僕の気持ちを優先させるゴーレムに生まれ変わったんだ。ダンジョンから脱走したあのときにね。
「ふんっ、そんな悪口言うなら僕、手伝わない」
「こらこら、大人げないこと言わないでください。ほら、後で甘いお菓子を用意してあげますから行きますよ」
お菓子だって? 今のユックが出してくるお菓子なんてあれに決まってるよ。誰が食べるもんか。
「ふむ、お菓子は嫌ですか。皆は何かいい案がありますか?」
ユックの質問に子どもたちは困った顔になった。それでもぽつりぽつりと案を出していく。一本ずつ指を折ってあげたらとか、爪を剥がしてあげたらとかってね。なんて物騒なご褒美なんだ。
遊びのときも思ったけど、もしかしてサディストの才能を秘めた子が集められたのかな。
なんて考えてたらいいこと思いついちゃった。
「ご褒美はハグだよ。ユックにハグしてほしい」
「……いいでしょう。ではすべて事が済んだ後に」
「今じゃなきゃ嫌だ」
ニコッと微笑んだユックを遮るように主張する。
ぬふふっ、微笑みを浮かべたままだけど僕にはわかる。ユックの嫌そうな顔がね。
「仕方ありませんね」
ユックは子どもたちを少し下がらせて僕をぎゅってしてくる。はわぁ……友達にハグされるってこんな気持ちかぁ。胸がぽっかぽかに――ぬはっ!?
「それでは他の方々を解放しに行きましょう」
ハグを終えたユックは素晴らしい笑顔で僕を促した。
耳元で「余計なこと言いやがって。てめぇ、後で覚えてろよクソが」っておっそろしく冷たい声で囁やいたことなんか、まるでなかったかのように。
子どもたち気付いて。これがユック本性だよ。
悲しいかな、僕の心の声は誰にも届かなかった。
その後、僕たちは隠し部屋を含む残りの大人たち全員開放したよ。
ユックは感謝の雨あられを目一杯堪能してご満悦。だけど僕はずっと蔑ろ。
さっき余計なことは言うなってほぼ恫喝同然に囁かれたから、言葉を発せず顔で褒めてアピールしてたけど全員が文字どおりフルシカト。酷くない?
「では衛兵詰所へ行きましょう。事情聴取は辛いかもしれませんが、私も同席します。あと少しだけ頑張りましょう」
まだ僕は褒められてないしお礼も皆無なのに、ユックはここから出て行こうとする。だから僕もついて行く。
「ああ、イコルアはここに残るように」
「……なんで?」
「この本以外にも証拠があるかもしれません。探してください」
なんて言いながらユックが近づいてきた。
「ご褒美を先に渡しておきましょう」
ユックはまたハグしてきた。もちろん耳元でも囁やいたよ。
「金目のものを全部回収しとけ」
ってね。
もう一回念じるよ。ねぇ、皆気付いて。これがユック本性なんだよ!




