第55話 ちょっとした仕返し
▼2026.09.26誤字修正
ユックは素早く僕から距離を取った。内臓をこねこねする理由を話せって騒ぎながら、すぐ逃げられるようドアの前にね。
そんな警戒しなくてもいいのに。僕、魔物やヒト種を解体する知識もバッチリあるからきっと上手にできると思うんだ。
ヒトのお腹をかっ捌くのは初めてだけど、たぶん上手なはず。まあもしちょっと失敗しても、ユックは自己修復装置も使えるんだし、な〜んの問題もない。それよりも、ね。
「理由……」
それを言うとユックがショックを受けると思うんだ。だから僕は黙ったままニコッと笑ってユックに近づいたよ。
そしたらユックはほぼ全力の魔法を使ってまで断固拒否。参っちゃったよ。魔法をこねこねするのはそれなりに魔力を使うからね。このあとフラテリス教のお店を襲撃しようってのに、僕もユックも魔力が心許ないね、じゃ話にならないもん。
「あのねユック、今のユックは汚物に汚染されてる状態なんだよ」
「オリヴァーのナニが汚物だってか?」
「それは否定しないけどさ、でも僕が言いたいのはちゃんと解析しなかったでしょってこと。オリヴァーが偽名なことも、生粋のスカトロマニアだってことも、全部知ってて相手してもらったの? 違うよね?」
ユックは一瞬驚いて、それから凄く嫌そうな顔で「スカは興味ねぇ」って呟いた。
「きっと生殖器の大きさと病気についてしか解析しなかったんじゃない? あとは性感帯とか」
図星だね。ちょっと悔しそうな顔で舌打ちしてるもん。寛大な気持ちになってる僕は、もう舌打ちなんて気にならない。むしろ哀れみを感じる。
「で? 菓子とスカになんの関係があるってんだ」
「何を聞いても正気を保っててね」
「そ、そんなになのか……?」
「うん。酷い話だよ。シムのスキルにさ、フンコロドルチェってのがあってね、排泄物、特にお尻の穴から捻り出されたやつを甘いお菓子にすることができるんだよ。だから――」
「あんのクソ野郎が! ぶっ殺してやる!!」
最後まで聞かず荒ぶったユックは、シムの置いていった荷物をボコスカ蹴り始めた。もしあれがシム本人だったら、三十秒も保たずに蹴り殺されてる。そんな力加減で。
無理もないか。誰のものともわからない排泄物を材料にしたお菓子を食べさせられたんだから。しかもシムはそれ専門の行商人……こんなおっかないテロリスト他にいないって。
「はい、それじゃあ早くお腹出して。僕がこねこねして清潔な新しい内臓にしてあげる」
「くそっ!」
最後にドガッとシムの荷物を蹴ったユックが、くるりと振り返って僕を見た。妙に落ち着いてる。
「今、ふと思ったんだが……シムがいなのをいい事にテキトー吹かしてんじゃねぇのか?」
思いもよらない質問が飛んできてだいぶ戸惑う。そんなことして僕になんのメリットがあるの?
「え、何のために?」
心の底からの言葉だったのに、何故かユックはスッと目を細めた。あれは疑惑の眼差しだ。なんでなんで?
「すべてイコルアに原因があるとはいえ、今日の俺は嫌な奴だった」
「……はやぁ、えと、すべての原因は僕じゃないけど、まあそうだね。今日のユックは嫌なヤツだった」
「つまり、その仕返しがしたいんじゃないのか?」
「……えっ!?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
そりゃユックは本当に酷い態度だったよ。でもだからって仕返しなんか……いや、ちょっとしたのはするかもだけど、お腹かっ捌いて内臓をこねるなんて友達にやる仕返しじゃない。それはもう何かの報復だよ。サイコパスが過ぎる。
そんなヤバいゴーレムだと思われてたことにショックを受ける。
「僕、仕返しで猟奇殺人犯みたいなことしないもん」
僕がショボっとしたらユックは少しだけ罪悪感を覚えたらしい。不味ったか? みたいな表情になった。
「やっても目ん玉ド突くとかだもん」
つい、口から漏れた言葉にユックの表情がまた変わった。
「よぉし! 俺はオリヴァーを信じる!」
「ええっ、なんで!? それ今日一番の酷いだよ! それにオリヴァーじゃなくてシムだよ、シム!」
「うるせぇ! 俺は物事を自分の目で見て判断する男だ!」
「その目が性欲で濁ってたんじゃんか……」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで行くぞ! 早くしろ!」
都合の悪いことは棚上げして、ユックはささっと司祭服に着替えるとドアを開けて部屋から出て行った。
すぐ追いかけようとしたけど僕は侵入してる身。受付の前を通るのはダメな気がする。だから来たときと同じように窓から退室したよ。ぴょんっと飛び降りて宿の入口に先回り。
「なっ……」
僕が追いかけてくると思ってたらしいユックが驚いてる。ふふん、ちょっとスッキリ。
「早くしろとか言ってた割に遅かったねユック」
「チッ、さっさと案内しろ」
「はいはい。えっとね、あっちの方――」
というわけで、戻ってきたよ。とろける看板のすぐ下に。
「見てて」
ユックにちょっとドヤってから、手順通りに……あ、紹介状返してもらってなかった。
とろけて降りてきた看板を前にしてしばし悩む。
「どうした?」
「ん? いや別に?」
ミスったことがバレないように、なんてことない顔で穴に指を突っ込んでみる。当然だけど無反応。
「さっきのドヤ顔はなんだったんだ? さっさと開けろよ」
ジトッとした視線になったユックが僕を急かす。一瞬だけ口角が上がったのも僕は見逃さなかった。
くぅぅぅ、バレてる。仕方ない。フォグミストヘイズを使おう。
「わかってるよ。こんなの余裕だもん。なんたって僕は超が何個もつく優秀なゴーレムだから」
「ダンジョンの中と外で優秀の意味が違いそうだな」
「へぇ、そうなんだ。興味深いね」
看板自体に少し魔力があるし、さっき壁に流した魔力もまだすぐそこにあるのを感じる。それを使って壁を霧にして強行突破だ。
たぶん中の極悪お兄さんが異変に気づくだろうから、霧を操作して首を絞めておこう。
「はい、開いたよ」
「はんっ、馬鹿が」
思い切り鼻で笑ったユックは、フラテリス教のシンボルが付いたネックレスを取り出した。それを三歩隣の壁に押し当てて合言葉を唱える。するとどうだろう、ユックの足元に超短距離転移の魔法陣が出てきたじゃないか。
「見ろ。紹介状がねぇときはこうやって中に入んだよ」
にちゃりと笑ってユックは姿を消した。
僕も自分で空けた穴に入って走る。扉が何個もある部屋に着くと、にちゃったままのユックが口を開く。
「余裕ぶってた割にずいぶん遅かったな」
むきーーー!
やっぱり今日のユックは嫌な奴だ!




