第47話 僕が守るよ、ストレスから
▼26.07.24誤字修整 ▼26.07.25誤字修整
僕はすっかり元気を取り戻した。
昨日、ロイとユックが働かなくていいって言ってくれたこともだけど、友達と同じ牢屋で一晩過ごすっていう修学旅行的な青春めいた経験が、あらゆるストレスを吹き飛ばしてくれたんだと思う。やっぱりストレスってよくないよね。
あんなに清新な朝は長いゴーレム生でも初めてだったかもしれない。やたらと遠慮する二人を説得して一緒に牢獄の最下層にある特別隔離牢に入ってもらって本当に正解だった。ジェダの隣の牢は僕が壊しちゃったからね。
あ、ちゃんと失神しっぱなしだったオルも救護室から運んでもらったよ。友達になったんだから仲間外れはよくないもん。
それに言いがかり甚だしい暗殺未遂の罪も、今日の事情聴取中に決着がついて無罪放免。晴れて自由の身だ。
「ひゃっほ~う、シャバだシャバだ〜!」
なんて浮かれつつ牢獄から出て一時間と少し、僕たちを乗せた十人乗りの赤い馬車がのんびり街道を進んでいく。
僕はユックについて行くようにして、後方にある天窓から屋根へ出て仰向けに寝転んだ。
「ふっ、太陽が煌めいてやがるぜ」
「……チッ」
ユックの口調を真似てみたら、ウザそうに背中を向けられちゃった。
でも今の僕は気分が良いからへっちゃらだ。ユックの背中に自分の背中をぴったりくっつけて、気にしてないよって伝えてみる……ほぇ、離れられちゃった。ま、いっか。
そのまま寝転んで不労の確約を噛みしてたら、おめでとうって言いたげなそよ風が吹いてきた。はわぁ、気持ちいいなぁ。
「清々しいねぇ」
僕が伸びをしたのとほぼ同じくして、天窓からジェダの顔がにゅっと出てきた。
「清々しいものか。私は停学処分なのだぞ」
腹ばいになってジェダの顔を見ると、すんごいジト目だった。
「言っても二日だけでしょ。しかも休日の今日と明日。実質処分無しだよ」
学長とアンドロミカ教授が王室に働きかけても、あの大臣は黙らなかったらしい。だからギガゾディア教授が恐ろしい強権を発動したんだって。そしたら大臣どころか国王まで真っ青になって謝罪してきたって、事情聴取を中断しにきたリースが教えてくれた。
ジェダが停学になったのは、一応大学側も悪いと思ってるよ的なパフォーマンスだ。
「勾留期間を合わせると二十六日だがな」
「にしてもさ、まさかギガゾディア教授がジョヌム王国の王妃だったなんてビックリだね。全然面影ないんだもん」
「おい、無視するんじゃない」
現ジョヌム公国の前身たるジョヌム王国は、滅亡するその瞬間まで不滅のアルコルトルア攻略に躍起になってたんだよ。特に国王がね。そりゃあもうしつこくってしつこくって……あの仕事しない元ご主人たちが、僕に何とかしろって言ったくらいだよ。
百七十年くらい前かな。僕、ギガゾディア教授もといアマリリス王妃率いるジョヌム魔法軍とは何度も戦ってたんだよ。
本っっっっっ当に、頭おかしい集団で厄介だったのをはっきり覚えてる。他国のヒトを捕まえて「人道って知ってる?」的な魔導兵器に改造したり、魔物や動物の魂を分割して特殊な魔法薬とか禁忌魔法陣の原料にしたり、他にも色々……。
「まったく、停学については後で話し合うからな」
ジェダはこう言ってるけど、このまましらばっくれてたらそのうち諦めてくれる気がする。
「……はぁ。それから、教授は別に元王妃だったことは隠してはいない。学内でもほとんどの者が知っていることだ」
「ふ〜ん」
ほら、こんな感じで僕がふった別の話題にさらっと切り替えてくれる。ジェダの心根の優しさってやつを少しわかってきたんだよね、僕。
ていうかギガゾディア教授って意外と過去の栄光にすがるタイプなのかな。
「なあ、ギガゾディアってあれだろ? ジョヌムの再来とか劫災のアマリリスとかって呼ばれてたヤバい女」
ロイと一緒にふわふわ浮かんで移動してたオルが話に入ってきた。
「記憶の中のとはまるで別人だよな。華奢で世を憂う美人って感じだったろ。本当に同一人物なのかよ」
ロイも興味津々な様子だ。なんか上手いこと言って教授から色々もらってたのに、まだ巻き上げるつもりなのかも。
「解析をレジストされちゃうからハッキリとは……名前もアマリリスしか一緒じゃないし。でも本人が言ってるんならそうなんじゃない?」
当時のアマリリス王妃は、アマリリス・ヒルダ・ジョヌムって名前だったからなぁ。
「気になるなら直接聞きゃあいいだろ」
ずっと黙ってたユックも会話に入ってきた。牢獄を出る前からちょっと機嫌が悪かったんだよね。僕のお世話を巡ってロイと言い合いして勝ったのに不思議だよ。
まあなんにせよ、喋ってくれるようになってよかった。
「直接は……う〜ん、僕絶対恨まれてるから、僕が僕だって気付かれるきっかけになりそうなことはしたくないなぁ」
「ああ、そういやジョヌム王国を食っちまったんだっけか?」
記憶の連結に耐えきれず失神した割に、オルは僕の記憶をよく思い出せてる。
「そうそう。でも食べたのは土地だけだよ。そこに住んでたヒトたちは、ちゃんとぺって吐き出したからね」
土地を食べるという表現にジェダが驚愕してる。
正確には不滅のアルコルトルアに吸収したってことだけど、今は説明するのが面倒くさい。放っておこうっと。
「ジョヌムの大穴を作ったのがイコルアだなんてすげぇよな。一回でいいから行ってみてぇよ」
ロイが興奮してるのは、ジョヌム王国のあった場所にできたバカでかい穴にヒトっぽいものを繁殖に使うアルラウネとかマンドラゴラが群生してるからだ。
そういうのが好きなヒトは一定数いて、聖地だなんて呼んでると聞いたことがある。実際はそんなイイ場所じゃないのにね。
ロイの性癖をとやかく言うつもりはないけど、あの大穴には絶対行かせないよ。だって友達が生きたまま苗床にされるのは嫌だもん……そういえば中級ラウンジにあそこ出身の使い魔が二体いたな。会わせないようにしなくちゃ。
代わりにロイには夢の中でいっぱい楽しませてあげよう。でも不思議なんだよね。
「蔓と粘液と毒針の何がそんなにいいんだろ……」
ぼそっと呟いたらロイが赤くなって馬車からちょっと離れた。オルもそれについていく。
「人前でああいうこと言ってやるなよ」
ユックが寝転んだまま軽めに足を蹴ってくる。僕も同じくらいの力でユックを蹴って「オルも知ってることだよ」って言い返す。
そしたらユックは小さなため息をついて、背を向けて何も言わなくなった。また機嫌が悪くなったのかと思ったけど、すぐに寝息が聞こえてきたから違ったっぽい。
僕は良い夢が見られるように、ロイの固有スキルを使って頬っぺたに魔法陣を描いてあげた。なんかクソガキがやるような落書きみたくなったけど、効果はしっかり発揮されてるみたいだ。仰向けになったユックの顔がだらしな〜くなって「やめろよぉ」とか甘い声でむにゃむにゃ言ってるからね。
お腹の辺りにそっと僕の上着をかけてあげたのは、さっきのユックの言葉を鑑みてだよ。今のとこあんまり意味はさそうだけど、寝返りをうてばちゃんとわからなくなると思うな。
「私の寝言もイコルアのせいなんじゃないのか?」
一部始終を見ていたジェダの視線が、またじっとりしたものになった。
そんな目で見ることないのに。
ヒトは睡眠の質でもストレスが無くなるって本に書いてあったから、これは良いことだよ。
「ジェダは僕に感謝するべきだよ。毎日ストレスフリーな生活なのは僕のお陰なんだから」
なんでか知らないけど、さらに湿度の増したジェダの視線を無視して僕はユックの隣に寝転がる。相変わらず太陽はキラキラで、そよ風もすごく気持ちいい。
「平和だなぁ〜」
「イコルア以外はな」
ジェダはずっとうだうだ言ってて、最後までありがとうって言ってくれなかった。
ちなみに、ユックは大学の庭園に着くまでぐっすりで「着いたよ」って起こしたら大慌てでトイレの場所を聞いてきた。だから僕の知ってる一番近いトイレを教えてあげたよ。
後から聞いたんだけど、不思議と同じ頃にアンバーボルト教授の研究室からどデカい悲鳴が聞こえてきたんだって。何があったんだろう。




