第40話 素晴らしい角栓
▼26.07.05加筆訂正
ガルルーは子どもじゃないって言ってたくせに、リースの撫で撫でであっという間にとろけた表情になった。そしてそのままスヤァ……一瞬、僕はリースがガルルーの息の根を止めたのかと思ってドキッとしたけど勘違いだった。
「ダーリンがごめんなさいね。あなたたちに負けたことが相当悔しかったみたいで、根にもってるみたいなの」
どうして「負けて悔しかった」が「根にもつ」になるんだろ。仮にも犬のはしくれのくせに潔くないな。勝者をボスと認めるくらいしたっていいのに。
いや、そうなるとギガゾディア教授も絡んできて余計に面倒そうだ。何を言ってもリースの地雷を踏み抜く可能性もあるし、無難に共感でもして話題を変えようっと。
「いいよ。負けると悔しいもんね。そういえば、アンドロミカ教授の学生たちは? 連れて来なかったの?」
「ん? ああ、あの子たちもギガゾディア組に負けず劣らず、というよりやや勝っているからな。低級の魔物がひしめく山火事くらいでどうこうなることはない」
「ヘパイスとオーラメイダーも?」
あの中を生き抜く、という点ではメネスの心配はしてない。パールも壊れることはないと思う。でもヘパイスたちはなぁ……まあオーラメイダーは死のうがどうなろうがどうでもいいんだけど、そうなるとメネスが後味悪いって思っちゃいそうだからね。
「……問題ない」
「なんかちょっと間があったけど」
「皆がどういう状況か見ていただけだ。ヘパイスの方はパールが対応している。ただの炎ではないぶんやや苦戦を強いられているものの悪くない。一方、オーラメイダーはスアリファノメルとリプルダートがでしゃばっている。しかしメネスが補助に徹することで上手く対処できていると言っていい」
やったね。さすがメネスだよ。スアリファノメルって気位が高くて気難しいグリフォンのことでしょ。リプルダートはドラゴンモドキ。どっちも協調性の欠片もない好き勝手に行動する種族だから、その補助ができるなんてスゴいよ。持ち前の気配り上手が発揮されてるね。
でもこれで評価が上がってオーラメイダーが契約解除しないとか言い出したら面倒臭いな。その時はもう一回殴って様子をみよう。駄目なら母国ごとサヨナラしてもらうことも頭の隅っこに保存しておこうかな。
「そうなんだ。ならいいや」
「いいや、よくない」
間髪入れず否定したのはギガゾディア教授だった。
「アタイの直属があんたんとこの軟弱集団に負けてる? 聞き捨てならないね」
「おや、事実では? 現に遅れて出発したにも関わらず、私の学生たちの方がすぐ近くまで来てますよ」
「そりゃ、あんたの課題は一律Eランク魔物を三体以上狩るっていうヒヨコ向けだからじゃないか」
およ? 教授二人がバチバチし始めたぞ。
「Eランクの中でもレアなペネピゾンコノハチョウですよ。捜索を加味すると実質Cランク相当かと」
「ふんっ、イコルアのお陰で大発生してるじゃないか。CランクどころかGランクにしたってお釣りがくるよ」
ペネピゾンコノハチョウ……ああ! ペネピゾールの主原料になるやつか!
数時間だけ微熱を伴う腹痛になる代わりに、二~三日のあいだ植物属性を獲得できる珍しい魔法薬。もし属性『無し』者が摂取すれば下級植物魔法が何個か使えるようにもなる。ヒト種に重宝されてるって聞いたことがあるよ。
「……アマリリス、あなたとは相変わらず意見が合いませんね。まあ、あなたはだいぶお歳を召されましたから、老婆の世迷い言と思えば可愛げもあるのでしょうかね」
「まったくもって同感さね。三万年以上も生きてりゃ耄碌したっておかしくないだろうさ」
「私にとっての三万年は全種統一換算年齢でいう三十歳前後ですよ。耄碌? くふふふふ、今年で二百歳になるあなたにしては、面白い冗談ではないすか」
はわぁ……アンドロミカ教授は僕と同じかそれ以上生きてるのか。そんでギガゾディア教授は二百歳。これって種族的な感覚だとどっちが歳上かで揉めるから全種統一換算年齢があるのに、ギガゾディア教授は認めないんだね。やっぱり心は女の子なのかな。
ただ、それより僕はつい今しがたリースの小鼻の脇に見付けてしまった一つの小さな角栓が気になってしょうがない。ペネピゾンコノハチョウなんて目じゃないド級のお宝だよ。普通、つるんつるんの玩具肌の生き人形に角栓なんてできないからね。特に害悪シリーズの角栓は邪悪が詰まってて錬金術師とかの良い素材になるんだよ。
「ねぇ、ギガゾディア教授は美容に興味ない?」
「お、おい、今そんなこと――」
言い合いしてる教授たちの話に割って入ったらジェダに止められた。
「イコルアよ。人前で老婆に美容などと言っては失礼ですよ」
アンドロミカ教授まで……ていうかどの口が言ってるんだろう。さっきまで僕よりよっぽど失礼な感じだったじゃん。でも本当の狙いはリースだからね。何て言われようが別にいいもんね。
「アタイが美容に気を使ってると思うかね?」
「ご無理なさらずとも……そろそろ年齢に抗ってみるのも良いと思いますよ?」
ほら。失礼アンドロミカ教授だよ。
「ワタシは興味あるわ」
きた!! ガルルを撫でながらリースが僕を見てくる。
「じゃあ僕がもっと綺麗にしてあげるね。目をつぶってくれる?」
「これでいい?」
「うん」
僕はすかさずフォグミストヘイズを発動して、角栓もろともリースに付いてる目に見えない汚れも全部霧にする。角栓の霧だけこっそり空き瓶に入れてから、ちょちょっとジェダの魔力も霧にして本人から切り離せば、こねこね機の出番。汚れと魔力の霧をこねこねして、ミスト状の魔石にしてからリースの顔全体に染み込ませたら……はいおしまい。
「うん、すごく綺麗だよ」
艶と張りがアップしたね。もちろん、角栓のあった穴もキュキュっと締まって跡形もない。
「ねぇリリス、鏡もってないかしら?」
「そんなもんアタイが持ち歩くわけないだろ」
しげしげ僕を見ていたギガゾディア教授が呆れたような声を出した。
「私のでよければ。素晴らしいですよリース。美貌に磨きがかかっています」
ギガゾディア教授に対するそれと違って、アンドロミカ教授はリースに紳士だった。胸元から出した鏡を持ったまま、リースに見せてあげてる。
「まあ、素敵!」
リースは角度を変えながらここが気になってたとか、あそこが悩みだったとか言って、最後は「あなたとはこれからも仲良くしていきたいわ」って僕を見てきた。
「うん、まあ、ほどほどにね。痛い目みてからそう時間もたってないし」
「うふふ。それでいいわ」
僕とリースは微笑みあって、お互いの理解を深めた。
「ところでイコルア。それはゴーストにも効果があるのかい? ヒーラたちも美容に興味があるんだが、なかなかゴースト用のものはなくてね」
「やってみないとわかんないかな」
たぶんできるけど、安請け合いはしない方がいいよね。ギガゾディア教授もだけど、アンドロミカ教授をがっかりさせると危険な気がするもん。
なんてやり取りをしていると、出払っていた冒険者たちがチラホラ帰還し始めてきた。




