第5話 マチルダと王子とカフェの女店主
翌朝、マチルダはスマホの目覚ましアプリに設定していた時間より数分早く目が覚めたため、アプリの目覚まし機能をオフにした。
部屋の外から王子と執事の話声が彼女の耳に入る。
マチルダはあわててカバンから手鏡を取り出し、メイクが崩れていないかチェックして、異常がないことを確認すると、起き上がってヒール靴を履く。
間もなくドアが開き、ひとりで入ってきた王子と目が合った。
「おはよう、マチルダ」
「おはよう、王子」
王子は爽やかな微笑で先程のことを教えてくれた。
「執事に話はつけといたから、喫茶店で今日の朝食をとろう。さぁ、行こう。こっちこっち」
マチルダはあわててカバンのひもを肩に斜めがけして、王子の後をついて行った。
「宮殿からカフェまでは歩いていける距離なの?」
モスグリーンカーペットの上を王子と一緒に横に並んで歩きながら、マチルダは聞いた。
「あぁ、そうさ。今だったら朝の散歩にもなるね」
「それは良いわね。私、お散歩好きなの」
マチルダと王子は間もなく宮殿の外に出ると、近くの細く真っ直ぐな坂道を上り始めた。
王子が坂の向こうを指さす。
「あの縦長の旗がカフェの目印だ」
すると、マチルダはここで名案を思い付いた。
「追いかけっこしない? どっちが先に着くか、競争よ!」
「良いねぇ。あ、ちょっと。ずるいよ」
足の速さはマチルダのほうが上だったようだ。
「ミルク飲めば背は伸びるし、脚も伸びて走る速度も変わるよ」
「教えてくれてありがとう。さぁ、朝食の時間だ」
2人は店の中へ入っていく。カウンター奥の女性店主に、王子が声をかけた。
「おはよう、モートニーナ!」
「おはよう、王子。また迷える子羊候補を連れてきたのね?」
「昨日の夜、初めて彼女に会って、ソウルメイトは彼女に決めたんだ。彼女の名はマチルダ」
モートニーナはマチルダを見て笑顔で挨拶してくれた。
「初めまして。私はこのカフェの他に宮殿の地下でバーを経営してるモートニーナよ。宜しく」
「私はマチルダよ。こちらこそ、宜しく、モートニーナ」
マチルダはモートニーナと握手した。
「今日は何食べたい?」
モートニーナが聞いた。
「サラダ2つとサンドイッチ4つとクリームメロンソーダ2つ」
やはりこの国の者は皆クリームメロンソーダを――たとえどんな料理でも――注文するらしい。
マチルダは、朝食をとりながら、何とはなしに誰にともなく聞いてみた。
「そういえば、ここに来るまでに馬車で市街地を通った時は、レストランの中は家族連れやカップルまで居て賑やかそうだったけど、このお店は私達しかいなくて、静かね。どうして?」
「さぁ、どうしてだろう? それについては僕も習ってないから知らないな。モートニーナは知ってる?」
「私も最近この店の主になったばかりだから知らないわ
マチルダは後で図書館まで馬車で連れて行ってもらうことを胸の内で決めた。問題は、いつ行くかだ。
朝食を食べ終わったところで、デザートだ。
マチルダは王子にこんなことを聞かれた。
「宮殿に来る途中、気になったことはあるかい?」
「えぇ。稲妻の形をした角を持った鹿を見かけたわ」
「それは砂鹿のことだろうな。今モートニーナが用意してくれているデザートは砂鹿のミルクで作られたチーズのアイスケーキだ。この国の郷土料理の1つだ。とても美味しいから、食べたら君も気に入るだろう。それに、砂鹿とはいえ、勿論、砂は全く入ってないから安心してくれていい」
「できたわよ。今からそっちのテーブル席まで運ぶわね」
モートニーナが運んできてくれたワゴンの上には、砂鹿のアイスチーズケーキに、木の実が添えられた一品が2人分用意されていた。
マチルダの席にそのうちの1つが置かれた。
モートニーナは王子の分をテーブルの上に置きながら優しく声をかけてくれた。
「食べてみて」
言われたマチルダは、小さなスプーンで木の実とチーズケーキの一部を掬って口に運んだ。
彼女の口の中で、木の実の甘さとチーズケーキのなめらかでまろやかな酸味が一瞬だけ広がり、儚く溶けた。
「初めて食べたけど、美味しいわ」
モートニーナと王子が笑顔でハイタッチした。
「良かった。またここへ来ることがあれば頼もう」
お皿が2枚とも空になると、王子がおごってくれた。




