第4話 王子とマチルダ
馬車から降りたマチルダを出迎えたのは、彼女がこの王国に転移させられる前に会った、あの執事だった。
宮殿の玄関に入ってすぐ、来殿者の受付で、名簿に名前を書くと、
「王子様のお部屋の前まで執事が案内します」と侍女に言われ、マチルダは執事と一緒に宮殿の奥まで案内された。
廊下の上部サイドの壁には、歴代の王様の肖像画と写真が飾られている。クリームメロンソーダに差された細いストローのそばに、嬉しそうにウィンクしている王様もいれば、厳しそうな表情の王様まで様々だ。
執事は背中をシャンと伸ばしながら、こちらに首だけ向けた。
「ご安心を。王子は笑顔がとてもチャーミングなお方です」
「ならいいんだけど……」
モスグリーンのカーペットの上を歩いた先の突き当り正面が王子の部屋のドアである。
執事が王子の部屋のドアを4回ノックした。
「王子、子羊候補をお呼びしました」
『入るが良い‼』
と、部屋の中から王子らしき声がした。
執事がゆっくりとドアを開けると、開ききったところで王子がいきなりマチルダに抱きついてきた。更にあいさつのキスをマチルダの頬にした。
「こんばんは、迷える子羊よ。待っていたよ。さぁ、中へ入ろう」
2人が部屋の中に入ると、執事がドアを閉めた。
カーテンの閉められた窓のそばに立つと、王子はマチルダに振り向きながら聞いてきた。
「アナザーの城砦は見たのか?」
「えぇ、見たわ。とても素敵だったわ」
「あれはかつてこの王国が戦争をしていた時代のものだそうだね」
「ツインクロックタワーは見たかい?」
「えぇ、見たわ。とても美しかったわ」
「芸術的だろう? あれをデザインしたのは僕なんだ」
「良いセンスを持っているのね」
今度はマチルダが質問をする番だ。彼女は元の世界から持ってきた例の本を茶色い革製のカバンから取り出して、クリームメロンソーダコードの文字列が印字されたページを開いて王子に見せる。
「クリームメロンソーダコードって何?」
「異国の地とこの王国がつながるコードだ。その本に印字されている文字列もバーコードも記号・番号も、全部僕が下々の者に用意させた。コード名もコードも考えたのは僕だけどね」
マチルダは首肯した。
王子は続ける。
「僕が異国の図書館へ、中身が同じ本を3冊ばらまいたのは、ソウルパートナーが欲しかったからなんだ」
「ソウルパートナー?」
マチルダは聞き返した。
「そう。ソウルパートナー。魂のパートナーが欲しくてね。友人でも恋人候補でも妃でもない人を、この本が選んで連れてきてくれるんだ」
「なるほどね」
マチルダは本を閉じてそれをこんこんと叩く。
「この本の役目はそうゆうことだったのね」
と、ここで突然、部屋の外からドアを4回ノックする音が響いた。ドアの向こうに居るのは執事だ。
『王子、そろそろ地下のバーが閉まる時間です』
「わかった! 教えてくれてありがとう!」
王子はドアのほうを向いていたが、すぐにマチルダに振り向いて言った。
「実は君とバーに行きたかったんだけど、閉まっちゃうんじゃ、仕方ないね。今日は僕と一緒に寝よう。バーのマスターは朝はカフェも営んでるし。明日を楽しみに今夜はもう寝よう」
「カフェはどこにあるの?」
「明日、僕と一緒に行こう。宮殿の近くだから」
ここで王子は魔術コードを詠唱する。
「ドゥン・マチェッパ・ベッド」
王子のプリンスサイズの大きなベッドと向かい合うように、枕や掛布団がセットになった薄ピンク色のベッドが出現した。
「まだ初対面で、僕と一緒に寝ることに抵抗があるなら、あのベッドを使うと良い」
王子は薄ピンク色のベッドを指さして言った。
「ありがとう。明日は何時に起きれば良いの?」
王子は腕を組み、窓辺のカーテンを開け、外の風景を見ながら言う。
「朝の6時には起きてほしい。朝食は7時からだから」
「O.K, 6時ね」
マチルダはカバンからスマホを取り出して、目覚ましアプリを起動させ、起きる時間を6時にセットした。
王子は横からマチルダに近寄ってきた。
「それは何だ?」
「スマートフォン。通称スマホ。目覚まし機能があるのよ」
「へぇ。異国の文明は興味深いな」
王子はマチルダのスマホを、彼女の肩越しに覗き込んだ。
マチルダはスマホをカバンに戻してこう言った。
「じゃあ、私は貴男が用意してくれたベッドで寝るわ。おやすみ、王子」
「おやすみ、マチルダ」
2人はそれぞれのベッドへ移動して、その日は就寝した。




