『尾っぽ』。
「というわけだ、さっさと出ろ」
室長が残陽隊長のハイレグ、そのうなじ側の首元を掴み、ビルの出入り口へ向かってポイっと放り投げた。
「投げるな」
大人しく投げられた残陽隊長は、少し上にズレたハイレグを直しながら室長に文句を言ってる。
「女を雑に扱うな」
「扱われる側が言うことではないな」
「メンテナンスを頼む」
「…………貴様はもう少し会話というものを学んだ方がいいな。それとメンテはあまり頻繁でなくていいと言っただろう」
本当に仲がいいみたい。
軽口を叩き合ってる。
「ね……? 仲良いでしょ……?」
今まで静かにしていた山田さんが、場の空気が軽くなったのを感じたのか、僕たちにこしょこしょと話しかけてきた。
ラボに来る前に言った残陽隊長の豆知識が本当だったことを僕たちに見せられた事が嬉しいのか、自慢げな顔をしている。
「山田、その子たちにくだらないことを吹き込むな」
残陽隊長は室長に腰のベルトとその両端についた何か取り外してもらいながら。
イタズラそうな笑みを浮かべる山田さんに向かってそう告げた。
……室長、身長差のせいでめちゃくちゃ外しにくそうにしてる……。
「くだらなくな〜いですよ〜! 残陽ちゃんの、ひ、み、ちゅ♡」
「それがくだらないことだ」
「くだらなくないっ」
山田さんが唇をとんがらせたのを見て、残陽隊長はそれ以上の否定をやめた。
「……そうか」
そして、小さく息を吐くた後、それだけ行って会話を終わらせた。
でも、めんどくさそう……というよりは、何か別の感じだった気がした。
「ハァ……」
残陽隊長の腰のベルトを外そうと、抱きつくような深く抱きつくような体勢になっていた室長が、突然スクッとたちあがる。
そして、上を向き、腰を逸らした。
……腰にきたんだろうな……。
そして、残陽隊長を見下ろすと大きくため息を吐いた。
「もういい、つけたままメンテす……つけ麺する」
?????
なんで言い直したの?
つけ麺するの??
そう言って際限までしゃがみ込み、腰についたベルトたちのメンテナンスを始めた。
その絵面は……ちょっと事案っぽい……。
「つけ麺には少し時間がかかる、君たちは先に外へ出ていると良い。榊、案内を頼む」
「二人っきりになってえっちな事でもするんですかぁ〜??」
「すると思うか?」
「ちぇっ! つまんねっ」
「その子たちの時間も無限なはない。早くしてやれ」
「うぇーーーっす。じゃあみなさんこっちにドゾっ!」
山田さんはへろっとしたやる気のない敬礼をすると、僕たちをビルの外へと案内し始めた。
柊さんは、ビルを出るのを名残惜しそうにしている。
多分ここが、柊さんの夢の場所なのだろう。
……またここに来る時……もし一人で行きにくかったりしたら……。
……僕、ついていってあげよっ。
僕がそんなことを考えながら、ビルを出た。
ビルを出ると一人の男の人がこちらに気付き、ぺこりと頭を下げた。
「ふぁ〜あ……。んむ? おっ! ぎゃおっす!」
可愛い声をしたその男の人は、黒に近い灰色の怪獣の着ぐるみみたいな寝巻きみたいなのを着ていた。
口のところがパーカーみたいになっており、そこから顔が見える。
ご丁寧に尻尾までつけられ、後頭部からその尻尾の先端まで、黒めのトサカみたいなのが不揃いに並べられていた。
その男の人は、大あくびをしながらホウキを使って掃除をしていた。
「あ! フルーツサンド食べ食べマンさん! どうも!」
フルーツサンド食べ食べマン…………!??
ここにはそんな人しかいないの…………?????
「うわー! 今日何にしよっかな〜っ!! う〜〜〜ん、マンゴー!!」
「おうわマンゴゥ! い〜ですね〜! 私も夕飯にしよっかな!」
「うわっ! パクリ丸め! …………夕飯にフルーツサンドはどうかと思うけどね?」
山田さんと男の人は僕達をよそに可愛らしい世間話を始めた。
とても仲の良い友達らしいみたいで、うぇいうぇいと盛り上がってしまった。
すっかり取り残されてしまった僕たち五人は、五人でお互いの顔を見合って、ちょっと笑った。
その時、ビルの壁を伝って、たくさんの小さな四角い蜘蛛みたいな機械たちがこちらに接近してきた。
「おっ、帰ってきたぁ」
掃除をしていた男の人はそう呟くと、ホウキ適当なビルの壁に立てかけた。
機械たちはビルの壁から地面へと降りると、男の人のそばでぴたりと止まった。
すっごい……生き物みたいだ……!
男の人はその機械たちについたボタンみたいなのを一つ一つ押していく。
すると、機械たちはさっき僕たちが出てきたビルとは違うビルの中にトコトコと入っていった。
ほんとに生き物みたい!
「ん? おりょ?」
男の人は、手際良くボタン押しを進めていたが、ある程度押したところで不思議そうな顔をし始めた。
そしてキョロキョロと周りを見回す。
「? どうしたん?」
山田さんが訪ねる。
「ん〜〜……なんか少ない気がするねんな〜〜一個くらい」
そう言うと男の人は遠くを見るようにおでこに手を当てて、できるだけ遠くを見るためだと思う。
ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
「来る時は全部あった気がしたんよなぁ〜? ん? あ! あっっちゃ〜〜」
その視線の先、結構近くに……。
いや、わかんない……。
広すぎてよくわかんない……。
近いのか遠くいのかよくわかんない!
けど、確かにあった。
逆さまを向いて地面に倒れている。
「あっぶえ、怒られるところだった」
「誰に?」
「自らの誇りに……」
そう言いながら男の人は山田さんに向けてキメ顔と決めポーズを決めた。
何故か同調した山田さんもキメ顔と決めポーズを決めてる。
僕たちに向けて。
男の人も僕たちに向かって新しい決めポーズを決めた。
なんで?
なにがなの?
男の人が決めポーズを解いてボタン押しを再開しても、まだ山田さんは僕たちに向かって決めポーズを続けていた。
いろいろなバリエーションで。
意図がぁ……わからないっ!
どんな顔して見て見てればいいのぉっ!
わぁ〜〜! かっこいい〜〜〜!!!!
とかなのぉっ!??
「んじゃ、俺ちゃん次の清掃があるんで出ますね、ラーメン没頭室。帰ってった掃除ロボとあの落ちてるのの確認よろしくねサカちゃん」
「あいよ! ラーメン一丁!」
「言ってない」
「あぁなんだ言ってない……」
ラボを後にする男の人の背中を、山田さんは白いハンカチを振って見送った。
あの人ただの掃除の人なんだ……。
の割には濃ゆいっていうか……。
「うーん、どうしよっかな。帰ってった方先に見ようかな。壊れるって言ったってそんな複雑なやつじゃない私でもわかるやつだし」
山田さんがうむうむと唸りながら掃除ロボが帰っていたビルとあっ! 今見たらめっちゃ遠い!
ところに落ちてる一機? 一個? の掃除ロボを交互に見る。
「取りに行くのめんどくさいし出てきた梅雨さんが取ってきてくれるかもだし帰ってった方からやろ!」
この人全部……! 全部声に出す!
全部……全部出す……!!
そして僕たちの方を見た。
「あ、みなさんは残陽ちゃんが出てくるまで待ちで〜〜す! ここで待機おねがいしま〜す!」
そう言って山田さんは機械たちが入っていったビルに駆けていく。
「あの、すみません」
走り出した山田さんの背中に声をかけたのは、師だった。
山田さんは、よっ! と声を出して立ち止まって、こっちを向いた。
「はい! なんでしょう!」
「よろしければ私、行ってきましょうか?」
「……ふぇ?」
師の提案に、山田さんはすっとんきょうな声を出しながら首を傾げた。
ちょっとして、何かわかったって感じで、ぽんっと手を叩いた。
身振り手振りがとっても大きい人だ。
「あ、あー! なーる! 落ちてるやつって事ね! あー! なるなる! でもそんなぁ! ダメダメダメぇ! 悪いですよ悪いです! そんな多大なるご迷惑をおかけするわけには……!」
「大丈夫ですよそれくらい……」
「でもぅ……」
「私たちも、もう皆さんの一員ですし」
「! 確かし……」
師の一言が刺さったのかな?
山田さんはうーん……と一回呟くと。
「じゃっ! お願いしよっかにゃっ!」
語尾をにゃーにしてそう言った。
「機械まで行ったらさっきみたいフルーツサンド食べ食べマンがやってたみたいにボタン押して! もしそれで戻っていかなかったら持ってきてく〜ださい!」
「わかりました。では行ってきます」
師は、ぴょこぴょことビルの中へ入っていく山田さんと僕たちに向かってぺこりと挨拶をした。
それから、落ちてる機械の方へ走り出した。
走り出した師の小さくなっていく背中を、僕たちは視線で追った。
綺麗なフォームで颯爽と走る師の姿はとても格好良くて、足の速い男の子を好きになる女の子の気持ちがよくわかった。
あれはモテモテですね間違いない。
そう思っていると、もう機械までの距離半分くらいまで走って行ってしまったはずの師が。
なぜか突然、スピードを緩め、ついには立ち止まってしまった。
どうしたんだろう?
僕はなんとなく気になって、小走りで駆け寄りながらすごく遠くにいる師に聞こえるよう大きな声で声をかけた。
「どーーしたんですかーー! いーーくさーー!」
師からの返答は無い。
聞こえてないのかな?
「いーーくさーーー? どーしたんですかーーー?」
さっきより大きな声で叫んだ。
でもまだ遠いし、聞こえないかも。
なんて考えていたその時。
右側のビルの壁から、黒くて太い棘みたいな木の根っこみたいなのが、師に向かって伸びてきた。
? なに……
師はその黒い根っこから逃れようとして、素早く足を動かした。
でも、取り囲むように広がった黒い根っこから逃げるのは至難の業だった。
師の右腕が、伸びてきた黒い根っこのうちの細い一本にぶつかる。
師が接触すると同時に、黒い根っこは粘性のある水に変化した。
そしてどろっと崩壊すると、シワ一つないスーツに包まれた師の右腕を濡らした。
「うっ……!ー
師が苦しそうな声を上げた。
多分、出したくて出したものではないだろう。
師は腕を押さえながら、それでもよろよろと足を動かして走ろうとする。
が、数歩歩いた直後、耐えられないと言った表情になって地面にしゃがみ込んでしまった。
まるで、重いものでも持っているみたいに。
僕は全速力で駆けた。
でも遠い。
師のように足の速くない僕では、そこまでたどり着くのに時間がかかった。
「!」
多分、ビルとビルの間の路地にいたんだ。
師を攻撃した張本人が、ビルの壁からこぼれ落ちるようにどろりと姿を現す。
遠くだから正確にはわからないけど、師と比べて十センチくらい高い身長をした黒い髪の女の人だ。
右肩から手の方向に向かって、黒い木の根っこのようなものがたくさん生えている。
肩と腕を覆うマントみたいに。
バイオウド……。
その黒い木の根っこが、ねじれ、混ざり、溶け合い、絡み合うようにしてゆっくりと集約されていく。
そして、一本の太い根っことなった。
黒く、太い根っこが、ぐにょりぐにょりとゴムみたいにしなる。
動物の尻尾? 触手? 鞭?
ともかくそれ腕に身につけたバイオウドは、逃げようと背中を向けている師に狙いを定めると、その根っこを振るった。
バチィンっ! と大きな炸裂音がして、背中を打たれた師が大きくのけぞった。
そして、大きく息を吸った。
師が勢いよく前のめりになって倒れた。
ガタガタと震えている。
……違う、震えているのではない……痙攣だ。
師は痙攣している。
僕は、今までで一番早く走った。
急に全開を超えた体に、心臓が壊れそうになる。
耳鳴りがして、出したくもない涙が視界を歪ませた。
根っこのバイオウドが、痙攣し、おそらくもう意識のない師に二打目を放とうと、腕と根っこを振り上げた。
そしてまた、さっきと同じように根っこが振り下ろされる。
バヂィィィン”!!
瞬間、僕の背中に、頭がおかしくなってしまいそうな程の狂気的な衝撃が走った。
間一髪間に合って、師の体に覆い被さった僕の背中に、その攻撃が直撃したのだ。
いいいいいいいいああああああああ!!!!!
心の中で絶叫した。
痛くて、意識が壊れてしまいそうで、自分が誰かもわからなくなりそうだった。
それくらい強烈で鮮烈な痛みが、背中から全身に伝わった。
いいいいいいだあああいいあああああ!!!!!
僕が意識をたまっていられたのは、師おかげだった。
目の前の師守らなくては、という、気持ちのおかげだった。
攻撃を喰らう前、うつ伏せの師に覆い被さる瞬間。
ほんの一瞬、命の消えかけた師の横顔が見えた。
僕が守らないと、消えてしまう命が見えた。
壊れても守る。
そんな気持ちになった。
それから、二度、三度、僕の背中が同じ刺激を受ける。
その度、自分が自分であるための、何かよくわからないものが、ぐちょぐちょにかき混ぜられてわからなくなっていく。
視界に暗闇が広がってゆく。
次第に大きくなる鼓動音が、脳を揺らして気持ちが悪い。
ぐちょり。
さっきと違う刺激が、僕の背中を襲った。
どうやら踏みつけられているようだ。
ぐちょぐちょを音を立てる自分の背中がどうなっているかは、想像もしたくなかった。
“それ”僕の背中を踏みつけたまま、ぐりぐりと足を動かした。
ぐちゅりぐちゅり。
喉が痙攣して、呼吸がおかしくなる。
泣き声が出た。
その度、僕の体は小さく、小さくなろうと、うずくまっていく。
「チッ……」
舌打ちが聞こえた。
それと同時に、足が僕の背中からいなくなった。
「邪魔」
フォン、フォンと、空気を切る音が聞こえる。
「持ち上げます……ちょっとだけ我慢してください……」
耳元で声が聞こえた。
柊……さん……?
勢いよく体が持ち上げられる感覚がして、一瞬全身が拒否反応を起こした。
「う”あ”ぁあぁ”っ!!」
「すっすいませんすいませんっ!! 我慢してくださいっ……!」
薄れた視界の中、柊さんが、僕を抱えて走り出したのを感じた。
敏感になった脳みそが、変に揺れを大きく感じさせた。
そのせいで、柊さんが踏み込むたびに吐き気が湧き上がった。
いや、実際に吐いたのかもしれない。
体がうまく動かないし、うまく感じない。
自分の体が、自分の体でないみたい。
僕の“僕”という意識が、どこかへ行ってしまう。
そんな感じだった。
でも、一つだけ。
感じるものがあった。
それは、柊さんの体温だった。
柊さんの体温は、とても冷たった。
ひんやりしていて気持ちが良かった。
多分 痛みと苦痛で炎のように熱くなっていた僕の体と心を、じんわりと冷ましてくれた。
僕の体を必死に抱えて、僕を助けようとしてくれる柊さんの体温……。
僕が意識を手放さないでいられたのは、それのおかげだった。
「大丈夫だから、大丈夫だから」
隣からみらちゃんの声が聞こえる。
そこには、師を抱えて励ましながら走るみらちゃんがいた。
僕の中に、少しずつ僕が帰ってくる感覚がした。
「邪魔」
走るみらちゃんの後方。
あの根っこが、みらちゃんの背中を狙い、伸びていた。
声が出ない。
「チッ……」
でもなぜか、根っこみらちゃんに届く前に止まり、戻っていった。
僕は目だけ動かして、根っこが戻っていった方向を見た。
「……!」
そこでバイオウドと相対していたのは、常穏だった。
常穏は超人的な身体能力でバイオウドの攻撃を回避すると、喉や顔面、人体であれば急所にあたる場所を蹴りつけた。
「めんどくさいんだけど」
根っこのバイオウドは、ダメージこそ負ってはいないものの、明らかに不機嫌になっていた。
バイオウドは太い根っこを、解き枝分かれした根っこに戻した。
その根っこを、常穏に向かって伸ばし、囲んだ。
師の時と同じようにするつもりだ。
しかし、常穏は自身を覆う根っこを触らないように丁寧に避け始める。
「チッ……」
バイオウドは機嫌が悪そうに舌打ちをすると、さらに細く長く根っこを枝分かれさせていく。
ついに常穏の左ふくらはぎを、黒くて細い根っこが掠めた。
根っこがどろりと崩壊し、常穏の履いたスーツのズボンより黒い色の液体が、常穏の左ふくらはぎを染める。
常穏ががくりと膝をついた。
「終わり。めんどくさい。死ね」
枝分かれした根っこをまた一つに集約させ、バイオウドは常穏に向かって右腕を振り上げた。
でも今度は鞭みたいに打つ姿勢じゃない。
貫くみたいな姿勢だ。
体がもう動かない。
僕は自分の体の弱さを呪った。
「死ね」
根っこのバイオウドが、常穏に向かって貫くようにして右手を突き出した。
次の瞬間。
音も無く、根っこのバイオウドの右腕が切断された。
一つに集約された、根っこごと。
「? …………?」
あまりの出来事に、バイオウドも怪訝な目をして、困惑している。
切断された右腕すら、血が滲む程度の反応しか示していない。
多分まだ、体が、頭が、切られたことに気付いていないのかもしれない。
「ッ!!! ガァッ!!!!!」
そして、切断された腕から勢いよく血が吹き出てから、バイオウドは痛みに悶え始めた。
うずくまり、大量の血液が流れ出る右腕の切断面を、左手で強く握りしめている。
「あんだ、こんなとこ来てっから強いんかと思ったらよ。弱ぇじゃねぇか」
上の方から何人かの声が混ざったような声が聞こえた。
すごく上の方。
僕たちみんなが、そっち目を向けた。
腕を切られたバイオウドも同様に。
僕たちの目線の先には、ビルの外壁に“立った”仮面の男がいた。
文字通り、ビルの壁から真っ直ぐ横に向かって垂直に。
命綱やワイヤーなどは、一切見当たらない。
「あんだよ〜! エスト……せめてhighestくらいあると思ったんだがなぁ〜? 尖兵とかか? にしたってよわいなぁ〜」
男はしゃがれた声で喋りながら、壁をゆっくりと歩いて降りてくる。
黒い短い髪と、やや細身の体型。
服はどこかの制服みたいな感じで、スーツに近い。
それと、赤を基調とした仮面とネクタイ。
わかるのは、それくらいだった。
声はよくわからない、たくさんの人の声が混ざってる。
「まさかここに、バイオウドが侵入してくるとはな」
残陽隊長の声?
声のした方を見る。
そこには、残陽隊長と、室長がいた。
ゆっくり……だけど何か……。
緊張感を放ちながら……こちらに歩いてくる。
「おー! 梅雨! と……残陽? だっけか? 久しぶりだな! あんだよお前らここにいたのかよぉ! じゃ、ここはお前らに任せて、俺ちゃんはお暇しよっかな!」
そう言うと、男はぴょんとビルの壁からバイオウドの近くの地面に飛び降りた。
まだ結構、距離があったのに。
「すまない。遅くなった」
残陽隊長は、バイオウドの方から目を離さずに僕達に近づいて、そう言った。
「泉埜、すまない。よく耐えたな」
声が出せないので、僕は小さくこくりと頷いた。
「……もっと早く、来れなかったんですか……??」
ふと、泣きそうな怒った声が聞こえた。
…………みらちゃん?
「あなたたちがもっと早く来てくれたらっ! 師も情もっ! こんなふうにはならなかったのに! 大体なんでここにバイオウドがあるんですか?!! それに、常穏だって……っ! もうちょっと遅かったら……! なんで……! なんで二人が……ッ!!」
「……………………。すまない。君の怒りももっともだ」
気を失っている師を、強く抱き抱えながら涙を流すみらちゃんの手に、残陽隊長は手を重ねた。
そして、バイオウドからほんの数秒目を離して、みらちゃんの目を見た。
「すまなかった。守らず、本当に申し訳ない」
表情はほとんど変わっていなかったけど、その目から真剣な感情が感じ取れた。
それはみらちゃんも同じだったようで、何も言えなくなったのか、自分の肩に口を埋めて、静かに泣き始めた。
残陽隊長が、バイオウドに向き直る。
バイオウドはまだ、右腕の切断面を握りしめて悶えていた。
それを、仮面の男が、時々ちょいちょいと突っついている。
突っつかれるたびに、バイオウドは大声を張り上げて泣き叫んだ。
「あ、すいやせ。遊んでねーでお暇しやすね。すいやせ」
仮面の男は頭に手を当てて変なお辞儀をすると、ビルの外壁に足をかけ始めた。
「んしょ……! んしょ……っ! わっ……! たかいとこりょ……こわいにゃぁ……! んしょ……んしょ……! ふんぬっ!」
一歩目でんしょんしょ言う男は、パントマイムでもしてるみたいな動きで一歩一歩時間をかけて登っていく。
みんなが疑問に思っていたことを、柊さんが室長に質問する。
「あの……あの人は……」
突然だった
柊さんが言い終わる前に、残陽隊長が腰についた何かを操作した。
『声紋認証、パスワードを入力。』
室長の声が、その何かから聞こえた。
「Wake up」
残陽隊長が、そう言い放つ。
『認証完了』
何かから、室長の声が響いた。
と同時に、残陽隊長の両足に真紅の装甲が装着される。
そしてその足で。
地面を。
蹴った。
残陽隊長はほんの一瞬でもがき苦しむバイオウドのそばまで辿り着くと、その真紅の足を振り上げた。
そしてその足を勢いよく叩きつける。
対象は、根っこも腕も失い、もがき苦しむバイオウド。
ではなく、ビルの壁を登ろうとする仮面の男。
「あたーーーーーーーーックっ!!」
男が、変な叫びをあげながら蹴り飛ばされる。
「いいじゃ〜〜んもう! 謝っからさ〜〜! すぐ出るすぐ出るもうす〜〜ぐ出る! あもしかして〜……バイオウドが入ってた事ぉ!?? 言わない言わない誰にも言わないから! マジマジ、俺ちゃん嘘とかしかついた事ないんだよね! 白いペンキは牛乳からできている。……え? 作られてるやつある? まじかよ、流石の俺ちゃんもびっくり!」
口が……。
口がすごい回る……。
「まさかバイオウドに侵入されようとはな……」
残陽隊長が、じろりと仮面の男を睨んだ。
「いやー! 俺のせいじゃなぁあいよ↑!? だってそんな言われたってわかんないじゃん!? 絶対って無いんだしさぁ! いつかわぁ! みつかるわけでぇ! そんなぁ……俺にぃ……言われても…………。すみませんでした……………………」
「バイオウド“エスト”『尾っぽ』」
「…………? あっそこに倒れてる奴ぅ?」
「貴様を討伐する」
「……………………。」
仮面の男が……。
「……………………ふっ……」
笑った気がした。
「…………逃してくんね?」




