辛い。
「泉埜さん、泉埜さん」
頭の上から、なんだか優しい声が聞こえる。
そうだ、僕はぽかぽか陽気に当てられて、車の中で眠ってしまったんだった……。
……? 頭がさらさらしてる……?
……それに僕、いつの間にか横になって……。
……………………?
あれ、そういえばここ車じゃん……!
横になったらダメなんじゃ……!
バッ!
冷ヤッ! として飛び起きた。
でもよく見たら、いつ止まったのかわからないけど、もう車は動いていなかった。
ふにりっ……。
「……ありゃ……???」
もう動いてない……っていうか屋外駐車場みたいなとこについてる……。
「起きましたか」
「へ?」
灘さんの声???
でもなんだかすごく近くから声が聞こえた気がする。
「あ……え……? うわびっくりした!」
声がした方を向くと、僕が勢いよく持ち上げた頭のすぐ右に灘さんの顔があった。
僕がさっき起き上がるために手をついたところは、灘さんの太腿だった。
どおりでなんか車のシートにしてはやぁらかいなぁと思ったんだ。
ふにぃ……ってしてたし。
近くで見る……もう本当にちっかくで見る灘さんの顔は、小さくてきめ細やかで真っ白で……なんかもうおいしそうまである。
ありょ? でもなんでこんなに近くに?
「あ、あの……」
「なんですか?」
「なんで、こんな、近くに……。……それに僕、灘さんとは逆の席に座ってたはずじゃ……」
「ついてからすぐ休憩時間が与えられましたので。それと、睡眠をとるなら座ったままより横になった方が健康にいいはずですので、勝手ながら体を倒させていただきました」
「え? え? もしかして……僕……膝枕……されてた……???」
「不快でしたら申し訳ありません。余計なことをいたしました」
「え!? い! いやいやいやいや! 不快だなんて! 余計なことだなんて!!」
ひ、膝枕なんてお父さんとお母さんにもしてもらったことない……。
それに、あの頭がさらさらした感覚……。
……あれ……頭撫でられてた……の、かな……。
「泉埜さん、どうしました?」
「あ……! ……すみません……ぼーっとしちゃいまして……すみません……えへへ……」
「そうですか、寝起きですから仕方ありません。…………私情なのですが……少々宜しいでしょうか」
「え、あっ! はいっ! 僕にできることならなんでも」
「よければ手を動かしていただけると、私も身動きが取れるのですが……」
「て? ………………あ……」
僕ずっと灘さんの太腿の上に手ついたままだった……。
どかすの忘れてたぁ〜〜……!
僕は即座に灘さんの太腿から手を離し、灘さんとは逆の席に移動した。
「重ね重ねすみません……! 温かくて、安心して……!」
やばい言い訳になってない。
何言ってんだ僕。
やってんだろこれ、やってんだ。
嫌われるのは時間の問題ですね間違いない。
返答を聞きたくない、でも無視はもっと……。
「そうですか、それはよかった」
…………へ?
…………それだけ…………??
「ここはバター本部から車で約六時間半のところにあるバターの支部、石川支部です」
僕の焦りをよそに、灘さんは冷静に僕へと状況を教えてくれる。
「って……へ? いっ、いしかわ……!??」
トーキョーカラロク↓ジカン↑ハン↑!??
寝過ぎ! 普通の睡眠時間くらい寝てる!
「はい、石川です。長旅でしたので、到着して早々に休憩時間が設けられました。他の合格者の方々はすでに支部内へと入って行かれました。各々休憩をとっていられると思います。白石さんと運転手の方は彼女たちが迷子にならないようそちらの方へ」
わっ、情報の波がわっっと……。
なに、も、わから、ない……。
あれ? でもそれじゃあなんで灘さんは……。
スッ……。
ふと、車の窓から影が伸びる。
暗っ! 見えない!
ガコっ、ひゅ〜。
灘さんが車のドア開いて、その影に小さく会釈をする。
「灘さん、泉埜さんは起きましたか?」
女の人の声? 聞いたことあるな……。
「はい、守人さん。先ほど目を覚まされました」
あっ! そうだ! この声、守人さんだ!
「守人さんはやめてください」
黒い影が小さく振動する。
多分手を振ってる……のかな……?
「師でいいです、同い年の同期なんですから」
あ、守人さん……天存さん怒ってた時は厳格そうだったのに……。
……真面目な人なんだろうなぁ……。
「では、私も気軽に、常穏、と呼んでください」
「わかりました。よろしくね、常穏」
「はい、師」
握手してる。
……もう仲良くなっちゃった。
すごいなぁ、コミュ強ってぇのは……。
「あなたもよ! 泉埜さん!」
「え?」
灘さんが開けたドアの隙間から、守人さんがぐいっと車内へ身を乗り出してきた。
座ったまんまの灘さんの胸元を横切るようにして、僕に向かって守人さんが近づく。
「初めまして、私、守人 師と言います」
「えっあぁぃず!? あ! あい! あいズ↑! あっい! いいい泉埜 情ぜす! よろじくおねがいじ……っ! マずッ!!」
噛みまくりキョドりまくりだ〜!
無理よ無理、そんな灘さんと同じように接されても〜!
……それでも、こんな僕を見ても。
守人さんは、にこやかな笑顔をしたまま、さっき二人の握手を見て
「そうしなきゃなのかな?」
って思った僕が、握手を求めてるのかなんなのかわからない力の入れ具合をした右手を掴み、ギュッと握りしめてくれた。
「よろしく、泉埜 情さん! 情って呼んでもいいですか?」
「はっはい!! せいでもなんでも!!!」
キューン! 好き!
優しくしてくれる人好き!
ってー! 今日は人を好きになってばっかりじゃんか僕!
惚れっぽい男め! よくない!
「女性同士、仲良くしましょうね!」
「はっ! はいっ!!!!」
…………………………。
………………ん?? 女性同士……???
「……あの、師さん……」
「? なぁに?」
「……僕、男です……」
「……え? えっ!? 嘘っ!?」
「え! そのっ……! うっ嘘じゃないです! ほんとです……!」
「え!? あっ! すみません! あんまり可愛いから勘違いしてました! あ〜〜……! すみません!」
「い、いや、いいんです! それはいいんですけど……。それで……その……」
「? それで……? 何ですか?」
「……僕のこと男って勘違いしてたじゃないですか……」
「え? えぇまぁ……はい。……もしかして……、嫌でしたか……?」
「そ、そうじゃなくて…………。…………嫌いに……なりましたか……?」
「?」
「あっい! いえいいんです! なんでも……ありませんでした、勘違いでした……」
「嫌い? 嫌いに? …………。ならないですよ?」
「え……?」
「それじゃあ、早く中へ入りましょう。休憩時間はもう少ないですよ」
「あっえっ……はい……」
「立てますか? 情」
「! ……はいっ……!」
「よかった。灘さ……常穏すみません、長い間前を」
「お気になさらず。……泉埜さん」
「! ……はっはい……!」
「私もあなたを、情と呼んでも?」
「! はっはい! よろしいですっ!」
「ありがとうございます」
ニコッと笑った灘さんの笑顔は、陽の光を浴びてキラキラと綺麗に光っていた。
もしかしたら僕は……いや確実に……。
優しさの上澄みにいる人たちの中に入ってしまったのかもしれない。
守人さんは一度車内から身を引くと、僕側のドアまで外を回ってきてくれた。
守人さんが、僕の日陰になるように、太陽を背にして立ってくれる。
こんなに優しい影を、僕は見た事が無い。
ガコっ……ひゅ〜〜……。
守人さんがゆっくりと開けてくれた車のドアから、爽やかな外気が車内へと流れ込んでくる。
「気をつけて」
……多分、守人さんが寝ていた僕のことをこんなに気にかけてくれるのは、僕の気分が悪いのではないかと心配してくれているからだろう。
すっ……。
車から降りようとした僕の背中に守人さんの手がそっと添えられた。
支えるように、優しい熱を放っている。
「いつでも寄りかかっていいですからね」
「師、何か手伝えることはありますか?」
「ありがとう常穏。じゃあ、彼が起きたことみんなに伝えに行ってくれませんか?」
あぁそうか……みんな………………。
…………………………。
「……………………ぐすっ…………。」
「? えっ……!? 大丈夫ですか!? 車に戻りますか!??」
「……いえ……大丈夫です…………」
「そ、そうですか? 辛かったらいつでも言ってくださいね?」
辛い、とっても。
この優しさが……。
とても……。
辛い……。
でも…………。
とっても幸せな気分。




