禁断を破る
…………………………?
あつい…………。
冷たくなったはずの体に、不意に気持ちの悪い灼熱が戻ってくる。
「…………い……さ……」
私は……。
死んだはずだ……。
今……この場所で……。
確実に……。
「……いく…………さ……」
…………。
あつい…………。
「師っ!!」
「うっ!!」
酷い目眩がして、眠れないほどに重たい吐き気が私に戻ってきた。
「はぁ……はぁ…………うぷっ……っ!」
吐き気に促されるがまま、私は胃の中のものを盛大に口からぶちまける。
「げぇぇっ……! はぁーー……っ! はぁーー……っ! げぽっ……おぇ……」
どうやら私の体は、床に仰向けで寝かされているようだ。
まだ服を着ていない裸の体に、私の口から溢れ出た吐瀉物が広がった。
「うっ……げほっ……! げほっ……! うぅ……」
不快感がさらに強くなって、私の身体が……私の意思と関係なく一人でに身震いした。
ふと、私の頭がゆっくりと持ち上げられた。
口から流れ出る吐瀉物が、私の身体の輪郭を伝って流れていく。
おへそを伝い、鼠蹊部を伝い、股をつたい、地面へと流れ落ちる。
あぁ……もう……。
最悪……。
滴り落ちる感覚に触発されたのだろう。
私の股ぐらから、私の体温と同じくらい熱い液体が、押し留めようとする私の意思を無視して、力無く、音を立てながら流れ出た。
それの匂いと吐瀉物の匂いとが混ざって、さらに吐き気が強くなる。
私の喉の奥からまた、弱々しい嗚咽が上がった。
泣き声のような、情けないものを。
と同時に、持ち上げられた私の頭が、柔らかく、小高い地面に優しくゆっくりと乗せられた。
見上げればそこには、見慣れた……。
とは言い切れないが、見知った顔があった。
満点の星空が透けて見えるかのように見えるほどの、白い肌。
まだ目が覚めていないかと錯覚するかのような、現実感ない白色の瞳をした女性。
灘 常穏が、そこにはいた。
彼女は私の上半身をゆっくりと持ち上げると、その神秘的な白い肌が汚れるのを躊躇いもせず、自らの方へ汚物に塗れた私の体を、丁寧に丁寧に抱き寄せた。
抱き寄せられながら、私は懐かしい人肌の感覚を思い出した。
暖かく、そして甘えるような人肌の熱を。
身体に、何かをかけられた感覚がした。
うっすらとした視線をそこへ向ければ、常穏が……。
おそらく冷水……もしくは常温のシャワーを私の身体に向かってかけていた。
あぁ、そうか……。
これは、もしかすると……熱中症の重度症状……。
「ごほっ……ごぽっ……」
おそらく、熱湯を頭から浴び続けてしまっていたせいであろう。
後先考えず行動したものだ。
しばらくかけっぱなしにされていると、冷たいのかどうかわからなかったシャワーの水が冷たく感じ始めてきた。
「飲めますか?」
そう私に問う常穏の左手には、水の入ったペットボトルが握られていた。
吐き気もマシになってきたので、私はこくりと小さく頷いた。
「よかった。では口の周りを洗い流しますので、少しの間水が口の中に入らないように気をつけてください」
常穏はまず、私の口周りについた吐瀉部を手のひらに水を溜めて優しく洗い流した。
「口の中に不快感は残ってはいませんか? うがいをしますか?」
常穏はそう言うと、また手のひらに水を溜めた。
私が首を縦に振ると、彼女はゆっくりと私の口元へ水の溜まった手のひら押し当て、手のひらの中の水を優しく口の中へ流し込んだ。
口の中へ入った新鮮な水が、一瞬で汚らしい液体へと変わる。
私がその液体を吐き出すと、次を準備していた常穏が、再び私の口の中へと水を流し込んだ。
何度かやって、口の中の不快感が消えたころ。
人肌が、はっきりと感じられるほどに身体が熱を放射し切った頃。
意識が大分回復した私は、常穏が飲ませてくれる冷たい水を飲みながら夜空を見上げた。
身体にかかる冷たいシャワーが、私に命があることを私へ教えていた。
冷え切ったはずの私の体は、何故もう一度熱を帯びたのだろうか。
私は、その答えを探し求めていた。
目を覚まし、輪悟がいなくなってから……。
ずっと……。
「見えますか? 満点の星空ですよ」
常穏が、囁くように私に語りかけてくる。
「はい……とても……綺麗です…………」
この空の続くところに、君はいるのだろうか。
この星空を見ているのだろうか。
少しして、血相を変えた残陽隊長が腰についた装備を展開してやってきた。
そしてついて早々、謝ってきた。
なんでも、食材を買いに少し遠出していたらしい。
腰の装置を解除して、かなりえげつのないハイレグ状態に戻った残陽隊長が、私たちに向かってとても申し訳なさそうに頭を下げた。
星空の下、三人合わせても布面積の殆どないと言った状況で無ければ、もう少し鑑賞に浸れたのかな。
なんて、くだらないことが考えついた。
探し求めると言っても、私自身がこんなでは見つかるはずもない。
そうだ、まずは情に謝ろう。
まずは、そこから。
小さく、当たり前の一歩から。
そんな、途方もない一歩から始めよう。
私は人肌を頼りに立ち上がると、切り替えるようにシャワーから出続ける冷水を頭から浴びた。




