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バイオウド!  作者: 咲作桜裂柵炸狂羅(さくさくさくさくさくさくら)


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14/18

太陽を胸に

「あーーーつーーい!」


 さんさんとした太陽を光を、できるだけ日陰を通って避けながらいこいさんが叫ぶ。


「我慢してください、もうすぐでしょ?」


 自分から誘ったはずなのに、いつの間にか私が彼女を先導する形にになっている。


 いこいさんと出掛ける時、こうなる事はあまり珍しくない。


いこいさん。いこいさんが誘ったんですから、道案内はあなたがしてください? いこいさん」


「ねぇ〜! そのいこいさんって言うのやめてよぉー! 俺が……俺が悪かったからさ〜〜! 許してよ〜〜!!」


 前を歩く私の背中に、いこいさんがガバッと飛びついてくる。


 彼女は慣れたように私の首に手を回すと、そのままぎゅっと抱きしめながら体重を預けてきた。


 この暑さだと言うのに、この人は一体何をしてるんだか。


「怒らないでよ〜〜! 仲良ししよ〜?」


「別に怒ってません」


 仲良しも何も、私は別に怒ってないない。


 ただ今はちょっと、彼女のことを呼び捨てにしたくないだけで。


「あづーーーーーい”…………」


 私の背中に抱きついたまま、いこいさんがそんなことを宣う。


 離れればいいのに……。


 私は額を流れる汗を拭いながらそう思った。


 いこいさんに引っ付かれながらしばらく歩くと、急に周囲を歩く人の数が多くなってきた。


 そしてそのいずれもが、おしゃれをした若い女性たちだ。


 一人でいるものは少なく、皆誰かと楽しげに話しながら歩いている。


 おそらく、目的地は私たちと一緒だろう。


「あーー…………あそこか…………」


 位置は知らなかったが、遠くからでもすぐにそこだと分かった。


 長蛇の列……とまではいかないが、中々の行列だ。


 遠くに見える受け入れ難い光景に、私は思わず顔を歪ませてしまう。


 この暑さの中、この列の最後尾に並ぶのは相当覚悟のいることだろう。


 その証拠に、その列を見ただけで引き返していった女性たちもいたほどだ。


 私の体に完全に体重を預け寄りかかっているこの重りはと言うと、そんな列のことなど全く気にもしていないようだ。


 私の首筋にグリグリと顔を擦り付けて汗を拭っている。


 軽くコツンと頭を小突いてやった。


「いてっ」


 彼女はそう呟くと、小突かれた場所を押さえながら手を離した。


 やっと離れたな、と思ったのも束の間。


 こりもせずまたいこいさんが抱きついてくる。


 今度はクビではなく、腰あたりに。


 自らの腰を折り、頭突きでもするみたい勢いよくに頭から。

 

 偶蹄目か。


 私と合わせてケンタウロスみたいな姿勢になったいこいさんは、先ほどと同じように腰に顔を埋めて…………。


 いや、腰たまらなくもっと低い位置に顔を埋めて、グリグリと顔を擦り付け始めた。


 人の体をなんだと思ってるんだ。


 私は彼女をしたいようにさせたまま、列の最後尾に並ぶために足を動かした。


 私の足と連動して、私の後ろ足となったいこいさんの足も動き始める。


 私からすれば、並ぶのも待つのも暑いのも、嫌なだけで別に耐えられないわけではない。


 そして、いこいさんもそれを嫌がらないと言うのであれば、ここまで来てわざわざ帰る理由はない。


 私は列の最後尾に近づくと、前と一定の距離をとってピタリと立ち止まった。


 列の進み様から、大体二十分から三十分といったところか。


 思っていたより待たなそうだ。


 私が列の全体をサッと見渡して憶測を立てていると、後ろで私の腰より下に顔を擦り付けていたいこいさんの動きが止まった。


 それから少しして、彼女の顔がある部分が熱を奪われるようにして冷たい感覚を得た。


「はぁ〜〜〜〜〜……」


 彼女が満足そうに大きく息を吐く。


「んむぅ」


 そして、気が抜けた声を出しながら再び私の腰より下に顔を擦り付け出し始めた。


 普通は他人のそんな部位には嫌悪感を抱くものではないのか、と私は思う。


 だがまぁ、彼女がそうしたいのならそうしたいのだろう。


 私は目の前の列が無くなり順番が回ってくるまで、彼女のことを放っておいておくことにした。


 その間私は、周辺の景色でも見ておくとしよう。


 特別面白いものは無いが、暇つぶしくらいにはなるはずだ。


 通り過ぎる車のナンバープレートに書かれた数字を足し引きしたりした数に、空を飛ぶ飛ぶ鳥の数でも掛けたり割ったりすればあっという間だろう。


 私は時々冷たくなる腰より下にくっ付いた後ろ足を放置して、周囲の景色に目をやった。


 それにしても暑い。


 私は通り過ぎていく車のナンバープレートの数字を記憶しながら、汗でぺったりと体にくっついた服をぐいっと引き剥がした。


 ほんの一瞬、服と体にできた隙間に風が流れ込んできて涼しくなるが、すぐにその涼すら私の体の熱にかき消されていく。


 空を見る。


 鳥が三匹飛んでいる。


 あんな高いところをよく飛べるな、暑くないのか、と私は思った。




「ふーーー……」


 体の中の熱を吐き出すみたいにして、私は大きく息を吐いた。


 並び始めてから約十五分。


 ようやく店内は続く入り口が近づいてきたのだ。


 ナンバープレートの数字と鳥の数での足し引き、掛け割りで出した数字は、先ほどちょうど一になったところだ。


 まぁ……もう必要ないが。


 備え付けられた自動ドアが開け閉めされるたびに、店内の冷たい空気が外へと吐き出されてくる。


 汗まみれの身体には、少し寒い。


 だからだろうか、いこいさんは後ろ足じゃなくなると、私の背中にギュッ……っとゆっくり抱きついてきた。


 脇から肩に手を回して、まるでリュックサックみたいに。


 彼女の汗ばんだ豊満な胸がわたしの背中へと押しつけられる。


 ジュクっ……という音がして、私と彼女の汗が混ざった。


「ふーーー……」


 私はもう一度、大きく息を吐いた。


 せっかく涼しくなったというのに……。


 これでは元の木阿弥だ。


 …………まぁ、いいか…………店内に入ればどうせ冷房が効いているだろうし。


「いらっしゃいませ〜!」


 ついに店内へ入れた。


 寒いくらいだ、背中の温度が今は頼もしく感じる。


「何名様ですか?」


 若い女性……と言っても、私たちより年上だろう明るい女性の店員さんが、和やかな笑顔で話しかけてきた。


「二名です」


「こちらの席へどうぞ!」


 店員さんが案内した先には、綺麗に掃除されたおしゃれな雰囲気の机と椅子が並べられていた。


 若者に人気なのも頷ける様相だ。


「それでは、ごゆっくり」


 ペコリと頭を下げて、店員さんが離れていく。


 と同時に、私に引っ付いていたいこいさんも背中から離れた。


 そして、おもむろに机に椅子を引き、その椅子を手のひらで指した。


 まるでエスコートでもするみたいに。


「どうぞ、プリンセス」


「…………。」


 どう考えても、プリンセスと言うならそちらだろう。


 私は立ったまま、輪悟りんごの容姿に目をやった。


 細くて繊細な金色の髪に、制服越しからでもわかるスタイルの良さ。


 これで声も気立も良いのだからたまらない。


 数千、数万の人に聞いても、おそらく彼女の方をプリンセスに選ぶはずだ。


「…………?」


 立ったまま、彼女を見つめて一向に座らない私を見て、輪悟りんごの表情がぎこちない笑顔へと変わった。


 おおかた、何かが私の気に触ったのではないかと思ったのだろう。


 私は、輪悟りんごが引いてくれた椅子にゆっくり腰を下ろした。


 椅子の背もたれの後ろで、彼女のホッとした息遣いが聞こえる。


 余計な気なんて使わなくていいのに。


 対面の椅子に、輪悟りんごが座る。


 そしてすぐに綺麗に立てかけられたメニュー表を私の方へ広げると、キラキラとした笑顔を見せた。


「ねぇねぇ! すごいね! 俺こんなの見たことないよ!」


 メニュー表に描かれた色鮮やかな飲み物やスイーツを指さしながら、輪悟りんごはとても楽しそうな声で私に語りかける。


「マキ……? マキアート……? コーヒーみたいなやつ?」


 メニュー表を私に向けたまま、輪悟りんごから見れば逆さまのまま、彼女はメニュー表の文字を読む。


「どうしよ〜! 私ね……俺ねっ!! これとこれとこれかなぁ〜!!」


 どうしよう、と言った割には早い決断だ。


「そう、じゃあ店員さん呼んでくださいね。いこいさん」


「ま、またいこいさんって言った!! 俺泣いちゃうぞ!!!


 私は輪悟りんごの言葉を聞き流しながら、机の上に置かれた呼び出しボタンを押した。


 呼び出しボタンを押してすぐに、私たちを案内してくれた明るい女性の店員さんが、注文を取る機械を持って店の奥の方から出てくる。


「ご注文はお決まりですか?」


「えぇと……私はこれとこれとこれで……いくさちゃんが…………」


「カフェモカとモンブランケーキをお願いします」


「はい! …………それではご注文繰り返させていただきます……。溢れるトロピカル夏サイダーが一点……常夏爽やかケーキが一点……大きな白プリンが一点……カフェモカ一点、モンブランケーキ一点でお間違いないでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


「それでは少々お待ちください!」


 またぺこりと頭を下げて、店員さんは店の奥へと下がっていった。


 私は、広げられたメニュー表を畳んでまたあった場所へ立てかけ直す。


「…………ねぇ、いくさちゃん…………」


 さっきまでの楽しそうな声とは裏腹な元気のない声が輪悟りんごから発せられた。


 目線は私の顔ではなく、机の上の何もない空間に向けられている。


「なんですか」


「あの、あのね……! その……この前……その……」


「…………。」


「この前怒られたやつ……あれ……」


 数日前、私が私語をしていると、英語の教師に怒られた。


 その女の教師は、私を壇上に登らせ、皆の注目を集めてから激しく糾弾した。


 人間の恥だ、こんな奴が人に好かれる訳がない、人のことを舐めている、と。


 良い噂の無い、生徒からかなり嫌われている教師だった。


 授業後、私のことをフォローする為に集まって来てくれたクラスメイトたちから、いくつか話を聞かされた。


 その教師は、他人を怒鳴り、貶め、恥をかかせることを生きがいにしているらしく。


 何でもないことや、ありもしないことをふっかけて怒鳴ってくるのだそうだ。


 また、感情的に動き、相手が子供だからと暴言を吐くことも少なくないと言う。


 私は、静かで成績も良くルールも破っていない。


 よく言えば模範的、悪く言えば個性のない生徒であった。


 そんな私のことをその教師は、目の敵にしていたそうだ。


 怒鳴れない良い子ちゃん的存在、それがなんとも憎らしかったらしい。


 さらに私はその件で反省文を書かされ、さらに他の人とは違う宿題を出された。


 それは、簡単な単語を百文字、各五十回ずつ書いてくること。


 ただただ時間を使わせるためだけの、無意味な宿題。


 そしてそれをしてこなければ、成績を大きく下げると皆の前で怒鳴り散らかした。


「あ、あの、あの時……あの時話しかけちゃってごめんね……。私、ずっと謝りたくて…………」


「別に気にしてないですよ」


「ホント……? ホントに………………?」


 あの時、私語をしたのは彼女だった。


 私に落とした消しゴムを取ってもらおうとしたのだ。


 それを見た教師が、ここぞとばかりに私を吊し上げただけ。


 鬼の首を取ったように高らかに。


「うん、本当。全然、これっぽっちも気にしてないですよ。りんご」


 彼女は悪くない。


 そんなこと、糾弾されている時ですら分かっていた。


 ただちょっとからかっただけだ。


 私が糾弾されている時に見えた輪悟りんごの顔には、絶望の表情が浮かんでいた。


 今にも窓の外に飛び出していきそうなほどの絶望だった。


 いつも元気で明るい彼女のそんな表情は、彼女と出会ってから初めて見た。


 自分のせいで他人が恥をかく。


 それが彼女にとってすれば、とても重たいものだったらしい。


 だから私は、そんな弱々しくなっている彼女が珍しくって、ついからかってしまったのだ。


「だからりんご、あなたも気にしないで」


「…………………………。」


 彼女は申し訳なさそうな顔のまま、下を向いてしまった。


「お待たせしました!」

 

気まずくなってしまった空間に、店員さんが注文の品を持ってきてくれた。


「こちら…… 溢れるトロピカル夏サイダーが一点と……常夏爽やかケーキが一点……大きな白プリンが一点と……カフェモカ一点、モンブランケーキ一点となっております!」


「ありがとうございます」


 私が、店員さんに小さく頭を下げる。


「あ……ありがとうございます……」


 輪悟りんごもつられて頭を下げた。


「それでは、ごゆっくり」


 店員さんが去ってからも、輪悟りんごは顔を上げず、じっと自分に運ばれてきたケーキやらサイダーやらをおぼろげに見つめている。


 私はテーブルの端っこに置いてあるボックスからフォークを二つ取り出すと、一つを自分用に、もう一つを輪悟用に、ケーキのお皿の上へと置いた。


 それでも、彼女は手をつけようとしない。


「ふっ……」


 私は、自分のテーブルに運ばれてきたモンブランケーキにフォークを突き刺す。


 そして一口分を抉り取ると、それを彼女の前に差し出した。


「はい、あーん」


「え」


 輪悟りんごの綺麗な目が、まんまると開かれた。


「ふふふっ……」


 思わず笑ってしまう。


「はい、あーん」


 彼女は困惑していたが、それでもゆっくりと口を開けて、私が差し出したモンブランケーキを受け入れた。


 もぐもぐと咀嚼しながら、彼女が私の目を見る。


「ふふふ……あははっ……!」


 とてもいじらしくって、思わず笑みが溢れた。


「!」


 私の顔は、彼女の目にどう映っていたのだろう。


 咀嚼するたび、彼女の目から大粒の透き通った綺麗な涙が流れ出てきた。


「…………うぅあ……! う”ぅ”ぅ”ごめんねぇ〜……っ! 私っ……! 私っ……!」


 そしてモンブランを飲み込むと同時に、彼女が声を出して泣き始めた。


 私はゆっくり椅子から立ち上がると、彼女の元まで歩き、抱きしめた。


「う”ぐぅ……ごめんね……ごめんね……! ごめんねいくちゃんっ……!」


 ……どうやら、私が思っていたよりも、ずっと気に病んでいたらしい。


 からかったりだなんて、悪いことをしてしまった。


 店内のお客さんは、少しの間コチラを見ていたが、争ったりしているわけではないことを感じるとすぐに目線を外してくれた。


 私は彼女が泣き止むまで、彼女の体を優しく抱きしめ続けた。


 とても、暖かかった。

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