浸る。
「では、私は夕飯の支度をして待っていよう。君は、私のことなど気にせずにゆっくりしてくるといい。
「わかりました。お言葉に甘えてゆっくりしてきます!」
小さく手を振ってアパートの中へ入っていく残陽隊長を、僕はぺこっと挨拶をして見送った。
「さーてと、僕もお風呂行こっ!」
もう何日か、シャワーも入浴もできていない。
別に毎日山田さんとか室長が体を拭いてくれてたんだけど……。
なんとなく気分的に、ちゃんとお風呂に入るより体が綺麗じゃない感覚がする。
ホントに気分的なんだろうけど。
僕は、残陽隊長に手渡された倉庫の鍵を使って常穏の部屋に入ると、靴を脱いで、部屋に入った。
それから、整頓されたダンボールの中の一つから着替えを取り出す。
下着に……白いTシャツと茶色い短パン。
それと真っ白な靴下。
一人だったら靴下履かない派だけど、ここは常穏の部屋だから履いとかなくちゃ。
僕はそんなに綺麗には畳まれてない服を畳み直すと、左手に抱えて……ってあっ……。
よく考えたら僕スーツじゃん……。
流石にスーツでお風呂はちょっとかな……?
シワとかついちゃうし……。
僕は、先に手に持った服に着替えることにした。
スーツを脱いで、服を持ち上げる。
う〜ん、下どうしよっかな〜?
お風呂入ってないしなぁ〜……。
いっか! このままで!
僕は今着ている下着のまま服を着た。
ドンドン。
「ぴゃっ!??」
不意に扉が叩かれて、僕は驚いて跳ねてしまった。
おまけに間抜けな鳴き声まで出してしまった……。
扉を叩いた人に聞こえてないといいんだけど……。
「泉埜、いるか? 私だ、残陽だ」
? 残陽隊長?
「はっはい! います!」
「すまない泉埜、伝え忘れたことがあってな」
「はい! 何をですか?」
「風呂にはバスローブや浴衣も置かれていた。着替えを取り帰りに行かせてしまってすまない。二度手間を踏ませてしまったようだ」
「そんな! 大丈夫ですよ! 僕下着の着替えが欲しかったので!」
「なるほど、そうか下着か……なるほど、確かにな……。すまない、邪魔をしたな」
「いえ! 教えてくれてありがとうございました!」
残陽隊長の足跡が、少しづつ遠くなっていく。
ふぃーびっくりした!
誰かと思っちゃった。
もしかして常穏のお客さんかもって思っちゃった。
…………あれ待てよ…………?
僕が常穏と同室になったことって残陽隊長以外に誰か知ってるの……?
これ来たのが残陽隊長だったからよかったけど、もし来てたのが常穏の知り合いの人とかだったら……。
僕はいそいそと下着の着替えを持ってから、靴を履き、部屋から飛び出して鍵をかけた。
むりだよ! 話せないよそんなのぉっ!!
ただでさえ部屋になんか知らない男がいるって思われちゃうのに!!
無理だよ知らない人に冷静に弁明するの! コミュ症なんだから!!
最悪の場合死もあり得る……。
僕はいそいそと倉庫から離れると、お風呂へと向かった。
とてとてとてとて……。
さっき残陽隊長と二人で歩いた道を一人で歩く。
足音も一人分、息遣いも一人分。
話し相手もいないし、隣を歩く人もいない。
なんだか寂しい。
気分を紛らわすために鼻歌を歌っていると、すぐにお風呂についた。
さっき残陽隊長が開けてくれた引き戸を、カラカラカラと開ける。
優しい照明が、静かな室内を安心させるみたいに照らしている。
僕は靴を脱ぐと、左手側にある靴箱に靴を入れた。
僕の靴以外に靴は一つもなくて、緑色のスリッパだけが手に取りやすいように並べられている。
僕は緑色のスリッパを履くと、左側の通路へと向かった。
その通路の入り口にはのれんがかけられてて、その入り口側には、『ラー油』、と書かれていた。
のれんをくぐると曲がりくねった短い脱衣所への通路があって、そこを進んだ。
「わっ! すごっ…………! 広っ…………!
五歩くらいで出れる通路を抜けると、そこには学校の教室より広いんじゃないかなってくらいのすっごく広い脱衣所があった。
「へぁ〜、すっごぃねぇ〜〜……」
僕は脱衣所を見渡しながら服を脱ぐと、丁寧に畳んで脱衣所に備え付けられたカゴの中に入れた。
裸になった僕は、脱衣所かお風呂に続く引き戸の前に立つ。
うっすらと向こう側が見えているが、目の前は壁で左側にちらりと見える浴場の様子は見えない。
どんなお風呂なんだろう、ちょっとワクワクする。
意を決して、僕は引き戸を開けた。
そして脱衣所から外に出ると、左側を見た。
「わぁ〜〜! すごーーい!! 綺麗ーーーっ!!」
そこには、星空の見える、とても大きな露天風呂があった。
暖かそうな湯気が、星空へと昇っていく。
とてつもない開放感が、なんだか迷いを吹き飛ばしてくれそうだ。
しかもそれが貸切状態。
すっごいなんてもんじゃない。
「うわーー!! 飛び込みてぇーーーーー!!!」
叫びながら、僕はシャワーの蛇口を捻った。
ホントはすぐに飛び込みたかったが、流石にやめておいた。
シャワーからは少しの間水が出て、すぐ温水に変わる。
その間に、僕は浴場のすみっこに丁寧に並べられたプラスチック製の椅子を持ってきた。
「ふぃーーー……」
暖かい水を頭からかぶる。
思わず気の抜けた緩んだ声が出てしまう。
まっ! 誰もいないしいっか!
椅子に座る前に、お尻を軽く洗う。
次の人が嫌がるかもしれないからね。
それから僕は椅子に座って、頭から体、体から足といった順番で洗う。
なんかどっかにそうした方がいいみたいなこと書いてたから。
で、最後に軽く顔を洗う。
露天風呂から上がったあと、仕上げにもう一回洗うために、一回目はほどほどにしとく。
仕上げに椅子を洗ってシャワー完了!
シャワー完了した僕は、石で周りを囲まれた大きなお風呂の前で掛け湯する。
ちょい熱めかな?
「よーしよし!!」
頭も体も足も顔も洗ったし掛け湯もした!
準備万端! ……なはず……。
「よーーーし……っ!!! いざっ!! …………?」
あれ? なんか忘れてるような…………。
「あっ、あーーーーーっ!!!」
……あ! やべっ……! ゴムない…………っ!
髪結ぶゴム持ってきてない!
どうしよ……!!
これではマナー違反でござる……!
「とっとりあえず手で結ぼうっ……」
僕は、左手で後ろ髪を束ねて結んだ。
「なんか、なんかないか……! ゴムの代わりになるやつ……!」
だと言ったって、露天風呂にヘアゴムなんてあるわけもなく……。
くそっ! なんでせっかくの大きなお風呂なのに髪掴んだまま入らなきゃなんだよぉ!
リラックス効果半減も半減だよ!
でも持ってきてないのは自分なんだから文句言ったって何にもならない。
「びぃ〜〜! ……もういいや、このまま入ろ……」
僕は足先からゆっくりと湯船に浸かる。
「はひゅ〜〜……」
口から空気が漏れる。
左手が埋まっているし湯に浸かってないとはいえ、やっぱりお風呂は気持ちいい。
僕はお風呂の壁に寄りかかって、遮るものない満天の星空を見上げる。
静かで、あったかくて、とっても綺麗だ…………。
こんなことが今までの人生であっただろうか。
いや、ない(反語)。
「僕…………今幸せだ…………」
目を瞑って、大きく息を吐く。
ため息とは違う、満足の深い息。
僕は今、確かに幸せだった。




