住む。
「おい、情」
「…………んむぅ? 誰ぁ? みゃむにゃむ…………」
「起きろ情。梅雨が来たぞ」
「……ん? んむ!? 室長ッ!?!??」
僕はガバッとベットから起きあがる。
裏返った変な声が出た。
「おはよう泉埜君。今日も経過観察に来た」
「はい!」
記録表を持った室長が、白色のベットに座った僕の方に歩いてきた。
室長は軽くしゃがみ込むと、僕の体の点検を始める。
「……良好だな。これなら日常生活にも支障は出ないだろう。退院……退ラボと言ったところか。おめでとう」
「やった……! ありがとうございました! 室長!」
「気にするな」
もうずいぶん良くなったみたい。
手も足も普通に動くし声も出せる。
…………あんまり激しくは……動けないけど……。
「そうだ、退ラボの件だが」
「? はい!」
「後ほどest隊の者たちにも伝えておこう」
「!」
……みんな……。
無事って聞いてるけど……大丈夫かな……。
師…………。
それに何日かわからないけど……結構ここで過ごしちゃったから……。
僕が知らないうちに……みんな…………仲良くなっちゃったかもしれないよね……。
「皆心配している。特に守人という子。毎日ここへ来て容体を確認しに来ていた。みんなの代表として、だそうだ。他の子たちは君の荷物の荷解きを手伝っていたそうだ。君は好かれているな」
「え…………」
ほんと……?
ほんとに…………っ!?
室長の言葉が嬉しくて、僕は膝を抱いてその膝の中に顔を埋めた。
「えへっ……えへへっ……!」
にやけた笑い声が出る。
この前会ったばっかりなのにね。
なんでだろうね。
たった一日、たった数時間、一緒に過ごしただけなのに。
もうこんなにも、好きになってしまっているのは。
僕って……やっぱりちょろいのかな……?
「会いたいなぁ〜……みんなに……」
あ、やべ、声に出ちゃった。
「ふん、そうだな。もう少し慣らしてからと思っていたのだが。問題もない事だしそうするか」
「! ホントですか!? やった!」
「荷解きも済んでいると言っていたからな。よし、すぐに向かうとするか」
「はい!」
僕は急いで立ち上がってベッドから飛び降りるとと貧血で膝をついた。
「くっ! この程度ぉっ!!」
ぐらーっとしたけど、僕は負けずに立ち上がった!
「無理はしないように」
「はい!」
グラグラの視界中、僕は元気にそう言った。
それから僕は……。
僕は室長の案内に従ってラボを出て、
支部を出て、
外に出て、
自然豊かな歩道を歩いて、
夕焼けの中歩いて、
めっちゃ歩いて…………。
と……遠い………………!
めっちゃ遠い…………っ!!
かれこれ一時間くらい歩いてる……!
病み上がりにキツすぎる…………っ!
でもっ! みんなに会うためにっ! 我慢しないと……っ!!
ぜへぜへ言いながら、僕は室長の後ろをついて行った。
「ここだ」
「つ……ついた……!!」
そこは、周りが豊かな自然で囲まれた小さめの二階建てアパート。
五個くらい扉が見えるから、五部屋あるのかな?
「現在、君の友人たちはここに住んでいる。そして君にも今日からここで生活してもらう」
「こ……はぁはぁ……ここで…………」
「無事か」
「無はぁはぁ…………事はぁはぁ……です……」
「そうか」
あ、足が………! 重たい…………!
全っっっっっ然上がんない……!!
こんな……! ちょっと入院…………。
入ラボしてただけで…………!!
「これから、残陽に話をつけに行く。君も来るといい」
「はい……! わかりました……!」
「無事か」
「無事っ! です…………っ!」
「そうか」
室長が、アパート一階の一部屋、その扉を叩いた。
中からとてとてと音がして、ガチャだと扉が開いた。
出てきたのは、真っ赤な長い髪を下ろした、いつものハイレグ姿の残陽隊長。
残陽隊長、プライベートでもその服なんだ……。
「お前か……それと…………泉埜か…………?」
残陽隊長が室長の顔をジロッと睨んだ。
「どういう事だ……? 安静にさせておけと言ったはずだが?」
「本人の意思を尊重したまでだ。誰も人の思いを止めることなどできない」
「…………………………。」
残陽隊長が僕の方を見る。
「……本当だな? 本当にこれに無理強いさせられているわけではないんだな?」
「はっはい! もっもちろんですっ!!」
「…………そうか」
残陽隊長な少し怪訝そうな顔をしたけど、僕の顔を見て、しぶしぶだけど納得してくれた。
「お前などへの扱いと同じにするな。私には区別も分別もある」
まだ少し納得できないといった顔の残陽隊長に向かって、室長が冷たく告げた。
そ、そんな言い方しなくても……。
「そうか、確かにな」
納得するんだ……。
しかも僕の返事より納得したようで、完全に怪訝な表情が消えた。
わかんない……! 独自のコミュニケーショすぎる……!
コミュ症では辿り着けない……!!
「この子は今日からここに住む。いいな?」
「それは構わないが、今このアパートは満室でな。私か灘どちらかと同室になるがいいか?」
「えっじゃじゃあ灘さんと…………っ」
「わかった、すぐに伝えてこよう。ちょうど君の荷物もあの子の部屋周辺に置いてあったはずだ」
あかん。
急に同室って言われたからパニクって常穏の名前言っちゃった。
I'm ばか。
ちょ待どどどどどどど同室ぅっ!??
した事ない↑!
ひ、一人暮らしなら……! なんとか……!
っていうか急に僕と同室になる常穏かわいそうすぎない!?
急に来て、
「あっ! すみません! 今日から僕もここ住みますねぇー!」
ってやばいやつじゃん!
残陽隊長は髪を下ろしたまま部屋の外へ出ると、アパートのすぐ近くに立っていたちょっと大きめの倉庫みたいなところに向かって歩き出した。
僕と室長も、その後に続く。
残陽隊長が、その大きめの倉庫みたいなのの扉の前で立ち止まると、指の甲で倉庫のドアをトントンと叩いた。
少し長めの静寂が流れる。
「…………………………。ふむ、いないな」
どうやら留守にしているみたいで、中から物音ひとつしない。
へぇ〜! 常穏ここに住んでるんだぁ〜!
「では入ろう」
????????
は?
聞き間違いかぁ〜?????
嘘だよね??
部屋主のいない部屋に無断で?????
そそそ、そんなバカな……。
ガチャリだと音がして、片開きの倉庫の引き戸開かれる。
残陽隊長が倉庫の鍵を開けたみたいだ。
ひ、ひぇ…………!
「入れ」
まるで部屋主みたいな顔で、残陽隊長は部屋の中へと入っていく。
室長も同様に。
すみません常穏……勝手に入りますね……。
僕は心の中で謝りながらその倉庫の中へ入った。
入ってみると、中は無機質な灰色の壁と床と天井で、正しく倉庫といった感じだった。
奥の方に、色味の少ない鉄製の二段ベットがあり、同色の何の装飾も飾りっ気もない机と椅子が、出入り口側壁に向かい合うようにして置かれていた。
天井から、小さな豆電球に長い引っ張る糸みたいなのがついた照明が一つ。
ベッドから近い位置についている。
あとは、小さなハンガーラック同じの二つと、小さめの箱? 収納ボックス? が三段積み重なっているだけだった。
片方のハンガーラックには、スーツやTシャツなどが綺麗に掛けられている。
ほとんど物が置かれてなくて、とっても整頓された部屋だった。
「これか? 君の荷物は」
ふと、後ろから室長に声をかけられた。
振り返ると、入り口近くに、入る時緊張しすぎて見過ごしてたんだろう。
いくつかのダンボールがあった。
箱の表面に、『泉埜 情』と書かれている。
そのダンボールたちは綺麗に整列させられていて、僕の荷物を丁寧に運んでくれたんであろうことがわかった。
「ふむ、どうやら君の荷物はこれのようだな」
残陽隊長は、ダンボールの近くにしゃがみ込むと、ダンボール表面に書かれた僕の名前のところ。
そこに積もった埃を軽く手ではらった。
定期的にはらわれていたようで、全く埃が舞わない。
「さて、それではこれからこの部屋が君の部屋だ。好きに使ってくれ」
残陽隊長はハイグレをなおしながら立ち上がると、そう言って僕に部屋の鍵を手渡した。
鍵には、『倉庫』と書かれたタグがついていた。
やっぱ元は倉庫だったんかい!
すっかり夕焼けの光が無くなってきて、めっちゃ暗い倉庫の中で僕はそう思った。
外に出ると、もうあと数十分くらいで夜になるって感じだった。
正確な時間はわからないけど、大体五時とか六時とか七時とかでしょ。
「ずいぶん遅くなったが、これで完全に君は退ラボだ。改めておめでとう」
「はい! 室長、ありがとうございました!」
僕が、室長に向かって深々と頭を下げる。
「気にしないでいい。むしろ謝らなければならないのは私と残陽の方だ。君たちを傷つけてしまい本当に申し訳なく思う」
「私からも謝りたい。隊長という責任感を持たねばならない役職に就いたというのにこの体たらく。本当に申し訳ない」
「いやそんな! 謝らないでください……! 僕がこうして生きてるのはお二人のおかげなんですから!」
僕よりずっと深く頭を下げる二人を見て、僕はぶんぶんと手を振って二人の非を否定した。
実際、あの場所にはエストがいたのだ。
僕たちを襲ったあの根っこのバイオウドがどの程度なのかはわからないけど、一瞬でエストに腕を一刀両断されてた。
あんなのに襲われてたら、きっと僕たちはみんな死んじゃっていたと思う。
そっちを優先するのは、何にも間違った事じゃない。
だから僕はなんかもっと気の利いたことを言いたかったけど、僕はこういう時いっつもなんて言えばいいかわからなくて言葉に詰まる。
だから、よくわからない返事とか言葉とかしか言えない。
きっとこれは直さないといけない、って分かってるんだけど、なかなかこう思う通りにいかない。
今だって、なんて言おうか考えてもちっとも良い言葉なんて出てこない。
それで、後からこう言えばよかったって思いつくんでしょ?
はいはい、わかってますよ僕。
お前がこういうやつってことくらい。
「あの時はエストが侵入するなんていう異常事態だった。それを優先することはバターの職員としてもestとしても当然だ。お前たちは何も悪くない」
そうそう! こういう事を言えたらいいんだけどね!
残陽隊長と室長に対してちょっと言葉遣いが乱暴だけど……。
「! そ、そうか……。気を遣ってくれたこと感謝する。ありがとう」
ん? あれ? 残陽隊長?
? 聞こえて…………。
「まぁ、なんだ……。私と梅雨以外の上司には、いきなりのお前呼びは避けた方が無難かもな」
え? あれ? な…………え…………?
僕なんか言った……?
「私はそろそろラボへ帰るとしよう。榊がラーメンを作って待っている頃だ」
僕の困惑を他所に、室長が日の傾き具合を見てそう言う。
「ではな泉埜君、何かあれば、いつでもラボに来るといい。特に今回の怪我で何かあればすぐに来るといい。連絡してくれれば、すぐにここへ来よう。では、またな」
そして残陽隊長の方に向いて。
「ここの案内をしてやれ。風呂、洗濯、トイレ、洗面、キッチンから至る所までな」
と言った。
「わかっている。さっさと帰れ」
残陽隊長は、蚊でも追い払うみたいにしてしっしっ! と室長のことを追い払ってた。
「では早速…………と思ったが今日はもう時間も遅い。最低限トイレと風呂程度にしておこう。食事は私が作る。ゆっくりしたまえ」
「え! そんな! 悪いですよ……!」
「気にするな、この程度のこと。それに君への罪滅ぼしの気持ちもある。遠慮せずゆっくりしてくれ」
「わ……わかりました……!」
残陽隊長は満足そうに微かに微笑むと、アパートの裏の方へ歩いていく。
僕も残陽隊長の後ろについてアパートの裏の方へ足を進める。
そんな少し歩くと、前からではわからなかった色々な設備が見えてきた。
アパートは、裏から見ると結構厚みがあって、思ったより小さくないっていうか。
いや、高さはそれほどでもないんだけど面積が広いっていうか……。
それに、その厚みのある裏側からは旅館とかで見るみたいな屋根付きの通路がいくつかつながってた。
そのうち一つには、温泉のマークが書かれた札がかけられている。
「見ての通り、あの通路を進むと風呂だ。一応脱衣所にもトイレがある。あぁそうだ、先にトイレの場所を教えればよかったな。すっかり忘れていた」
残陽隊長は、温泉マークの札がかかった通路からアパートに入る。
僕も後から続いてアパートの中へ入った。
「し、失礼しま〜す…………」
ちっちゃい声で失礼しますって言っておいた。
誰も聞いてないけど。
アパートには三方向に分かれた通路があって。
左が階段に繋がってて、右側にトイレと洗濯のとこ? があった。
前は……多分それぞれの部屋から室内通じる裏口みたいな感じかな?
あと通路の真ん中に入り口があるから…………多分共用のキッチンかな…………?
「もしも迷ったら、あの案内表示を見るといい。トイレは共用で一階と二階にそれぞれある。一階はここだ」
天井にぶら下がった案内表示を指差しながら、残陽隊長はそういった。
「さて風呂だが……一度行っておくか。裸でわちゃわちゃ混乱するのは恥ずかしいだろう」
確かし……。
温泉とか旅館行った時裸でホントに更衣室かわからない場所うろうろしたり、スッッッゴイ長い道歩いたりした時、
「え? これでホントに正解なの? なんか僕間違ったことしてない?」
ってなってすっごい恥ずかしい……。
……………………殆ど行ったことないケド……。
三十秒くらい通路に沿って歩いていくと、ホントに
「露天風呂!」
って感じの和風の建物が見えてきた。
ちょっとした旅館を増築したら、経営できそうなレベルな感じだ。
看板もついてて、看板には『ラー湯』……と書かれている。
多分ここ作ったの室長だこれ。
「ここが風呂だ。シャンプー、リンス、ボディソープ完備、好きに使ってくれ」
残陽隊長が、懐かしい気持ちになる木とガラスでできた味のある和風の引き戸を開けると、かなり広めの玄関みたいな場所に出た。
ちょっとした旅館って言ったけど、もうすでに旅館っぽかった。
左側に靴を入れる靴箱があって、玄関からは左右一つづつの入り口と一つの階段が見えている。
なんか…………すっごいおしゃれっていうかきれいっていうか…………。
和風で古風で……なんだか涙が出てきそうなくらい懐かしくなる感覚がする……!
「左が脱衣所で、そのすぐ先に露天風呂がある。右には休憩スペースがあり、ボードゲームやトランプなどが常備されている。マッサージチェアやドリンクバーもあるから、好きに使ってくれ。あぁそうだ、温泉にはサウナもあるから気軽に使うといい」
「は、はいぃ……」
なんか…………すごいな…………。
こんな…………いいんすかこんな…………!?
「2回には和室がある。元々はどこぞのバカが月を見ながらラーメンを食べる場所だったのだが当たり前のように奴はほとんど使わないから好きに使ってくれて構わない」
僕ここに住みます。
「これで以上だ。何か質問はあるか?」
「な……ない……です…………」
「そうか。では早速入るか? 脱衣所にはタオルもドライヤーもある。美容品などはないが……どうする?」
「あ……あの……き……着替えが……ないので……」
「そうか、確かにそうだな……。普段服など気にしていないからうっかりしていた。服といいトイレといい、私はダメだな……」
「アッ……! イヤッ……! そんな…………っ!」
「どうにも……思いやるというのは難しくてな 。上手に説明することもできない。……私の説明は、うまく君に伝わっただろうか?」
僕は首を縦にブンブン振った。
ちょっと頭が痛くなった。
「そうか……それならよかった……。……すまない、めんどくさい隊長を見せてしまったな。本当なら完璧でなければならないと言うのに」
残陽隊長はほんの少し優しく微笑むと、振り返って玄関のドアを開けた。
それから、僕が出るのを待ってドアを閉めてくれた。
「では戻るとしよう、君の着替えをとりに行かなくてはな」
残陽隊長は僕の顔を見上げると、また優しく微笑んだ。
さっきより少し幼い笑顔だった。
いつの間にか、夜になっていた。
辺りを照らすのは、温泉から漏れる優しい光と、月の光だけ。
隣を歩く残陽隊長が、僕に食べ物のことを聞いてきた。
好きな食べ物は〜とか、アレルギーは〜とか、苦手な食べ物は〜とか。
たくさん聞いてきた。
なんだか、嬉しそうだった。
ふと、風が吹いた。
風が、残陽隊長の髪をさらう。
長くて深い赤色の髪が、夜の風に乗った。
風に乗った髪の隙間を、完璧ではない月が泳いでいる。
満月ではない……少し欠けて……少し乱れた形の月が……。
でもそれだって、とっても綺麗に思えた。
うぅん…………満月よりも綺麗に思える……。
完璧よりも、きっといい。
だって…………。
自分のことを、完璧ではないと言う隊長が……。
綺麗でないわけ…………ないのだから…………。




