Case17 魚人の腐れ病
東方治癒班、海や港のある区画を担当しており、船や水中で行動できる魔道具が配備されている。
今、その担当区画が戦場さながらとなっていた。
「龍酸だ! 周辺に同様の傷病者がいないか探して汚染海域を中央に報告しろ!」
「こっちは網に刃がついているぞ、魚人が何人も怪我している!」
「軍に網の除去を要請しろ! 怪我人は陸へ運べ、応援が来ている!」
「西の大陸との往来を止めろ! 海賊船や軍艦が客船や貿易船に偽装されたら対処できない!」
ーーー
ハクタクは東から北東にかけて上陸可能な海岸が続いており、北、南は険しい山、西は全て西獄と呼ばれる森に囲まれている。
その地形から天然の要塞となっているとともに、西からは魔物被害、東からは海賊被害に悩まされていた。
『ロワル、状況はどうだい?』
「負傷者多数だが、命に関わるものは出ていない。水棲種族の知識が少なくてもみれる範囲だから、とりあえず中級治癒師をかき集めて救護所に送ってくれ」
クロッサから通信がとび、ロワルが現場状況から応援を要請する。
他にもラグやヤゴコロがトリアージ部隊として動いていた。
「ロワルさん、こちらに!」
突如ラグの声が響き、ロワルはラグの元へ駆けつける。
川と海の境目付近、汽水域と呼ばれる水域。
そこに水中で目を閉じ、呼吸困難を起こしている男の魚人がいた。
「状況は?」
ザブザブと水を掻き分け、ロワルは水に身体を沈めた魚人と、寄り添うラグとヤゴコロの元へ行く。
「強い呼吸困難を訴えており、エラの部分が紫のチアノーゼ症状が出ています。あと、エラが……」
ロワルがエラを見ると、黒く、ドロドロと溶けている部分があった。
「ラグ、ヤゴコロ、手を貸せ! エラを完全に水中から出すぞ!」
「了解!」
2人は肩を貸すように両脇から支える。
そしてロワルは両手でエラを塞ぐ。
「聞こえているか! エラじゃなく肺での呼吸を意識しろ!」
ロワルの声かけに魚人はなんとか呼吸をしようとする。
はぁはぁと浅く速い呼吸は、次第に深く遅くなっていき、魚人はゆっくり目を開けた。
「息が、できる……?」
青い鱗に包まれた魚人は胸を押さえ、目をぱちぱちとさせている。
そしてすぐ激痛に顔を歪ませる。
「痛いよな、すぐ薬師の治癒院へ行くからな」
ラグとヤゴコロが肩を貸し、陸へ向かう。
「薬師の治癒院とは、珍しいですね。今回の症状と関係があるのですか?」
ラグの質問にロワルは難しい顔をして答える。
「ああ、これを治療するには、薬師の治癒院が適任だ。そうでなくては、上級治癒院に運ぶかのどっちかだ。ヤゴコロも見たことあるんじゃないか?」
ロワルの言葉にヤゴコロは傷口を観察する。
黒くドロドロに溶けたエラは、異臭を放ちぼたぼたと水に落ちる。
「腐れ病だ……。エラが溶けて開かなかったり詰まったりしてエラ呼吸ができなかったんだね? ……だとしたら」
嫌な予感にヤゴコロの血の気がさっと引く。
「ああ、これは感染症だ。他にも感染している魚人がいるかもしれない」
『探知』『鑑定』と、ロワルは二言呟く。
すると、ロワルの周りに光の波が広がった。
「……上流に4人、まだ生きている!」
ロワルはすぐに上流へ向かい、ラグは応援要請を知らせる魔道具を打ち上げ、ロワルに付き従う。
ヤゴコロは近くの治癒師に魚人を運ぶよう伝え、クロッサへ連絡を取った。
ーーー
「龍酸被害の人魚38人、魚人16人、網の被害が人魚3人、魚人10人、腐れ病被害の人魚8人、魚人20人。死者が出なくてひとまず安心だね。しかし……」
大規模救助兼調査の翌日、事務室の机で報告書を読み、クロッサは椅子に背中を預ける。
ぎしりという音が、静かな部屋に響く。
「川の上流に、腐れ病に感染した魚が大量に入った木箱。疑いようがないな」
ロワルは眉間に皺をよせ、クロッサを見据える。
「ああ、間違いない。ハクタクは侵略を受けている」
ロワルの顔から表情が抜け落ちる。
しかし目は変わらずクロッサを見つめている。
「戦争が、起こるんだな」
クロッサは姿勢を正し、ロワルの目をまっすぐ見つめ返す。
「ああ、戦争だ。しかも圧倒的に後手に回った戦争だ。私はこの後軍団長のところへ話しに行く。中央治癒班を頼んだぞ」
クロッサは立ち上がり、右手のひらをロワルに向けた。
「任された。最近体調が良いんだ、戦争でも俺を好きに使ってくれ」
ロワルも右手を出し、2人は手と手を打ち鳴らす。
そしてそれぞれの戦場へと向かっていった。
ーーー
「クロッサ殿、報告感謝する」
城の一室、クロッサの前で熊と見間違えるほどの体格を持つ人間が頭を下げていた。
「いえ、軍団長殿、医療部門の長として当たり前の報告をしたまでです。むしろ私こそが越権に近いことを……」
「何を言うか、治癒班の働きあってこそ、我々と前線で戦えるのです! そうだ、これから軍議がある。治癒班としての意見も頂けないだろうか」
「喜んで参加させていただきます、よろしくお願い致します」
クロッサは美しい礼をする。
軍団長は頷き、先導し歩き始めた。
部屋の一室には数名がすでに座っていた。
その中には東区域部隊長の姿もあった。
「うむ、それでははじめるとしよう。今回の議題は敵の動きの目的、そして今後の対応だ」
軍団長はちらっと東区域部隊長の顔を見た。
「はい、では私から。今回の始まりは10日前、人魚5名が北東の海域へ行ったところからです。そちらで喉と目に激しい痛みが現れ、フロール治癒院を受診、改善の見込みなく、歌を奪われた人魚は自死を選ぼうとしました」
自死という言葉に軍団長は沈痛な面持ちをする。
「ですが、そこに居合わせた中央治癒班の2名がそれを阻止、後日適切な処置とともに龍酸が原因だと解明いたしました。龍酸の状況にあっては調査隊から報告を」
調査隊の隊長が立ち上がり話し始める。
「はい、では卓上の地図をご覧ください」
全員が地図に目を落とす。
そこには、船で上陸できそうな北東から東にかけて、樽のマークが、その周囲が丸く線が引かれてた。
「この樽が龍酸のあった場所で、円は汚染区域です。さらにここ」
指を指した先は川の上流の四角い箱、その下流には全て斜線が引かれていた。
「先日の調査で発覚した腐れ病の汚染、これにより恐ろしいことが判明しました」
ガタリと軍団長が立ち上がる。
「そこからは私が話そう」
調査隊の隊長は一つ礼をし、椅子に腰掛けた。
「さて、察しのいいみんなのことだから何が起こっているかわかっていると思うが、あえて言おう。ハクタクの国内に敵が侵入した。つまり、戦争が始まれば背後を突かれる可能性が高い危険な状況だ」
軍団長の言葉に誰もが黙り、重苦しい沈黙が流れる。
「クロッサ殿、今の人魚と魚人の状態を教えていただきたい」
軍団長からの指名にクロッサは立ち上がり答える。
「はい、まず龍酸による喉への症状は治癒魔法で回復しておりますが、人魚が得意とする声を媒体とした歌唱魔法、こちらを使用するにはまだ時間がかかります」
「そうか……。では魚人の方はどうだ?」
魚人は魔法を使うことができない代わりに身体能力が高く、海賊船への強襲など防衛の大きな戦力となっていた。
「むしろ魚人の方が被害は大きいです。腐れ病は身体の表面にまとわりつき溶かす病、治癒には薬師による薬液で時間をかけて治すか、上級治癒魔法を使うしかありません」
「うむ、わかった。……つまり、魚人、人魚の助けを借りず、背後からの攻撃に気をつけつつ、西大陸からの侵略に耐えなくてはいけないんだな! なかなか無茶を言いおる!」
軍団長はそう言い切ると大声で笑い出す。
その笑いは伝播し、部屋に笑い声が響き渡った。
その光景を見て、クロッサも少し笑ってしまう。
しばらく笑い、軍団長はふぅと息を吐き部屋を見渡す。
部屋に沈黙が戻るが、先程までの重苦しい空気はなかった。
「さて、ふざけた賊どもを叩き潰す準備だ」




