Case15 人魚の嗄声〜前編〜
「ロワルさん、私怒っています」
中央署に戻る道中、ロワルはラグからそう告げられた。
ボーイッシュで美人なラグの怒り顔はなかなかの迫力がある。
同じことを言われたなと思うと同時に、後輩にもここまで心配かけてしまったことを申し訳なく思い謝罪する。
「ごめんな、心配をかけた」
ラグはじーっと見つめていた。
そしてふっと顔から力を抜いた。
「……正確には、怒っていました。だって酷いじゃないですか、助けに行ったらロワルさんボロボロで、死んじゃいそうで、でも自分のことよりルナちゃんのことで」
いつのまにか、ラグの目には涙が浮かんでいた。
ロワルが何か声をかけようと口を開こうとするが、その前にラグがくるりとロワルへ向き直る。
「でもいいんです、こうして帰ってきてくれて、私のピンチにも駆けつけてくれて!」
ラグの笑顔が、涙が夕日に照らされキラキラと光る。
イーッと口を横に開き、目を細めて笑うラグを、ロワルは「綺麗だ」と思った。
ぱちっと目が合う。
その瞬間ラグの顔が燃えるように赤くなり、そのままロワルが追いつけないスピードで走り去っていった。
「……あれ、口にだしてたかな」
ロワルは後頭部を掻き、歩いて中央署に向かった。
ーーー
ガチャリという音とともに、ラグは息を切らせ中央署に駆け込んだ。
「あれ、ラグちゃん、ロワルはどうしたの? あんなに会いたがっていたのに」
ニヤニヤと笑うヤゴコロへ、ずいっと顔を近づけ迫る。
「ヤゴコロさん!」
「な、なんでしょう!」
「今日飲みに行きましょう!」
ラグの勢いに押され、ヤゴコロは何度も首を縦に振る。
それをクロッサは、珍しいものを見るようなニコニコした笑顔で眺めている。
「お二人さん、もう勤務は終わりだよ、どうぞいってらっしゃい」
「ありがとうございます、いってきます!」
「ああー、いってきますー」
ヤゴコロはラグに手を引かれ連れて行かれる。
それをクロッサはひらひらと手を振り送り出した。
ーーー
潮騒亭、東地区の海沿いに建っている食事処だ。
騎士団時代にラグが女友達と行っていた、数少ない小洒落たお店に2人は入った。
「ラグちゃん、いいお店知ってるね? 海鮮もお酒も美味しそう!」
お酒がセットなことにラグは少し笑いながらメニューに目を通す。
チーズの散らされたサラダに新鮮な魚を使った刺身、麦酒、珍しい東方のお酒など一通り頼み、乾杯をする。
「やっぱり刺身には清酒だねぇ!」
ヤゴコロはおちょこに注いだ酒を一息に飲み干し、ラグは一口麦酒のコップに口をつける。
「それで、私に相談があるんだろう? お姉さんが相談に乗ってあげよう」
ヤゴコロはいつもとは違う、安心させるような笑みでラグを見つめる。
「……今日の私、いきなりなんかおかしくなったんです。いきなり心臓がドキドキして、顔が赤くなって」
ラグの独白にヤゴコロはまさか?という頭に考えが浮かぶ。
「それって今日ロワルに会ってからだよね? その時なんか言われたとか、なんかされたとか」
その時のことを思い出したのか、ラグは顔を赤くし、少し俯く。
「ただいまって……今まで見たことない笑顔で……そしたら胸が急に苦しくなって」
「ラグちゃん」
ヤゴコロの声かけにラグは俯いた顔をあげヤゴコロを見る。
いつもからかってくるような悪戯じみた顔ではなく、真剣な、優しい笑顔でラグを見つめている。
「恋したんだよ、ラグちゃん」
いつもなら否定するラグだったが、今回はぎゅっと身体を縮め、否定の言葉は出さなかった。
「やっぱり、そうなんでしょうか……?」
「うん、そうだよ。初恋かな? 騎士時代は男の人多かったと思うけど、言い寄ってくる人とか、いい人とかいなかった?」
ラグはうーんと少し考える。
「言い寄ってくる人はいましたが、私より弱かったですし相手にしてませんでしたね……。こんな感情初めてで、なんか苦しくて、でもじっとしていられないような」
「うんうん、本当に初恋って感じだね! それで、ラグちゃんはどうしたいの? 付き合いたい?」
ヤゴコロの言葉にラグはぐっと言葉を詰まらせる。
そして今度は深く考え込んだ。
「わからない……です。いままでは憧れの恩人といった印象だったので……」
「うんうん、そうだよね。というか私まだ過去の話聞いてないよ! 教えて教えて!」
ラグはヤゴコロに、西獄動乱で腕を失いかけたことやロワルに助けられたこと、ロワルを追って中央署に来たことを話す。
女性2人の話しはにぎやかに、進んでいった。
「いやー、こんだけあったら好きになっちゃうよ!」
ロワルとラグの話しを肴に、ヤゴコロはお酒を飲み進める。
ラグも少なくない量を飲んでおり、2人とも少し酔いを感じるようになっていた。
「でも、こんな急に……。もっと、一目惚れか、少しずつ好きになるもんじゃ……」
「いやいや、典型的でしょ。今まで憧れていたところに、危機を乗り越えて会ったとき恋心を自覚するって」
心当たりしかないのか、ラグが小さくうめく。
「まあ、活動に支障がでないように……」
そこでヤゴコロの声が止まり、どこか外の一点を見つめている。
遅れてラグも、外から聞こえる異音に気づき外を見る。
「もったいないけどこれ飲んで! いこう!」
ヤゴコロは酔い覚ましのポーションを飲み、支払い後、足早に音の聞こえる方へ向かう。
近づくにつれ、その音が歌声であることに気づく。
しかし、その歌声はガサガサとしわがれたような酷いものだった。
「ヤゴコロさん、この歌は?」
ヤゴコロは声のする方へラグに答える。
「多分人魚! この歌の意味はこの世を儚んでの自殺!」
自殺、その言葉にラグは胸がひどく痛んだ。
しかし……。
「私たちに彼女の心を癒すことができるのでしょうか?」
「できるかどうかはわからない、でも身体の傷や病気、そして心も治癒するのが治癒班だよ!」
「……はい!」
間も無く到着という時にさらに悪い情報が飛び込む。
「重唱だ、これ」
もたらされた事実にヤゴコロの表情も曇る。
そして2人が駆けつけた先には、輪になり歌を歌う、自らの喉元に短剣を突きつけた人魚たちがいた。




