Case14 犬人の胃捻転、ロワルside
『子供がまた1人死んだぞ?』
『なぜオルティに意見した? あの場を流せば治療できたかもしれないぞ』
『拷問されて、お前はまだ生きている。私たちは死んだのに』
『ロワルさん、目もちゃんと治ったみたいですよ、よかったです……』
『ロワルさん、ヤゴコロさん酷いんですよ! ずっと私をからかうんです!』
『ロワルさん?』
『ロワルさん!』
「……ラグ?」
ロワルはゆっくりと目を開ける。
目の前には白い天井が見え、視力が戻ったことを理解する。
手に温もりを感じ、左手を見るがそこには誰もいなく、椅子だけが残っている。
「ロベールの香り……」
教会で嗅ぐことのない、清涼感のある薬草の香り。
この香りにロワルは覚えがあった。
「勘違いされるって言ったのによ」
呆れたように呟くが、その口元には笑みが浮かんでいた。
足腰に力が入らないが、ベッドの手すりを支えになんとか立ち上がる。
健気な後輩に会うため、ロワルは壁に手をつき歩き出した。
ーーー
ロワルはなんとか治癒師の詰所へたどり着き戸を拳で軽く叩く。
「はい……ってロワル様! 起きられたのですね!」
治癒師は腰を抜かしそうなほど驚いていたが、教会本部の治癒院を任せられるだけありすぐに立ち直った。
「すまない、グラン大司教と話ができるか確認をとってくれるか?」
「問題ありません、ロワル様が起きたら夜中でも起こせと申しつけられていましたので!」
そういい治癒師は魔道具でグランへ連絡を取る。
治癒師からグランへ、ロワルが起きたことを伝えると、慌ただしい音と共に通信が切れた。
「ロワル様は部屋でお待ちください、今グラン大司教が向かいますので。肩をお貸ししますか?」
「ありがとう、大丈夫だ」
手助けを断りロワルは1人部屋に戻る。
一刻も早く中央署に戻るために。
ーーー
部屋に戻り、ロワルが身体をほぐしていると、戸を叩く音が聞こえ、グランが姿を現した。
「グラン大司教」
ロワルは姿勢を正そうとするが、グランはそれを手で制する。
「非公式な場だ、気にしなくていいよ」
その声にロワルはゆっくりとベッドに腰掛けた。
グランはロワルの顔を見て、はぁとため息をついた。
「怪我には充分注意するよう忠告したんですけどね?」
眉をひそめグランはジンクを見つめる。
責められるような視線にロワルはばつが悪そうにする。
「大変申し訳ありません……」
グランはロワルに一歩近づく。
そして手をあげ、その手をそのまま頭に置いた。
ロワルがグランの顔を見るといつものように柔らかい笑顔をしていた。
よく見ると目の下にはくまがあり、顔に疲れの色が見られた。
「冗談ですよ。聞きましたよ、子供を救うために物申したことを。立派ですが、私にとっては君が私の子供なのですからね?」
ロワルは今回の事件の詳細をまだ知らないが、それでもグランやクロッサが無理を通してくれたことを察した。
そして多大な心配をかけたことも。
「ご心配を、おかけしました……」
グランは肩をポンと叩き、ロワルの横に腰掛ける。
「我が子を救うんです、使えるものは全て使いますよ。さて、お腹が空いたでしょう? 食事をしながら顛末をお話ししましょう」
「はい、お願いします」
「あ、私が説教をしなかったのは、この後ロワル君はいっぱい叱られるからですよ?」
ロワルは頭に2人の顔が思い浮かび、少しだけ気が重たくなった。
ーーー
「私は怒っているよ? ロワル」
目が覚めた翌日、ロワルは検査を受けた後中央署へ出勤した。
そしてすぐにクロッサから署長室に呼び出し音を受けた。
部屋に入るとクロッサは椅子に座っており、その横にはヤゴコロが神妙な顔つきで横に立っている。
「不適切な行動をとり、中央署の班員を危険な目に合わせてしまったことを謝罪致します」
その言葉にクロッサの表情が一層険しくなる。
「ロワル、私に迷惑がかからないようにしたな? あわよくば自分を犠牲にフロール家を摘発できるよう考えたな? お前なら手元を見ずに緊急水晶に魔力を流すくらいはできるはずだ」
「……もし私が監禁されていた場所がわかれば、署長は無理を通してでも屋敷に乗り込んだのでありませんか? 今回は征伐が出されたため問題となりませんでしたが」
机を叩く音が部屋に響き、ロワルは一度言葉を止める。
「わかっている! それでも、それでも私はお前に頼られたかった……」
呟くように吐かれた言葉に、部屋はしんと静まり返る。
「私は、ロワルを羨ましいと思っている。人を救う力を持ち、1人の死を悲しむことができるお前を」
ロワルのPTSDを知るクロッサの独白に、ロワルは静かに耳を傾ける。
「お前は爆発事故の時、助けられなかったメイドに心を病んだな? おそらく私は悲しいとすら思えない。拷問を受けた後、子の魂に祈りを捧げたな? 私はそこまで余裕を持てない。なぜ君は無関係な人のためにそこまでやれる?」
クロッサはゆっくりと顔を伏せる。
その表情はロワルもヤゴコロも伺い見ることができない。
「私はただ、身内さえ守れれば良い……」
貴族の長子として、そしてすぐに当主となったクロッサの心中は誰にも明かせなかった。
しばらくしんとした空気が流れるが、それを打ち破るようにロワルが口を開く。
「クロッサ、なら謝罪の内容を改めさせてもらう」
ロワルは頭を下げ、さっきとは違う、真摯だが親しみのこもった口調で謝罪する。
「すまなかった、心配かけた」
その一言だけでふっとクロッサの表情が少し緩む。
「ただ、俺は迷惑がかかるからお前に助けを呼ばなかったわけじゃない。お前が無理してしまうのではないかと、勝手だが友人として心配したんだ。今回もラングリード殿がいなければ危なかったと聞いた」
クロッサの脳裏に獅子人の顔が浮かぶ。
おそらくラングリードが倒していなければ、やられる危険性もあっただろう。
「友人、友人と来たか……」
「貴族相手に不敬だったか? それなら態度を改めますが」
ふぅと、クロッサは背もたれに身体を預け天を仰ぐ。
「いや、いい、そうか、友人だと思ってくれていたか……!」
目元を手のひらで包み、抑えきれない笑い声が溢れる。
「ロワル、今度愚痴に付き合ってくれ、お前のせいで私はさらに偉くなってしまったんだ。あとラグのことも聞かせてくれよ?」
「わかりましたよ、医療部代表殿」
ようやくロワルも笑い、冗談を口にすることができた。
するとクロッサの横から大きくため息を吐く音が聞こえた。
「真面目パート終わり? もういい?」
ヤゴコロが表情を崩し、クロッサとロワルを見渡す。
「ヤゴコロも助かった、ありがとう」
ロワルはヤゴコロに向かい深く頭を下げる。
ヤゴコロはその頭を撫でて笑った。
「班での荒事は私の役目、任せなさい! ラングリードの倒した獅子人も、多分私だけでいけたよ!」
嘘か本気かわからない軽口を叩き、ヤゴコロは笑う。
この明るさは中央署にはなくてはならないものとなっていた。
「さて、ラグにも一刻も早く伝えてあげたいが、彼女は今出動中でね……っと」
水晶から音が響く。
クロッサは水晶に手を当て会話をし、情報を出動班に伝える。
「犬人、食後急に、嘔吐なし……。胃捻転か? 解毒剤飲ませてないよな、最悪死ぬぞ」
ぶつぶつと呟き、ロワルは外に向かい歩き出す。
その姿を見て、クロッサは呆れたようにロワルへ話しかける。
「どこに行くつもりだい?」
「ちょっと、後輩を見にね?」
ロワルはクロッサへ手を軽く振り、駆け足で現場に向かった。
「10日間意識がなかったこと、知らないのかな?」
「10日間、毎日お見舞いに来てくれた女の子に会いに行ったんですよ」
ヤゴコロは、可愛い後輩がどんな顔をして戻ってくるか思いを馳せ、クスクスと声を出さずに笑った。
ーーー
ロワルは近くとは言えない距離を走る。
巫女の魔法のおかげか、ロワルの自己治癒のおかげか、すでに走るのに支障がないくらい身体が動くようになっていた。
屋敷に到着し、ロワルは扉の横の紐を引く。
すると中から犬人の老紳士が出てきた。
「こんにちは、国立治癒班のロワルと申します。応援に参りました。」
「ありがとうございます、こちらになります」
ロワルがついていくと、聞き慣れた声が聞こえてきた。
『腹部は張っているか……? いや、毒だとしたら一刻を争う、ラグ、キュアポーションを!』
漏れ聞こえてきた声に危機感を覚え、ロワルは無礼を承知で駆け込む準備をする。
『あの、毒や食中毒だとして、そんな早くにお腹の張りが出るでしょうか? それに、なにも吐いていないのもおかしいと思うのですが……』
ラグの声にロワルは駆け込むのを止め、ゆっくりと部屋に入る。
躊躇しながらポーションを取り出すラグの手を、ロワルは掴み止める。
掴んだ手はとても温かく、その温もりにロワルは覚えがあった。
「ラグ、その違和感は正解だ」
帰ったらとびきり褒めてやろう。
そう決めて、ロワルはラグに話しかけた。




