Case13 ドワーフの手指切断と犬人の胃捻転
『情報送る、ドワーフの男児、鍛冶場で剣の刃に指を掛け、第二指(人差し指)から第五指(小指)までを切断。現場に向かってくれ』
「了解」
中央治癒班は情報を聞き、ドワーフの鍛冶場へ向かった。
鍛冶場へ入ると炉の火がごうごうと燃えており、汗ばむような熱がこもっている。
そこに指から血を流し泣いている男の子がいた。
その傍らにはポーションを持った大人のドワーフがいる。
「治癒班さんよぉ、ぽーしょんならあるんだが、使った方がいいか?」
その声にいち早く反応したのはラグだった。
ラグはポーションを持ったドワーフに近づき、優しく押し留めた。
「そのポーションを使うと痛みは取れますが、傷口が閉じて指が付かなくなってしまいます」
ラグは置いてあった血のついた剣に視線を向け、ドワーフの方へ向き直る。
「素晴らしい切れ味のおかげで、切れた断面は綺麗です。そのまま治癒院に運び、付けてもらいましょう」
「あんたも職人だな……。孫をよろしく頼む」
滲んだ涙を拭い、ドワーフは頭を下げる。
ちょうど他の隊員による止血が終わり、運び出すところだった。
「さあ、一緒に行きましょう。すぐ良くなりますよ!」
ーーー
「ラグ、対応が良くなったね。最初とくらべてすごい成長だよ」
最初から一緒に出動してくれた先輩がラグを誉める。
「そうだね! ラグちゃんすごい成長してるよ!」
ヤゴコロもラグを撫でて誉める。
「1ヶ月経たずにここまでできるとは、正直私の想像以上だよ」
クロッサもラグの成長を賞賛する。
「ありがとうございます、みなさんの教えのおかげです」
ニコリと笑い、お礼を言うラグ。
しかし、ラグにとって本当に褒めて欲しい人はここにはいなかった。
「ラグ、今日も行くんだよね? さきにあがっていいよ」
クロッサの言葉にラグはパッと顔をあげ、目を輝かせる。
「ありがとうございます、行ってきます!」
ラグは一度頭を下げ、すぐに外へ駆け出していった。
「ねぇヤゴコロ、あれば憧れ? それとも?」
「署長、それがどっちか黙って見守るのが面白いんじゃないですか」
クロッサはやれやれと、ヤゴコロはニヤニヤとした表情でラグが出ていったドアを見ていた。
「まあでも、ラグちゃんのためにもあの眠り姫には起きてもらわないとね」
ーーー
「こんにちは、中央治癒班所属のラグです」
建物の入口に立っている、2名の騎士にラグは名乗る。
「いらっしゃい、今日もいつもの要件かな?」
「はい、いつものです」
何度も通っているため、騎士も慣れたようにラグへ対応する。
「いいなぁ、ラグちゃんみたいな可愛い子に毎日お見舞い来てもらえて、羨ましいよ」
もう1人の騎士が何気なく発した言葉に、ラグと話していた騎士の肘が脇腹に突き刺さり、床に膝をつく。
「ごめんね、デリカシーないやつで。キツく言っておくから」
困ったように笑うラグを見送り、膝をついた門番は立ち上がった。
「失礼だぞ、あの子のお見舞い先、まだ意識を取り戻してないんだから」
「いってぇ……ああ、さすがに悪かったな……」
「もう10日だからな、そろそろ起きてあげて欲しいよ」
ーーー
白で揃えられた清潔な部屋、そこに白髪で蒼白の肌をしたロワルが横たわっていた。
ベッドの横に、いつものように置かれている椅子へラグは腰掛ける。
「ロワルさん、こんにちは、まだお眠りですか?」
目を閉じ寝息をたてるロワルへゆっくりと話しかける。
1週間、ラグはロワルに今日あったことを欠かさず話しかけていた。
「今日はみなさん私のことを褒めてくれたんですよ? 来た時とは大違いだって。嬉しかったですけど、寂しかったですよ? 本当に褒めて欲しい人がいないんですから」
ラグはロワルの手を握る。
血が通っていないように冷たく固まった手を、ゆっくりほぐすように暖める。
「ロワルさん、白い手帳なんてあったんですね? 今度一緒に読みましょうね、グラン様からも許可を頂いてますよ。でもその前にお説教らしいです、注意したのにって」
ラグはグランの顔を思い出す。
ロワル救出後、グランはクロッサからラグのことを聞き、部屋に呼び出し話しをした。
ロワルを立ち直らせてくれたことについてのお礼やラグの過去、ロワルの過去。
最後にラグは、グランからロワルの病室への入室許可と、『ロワルのことをこれからも頼む』とお願いされた。
ラグは二つ返事で承諾し、お礼を言って退室した。
その後、ラグはグランの口ぶりが結婚を許可する親のようだと思い返し、しばらく頭を悩ませることとなった。
「ロワルさん、私ロワルさんの今後をお願いされちゃいましたよ? ロワルさんはこんなガサツな女でいいんですかー?」
ラグ自身、恋をした経験もなくこれが恋なのか憧れなのかまだ理解できていない。
しかし、嫌だという気持ちは一切無かった。
「あ、あとラングリードさんが起きたらお礼をしたいって言っていましたよ」
ラングリードは幽閉から解放された後、ラグに会いに来ていた。
あのような傷で子どもの魂の平穏を祈ってくれたロワルに感謝をするとともに、国の最大戦力として一層戦い抜くことを誓った。
「きっとロワルさんの黒い手帳には、ルナちゃんのことが書かれるんですよね……? いいですよ、私も一緒に背負いますからね」
いつのまにか日は傾き、白い部屋はオレンジに染まっていた。
「さて、そろそろ帰りますね? まだ明日来るので、楽しみにしてくださいね!」
最後にとびきりの笑顔でロワルにさよならを言い部屋を出る。
ラグの手で暖められたロワルの手がぴくりと動いたことには気づかなかった。
ーーー
「犬人の男性、食事後激しい腹痛を訴え、えずくが嘔吐はしていない。現場に向かってくれ」
「了解!」
クロッサの指示とともにラグは出動する。
病人は犬人のなかでも地位は高いようで、現場は立派な屋敷であった。
屋敷に入ると、犬人の男性が仰向けに倒れ、苦しそうに息をしている。
容姿は獣に近く、全身は体毛に覆われている。
「毒よ! 息子は毒を盛られたのよ!!」
犬人の女性が悲鳴のような声をあげる。
狼狽える女性を落ち着かせ観察に入る。
「腹部は毛で見えないが、外傷はない。食後だから食中毒や、本当に毒物も怪しいか……?」
腹部を軽く押すと、激しく痛がり涎をだらだらと垂らす。
「腹部は張っているか……? いや、毒だとしたら一刻を争う、ラグ、キュアポーションを!」
ラグはバッグからキュアポーションを取り出そうとするが、頭に何かが引っ掛かり、手を止める。
「あの、毒や食中毒だとして、そんな早くにお腹の張りが出るでしょうか? それに、なにも吐いていないのもおかしいと思うのですが……」
隊長はむぅと一瞬悩むが、素早く判断を下す。
「違うとしても、まずは解毒をしてみよう。違ってもキュアポーション自体に害はない」
それでもどこか引っ掛かりを覚えラグは躊躇するが、否定するだけの知識はなく、キュアポーションを取り出す。
ラグのポーションを持つ手が、冷たい手に掴まれ止まる。
「ラグ、その違和感は正解だ」
冷たい手、10日間暖め続けたその手の主は顔を見なくてもわかる。
『やっぱりロワルさんは私の救世主ですね……』
「ロワルさん、お帰りなさい……」
犬人の2人に聞こえないよう、小さい声でロワルに話しかける。
ラグの目からは涙がこぼれ落ちそうだった。
「まずは処置からだ、キュアポーションを飲ませなくて正解だ」
ロワルは腹部より上、鳩尾に触れる。
「これは腹の張りじゃないな、胃だ。『内部を・見通す・目』透視」
透視の魔法を発動しながら、ロワルはバッグから筒状の針を取り出し犬人の女性に目を向ける。
「今、胃に空気が溜まってねじれている状態です。針を刺して空気を抜きますが、いいですね?」
犬人の女性は驚いたような顔をし、首を縦に何度も振る。
「ちょっとチクっとするよ」
「うぐっ!」
ロワルは針を犬人の胃に突き刺す。
すると、筒からシューっと空気が出てくる音がした。
犬人の顔も、少し落ち着いてきたようであった。
「まだねじれは解消できていない、運ぶ先は上級治癒院だ、頼んだ」
「はい!」
隊員は掛け声とともに犬人を担ぎ、上級治癒院へ向かって駆け出した。
女性も後を追って治癒院へ向かっていった。
「あーっと、ラグ、そのだな……」
なにから言ったらいいのかと、頭に手を当て口ごもる。
「ロワルさん、お話しは後でいっぱいしましょう。まずは……お帰りなさい、ロワルさん!」
いつも病室でしていた、しかしロワルが見ることができなかった満面の笑みで、ラグはロワルを迎える。
「ああ……ただいま、ラグ」
ラグが見たことがないほど柔らかい笑顔でロワルも返事をする。
その笑顔を見た瞬間、ラグは今まで感じたことのない、胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
顔が真っ赤になり、胸が早鐘を打つ。
この衝撃がなにか理解できず、ラグは頭の中いっぱいにハテナを浮かべ、ロワルと共に帰路に着いた。




